第16話

 馬車に揺られて二時間。

 麓の街に寄った後コロウ山へ到着。


 この時代の馬達は灰色で鼻が長く、非常にパワーがある。

 太古の馬は鼻で物を掴めなかったらしいが、どんな姿をしていたのだろうか。

 積荷の運び出し用に舗装された道が切り開かれていたので、馬車のまま採掘場まで到着した。

 カーンカーンと鉱夫達の作業音が響き渡り、荷車にくすんだ鉱石を乗せて運んでいる者もいる。


 地形を確認。

 採掘現場は窪地になっている。

 見張り台は西に二つ。

 北に一つ。

 南にも一つ設置されている。

 東には民家二棟分くらいの大きさの倉庫。

 プレハブみたいな連絡所。

 大型レストラン風の休憩所があった。

 それ以外は鬱蒼とした森。


 連絡所で現場監督に軽く挨拶を済ませ、早速任務開始。

「採掘場は三カ所です。それらは山道で繋がっており、それを巡回路としています」

 俺の隣を歩くブロンドの副長が講義してくれる。

 彼女は山岳用の緑の軍服に身を包み、背嚢を背負い、帽子も被っていた。

 俺も他の者も斉一だ。

「しかし山道だと碌に陣形も組めないな」

 細長くなった隊列を見て俺は不満気に零す。

 こんな所を狙われたら危険だ。

「隊長ったら勤勉ですね、戦いのことばっかり考えてる」

 クスクスと笑う副長はピクニックに来た女の子が見せるような顔だった。

 その緊張感の無さに思わず俺も力が抜けてしまう。

「気にし過ぎかな? 戦いが起こらないに越したことは無いんだけど」

「肩の力を抜いていきましょう」

 不意に見惚れるような微笑を見せるエレノア。

 反則だぜ、もう。

 ぞろぞろと歩いていき、十分で二つ目の採掘場に到着。

 連絡所に顔を出したが、特に変わりが無いという報告だった。

 更に巡回路を進むと、奇妙な感覚を察知した。

「エレノア副長、何とも言えないんだが……何か見られている感じがしないか?」

「うー……ん、私は特に」

「そうか。森の中で何かが目を光らせているような気がするんだよ」

 言うなれば『森に見られている』感じ。

 木々の陰という陰に窺見がいるような。

『ネイダ、よく分からない』

 連信結晶からネイダの声が聞こえてくる。

 うーん気のせいか?

『ボクも少し、視線を感じますよー。野生動物とは違った何かがいるような……』

 プラムのほんわかした声が届いた。

 視線を感じるのは俺だけじゃないようだ。

「了解、少し森の方に注意しながら歩いてくれ」

 現在先頭にネイダ小隊長のバセラ2、中団に俺とエレノア副長のバセラ1、後続にプラム小隊長のバセラ3で進んでいた。

 ここでは碌な陣形が組めない。

 この中隊をもし俺が攻めるとすればどうするか。


 …………森を利用すれば、指揮官だけ討ち取ることもできるな。


 まさか、ね。

 不安は漠然としたものなので、口には出さなかった。


 結局、何も無いまま三十分歩を進め、三つ目の採掘場へ到着。

「隊長、気にし過ぎ。自意識過剰。自惚れ。イケメンじゃない」

 俺の正面に座るネイダが弁当を掻き込みながら毒づく。

 華奢なのに山盛りの弁当を猛烈なスピードで消費していた。

 食欲を刺激する芳醇な香りが漂う。

「でもねーネイダ、気配は確かにあるんだよー? ビビビッてくるんだよー」

 ネイダの隣に座るプラムは箸を握り拳で持ち、せわしなく動かしながら。

「気配……うーん」

 俺の隣に座る美人の副長は考えている。

 誰も俺のフォローをしてくれない。

 俺達は今休憩所を借りて昼食中。

 同じテーブルに隊長格を集めた。

 周囲のテーブルには隊員達がずらりと座り、同じようにわいわい食事を楽しんでいる。

「隊長はレドラスのカード、今回はあれで良いんですか?」

 エレノアから少し不安の混じった質問。

 俺は何でもない、という体で返す。

「ああ、どうなるか分からないからね」

 今回準備したカードは次の三枚。


【治癒の妙薬】白1ソルで起動可のイルトラットでダメージ回復【小】の球を出す。


 ダメージ回復【小】は軽傷であれば瞬時に治る。

 この他ダメージ回復【中】や【大】などがある。


【戦乙女の激励歌】白3ソル+任意1ソルで起動可のイルトラットで、味方のみ適用のダメージ回復【小】の領域【小】を作る。


 領域【小】は自分を中心に五十歩程度の範囲。

 この他領域【中】や【大】等がある。


 それから【彩色の導き】。


 恐らくエレノアの不安は攻撃や防御の強化カードが無くて良いのかというものだろう。

 基本的に何があるか分からない場合、襲撃時には隊員達の命を優先。

 これで良いのだ。

「隊長、ボクのカードはこれだよー」

 プラムが採用したカードは次の三枚。


【血牙の輝き】緑1ソル+任意1ソルで使用可のイルトラット。20秒間攻撃力・防御力が上昇【小】する。


【囲いの印章】緑1ソル+任意1ソルで使用可のヴィリッサルで、対象者を魔力の檻で10秒間閉じ込める。


 そして【炎気纏い】。


 この地形は山の中であり、かつ森に覆われているため、ソル獲得時は赤や緑のソルになる。

 よって赤や緑のカードで固めたのは無難な選択だ。

「ネイダは、これ」

 ネイダの採用したカードは次の三枚。


【炎王竜の突撃】赤1ソル+任意2ソルで使用可のイルトラットで、30秒間攻撃力が上昇【中】する。


 そして【烈火の突撃】と、【炎獄竜の化身】。


 超攻撃特化のラインナップだ。

「私のカードはこれですね」

 最後にエレノアの採用カード。


【天界の囁き】白1ソル+任意1ソルで起動可のイルトラットで、20秒間音が聴こえなくなる領域【大】を作る。効果は味方以外に適用される。


 領域【大】は自分を中心に二百歩以上の広範囲で、その場にいる敵は基本的に全て対象となる。


 他の二枚は【守りの風】【彩色の導き】。


 皆の採用したカードを眺めていると、自然と楽しさが湧き上がってくる。

 他人の選定したカードを見せてもらうのは、ちょっとしたドキドキとか、どんなカードを採用したんだろうという興味や、どんなテーマがあるんだろうというワクワクなど、色んな気持ちが高揚感を呼び起こしてくれる。

 小説をこれから読み始めるぞ、と表紙を捲る時の、あの気持ちに似ているかもしれない。

「【天界の囁き】ってのはまた使い処が難しいのを選んだね?」

 特に興味を引いたカードについて俺が尋ねると、エレノアは待ってましたとばかりに答えた。

「よくぞ訊いてくれました!」

 そうして彼女は『掌握戦』を取り出し、ポンと叩き。

「『掌握戦』第二章〈奇術〉其の四【無音狩猟】――音を消すだけで一気に勝負がついてしまうこともあるという戦術構想です。これは八年前に天才軍師クリューネが使った戦法が基になっているのですが、変装した者が砦の門番を不意打ちし【天界の囁き】を起動、本隊が音も無く突入しあっという間に制圧したというのです」

「ほほ~音も無く攻め込まれたら相手はたまったもんじゃないな」

「そしてこれはヘマシュとの思い出のカードでもあります。二人ともこのクリューネが好きで、【天界の囁き】を使った時の戦役は夜通し語り明かしました。もう凄いんですよ、でっ……コホン。とにかく【天界の囁き】は必ず使い時が来るから『こんなこともあろうかと……!』と言って使おうね、とヘマシュと誓い合ったのです」

 エレノアは頬を紅潮させて締め括った。

 説明の途中でハァハァしていたが、どうしてかは触れないでおこう。


 昼食を終えて巡回路に戻ると、もう視線は感じなくなった。

 やはり気のせいか……襲撃が無いならそれはそれで良いのだが。

 再び二つ目の採掘場を確認し、最初の地点まで戻っていく。

「ガシュラの襲撃ってのはどれ位の頻度で行われているんだ?」

「月一~二度位です。昔は数カ月に一度、大規模に行われていたらしいのですが、ここ一年は回数が増えた分小規模になりました」

 ふぅん、と俺は副長の話を聞いて思考を巡らせていた。

 何かのきっかけを経てそうなったのか、とか今月はもう襲撃が行われたのか、とか。

 そんな時だった。

 また、あの気配がした。

 今度は誰でも分かった。

 音も含んでいたから。


 森がざわめいた。

 会話を止め、森の奥へ目を凝らす。

 今や暗がりの草達が波打ち始めていた。

 何かいる。

 自然と緊張が走り、迫る何者かを固唾を呑んで見守った。

 来た。

 集団、人間、殺気。

 戦闘の命令を出すには充分過ぎる理由。

 連信ラクリマ結晶に手を掛け叫ぶ。

「総員迎撃態勢っ!」

 それから俺は信じられない光景を目にした。

 敵集団の一人が尋常でないスピードで突っ込んでくる。

 バセラ1の兵士がそれを迎え撃つが。

 電光石火の袈裟斬り。

 バセラ1の兵士はもろに喰らってふっ飛んだ。

 放物線を描き宙を舞い、どうと倒れる。

 周囲の者は理解が遅れ、二度三度と瞬きした。


 そこで突っ込んできた何者かの容姿がはっきりする。

 背の低い女の子。

 勝気な翡翠の目で、柔らかな雪色の髪は二つの房にし、腰まで下ろしている。

 活力ある肌はパンと張り、細い眉に小鼻、小顔。

 この雪髪の娘は小生意気な感じに口の端を釣り上げた。


「熱狂と狂乱を届けに来た。あたしを止めて見せろ……!」


 刀を前面に押し出し大胆不敵の挑発。

 熱狂は彼女を発生源として瞬く間に伝染する。

 兵士二人が気合の声をあげ襲い掛かった。

 雪髪の娘は風を捕まえた飛燕となり一旋回で二閃。

 二人の兵士が次々崩れ落ちる。

「さあ踊れ!」

 次に三人の兵士が猛り狂い突進。

 雪髪の娘は一人をフェイントからの面打ち、一人を回避しながらの反撃で、もう一人には倒れかけの兵士を盾にしてからの奇襲で倒す。

「踊れ!」

 焦った兵士が後ろから斬りかかる。

 雪髪の娘は振り向きざまに突きを放ちそれを倒す。

「踊れぇっ!」

 更に数人の兵士がやられると、雪髪の娘の周囲には十人以上の兵士が倒れ伏していた。

 まるで死体の山を築く武神。

 その中心に佇む敵少女は余裕綽々で言った。


「剣の舞を楽しむ方法は三つ。一つは戦場を駆けうめき声を上げさせる演者になる、一つは醜悪な舞で演者の斬られ役になる、そして最後の一つは……観客になる。さあ、好きなものを選べ……!」


 熱狂は反転する。

 彼女が一歩動くと彼女を取り巻く兵士達の囲みもぶるりと震えながらそれに合わせて動く。

 しかし誰も斬りかからない。

 彼女の周囲に踏み込んではいけない聖域が形成されているようだった。

 雪髪の娘は満足そうに周囲を一瞥すると、俺と視線が合ったところで固定させた。

 そして宝箱を見付けたようにニイッと笑みを浮かべた。


「指揮官はあなたかなぁー……?」

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