第22話 伝説の味編(4)

肉体の疲労に気付いて我に返ったジュンペイは、腕時計に目をやった。時刻は午後五時に近づいていた。



「もうこんな時間か、そろそろ帰らなきゃな」



ジュンペイは一人、ぽつりとつぶやくと、ヤナセに声をかけようと視線を移した。するとどういうわけか、先輩はフラフラになりながらもバットを振り続けていた。



二人はスポーツセンターを後にし、「じゃあな」「ありがとうございました」と一言ずつ言葉を交わすと、その場で別れ、それぞれの家へと帰った。



ジュンペイが家のドアを開け、玄関に入るといつもどおりにユキが出迎えてくれた。



「ただいまぁ」



「おかえりなさい。あれっ? 朝出ていったときよりも少しせたんじゃない。『ビジネスの講習会 』って、なんのビジネスだったの?」



「『ビジネスの講習会』はたいした内容じゃなくて、ただメモとりながら聴いていただけだよ。でさ、その後ヤナセさんとバッティング場に行って、気付いたら三時間ぐらいバット振り続けちゃってて……そうか、少しやつれたか」



一通りのやり取りを交わすと、ジュンペイは肉体も精神もクタクタの状態で居間のソファーへと流れ込んだ。



しばらくすると、ユキがキッチンから『伝説の抹茶ロールケーキ』を二切れお皿の上に載せ、フォークと一緒に、ソファーの前にあるテーブルへと置いた。ジュンペイは「ありがとう」とお礼を言うと、フォークで食べやすい大きさに一口分切り分け口に運んだ。



「……うっ、美味い……まさか?」



ジュンペイは目を思いっきり見開き、首から下は疲れてグッタリしたままなのに、顔だけはよみがえったような、生気がみなぎるような感じを覚えた。



「『抹茶帝国』の『伝説の抹茶ロールケーキ』だよ」



ユキはさらりと言ってのけた。



「これがあの伝説の……買えたの!?」



「いや、ワタシが買いに行ったんじゃなくて、今日お姉ちゃんが来たんだ。それでお土産に持ってきてくれたの」



「サチコさんナイスだな。これ美味いってもんじゃないよ! でっ、伝説だな」



ジュンペイは、一生口にすることなど出来ないのではないかと思っていたものを口にすることができ、やはり、顔だけは“ハイ”になっていた。



「サチコさんとは色々話せた?」



「うん、まあね……」



ジュンペイは、ユキがこころなしか元気のないような気がした。



「サチコさんとなにかあったの?」



ジュンペイが心配してきくと、ユキは何も答えず、ソファーまで来て彼の隣に座った。



「お姉ちゃん、離婚することになったんだ」



「……」



ジュンペイは言葉が見つからずに沈黙した。するとユキが口を開き、サチコが離婚することになったいきさつを話した。



「……そっか、全然気が付かなかったな。確か最後に会ったのって、三ヶ月ぐらい前だったよな?」



「うん。みんなでバーベキューした時だから、確か七月だったよね」



「仲良さそうだったのにな。あの時からすでにそういう話しが出てたのかな?」



「……だと思う」



「そうか……外からじゃわからないもんだな、身内の事でも」



「お互いに好き同士で愛し合って一緒になったのに……結婚ってなんなんだろう」



「そうだな。うちらがしてあげられることは、変に気を使わずにいつも通り、普通に接することだと思うよ」



「うん」



二人は心の中で『死ぬまでずっと一緒に、笑いの絶えない幸せな夫婦でいたいな』とお互いに感じていたが、彼はタカオカとの事を、彼女はジュンペイをこばみ傷つけてしまった日の事に後ろめたさを感じていて、素直に言葉に出すことは出来なかった。

























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