ハズレ姫とは私のことでしょうか?

花果唯

準備編

第1話 ここはどこ? 私はだれ?

「異世界召喚キター!」

「? ……!?」


 わけの分からない叫び声で目が覚めました。

 目に映るのは雲一つ無い空。

 それに『ザパーン』という波がぶつかっている音が聞こえます。

 固く冷たい石で出来た床に倒れているのですが、海が近いのでしょう。

 近いというより、まるで海の上にいるようです。


「……」


 頭がボーッとして、何が起こったかさっぱり分かりません。

 直前のことも思い出せません。


 あれ、そういえば今……声が……ということは『誰か』いるようです。

 声の方へ、仰向けのまま首を向けました。

 まだぼんやりとする視界を定めながら、人影に焦点を合わせていくと――。


「えっ……」


 そこに居たのは……『絶対に目の前にいるはずのない人』でした。


 柔軟運動と筋力トレーニング、管理した食事で仕上げたしなやかな身体。

 化粧水を叩き込ませたきめ細かな白い肌。

 イオンのドライヤーで乾かし続けた、枝毛一つ無い胡桃色の髪。

 元モデルの祖母にそっくりなはっきりとした顔立ちにエメラルドのつぶらな瞳。


 それは、まぐれも無く『私』、『白鷺瑠奈しらさぎるな』でした。

 どういうこと?

 私はここにいるのに、どうして目の前に『私が』いるの?

 呆然と目の前の『私』を見ることしか出来ません。


 私の視線に気づき、目の前の『私』がこちらを見ました。

 そして笑いました。

 笑った、と表現するのは的確ではないかもしれません。

 『嫌らしく歪めた』と言った方が良さそうです。

 なんなの、この私もどきは。

 自分の顔がこんなにも嫌悪感が湧く表情を出来るなんて知りませんでした。


「さよなら。不細工な私」

「……?」

「へえ……こんなに体が軽いんだ」


 私もどきはこちらに向かって何かに呟きましたが、興味は自分の身体に映ったようです。

 両手で顔や身体を触り、ニヤニヤしています。

 完全に不審者です。


 自分と同じ顔の人間の奇行に呆気にとられていましたが、人の足音が聞こえてハッとしました。

 誰かが近づいて来る……。

 数人の足音、十人近くはいると思います。


 異常に重い身体を起こして周りを見ると、そこは本当に海の上でした。

 海の中に柱を立てた石橋の中腹、広場のように開けた場所に私は横たわっていたのです。

 目の前には海の中に聳え立つ巨大な二つの塔があります。

 足音は陸地の方、背後から聞こえました。

 振り返るとそこには、まるでモンサンミッシュエルのような小島がありました。


「ここは何処?」


 見たことのない場所です。

 そしてこちらに向かってくる集団も視界に入りました。

 誰なのだろう……あの人たちに見つかっても大丈夫なのでしょうか。

 不安に襲われましたが、混乱しているうちに人の塊はその姿がはっきりと見えるところまで来てしまいました。

 何も分からない状況だし、なるようにしかならないかと腹を括って集団の到着を待つことにしました。


「……え? コスプレ?」


 甲冑姿の数人を引き連れ、先頭を歩いているのは長身の男性で……。

 私はその姿に衝撃を受けました。


「天使!?」


 そう勘違いしてしまうほど、その人は輝いて……綺麗でした。

 彫刻のように整った顔に、太陽の光を浴びて眩しい輝きを放つ金の髪。

 周りに広がる海よりも透き通った蒼の瞳。

 白で統一された騎士のような出で立ちで、波風を受けながら凜と進む姿はスクリーンから飛び出してきたのかと思うほど現実離れしていました。


「キタッ!!」

「え、何……?」


 突如聞こえた寄声に驚き、私もどきを見ました。

 彼女は金髪騎士を見つめながらも、向こうには見えないようにこっそりとガッツポーズをしていました。

 知り合いなのでしょうか。

 少なくとも私もどきは、私よりも状況を把握していそうです。

 疑いの視線を送っている間に金髪騎士達がこの場に到着しました。

 すると私もどきは下卑た笑いを引っ込め、優雅ぶった微笑みを浮かべて金髪騎士の方を向きました。

 金髪騎士も私もどきの視線に気づいたようで、彼女に目を向けると……固まりました。


 ……何?


 見つめ合う金髪騎士と私もどき。

 まるで時が止まったようです。

 キラキラと星が散らばった、桃色の背景が見えそうな感じがするのですが……本当に何なのでしょう。

 少しすると金髪騎士は我に返ったようで姿勢を正し、私もどきに優雅に礼をしながら口を開きました。


「ようこそ、『ノアソフィア』に。女神の使者ソフィアドール殿」


 ……ん?

 『のあそふぃあ』というのは何かの施設名なのでしょうか。

 ここはコスプレを取り入れたテーマパークのようなもの、とか?

 頭にハテナマークを浮かべながら混乱していると、金髪騎士が私にも気づいたようでこちらを見ました。


「お前は……どこから入った?」

「はい?」


 私もどきに向けた視線とは真逆の、不審者を見るような目です。

 何なのでしょう、この違い。

 モヤッとしてしまいました。


「私が聞きたいくらいです」

「彼女と同じ身なり……まさか、これもか?」


 『これ』というのは私ですか?

 物扱いですか?

 申し訳ありませんが、モヤッとどころではありません。

 私、結構苛々してきました!

 金髪騎士は綺麗な顔を嫌悪に満ちた顔に歪めていますが、私も負けないくらい目が据わっていると思います。

 さっきは『天使』などと思ってしまったことを激しく後悔です。


「それは女神の使者じゃないでしょ。きっとこっちだけだよ!」


 金髪騎士を睨み続ける私を、更に苛立たせる陽気な声が湧きました。

 声の主は金髪騎士の後ろからひょこっと顔を覗かせた後、ぴょんと一歩飛びだし、私もどきに近づいて行きました。

 それは桃色の髪をした細身の少年で翡翠色のぱっちりとした目が愛らしい、こちらも容姿の整った人物でした。

 服装も甲冑姿のその他大勢とは違う、髪よりも濃い桃色の可愛らしいファー付きコートを着ています。

 私もどきは彼を見て、一瞬嬉しそうな顔をしたのが分かりました。


 私の方は彼に怒り心頭です。

 可愛い外見なんて目に入りません。

 またもや物扱いされた上に、侮辱された気がします。


「綺麗なお姉さん、お名前は?」


 桃色の髪の少年が愛らしい微笑みを浮かべ、私もどきに名前を聞きました。


「白鷺瑠奈と申します」

「!? それは…………うぅ!?」


 そんな……そんな馬鹿な!!

 そんなはずがありません!!

 『それは私の名前』、そう言いたかったのに……。

 急に心臓が痛くなりました。

 握り潰されそうになっているような……今まで生きてきた中で感じたことの無い痛さです。

 これは何!?

 一瞬でしたが、あまりにも強烈な痛みだったので驚いていると、私もどきと金髪騎士達の話は終わったようで、どこかに向かおうとしていました。


 「……一応、あなたもついて来て頂けますか?」


 金髪騎士が私に向かって言っています。

『一応』ってなんなのでしょう。

 妙に棘を感じます。

 『お断りします!』と言いたいところですが……。

 知らない場所のようだし、取りあえずついて行って帰り方を聞いた方が良いかもしれません。

 思考を巡らせていると、桃色の髪の少年が足を止めてこちらを見ました。


「ええ、絶対違うって。こんなだらしない身体の奴が女神の使者だなんてありえないもん。だって歴代の女神の使者は、総じて『美しい』って言ってたもん」

「は?」


 ……だらしない身体?

 誰のことを言っているの?

 桃色少年は私を見ているけれど…………まさか、私のこと!?

 何を言っているの。

 私はこれでも鍛えているし、健康にも気を遣って……。


「……!?」


 無意識に見た自分の手。

 それは「ピアノが上手そう」とよく言われた、長くスラッとした手ではなく……丸く柔らかな手でした。

 私……太った?

 いや、そんな『ちょっと太った』なんてレベルではありません。

 骨格から違います。


「此処にいるということは『女神の使者』だ。身に纏っている衣服も見慣れないものだ。異世界から来たからだろう」


 誰でしょう……正直に言うと、衝撃を受け過ぎてどうでもいいのですが。

 金髪騎士でも桃色の髪の少年でもない、落ち着いた声がしました。

 声の元を探すと、甲冑兵士に紛れて黒のコートを着た少年が見えました。

 髪も黒で黒ずくめです。

 前髪が長くて顔は見えませんが、桃色の髪の少年より身長も低くて幼い気がします。

 中学生くらいでしょうか。

 ですが、落ち着きと貫禄は此処にいる誰よりもあるように感じます。


「兎に角、議長の元へ」


 『議長』とはこの場所の責任者でしょうか。

 責任者なら金髪騎士達よりもまともに話が出来ることを期待したいですが……。


「悪いようにはしない。お前も状況を把握したい筈だ。ついて来るといい」


 黒ずくめの少年はそう言うと島の方に歩き始めました。

 それを皮切りに、私以外の全員も移動を始めました。


 黒ずくめの少年の言葉は素っ気なかったですが、悪意は全くありませんでした。

 この場で一番素直に意見を受け取ることが出来ました。

 ……かと言って信用出来るかという難しいですが、今のところ私にはついて行く以外選択肢はなさそうです。

 妙に敗北感を感じながら、彼らの後をとぼとぼとついて行きました。




 海の上の石橋を抜けて島に入ると、そこには城下町のような光景が広がっていました。

 島の中心の高い位置に城がそびえ立ち、その周りをぐるっと町で囲っています。

 島に入ってすぐ、馬車が私達を待ち構えていました。

 馬車って……。

 やっぱりテーマパークなのでしょうか。

 本格的です。


 四頭の馬がワゴン車くらいの客車を引くようです。

 甲冑兵士達は乗らないようで、金髪騎士、桃色の髪の少年、黒ずくめの少年、そして私もどきと私の五人で客車に乗りました。


 客車の窓から見える風景は、私が知っている日本の町並みとは違いました。

 私の印象で言うと「ロールプレイングゲームの港町みたい」です。

 波風にさらされるからか、石造の建物が多く見られます。

 露天の店先には衣料や食料などの見慣れたものに混じって剣や槍など『武器』と言われるものや、盾などの『防具』といわれるものを見かけます。

 レプリカなどの土産物屋なのかと思いましたが、どうもそのような感じがしません。

 それにそういった武器、防具を身につけている人の姿が見られます。

『テーマパークで浮かれている人』にしては本気過ぎるし、違うような気がします。


 見かける人全員が昔の西洋風な身なりというか、いかにも『ファンタジーなゲームのモブ』といった服装をしています。

 ジーパンを履いている人なんて一人いません。

 私と私もどきが着ている体操着のジャージも周りから浮いています。


 それにしても……うーん。

 座っていると、凄くゴムがお腹に食い込んできます。

 こんな感覚を味わったのは初めてです。

 服とは身体を覆うものだとばかり思っていましたが、お腹のお肉で服を包むパターンもあるのですね……。


 ああ駄目……着がえたい!

 細見え効果のある服ですっきりしたい、お洒落したい!

 この感じだとメイクもしていないと思います。

 普段から濃いメイクはしませんが、日焼け予防と美白目的の肌のケアは徹底していたので、それだけでもやりたい衝動に駆られました。


 しかし……この体型……同じ体操着のジャージ。

 私にはある一つの可能性が考えられました。

 でもまさか……そんな……。

 顔をペタペタと触って見ましたが分かりません。

 鏡を確認するほかないようです。


「ちょっと、女神の使者が乗っているって皆分かっている筈だから、そのだらし無い姿を晒さないでよね」

「!?」


 何と無く窓の外を見ようとしていた私に、桃色の髪の少年が不機嫌そうに注意をしてきました。

 また「だらしない」と言ったな!

 言わせておけば……私の本当の体はだらしなくなんてないのです。

 キュッとしまってボンと出ているのです!

 そう抗議したかったのですが言葉には出さず、視線で訴えるだけにしました。


 桃色の髪の少年の名前は『セイロン』というらしいです。

 私を無視しながら始まった自己紹介タイムによると金髪騎士が『アーク』、自分からは名乗らなかったけれど、セイロンが勝手に話した黒ずくめの少年の名前は『オリオン』でした。

 私もどきは再び私の名前を名乗り、既にアークとセイロンからは『ルナ姫』と呼ばれるようになりました。

 『そふぃあどーる』は『姫』と呼ばれることが多いらしいのですが、姫って……。

 あんな笑い方をする人が『姫』なんて呼ばれていいのでしょうか。

 それよりも『ルナ』は私の名前なのに……。

 悔しくて、腹が立って、涙がこみ上げてきました。


「あなたのお名前は?」

「……?」


 泣いているところを見せると、また嫌なことを言われそうだと必死に堪えていたところに、急に声をかけられて驚きました。

 私のことは無視していた筈なのに、どうしたのでしょう。

 キョトンとしながら顔を上げると、私に質問してきたのは私もどきでした。


「は?」


 目が合った瞬間、私の中で何かが切れました。

 何を言っているの?

 私の名を語るあなたが、私の名を聞くの?

 私から『私』を奪っておいて、あなたが私に『誰だ』と問いかけるの!?


「……そんなの……あなたは知ってるんじゃないの!?」


 私は思わず立ち上がり、私もどきに掴みかかろうとしたが……止められました。

 素早くアークに肩を押され、客車の壁に押さえつけられていました。

 その力は強く、痛いと抗議をしようとアークに目を向けると、彼の目は冷たくて恐ろしい目をしていました。

 私はとても怖くなったと同時に、やり切れない思いになりました。

 ……どうしてこんな目に。


「アーク、やめて! 名前を聞きたかっただけなの。不快な思いをさせてしまったのならごめんなさい」


 堪え切れず涙を零してしまった私を助けるように、私もどきがアークを止めて謝りました。

 私にはそれが優しさではないことは分かっています。

 きっと心の中で、あの嫌らしい笑みを浮かべているに違いありません。

 そう思うと涙は余計に止まらなくなりました。


「何を泣いてるんだよ。泣きたいのは名前を聞いただけなのに、急にワケ分かんないこと叫ばれたルナ姫の方だよ」


 セイロンのその言葉に怒りでカッとなり、怒りを込めた視線を向けましたが、アークとセイロン、二人から更に冷ややかな視線を向けられるだけでした。


「今の私はっ……ぐうっ」


『今の私は、本当の私じゃない。これは私じゃない』


 そう言いたかったのに、またあの心臓を潰されるような痛みに襲われました。

 胸を抑え、立っていられなくなり跪きました。


「……おい、どうした?」


 今まで口を閉ざして静観していたオリオンが声を掛けて来ているのがわかりましたが、私には答える余裕がありません。

 それよりも私はちゃんと言いたい。

 私が本物の白鷺瑠奈だ、と。


 「私が……本物の……し……さ……ぐっううっ!」


 私の身体は、本当にどうしてしまったのでしょう。

 ……いえ、この身体は心臓病でも抱えていたのでしょうか。

 話したいのに、言葉を発しようとすればする程痛みが増します。


「お前……それは……それ以上喋るな!」


 意識が朦朧とする身体を誰かが揺すっています。

 声からして恐らくオリオンだと思います。

 腕を引かれ、座席に座らされたのがわかりました。


「いいか、暫く何も話すな。落ち着くまで黙っていろ」


 喋りたくても喋れないので返事も出来ません。

 ぼやけた視界に、黒ずくめの少年が映ります。

 前髪を切ってしまいたいなあなんて、場違いなことを思いつつ……私の意識は途切れました。

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