第二話「ナイトパレード②」

4/


 新聞部では、現在残った者達で会議が行われていた。議題はズバリ、


「部長とほむらちゃんの暴走はどうやったら止まるのか――――です」


 やたらと気合を入れる黒咲。その表情はこれでもかとばかりに険しいものとなっており、折角の美貌に若くしてしわが付いてしまうのではないかと内心ハラハラな男たちであった。


「――はい」


 崎下が手を挙げる。何かアイデアがあるようだ。


「言ってみて、崎下くん」


 何時にも増して威圧感をこめた眼差しで黒咲は崎下を指名する。それに呼吸一つの間隔をおいて、崎下は口を開いた。


「事前に必死に引き留めるしかないと思――――う!?」


 崎下の顔面に英和辞書が炸裂する。投射したのは黒咲嬢。結構容赦ない。ていうかリアリティライン踏み越えかけている。危なすぎんだろ……。


「そんなの前提だから! それで上手くいかないから困ってるんですよ? それじゃダメってわかりなさいよ!」


 マジギレで反論する黒咲嬢。彼女を止める方が困難なのではないか、と男どもは思った。


「……はーい」


 次に挙手したのは高杉。あまり気乗りしていないようだが、何か考えがあるのだろうか。


「……何? 言ってみて」


 正直なところ黒咲も期待していないようで、半目で尚且つ刺々しい声色だ。だがそれに怖気づくことなどなく、高杉は自信たっぷりに、


「ぶっちゃけ無駄だと思いまーす――――ぐふっ!? 鉄アレイ!? それはさすがに予想外!?」


 発言した直後に十五キロの鉄塊が腹部に直撃しました。いやこれもう普通なら警察沙汰だろ。


「さっき制服の中に雑誌を仕込んでたの知ってたから鉄アレイにしたんです」


 うふふ、と。心底恐ろしい笑い方をする黒咲嬢。雑誌を仕込んだことを見越しての攻撃なので、ある意味連携はとれている。いやとれているけれどもね?


「うん、だからって鉄アレイはひどい。もう少しで付録のカードに直撃するところだった」


 こんなこと日常茶飯事だと、割と軽く受け流す高杉。ちなみに崎下はティッシュで鼻血を止めていた。

 ――と、誰かの携帯電話スマートフォンが震動し始める。着信のバイブレーションだ。


「スマホ鳴ってますよ、高杉くん」

「お、ホントだ。机に置いてたの忘れてたぜ」


 黒咲に促されて電話に出る高杉。


「誰だろ――って神崎か。もしもーし、どーした?」

「神崎くん!? 神崎くんなの!!?」


 両手で机をダンと叩きながら黒咲が席を立つ。


「え? 駐車場? おう、そんで? ……ツヨシさんを? りょーかい」

「ちょっと高杉くん! 電話かして! 早く!」


 鬼の形相で携帯を奪おうとする黒咲。だが既に通話は終了していた。


「……うぅ、そんなぁ」


 うなだれる黒咲。本来は逆にこちらから電話をすればいいのだが、悲しいことにヤツはこういう時、マナーモードに加えてバイブレーション機能を切っている。恐らく彼女の嘆きは届かないだろう。……それよりも。通話の内容から考えると、どうも出番が来たようだ。


「というわけで、十九時半に、息子さんが月峰マートの立体駐車場で待ってるみたいですよー」


 高杉が虚空こちらに向かって声をかける。


『承知した。では向かうとするか』


 それにオレは返事をした。何を隠そうオレは幽霊。断じて語り手などではない。

そして、息子を助けるいい父親でもあるのだ。そういうポジションなのだ。


 ◆


「あ。――神崎くんからだ」


 黒咲の携帯にメッセージが入る。彼女はそれを確認すると、


「……うん、わかった」――と、微笑を浮かべて呟いた。




5/


 午後七時。缶コーヒー片手に張り込みを続ける俺とほむらは、和気藹々としりとりなんぞに興じていた。要は暇なのである。

 ちなみに今は俺のターンである。


「こうもり」

「リモートコントロール」

「ルーマニア」

「アサルトライフル」

「ルビー」

「ビール」

「ルール」

「る、る……うーん、『る』連打に『る』で返してこようとは。――やりますね、先輩」

「なんでもっと早く気がつかなかったのかな俺」


 誰かがやって来ても気づけるように気を配りながら、俺は答えた。

 ……しかし。


「うーん、今日は来ないのかも知れないな」


 もうかれこれ二時間は市内大型スーパーの立体駐車場に張り込んでいるが、吸血鬼らしき人物は一向に現われない。だがそれも当然か。そいつは、人のいない時間に活動しているのだから。


「やっぱり閉店後か。――となると、アレしかないか」


 閉店後となると、立体駐車場は閉鎖されているだろう。そこに進入するとなると、一筋縄ではいかない。――故に。


「だからこっちも超人さんを連れてくるっつー寸法だったんですね、先輩!」

「うんまあ、超人っつーか幽霊だけどね」


 仕方がないので、親父が来るのを待つことにした。


 ――と。


「あ、そうだ。……ほむら、お前の炎って射程範囲どれぐらいだっけ」

「だいたい十メートルですね」

「なら俺のと同じぐらいか。よし、最悪戦闘になるから、一応気を引き締めとこうな」

「ういっす」


 念のため軽くミーティングをする。もし吸血鬼が俺たちに気づいて襲ってきてもいいようにである。

 



 一旦外に出る。夜風が涼しい。夏の暑さも、少しはおさまってきたようだ。時刻は午後七時二十分。親父が来るまであと少しだ。時間通り来た場合の話だが。


「うー、そろそろ秋刀魚のおいしい季節ですねー。塩焼きとかサイコーだと思いません?」


 などと、晩ごはんの話を始める後輩。これから吸血鬼とドンパチやるかもしれないというのに気楽なものである。


「柑橘系の何かしらをかけたいな」

「お、先輩もですか? いやぁ、話が合いますねーうひひ」


 いやオッサンかな俺たち? とても高校生の会話には思えないんですが。


『オレも久しぶりに食べたいなぁ。でも死んでるしなぁ』


 ――と。意外と早かった。


「今日は早いんだな、親父」

『まぁな。少しばかり、面白そうだったんでな』


 そんなことを言いながら、白髪の男が姿を表す。黒い着流しをきたその男こそが、俺たちが待っていた男であり、俺の父親である神崎剛かんざきつよしであった。


「あ! ツヨシさん、お久しぶりです! 見えませんけど! そして聞こえませんけど!」


 ……そう。親父は幽霊なので、その姿を認識できる人は限られているのだ。それは、そういった存在を視ることのできる目を持つ高杉や、残留思念を認識出来る俺みたいな人間にしかできない芸当だ。例外もあるにはあるが、少なくとも新聞部には俺と高杉しかいない。

 ……だが部員は全員、親父のことを認識している。親父の存在を明確に把握している。


『仕方ない。――カイ、ちょっと体を借りるぞ』

「りょーかい」


 ――俺の中に親父の魂が憑依する。これこそが、親父の存在を確固たるものにしている理由。霊魂や残留思念を含めた、所謂『魂』や、その断片を認識し、干渉することが、俺こと神崎介かんざきかいの能力なのだ。

 紹介が前後したが、なんというか、俺達は超能力者なのだった。


「――ふむ、理解した。要はオレの能力を使って閉店後の立体駐車場に侵入すれば良いのだな?」

「そういうことなんです! いやぁ、助かります! 今度たい焼き奢ります!」

「オレが憑依している時に頼むぞ?」

「わかってますよぅ。やだなぁツヨシさん! 私そんなドジしませんってー」


 俺の体を使って勝手な約束をする親父と後輩。馬が合うのだろうか。


「それで、カイ。決行はいつなんだ?」


 親父が俺に話しかけてくる。今、俺の魂は大分奥の方に埋まってしまっているので、親父の魂に語りかけるのがやっとだ。故に、親父以外の誰かに干渉することは難しい。


『残留思念による記録では大体十一時以降だ。ちなみに今のところは怪しい奴は来ていない』

「なるほど、了解した。ならそいつに感づかれる前に張り込んでおこうか」

『そうしよう』

「りょーかいです!」


 一際大きな声を上げるほむら。今ので感づかれていたら割とショックである。そうならないことを祈る。


 ◇


「よし、周囲に誰もいないので、決行しようか」


 午後十時四〇分。漸く周囲に誰もいない状況が訪れてくれた。月峰マートは九時半に閉店なので、既に立体駐車場の入り口は閉鎖されている。入れるとしたら、内部がむき出しになっている外壁部分だ。……だが、当然人の力だけでは高すぎて侵入できない。出来るとすればそれは。

 ――吸血鬼か、それ以上の能力を持つ者ぐらいである。


「では始めるぞ。ほむらちゃん、しっかり掴まっていてくれ」

「うひゃあ、先輩マジパネェ! 今は先輩じゃないけど! でもドキドキするっスーーー!」


 叫ぶほむら。恥ずかしいのでやめていただきたい。

 ――と。体が宙に浮いた。……まあつまり。


「やっぱ慣れないっすーーーーー!」


 親父(霊)の能力は、黒い羽を生やして空を飛ぶことだったのだ。どうも真の力はこんなものではないらしいのだが、今の俺ではこの程度までしか親父の力を引き出せないのだった。


「よし。じゃあこの辺に隠れるか」


 ようやく体の主導権を取り戻した俺は、ほむらとともに立体駐車場内部の柱の陰に隠れた。あとは吸血鬼が来るのを待つだけである。


「とりあえずここで待機だな」

「そうですねー……あっ、先輩」

「ん?」

「ちょっとお花摘んできていいですか? 割とヤバいんですけど」

「…………。んーと、一応確認するけどさ、小さい方か?」


 大きい方だとかなりシャレになっていないと思うんです。


「さすがに小さい方です。最悪、野ションですし」

「女の子がそういうこと言うもんじゃない」

「フフ、今更カッコつけたって私はなびかねえっすよ、先輩。……じゃあ、仕方ないので奥の方で。……先輩」

「見ないよ?」

「流石っす」


 それだけ言うと、駐車場の奥の方へと駆けていった。……俺のことをなんだと思っているのかヤツは。

 この期に及んで気楽なもんである。この後輩、年がら年中おきらくだよなぁ。


 ……二分後。


『というかカイ』


 突然、親父が口を開いた。……まあ、何を言いたいのかは大体わかる。


「吸血鬼がほむらを狙うかもしれないって話だろ?」

『ああ』

「それなら心配ないよ。――あいつ、めちゃくちゃタフだから」

『ふむ、そういうものか』

「そういうもんです……ほら、普通に帰ってきただろ?」


 目線の先にはこちらに向かってくる後輩。


『うむ。まあ、そういうことならいいんだが』


 完全ではないにしろ親父が納得してくれたので良かった。


「ただいまっす」

「はいおかえり」

「ところで先輩」

「あん?」


 今度はほむらが訊ねてきた。なんだろう。


「先輩の能力って、記録から人の姿は見えるんでしたっけ?」


 残留思念が人の形を成すかどうか……ということか。そういや聞かれたことなかったな。


「できねえよ」


 答えはノーだ。そんなことができるんだったら、もっと人物の特定は容易にできる。こんなに手間はかからないだろう。


「そーなんですか。意外と穴はあるんすね」

「そーなんです。意外と不器用ですまねえな」


 尚も気楽な掛け合い。……うーん。こんなんでホントに吸血鬼なんて釣り上げられるんでしょーか。




 既に一時間が経過した。お気楽思考もやっこさんが現れたら一気に引き締まるだろう、なんて考えていたが一向に来る気配がない。もしや定休日? 定休日なのか? だとしたらこの時間は何だ。無駄以外の何物でもない。なにもないがある、だなんてのどかなことを言っていられない。そろそろ眠い。あと意外と寒い。まだまだ残暑が居座っていると思っていたのだが……変だな。これじゃまるで、ほむらが能力を使ったみたいじゃないか。あいつが技を使うと色々あって冷えるからな。


「あー、こねえなー」

「こないですねー」


 こんなことを言っていても仕方がないのはよく分かっている。しかし、だ。来るはずの何かが未だに来ないのはこっちとしても拍子抜けというか、不安というか。


「先輩、ホントに来るんですか?」

「うるさいな。来るはずなんだよ」

「ホントですかー?」

「ホントだよチクショー」

「うー、もう帰りたいですねー」


 ヤバい奴と相対しようとしているというのにこの緊張感のなさはなんだ。ものの見事にだらけきっている。これでは襲われたらひとたまりもない。そりゃあもう背後からザクッとズバッとやられてもおかしくない。


「…………」


……いや、というか。――――違うな。


「だらけきっているんじゃない。――俺をだらけさせようとしているってわけか」


 この異常な寒さが俺の頭をクールダウンさせてくれた。この寒さはどう考えてもほむらの能力。確認もなしに使用することは考えられない。これを使うという事はつまり、ほむらの身に何かあったという事なのだ。――故に、頭を伏せる。


「なーんだ。気づいてたかぁ」


 そのすぐあと。俺の頭があったところを空が切った。立体駐車場の柱に裂傷が生じる。

「……ひでえな、不意打ちなんぞ使いやがって」


 すぐに体勢を立て直して距離を置く。……今の距離だと殺されても文句は言えない。そんな俺の様を、ほむらと思しき目の前の少女はくつくつと笑いながら眺めている。


「仕方ないじゃない。不意打ちがベストなんだから」


 明らかに口調が違う。この女は何者だ。見た目では判別不能。……ならば手は一つ。その内側を凝視するのみ……!


「――――何じっと見てんのよ」


 女が怪訝そうに訊いてくる。……聞いてあきれる。お前はさっき、何を聞いていた?


「よく見えるぞ。――お前の魂が」

「…………チッ、触れなくても魂を見ることは出来るってワケね」

「そういうことだ。物分かりがいいヤツは好きだぞ」


 女の顔がみるみる歪んでいく。なんだかそのまま皮膚が溶けていきそうだ。


「……なるほど。なんとなくからくりが見えてきたぞ。お前、血を吸った奴に変装できるんだな」


 それなりの確信をもって訊ねてみると、女の顔はさらに歪んでいった。どうやら図星の様だ。


「ええそうよ! どうせ吸った奴を眷属にすらできない地味な吸血鬼よ! だから何? 別に好きでこうなったわけじゃないし! こんな生活絶対長続きしないし!」


 ものすごくまくしたてられた。……反応から察するに、能力を手に入れてから日が浅いようだ。まあ、別に珍しくはない。後天的な能力者は多いのだ。

 なんとなく同情の余地もありそうだ。が、この状況ではそうも悠長なことは言っていられない。何しろこちらは後輩をやられているのだ。ほむらが今どうなっているのかはともかくとして、とにかくコイツはほむらに何かした。少なくとも血を吸った。……となればやることは一つだ。


「……お前さん、反省はしてる?」

「――――は?」

「いやだから。反省しているのかって聞いてんの。……どうなんだ?」

「反省って……やってしまったことは仕方ないでしょ? そりゃ私だって嫌よ? でも吸わないと頭の中で何かが叫ぶのよ! って!」


 女の叫びは本物だ。悲痛さがありありと見て取れる。こんな一瞬で激情を見せるということは、精神的にかなりダメージを負っているのかもしれない。これで演技なら女優になるべきだ。……けれど。まだ聞けていないことがある。それを聞かないと、こっちもやりようがない。


「何よ!? これでも不十分なの? もう言う事なんて――」

「だからさ、――反省はしているのかって聞いてるんだ俺は」


 そう。目の前の女はまだそれを答えていない。ほむら的にはどう思っているのかは知らない。だが少なくとも俺としては、そこは聞いておきたかったのだ。要は、納得をしたかったのだ。……だから俺は、彼女を見据えた。無言で、その言葉を彼女が紡ぐのを待った。


「そんなの……」


 次に何を言うのか。それで、彼女の処遇が決まる。


「……反省してるにきまってる」


「……そうか」

「でも悪いけど。アンタの後輩は私が殺したわよ。……血を吸いきった後、念のため首の骨をへし折っといたから」

「そうか」


 淡々と返答する。女の答えは最悪のパターンではなかった。これで反省してませんなんて言っていたらどうなっていたか。それを実行するのが俺とはいえ、ぞっとする。


「……ねえ、もういいかしら」


 と、女が口を開いた。


「どうした?」

「いや、逃げないのならアンタも殺そうと思ったのよ」

「なるほど、道理だな」

「ええ。不本意とはいえ、私は吸血鬼。目撃者を逃がすのは良くないのよ」

「でも素顔わかんないけど」


 変装によって素顔がわからなくなっているというのに、おかしなことを言う吸血鬼だ。実質覆面をつけているようなものじゃないか。


「それでもここは食事場所に使えなくなっちゃうじゃない。……それは困るのよ」

「そうか。だが俺の血なんておいしくないぞ、多分」

「吸わないわよ。さっき人間一人分の血を吸ったんだし、お腹パンパンよ」

「ということは、俺はただ殺されるだけ、と。無駄死にはごめんだな」

「ええ。私もそういう無駄な殺しはいやだけど、それでも生きたいから」


 そう言って女は近づいてくる。その足取りは、少しだけ重そうだ。


「なるほど、それも道理だな」

「ていうかアンタ。後輩が殺された上に自分も殺されそうだっていうのにやけに冷静ね。……なんなの?」


 少しだけ棘のある言い回し。……彼女なりに怒っているのだろうか。まあ確かに、後輩が殺されているというのに俺は冷静過ぎた。そして今も冷静だ。おかしいと言われても変じゃない。というか俺だって異常だと思う。……ただそれは。


「なんなのも何も。――――


 ほむらが死んでいたら、というイフの場合に限っての話である。


「な――――」


 突如として、女の体が燃え始める。その姿はさながら炎の巨人というか、ウィッカーマンというか、なんというか。もっと身近な、そう、


「キャンプファイヤーぐらい燃えてんな、おまえ」


 とにかく果てしなく燃えているのだった。


「なによ、これーーーーー!」


 叫びつつ、火を振り払おうとする女。その姿は少し滑稽だ。


「できるのなら、ほむらから吸い取った血を吐いてみろ。全部な」

「やってやらぁあーーーーー!」


 気合でおびただしい量の血を吐きだす女。死なないか心配である。

 ……すると。その吐き出された血に炎が全て移っていった。同時に、女の姿も変化し始めた。……おそらく、変装のメカニズムが血にあるからだろう。


「――やってくれたじゃない。……あんた、名前は?」

「神崎カイ」

「そ。覚えたわよ。――次に会ったら殺すから」


 それだけ言って、彼女は飛び去って行った。


「あ。まだ言うことあったんだけど」


 呟いても遅い。もう彼女はどこかへ飛び去っていた。


「あーあ、取り逃がしちゃいましたねー」


 未だ燃え盛る焔火から声が聞こえてきた。視線を移すと、炎が人の形を形成し始めていた。


「何度見てもすげえよな、それ」炎に話しかける。

「ふっふっふ。肉体を滅ぼした程度で私を殺したとか笑止千万。その程度じゃ死なない、っつーか死ねないっす」


 などととんでもないことをのたまう炎。……どうあがいてもほむらである。


「なんだっけ、なんかあったよな。キャッチコピー的なやつ」

「私を殺せるのは老衰のみよ……! っすね」

「あー、それそれ」


 なんだそれって感じだが、事実なのだから仕方がない。……彼女、穂村原ほむらの能力は自身の炎化である。その対象は肉体であり血液であり魂である。炎化した部分を弾丸として撃ち出すこともできるので、武器にもなるし脱出艇のような役回りもできる。ただし能力を使う際に、周囲の熱を奪う。そのため、そこのところは要注意である。まだ暑い時期だからよかったが、これが真冬だったならまずかっただろう。


 ……で。脱出艇の役回りができる理由なのだが、これが死なない理由でもある。……そう。何を隠そうほむらは、炎化した方に自分自身の魂を移せるのだ。この場合は、吸血鬼に吸われた血液に潜行させていたということだ。


「……それで、先輩。どうするんですか、あの吸血鬼ヤロー」


 やけに刺々しい言い方をするほむら。……まあそりゃそうか。実質殺されたようなもんだし。でも生きているからその感想も出るわけで。


「難しいもんだな、ホント」

「ん? なにがです?」

「あーいや、こっちの話。……さっきの吸血鬼については問題ない。今親父が後を追っている」

「なるほどー! あの吸血鬼、どうも霊体は見えてないっぽいですし、上手いっすね先輩」

「ま、そういうことだから。とりあえず今日は解散な」

「うーん。なんかモヤモヤしますけど、まあ仕方ないっすね」


 連戦はよろしくない。ほむらにいたっては、目下再生中であるわけだし。


「そういやほむら。お前さんの肉体って今どうなってんの? ……えーとつまり、さっきまでお前の肉体だった方」


 こういうことは前にもあったらしいが、詳細は聞いていなかったので。ついでに今聞いておこうと思ったのだ。


「燃え盛ってますよ。そりゃもう、豪快に」

「…………」


 燃えている……そう言われて駐車場の奥の方を見てみると、ものの見事にキャンプファイヤーだった。なお、霊的な炎なのでスプリンクラーを作動させる熱源感知には引っかからない。


「いや、ちょっと待て」


 それはそれとして、その炎がこっちに近づいてきたのだ。どうしてそうなっているのかを少し考えてみて一つの答えが見つかるのにそう時間はかからなかった。


「ああ。周りの熱を奪って炎をでかくするより、元の肉体を巻き込んだ方が再生しやすいってことか」

「そういうことっす。確かに熱を奪えば今の状態でも再生は可能ですけど、やっぱり時間かかりますし。あと肉体に着衣されたままの衣服なら一緒に炎にできますし。ていうかじゃなきゃこのままだと全裸復活ですし」


 結構便利じゃないですか? とほほ笑むほむら。ちなみに今は頭から鎖骨辺りまで再生しており、残りは輪郭のみで肌の露出はまばらだ。


「じゃあさ。再生された場合って、衣服とか装飾物はその直前の状態になるってことなんだな?」

「そういうことですね」

「なるほど。……ところでほむら。話は変わるんだが、襲われたときは何をしていた?」


 この質問には意味がある。非常に重要なのだ。


「えー、それ聞くんですか? せっかく忘れかけてたのにー。……ほんとムカつきますねあの吸血鬼。何もトイレ中じゃなくったっていいと思いません? まだパンツおろしっぱですよ――――あ」


 そのタイミングで再生が完了するほむら。俺は一応目をそらした。


「見てないから」

「よかったです、お嫁にはまだギリギリ行けそうです……」


 顔を赤くしながらパンツを上げるほむら。まあそら恥ずかしいわな。俺だって同じ立場だったら恥ずかしいし。

……ただまあ。


「……柄が見えちゃったんだよな」

「このボケがァァーーーーーーーー!!」


 そらしても見えてしまうものだってある。見えたのはパンツだけだったので、勘弁してほしい。そう思った。



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