第7話

 アンガル1中隊の采配は鮮やかだった。

 手際良くこちらの動きを捌いてきた。

 こちらが予定していた【ルサリー2】の早期撃破は巧みにかわされ、逆に敵は【バセラ1】の早期撃破を狙ってきた。

 部隊の練度が高ければエレノアの采配がもっと光ったかもしれない。

 しかし結成間もない部隊ではそれも難しい。

【バセラ1】を撃破した後は残った部隊を各個撃破して終了……そんなシナリオだろう。

 ガレは最初から全力で、完膚なきまでに潰しに来ていた。

 こちらに何もさせずに終わらせるつもりだ。

「た、隊長やっぱり無理です!」

 エレノアの声には焦燥が混じっていた。

「むう、アンガル1中隊は強いな」

「そりゃそうですよ! アンガル1中隊はガレ中隊長を始め学年主席が二人もいて、全体的にウチの中隊より成績上位者ばかりなんです! それに、こちらは結成して間もないですし、向こうは経験も豊富で連携も取れています!」

「聞けば聞くほど不利だな……」

 戦力は向こうが上。

 戦術も向こうが上。

 経験も連携も向こうが上。

 何もかも向こうが上。

 絶望の空気が立ち込める。

 それぞれの隊員達の表情が暗く沈みこんでいく。

「うう、短い間だったけどこの中隊も終わりです……もう敗北を待つだけ……」

 エレノアが悔しさで戦慄いた。

 作戦会議で紛糾し雰囲気が悪くなり、〈レドラス〉カードの選定の話で更に最悪な空気になり、そして今窮地に陥り絶望にまで落ち込んでいる。

 しかも敗北すれば追放という容赦の無い仕打ち。

 世界の全てが闇に閉ざされようとしているかのようだった。

 俺は溜息をつき、言った。


「ちょっくら行ってくるわ」


 手をひらひらさせて、目をぱちくりさせているエレノアから離れる。

 そして敵の集団へと飛び込んでいった。

 オグカール小隊長は相手にしない。

【ルサリー3】の隊員目掛けて抜刀の延長で一閃する。

 これで一人倒した。

 白ソルを1点獲得。

 そしてすぐに別の隊員へ一閃、もう一人倒した。

 白ソルを1点獲得、これで白ソル2点。

「さて、それじゃまあ…………

〈レドラス〉の文法を紡ぐ。


「レドラス・イルトラット――彩色の導き!」


 一文字一文字、一音一音をはっきり丁寧に発声する。

 その声は鍵となり、魔術という超常現象の扉を開放する。

 刀が呼応したように輝きを放ち始める。

 幻想的で透明な光がぶわりと噴き出し、周囲に広がっていった。

 ダイヤモンドダストのようなきらめきを発し、遂に〈レドラス〉が発動する!

【彩色の導き】発動。

 視界に半透明に映るソルが踊り、虹色に変化していった。

 白ソル2点が変換され、虹色ソルを2点獲得。

 そして【彩色の導き】のカードが変化して【炎気纏い】になった。

 殺傷能力の低い攻撃を心掛ける模擬戦では不要なカードだな。

 これで他のカードが使用できるようになった。

 続けて詠唱開始。


「レドラス・イルトラット――大跳躍!」


 虹色ソル1点を消費し起動。

 刀が青い燐光を発する。

 それが周囲に広がり、俺の足に集まってくると羽根のついたブーツを形作った。

 どこまでも飛んでいけそうな魔術のブーツだ。

 普段と同じ調子で飛び上がる。

 すると地面を蹴った途端不吉なほどの浮遊感。

 尋常じゃない大ジャンプ。

 魔法でいくら身体強化しても絶対手の届かない高度まで一瞬で上昇し、戦場であるにも関わらずただ一人だけ空白地帯に佇んでいる気分になった。

 その場で飛んで落ちてきたら、殺到した【ルサリー3】の隊員達にやられるだろう。

 敵の軍勢の直中に飛び込んでも同じ。

 

【ルサリー3】の遥か後方を目指して飛ぶ。

 着地前にもう一度詠唱。


「レドラス・イルトラット――獣反応!」


 刀から緑の燐光が発生。

 幻想的な光が身体を包み込み、それが豹の形になった。

 みるみる知覚が鋭敏になり、身体の隅々までそれが行き渡ると指一本の動きまで軽くなった気がする。

 敏捷性が普段の限界を突破したのを内側から感じた。

 そして、着地先を見据える。

 のいる、その場所を。

〈アイ〉による身体強化、そこに【獣反応】による敏捷性上昇を乗せて。

 ヤツや周囲の護衛が目を剥いている隙を突き。

「ふっ―――!」

 呼気を漏らし、一閃。

 目標の額へ狙いを定め、腕を高速で振り切った。

 緑色のきらめきが周囲を舞い散り、桜吹雪のようになった。

 着地。

 ズザザザッと地面を滑る。

 ヤツの背後を滑っていく。

 そして、止まった。


 振り返るとヤツの背中。

 ヤツ――ガレも振り返った。

 額に付けた板が、割れていた。

「…………ごふぁっ!」

 ガレは何かを吐き出す仕草をして口元を押さえ、膝を突いた。

 多分血を吐いた仕草をしているつもりなのだろう。

 俺は不敵な笑みを浮かべてガレを見下ろした。

 だがこいつの演技に何かコメントするよりも重要なことがある。

 連信結晶を掴んで、言った。

「皆、今がチャンスだ! 敵小隊長を討て! 呆然とするな!」

 今、この時。

 オグカール小隊長も、アルフ小隊長も、ナニャフ小隊長も。

 そしてその隊員達も。

 

 アンガル1中隊は、プラムやネイダ、エレノアの部隊に、

 絶好の機会!


『バセ1、オグカール小隊長撃破!』

『バセ2、アルフ小隊長、撃破!』

『バセ3、ナニャフ小隊長撃破ですー!』

 次々戦果報告が入ってきた。

 俺は戦場を見渡した。

【バセラ1】【バセラ2】【バセラ3】が勢い付いて攻勢に出ている。

 軒並み隊長を失った部隊は瓦解するだけだ。

「さて、皆の動きを見せてもらおうかな。じっくりとね」


 ネイダの【バセラ2】はようやくエンジンが掛かったみたいに勢いが付いた。

「レドラス・ヴィリッサル――狩猟本能!」

 ネイダは納刀状態で〈レドラス〉を詠唱。

 刀が緑に発光した。

 そして周囲に光が拡散、またネイダへと収束、鷹の形になった。

 猛禽類の獲物を見逃さない狩猟本能が見るだけで伝わってくる。

 そして彼女は俊敏な動きで【ルサリー2】の隊員達に斬りかかる。

 走る、斬る、また走る。

 左右に跳び回る。

 回転斬り。

 刺突。

 二連撃、三連撃。

 地面にいながら大空を舞う鷹となり獲物を屠る。

 次、次、また次。

 彼女の移動した軌跡に光の残滓が舞った。

 ネイダは隊長でありながら自身が先頭に立ち、斬り込んでいく。

 思い切りがよく躍動感がある。

【先鋒隊】を任されるだけあり見事な突破力。

 これがネイダの持ち味のようだ。

 文字通りの斬り込み隊長。

 隊員達もネイダに後れを取るまいと血気盛んに攻めている。


 プラムの【バセラ3】は徐々に【ルサリー1】を押し始めている。

「レドラス・イルトラット――献身の使い魔!」

 プラムが〈レドラス〉を詠唱すると白い燐光が収束し一つの擬似生命体を生み出した。

 プラムよりも身長の低い、白いゴーレムだった。

 ソル1点で起動できるカードから生み出されたものなので、大したことはできない。

 しかしせっせと召喚主であるプラムの横を走り、守ろうとしていた。

 プラム自身は部隊の中央に位置し、特徴的な指揮をしている。

 指示よりも『頑張ろうねー!』といった励ましの言葉や『ナイスですよー!』などの褒める言葉の方が多いのだ。

 最初は隊員たちが『そんな言葉は戦場にいらないだろう』といった鬱陶しそうな顔を浮かべていたが、しばらくするとプラムの言葉に奮起するようになっていった。

 盛り上げ方が上手いのだ。

 見てみれば、どの隊よりも士気が高くなっている。

 士気の上がった隊員達の動きは目覚しく良くなっていた。

 攻防バランスを取り隙無く相手に王手を掛けていく。

 そして士気を高め一体感を出す。

 これがプラムの持ち味のようだ。

 和気藹々を作り出せる隊長だろう。

 隊員達も全員攻撃、全員守備の精神で早くも一体感が生まれつつある。


 エレノアの【バセラ1】は【ルサリー3】をいなしながら、【バセラ2】へ合流を果たそうとしていた。

「レドラス・イルトラット――守りの風!」

 エレノアの周囲が青く輝き、集まっていた敵達が仰け反って五歩分くらい後方へ弾き飛ばされる。

 そしてその隙にエレノアが指示を飛ばし、【バセラ2】へ合流を急いだ。

【バセラ1】は最初に多くの隊員達が倒されてしまった。

 オグカール小隊長を倒したとはいえ【ルサリー3】が倒せる程の反転攻勢に出られないという判断だろう。

 実に冷静で的確な采配だ。

 味方に合流するのが一番である。

 エレノアは部隊後方に位置し、自身は剣を交わらせることなく指示に徹している。

 さきほどの【守りの風】のように突然敵の前に飛び出しトリッキーな技を決めるというのもかなりの頭脳プレーである。

 冷静な判断で的確な采配、トリッキーなカードで相手を翻弄する。

 これがエレノアの持ち味のようだ。

 軍師や策士といった隊長だろう。

 隊員達もエレノアを信頼し始め、動きが徐々に良くなってきていた。


 俺は皆の活躍を見られて満足だった。

 ガレの護衛達も倒し終わり、納刀する。

 すると、ガレが土下座に近いうなだれた姿勢で叫んだ。

「何故だ…………何故だ…………何故何故何故何故、何故なんだ!」

「油断したなー」

「何故、イジってくれないんだ!」

「それかよ! ああ良い吐血の演技だったよ! 俺にはお前の血が視えたよ!」

 何故俺がいちいちこいつの演技にコメントしてやらなきゃいけないんだ。

 戦況は一変、それまでピンチだったアンガル4中隊は形勢逆転していた。

 各小隊がうねるように動き、アンガル1中隊を掃討していく。

 勝利へと向かって一直線だった。


 模擬戦終了、アンガル4中隊の勝利。

『お疲れ様でした――――――――――――――――――――――――っ!』

 終わったら皆で挨拶。

 試合中は敵でも試合後は友である。

 そして泣きじゃくるガレを宥めた後、待機場所へと戻ってきた。

 プラムが飛び跳ねながら俺に握手を求めてくる。

「やたー勝利ですよー! 隊長見直しましたよー!」

 きゃっきゃとするプラムとは違い、ネイダは不審な目つきだ。

「隊長、何あれ? 何で隠してた?」

「あのなあ、俺が説明しようにも説明させてくれなかったじゃないか」

 ぼりぼりと頭を掻きながら抗議すると、ネイダはムッとした。

「ネイダ、悪くない。言いたければ、言えば良かった」

 反省が見られないようなので俺は仄暗く濁った目を向けた。

 視線を逸らそうとするのでそれを追っていく。

 そして端的に名前を呼んだ。

「ネイダ」

 言外に、、と混ぜた呼びかけ。

 するとネイダも観念した。

 服の裾をぎゅっと握り締め子供が悪戯を謝るように。

「ごめん、なさい」

 小さな唇が恥ずかしさに耐えるように震えている。

 素直じゃないなあもう。

 エレノアもプラムも謝ってくれたので人の話を聞かなかった件についてはこれで終わりにする。

「隊長、まさかこんな凄い作戦を思いついていたなんて……」

 エレノアの言葉に俺は苦笑した。

 ここへ来てタネ明かしを行う。

「エレノアの作戦を聞いて、俺は凄く良いと思った。ただそこに、ワンポイント加えれば確実に勝てると考えたんだよ。俺が思いついたのは……」


 平地ばかりで地形効果が無い。

 中隊長は全体を見渡すために数人の護衛と最後尾にいることが多い。

 ガレは厄介であり、彼をどれだけ早く倒せるかが鍵。

 各小隊に極端なバラツキは無く、あくまで采配によって決着すること。


「……地形効果が無いなら逆に隠れる場所が無い。ガレは最後尾にいるが、辿り着いてしまえば護衛が手薄。そして奴をどれだけ早く倒せるかが鍵。だから奴を真っ先に倒す方法を考えた。そこで【大跳躍】で奴の所にひとっ飛びする秘策を思い付いたんだよ。しかも各小隊にバラツキが無くあくまで采配によって決着するなら、。そこで【大跳躍】を使った時の効果に捻りを加えて利用してやることにした。ガレが狙われれば必然的にアンガル1の面々はそちらを向く。。その時が各小隊長を倒す絶好のチャンスだった」

 ただ、この作戦は『味方にも黙っていた方が成功率が高い』性質のものだったので彼女達に教えなかった。

『わざとらしさ』が少しでも出てしまうと相手に気付かれてしまうからだ。

 敵を騙すにはまず味方から。

 しばしの静寂。

 彼女達は唖然としていた。

「あの作戦会議の時間だけでそこまで思い付くなんて……隊長凄すぎます!」「驚きですよー!」「七六五三位、本当?」

 驚くようなことだろうか?

『ただ勝つための案を閃いた』だけなのに。

 ガレが『軍学校で成績を残せない者が軍で活躍できるわけがない!』と言っていたが、そんなことは無い。

『○○ができなければ××は無理』って論法は冷静に考えればおかしなことばかりだと思わないか?

 身近な人も救えないで世界が救えるか、とか。

 妹がある病気だったとして、兄が新薬の開発途中でその妹が亡くなってしまったとする。

 しかしその新薬を後に完成させ、妹と同じ病気を患う世界中の人達を救うことはできるじゃないか。

 身近な人を救えなかったからこそ世界を救うんだよ。

 まあ、馬に乗れないのに馬術競技に勝つとかは流石に無理だろうけどな。

「隊長、ビジョンの話も途中でしたよね? あれは何を言おうとしていたのですか?」

 エレノアの問いに、あああれね、と思い出す。

「皆はさ、この模擬戦のビジョンを何に定めていた?」

 場の空気が急に引き締まった。

 俺は続ける。

「ネイダは?」「……勝つこと」

「プラムは?」「……強くなること?」

「エレノアは?」「……より良い戦術を編み出すこと?」


「どれも良いんだけど、どれも違う……良いか、今回は初戦だ。中隊結成初日だ。何よりも大事なのは『知ること』だ……! 皆の小隊だって結成したばかりだ。ネイダは【バセラ2】小隊のメンバーをよく知らずに勝つことを目指すのか? プラムは【バセラ3】小隊のメンバーをよく知らずに強くなることを目指すのか? エレノアは【バセラ1】小隊のメンバーをよく知らずにより良い戦術を目指すのか?」


「ん……」

「あう……」

「確かに……」


「自分の部隊のメンバーは共に戦う仲間であり、家族みたいなものだ。人は一人では生きていけない、皆で助け合って生きていくんだ。部隊のメンバーをよく知らずに自分だけで目指すのは無し。皆で目指そう。だから今回のビジョンは『知ること』が適切だった。俺は中隊長として君達のことを知る、君達は小隊長として隊のメンバーを知る。多くを望まなくて良い。多くのものを掌で掬ってもぽろぽろと零れていってしまう。隊の動きを確認するつもりで模擬戦に臨めば良い…………そう言うつもりだった」


 三人とも言葉を噛み締めるように俯いていた。

 そしてエレノアががばっと顔を上げる。

「ハロルド隊長、そこまで考えてくれていたのですね……私、これからはハロルド隊長の話をよく聞くようにします! だからこれからも隊長としていて下さい!」

「これからもお願いしますよー!」

「お願い、します」

 プラムもネイダも真剣な表情で見詰めてきた。

 作戦会議の時は全然認められていなかったけど、今ようやく俺は隊長として認めてもらえたようだ。

 部隊の結成というのは結成式を行っただけではまだ半分なのかもしれない。

 今こうして隊長として認めてもらったことで、初めて部隊が成立した気がした。

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