第八話「ナイトミスト⑤」

9/


 朝になった。朝日は部屋に差し込まない。それが何となく物寂しい。時計を見ると針は六時を指していた。……この時間だと、神崎カイは朝ご飯を作っているだろう。


「起きよ……」

 昨夜のアカリちゃんよろしく目をこすりながら欠伸をする。……うむ、伸びをするのはやはり気持ちがいい。


「帰ってそのまま寝ちゃったんだっけ」

 神崎家では普通に昼型生活を送ることにしていたため、夜に寝てしまったのだ。……つまり、神崎カイからの宿題はまだ取り掛かっていない。


「ホントに何? あの並び」

 徹夜は苦手ではない。しかし脳の働きは弱まるので考え事には向かない。故に寝ることにしたのだが。


「寝起きは寝起きで回転鈍いよね」

 未だ覚めやらぬ私はぼうっとしているのだった。


 ……そんな状況だが、一応考えてみることにする。明確なルールの元に構築された日付の並び。これが何を意味しているのかと言えば、それは想像がつく。


「九月二十八日っていえば、あのポエムヤローが現れた日だったわね……」


 そう。あの霧にまみれた何者かと戦った日だ。――となればあの日付の並びが何を意味するものなのかは理解できる。


「となるとあの日付は――ポエムヤローの出現日ってことね」


 細かいことは聞いていないが、神崎カイとの会話から察するに、アカリちゃんの能力はどうも現状から過去と未来をシミュレートしているようだ。そう仮定すれば、『現時点で予測ができている』ことがヒントになっているというのも納得できる。

 そして、その予測があたかも確定事項であるかのような言い方をアカリちゃんはしていた。――となると、そいつが出現する……というより、そいつが出現できる状況というのは現状確定事項と言えるのだろう。ならばそれは、そう簡単に阻止できる条件ではない、ということだろうか。


「うーん」

 それってどんな無敵野郎なのだろう。などと、寝ぼけここに極まれりといった具合に、ついに私は『条件』という概念レベルのモノを擬人化してしまった。……というか、概念を擬人化ってなんだ。何でもありだなちくしょう! そもそも擬人化と言ったって、具体的にどんな奴をイメージしろというんだ私。私は私に問いかける。精神との対話。いやいやそこまで高尚なものじゃあない。私はただ『確定した条件』という言葉からイメージされる人物像を導き出したいのだ。だというのに見た目が全く思いつかない。なんというか無敵という言葉によって、あらゆるイメージが霧散してしまうというか、なんというか……。


「干渉できないのよね、私のイメージ力じゃ……」


 そう、干渉できない。私程度のイメージ力では無敵となった条件に明確な人物像を与えることはできないのだ。それこそ空高くに浮かぶ月に、私の手が届かないように――――


「――――ん?」


 月……? そういえばアカリちゃん、どうして日付と言わずに月と言ったのだろう。あれは月というより日付と言った方が正しいだろう。それこそアカリちゃんなら理解できそうなものだが――――いや、そもそもそれ以前に。


「月なら干渉のしようがないんじゃ……それこそ月が出ていることが条件なのだとしたら、こっちからじゃ防ぎようがないし――って、まさか」


 あの日付の意味を、私は理解した。月、条件、そして干渉不可能の確定事項――。そして、ポエムヤローと出くわした日に私が見惚れたモノ。それは――


「わかった! あれは『満月』が出る日だ…………!!」


 すごく嬉しい。なんて達成感なのだろう! まさか私にこれほどの難題が解けようとは……! これは確かに神崎カイが病みつきになるのも無理はないだろう。いやぁ、それにしてもすごい。私、意外と探偵の素質があるかも――!


「はい、おめでとう」

 がちゃり、と。それはもう狙ったかのようなタイミングで。私が喜びを最大限に生かしたジャンプをした瞬間に。あやつは、神崎カイは部屋のドアを開けたのだった。


 沈黙。――なんというか、凍っていた。部屋でも時間でもなく、他でもない私が。でもそりゃあ固まるよね。凍っちゃうよね。だって流石に不意打ちだったというか、そもそもノックぐらいしろっていうか。――というか。


「…………ねえ、神崎君」

「ん、何?」

「……そのさ――――いつからいた?」

「うーん、そうだな」


 そう言いつつ、神崎カイは手の中で何かを形作っている。

 微妙に嫌な予感がしていたが、とりあえず聞いてみることにする。


「なにしてんの」

「ほい」

「んえ?」


 我ながら変な声が出たと思うが、それこそ不意打ちだったので勘弁してほしい。でも仕方がなかったと思う。――だって。


 ――とす、と。私の胸に黒いナイフが刺さっていたのだから。




/断片始め↓/


 朝になった。朝日は部屋に差し込まない。それが何となく物寂しい。時計を見ると針は六時を指していた。……この時間だと、神崎カイは朝ご飯を作っているだろう。

「起きよ……」


/断片終わり↑/




「まあ、このあたりからずっと」


 一気に脳内へと流れ込んでくる記録。それが全て収まりきったあたりで、神崎カイがそんなことを言った。……うむ、まあその色々と言いたいことはあるのだが。


「こんなことにそのナイフを使うなァァーーーーーッッ!」

「やっぱりダメか」

「ダメに決まってんでしょ!」


 バカだ! コイツはバカだ! 大バカだ! デリカシーとかそういう概念がないと見た! ハナクソ!


「うん、ごめん。そんなに傷ついているとは思わなかった。……ああ、もちろん心の声は聴いていない。聴かないように気を付けたから」


 どこか居心地悪そうに、目の前のクソ野郎は頭をかいている。あと、聴いたとか聴いていないとかそういう問題じゃない。敵対しているわけでもないのに、勝手に私の記録を具現化するなという話なのだ。信頼しているのがアホらしくなってくる。……そんなことを思いながらふとよく見てみると、頭をかいている腕とは逆の、右手でお盆を持っていた。


「……それ、朝ごはん?」

 にらみながら聞いてみる。


「はい。今朝はトーストとコンソメスープです。……ニンニクは入れてないです」

「…………」


 微妙なお心遣い、感謝である。ふざけた野郎ではあるが、そういう細かい気配りはしっかりできている。しかしデリカシーだけは薄い。薄すぎる。なんなのホント。


「……いやあのホント、悪かった。というかごめんなさい」

「…………」


 割と素直。そこは見直そう。だがクソ野郎には違いない。今日は口を聞いてやらないことにする。それで許してやるのだから感謝してほしいぐらいだ。


「……ここにおいておきますね。八時前には学校に行くので、洗っておいてもらえると助かります――あ、もちろん、俺の分は洗っておきますから」

 それだけ言って、クソ野郎は部屋を出て行った。



「……最初っからそれぐらいかしこまれっての」

 部屋で一人、私はそんなことを呟いた。


「……アイツはアイツで、わりと構ってちゃんなのかな」

 誰に向けるでもなく、そして誰ということもなく、そう付け加えた。




10/


「――――ホント直したい」


 昼休み。教室の窓際、日光がいい具合に差し込んでくる席で昼食をとりながら俺は呟いた。


「……何をだ?」


 向かいにはムネナガが座っている。その顔は、今の言葉を理解できていない、といった感じだった。……まあそれはそうだろう。何を直したいのかを言っていないのだから。これで分かったらエスパーだ。或いは俺だ。


「ああ……直したいというのは、俺のデリカシーのなさなんだ」

んねえよソレ。ガキの頃からだしよ」


 そんな俺の切実な悩みは、ムネナガによって一蹴されてしまった。……ついでにいうと、〝直す〟の意味合いが違った気がする。なんとなくだが、病気を〝治す〟の方だった気がする。


「そうか、直らないのかコレ」

「治んねえよ。お前にできることはひとつ。無理せず折り合いをつけていくことだけだぜ」


 言いながら白米を口に運ぶムネナガ。気楽な物言いだが的を射ていると思う。……だとしたら仕方がない。気を付けるようにしてみよう。


「分かった、努力してみる。――ところでムネナガ。ひとつ聞きたいことがあるんだが」

「あん?」

 そろそろ本題に入ろう。


「件の西洋騎士について、なにか新しい情報が入っていないか?」

「――――」


 ムネナガの顔つきが変わった。それはとても微細な違いだったために普通は気が付かないほどのもの。長い付き合いだからこそ、俺は気付けるようになっていた。能力は使っていない。


「……それで、どうなんだ」

「――――ない」

「…………そうか」


 きっぱりと言われてしまった。……アカリちゃんの言ったことだから間違いではないと思うのだが、妙だ。


「――ふむ」

「なんだよ、やけに残念そうじゃねえか」

「ああ。アカリちゃんからの確かな情報だったんだ。だから知ってると思ったんだが……」


 ――そう。アカリちゃんは邪魔だけはしない。故に、ムネナガが情報を持っていないということはありえないのだ。……が、しかし。この通りムネナガは情報を持っていなかった。これは一体どういうことなのだろうか。


 ――と、ムネナガが笑い始めた。


「……どうした?」

「あー、いや、悪ぃ。なんか妙な気分でよ――昨日たまたま知った情報が、まさか西洋騎士の手がかりになるなんて……てな」

「……ああ、そういうことか」


 つまりはこうだ。ムネナガは関係ない情報を知った。だがその関係ないと思われていた情報が、実は西洋騎士に関するものだった……ということなのだ。


「……で、それはここで話せる内容?」

「話せねえことはねえけど、ここじゃちっとうるせえな。放課後、部室でいいか?」

「ああ、その方がいいな。そうしよう」


 ということで小休止。続きは放課後に丸投げだ。どうせ騎士は来月まで現れない。のんびりしよう。正体も分からないのだし、メッキがはがれきる前に新聞のネタにもしてしまおう。




 ――というわけで小休止は終わり。

 場所は移って新聞部室。今日のメンバーはトオルにムネナガに黒咲だ。ほむらは今日も追試らしい。


「――なるほど。十年前の野犬事件か」

「おうよ」


 ムネナガが言うことには、十年前に県内で野犬騒ぎがあったそうだ。キャンプで高原にやって来ていた家族の、子供二人が野犬に襲われたのだ。幸い子供たちに怪我はなかったが、助けた時は相当おびえていたらしい。


鮮凪あざなぎ高原あんじゃん? あそこってめっちゃ霧出んじゃん。昨日たまたまその話を姉貴にしたら野犬騒ぎのことを言われたんだよ。まあそんだけの話だったんだけどな、まさか西洋騎士の手がかりになろうとは」


 話したムネナガが一番驚いているような気がする。


「霧、か。なるほど、有り得るな。能力は基本的に発現者の心象が反映される。この野犬騒ぎが関係しているのならあの霧発生能力も納得がいく」

「あとはどうやって再戦するか、だな?」

「ああ。まあそっちはどうとでもなる。満月の晩に仕掛ければいいんだから、楽なもんだよ――――それよりも、」


 それよりも、重要かもしれないことが出てきてしまった。


「あん? どうしたカイ」

「ああ、いや。――この件、一体誰が決着を付けるべきなんだろうな、って」

「あー? お前なんじゃねえのカイ」


 ムネナガが意外そうな顔をする。気持ちはわかる。だが、今の情報を知ってしまうと、あの騎士と真に向き合うべきなのは俺ではない気がしてならないのだ。


「……その件についてはよく考えておく。まだ一か月あるから」

「まあカイがそういうんなら止めねえけどよ」

「ああ。そう言ってもらえると助かる」


 そう言って俺は棚の中のお菓子を漁りに向かう――と、その前に黒咲が立ちふさがった。どうしたんだ。


「ねえ、神崎君」

「……なに」

「正直ね、そういう度を越した取材は止めてほしいんだけど」


 口調はギリギリ抑えめだが、目つきが全く抑えられていない。すごく怖い。


「……そう言わないでほしい。これはずっと気になっていた都市伝説なんだ。なんとしても解明したいんだよ」


 なんとか弁明するも黒咲の表情はどんどん険しくなっていく。同時に涙目にもなっていく。止めてくれ。泣かないでくれ。泣かれたら止めざるを得ない。

 後ろの二人は助けてくれない。痴話げんかは好きにやってくれという無言のプレッシャーだけが俺に降りかかっている。


「つーか崎下。お前の能力って妹ちゃんと全然似てなくね?」

「いや、一応共通点はあるんだよ、それが。僕もアイツも、自分の視点から何かを作り出すという点は共通しているんだ」

「ほー」


 この通り、全く俺の窮地には無関心なのだ。


「解明するのと戦うのとは違うと思う」

「……いや、確かにそうなんだが」


 ああ、ダメだこれ。丸め込まれる。


『ククク、もう観念したらどうだカイ? 別にお前が戦う必要もなかろう』

 ついには親父まで介入してくる始末。……ああ、もう仕方ないのか。


「……分かった。戦うのは止めておく」

「――ホント?」

「ああ、ホントだ。約束する。……けど、これだけはやらせてほしい」

「騎士の正体を解明する……ってこと?」

「そうだ。それだけは、やらせてほしい」


 ここまで来たら、いやむしろ、状況が大方鮮明になった今だからこそ、この話は上手く収束させなければならないと思ったのだ。

 そういったことも踏まえた気持ちを、俺は黒咲に送った。


「……ホントに、戦わない?」

「ああ。約束する。――俺は、絶対に戦わない」


 心からそう言った。その思いが通じてくれたのか、黒咲の顔つきが穏やかになる。


「――わかった。信じる」

「ありがとう、黒咲」


 控えめながらも笑顔で感謝を口にする。後ろから男三人――つまり親父を含む――の声で「ヒューヒュー」などと愉快極まりない言葉が聞こえたが無視する。スルースキルを鍛えることも俺には必要なのだ。故に踏み台になってもらう。――というか、そんなヒューヒューなどという囃し立てなどどうでもよくなっていたのだ。今の俺には、そんな声が耳に入ってこないほどの光景が目の前に広がっていたのだ。


「よかった。戦わないって言ってくれて――」


 目の前には一人の少女。かつて俺が守ると誓った少女。つい最近まで、自分の感情を押さえつけていた少女。――その少女が、満面の笑みを見せてくれているのだ。


 ――ああ、忘れそうだった。忘れてしまうところだった。

 俺は、黒咲のこの笑顔をこそ守りたかったのだ。

 世界中を捻じ曲げても、敵に回してでも、俺は彼女の幸福を願ったのだ。

 だから、誓ったのだ。

 ――この力は、彼女の幸福のために使うのだ、と。


 ならばプランは決まった。俺は戦わない。――何、別に難しいことではない。物事の見方を変えればいいだけだ。俺には、その方が向いている。


 ……さて、一月後が楽しみだ。上手く〝彼ら〟のしがらみを取っ払うことにしよう――。




11/


 本日は十月二十五日。前回の満月の晩からひと月が経とうとしていた。……つまり、次の満月の晩がやってくるのだ。私こと風宮明美は、ついにやって来るリベンジの時を今か今かと待ち焦がれていた。今度は容赦しない。次こそはあのポエムヤローを完膚無きにまで叩きのめす――そう心に誓っていたのだ。そこに関しては特にこれといって心境の変化はない。……だが、神崎カイから一つだけ妙な条件を出されたことだけが気にかかった。


 それは――〝とどめだけは刺すな〟――というものだった。


 それは分かっている。別に殺すつもりなどない。ただあの気取った態度をベキベキにへし折りたかっただけなのだから。だが、だからこそその条件は奇妙なのだ。私はその旨――殺すつもりはないというもの――を神崎カイには伝えてある。にもかかわらずヤツはそんな条件を態々出してきたのだ。そこが引っかかっている。


「ただいま」


 ――と、丁度その男が帰ってきた。今日は日曜日だというのに朝からずっとどこかに出かけていた。なんなら先月から毎週土日はどこかに出かけている。しかも内容は教えてくれないが遊びではない模様。休日にもかかわらずご苦労なことである。


「おかえりなさい――ねえ、いい加減どこに行っているのか教えてくれてもいいんじゃない?」


 もうひと月なのだ。いい加減教えてほしいものだ。


「うん、教えてもいいか」


 上着を脱ぎながら神崎カイは答える。――そこに聞きたいことのほとんどが詰まっていたのはワザとなのだろうか。


「……集まったっていうのは記録?」

「正解。毎週鮮凪高原まで行ってじっくり調べていた」

「はぁ。とんでもない労力ね」


 そもそも鮮凪高原は非常に広いのだ。そこから必要な情報を探り出す――ましてや今回の場合は十年前に起きた野犬騒ぎの記録だ――のは並大抵の根性では成し遂げることなどできないだろう。それこそ執念と呼ぶほどのものでなければ――――


「いや、実際楽しかったよ。化石を掘っている気分だった」


 そう話す彼の目は普段よりギラギラと輝いていた。……それは、他人の残した記録を覗くという侵略にも等しい行為を、自身の心中にのみ留めておくとはいえ彼は愉しんでいることを意味している――だがそのことになどとっくに彼は気が付いている。気が付いている故に苦しんでいる。それは、この一か月の共同生活の中で嫌でも理解できた。


 ああ、なんて痛ましい矛盾なのだろうか。彼はその行為を嫌悪しつつも好んでいるのだ。その時点で彼は破綻してしまっている。私にはそう思えて仕方がない。けれど、この矛盾は恐らくは幼い時から抱き続けているものだ。だから、私に言えることなどなかった。ただ心の奥にしまっておくことしかできないのだ。


「――そ。楽しかったのならいいけど」

 だから当たり障りのないことしか言えなかった。本心など言えるはずなかったのだ。それは、私が足を踏み入れていい領域ではないのだから。


「あ。ところで風宮さん」

「――え、何」

「明後日の晩のことだけど、いいかな」

「……いいけど」


 急に話が変わったので取り乱してしまった。私らしくない、多分。


「まあ繰り返しなんだけど――とどめだけは刺さないでほしい」

「――ああ、それね。わかってる。もともと殺すつもりはなかったから」


 本当に繰り返しただけであった。そんなにも念を押す必要があるのだろうか?


「こればかりは特に念を押しておく。口だけで悪いけど頑張ってほしい。俺は今回戦えないから」

「――ああ。例の黒咲さんね」

「ああ。面目ないが、どうしてもな」


 本当なら何言ってやがんだ……ぐらいは言いたかったのだが、ここまで説き伏せられているというか陥落しきった神崎カイは見たことがなかったので、余程の理由があるのだろう……と勝手に納得することにした。


「ホントに黒咲さんには弱いんだ」


 それでも、少し意地の悪いことを言ってしまう。どうしてかはよく分からない。けれど、どうも私は少しだけちょっかいをかけたくなっていたのだ。さらに言えばそれは、対抗心のようなものなのかもしれない。――それが誰に対してのものかさえよく分からない。


「ああ弱いよ。黒咲には強く出られない」

「何? 弱みでも握られてんの?」

「……まあ、そんなところだ。機会があれば話してもいいよ」


 ないだろうけど、と神崎カイは付け足す。


「そ。別にいいけど。誰かさんと違って覗くつもりもないし」

「すまない、本当にすまない」


 私は私で、こやつに対して武器を手に入れたので少しだけ気分はよかった。




12/


 翌日、すなわち満月の晩を目前に控えた十月二十六日。その放課後に、俺は最後の確認作業を行っていた。ここに至るまでにあらゆるアプローチを行ってきたが、やはりこの方法こそが確実であると確信したからだ。


「…………ぐ、ぉぉ――く……」


 夕日の射した階段の踊り場に、一人の男子生徒がうずくまっている。――何のことはない、ナイフを投擲しただけだ。無論出血はない。記録をナイフ型に生成しただけなのだから。


「どうしましたか、ヤギリさん」

「――今のは、君がやったのか、カイくん」


 うずくまる男子生徒――ヤギリさんは俺を見ながら叫んでいる。――悪い癖だ。後で自己嫌悪に陥るに決まっているのに、俺はこういう時容赦がなくなる。冷血漢と呼ばれる所以はここなのだろう。――そう独白しつつ階段を下りる。


「ええ、俺がやりました。これぐらいやらないと話すら聞いてもらえなさそうだったので」

「――酷いなあ。僕がいつからそんな冷たいやつになったって言うんだ」

「そうですね――先月の満月の晩からですね」

「――――なんだ、いや、やはり気づいていたのか」


 残酷なことを言ったものだ、と自分を分析する。


「ええ。それで、ちょっと手伝ってほしいことがあるんです」

「――何?」


 さっさと要件を伝えることにしよう。


「実は最近、この街に住む超能力者が毎月何人か姿を消しているんです」

「――知らないぞ、そんなもの」

「でしょうね。貴方はそれに関わっていない」

「じゃあなんで僕にそんなことを――」

「この街、深夜に騎士が歩いているんですよ。毎月、満月の晩に、霧を撒き散らしながら」

「――――――まさか」


 ヤギリさんの表情が驚愕のそれに変貌する。


「ええ。貴方の想像通りだと思います」

「……何をすれば、いい」


 そこからは、簡単に事が進んだ。


「色々ありますけど、初めに特に大事なことを言っておきます――一つ目は、最終的に騎士を止めていただくこと」

「ああ、わかった」

「そしてもう一つ――――騎士を、呼び出してください」




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