第18話 心の仮面編(5)

家に着き、玄関のドアを開けると、ユキは笑顔で出迎えた。二人とも、表面上は以前のような仲の良い新婚夫婦に戻りつつあるが、心の底には葛藤が残ったままである。



「いやぁ~、腹減ったぁ~! 今日の夕食は何かなぁ~!?」



ジュンペイのテンションは、つい数時間前には会社から処分を受けるかもしれない瀬戸際せとぎわに立たされていた、男の“それ”ではなかった。



「今日のメニューは、今から買い物に行ってくるね」



ユキもジュンペイに合わせ、ハツラツと答えた。



「ハァ!?」



ジュンペイの声が裏返る。



「ウソだよ! 今日の夕食はハンバーグだよ」



「あぁ~ビックリしたぁ~。ハンバーグの匂いがするから、食べ終わった後なのかと思ったよ」



二人は笑いながら居間へと移動した。ジュンペイは、スーツ姿から部屋着に着替えると食卓に着いた。



「おっ、めちゃくちゃウマそうじゃん。ユキの作るハンバーグは、回を重ねるごとに本格派になっていくな。いただきま~す!」



ジュンペイは他のわき役には目もくれずに、一目散いちもくさんにハンバーグへとがぶりついた。



「……なっ、なんなんだこの感じは。噛んだ瞬間に肉汁が口の中いっぱいに溢れ出し、もう口の中が美味おいし汁で洪水こうずいやがな」



ジュンペイは、グルメリポーター気取りで美味しさを表現した。



「ありがとう。お風呂場の浴槽よくそうが溢れ出すくらいいっぱい作ったから、たくさん食べてね」



ユキは冗談まじりに嬉しそうに言った。



「お風呂場いっぱいにって。そんなに作って全国に出回っちゃったら、日本中のハンバーグ屋さんが自信なくしちゃうな」



「もう、ジュンちゃん口が上手いんだから……なんか、こんなに元気なジュンちゃん見るの久しぶりだな。嬉しいな」



ユキがそう言うと、ジュンペイの笑顔は影をひそめ、一転して神妙な顔つきになった。



「……あっ、あのさ、今週の日曜日なんだけど、会社の人と出かける約束しちゃったんだよね……行ってもいいかな?」



ジュンペイは、目を左右に泳がせ、ぎこちなく言った。



「うん、行っておいでよ。日曜日って、あさってだよね。会社の人って、ヤナセさん?」



「いっ、いやっ、ヤナセさんではないかな……あっ、あのっ、同じ部署の、後輩なんだけど、ちょっとさ、最近、元気がない様子なんだよね。それで、気晴らしにでもって話しになって、えっ、映画でも、見に行こうかなぁ~てことになってさ」



ジュンペイは、電話越しからでもすぐに怪しいと疑われてしまうような口振りである。



「映画ってことは、女の人?」



彼の心は、後がないという状況にまで追い込まれてしまっている。



「おっ、女? 男なのかなぁ~? ぼっ、ボーイッシュな、女の人かな」



ジュンペイは、別にやましいことなどは何もないと思い込もうとしていた。だが、深層心理には若干でも下心があるためなのか、何もかもが不自然になってしまう。



「日曜日に会社の人と出かけるって話しになってから、ずっと挙動不審だよ」



「そっ、そうかなぁ!」



ジュンペイのひたいからは、滝のように汗が流れ出している。



「すごい汗だよ。まぁ、会社勤めしていると、色々と言いにくいことだってあるよね。行っておいでよ!」



そう言うとユキは、ジュンペイが飲み終えた空のコップに麦茶を注いだ。



「はい! これ飲んでカラダから抜けた水分補充しないとね」



「あっ、ありがとう。そして、再びいただきます」



ジュンペイは、コップに注がれた麦茶を一気に飲み干した。



ユキは不安の上に笑顔を被っていた。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る