第17話 選択

 巡礼者出現による混乱が一段落し、私達は塔の近くにある宿に落ち着きました。

 少しの休息の後、ミラさんに指定された部屋に皆で向かうと、そこにはあのいけ好かない連中も勢揃いしていました。

 討伐直後、アークに妙に絡まれそうになりました。

オリオンが話をし、改めて設けられた場なのですが……必要ですか?

 あの場でさよなら、それぞれ頑張りましょうで良かったと思います。


「……」


 私を鋭い視線が貫いています。

 灰原さんを始め、全員が私を睨んでいます。

 ああもう、口を開く前から敵対心しか湧きません。


「!」


 ……私、恐ろしいことに気がついてしまいました。

 灰原さん……というか私の体が少しぽっちゃりしています!!

 なんてことなの……許すまじ!!

 許すまじ!!!!

 私は太りやすい体質なのです。

 気を抜くとすぐに顔に出ます。

 顎にお肉がついてくるのです。


 灰原さんめ……ちやほやされながら美味しいご飯を食べ続けたのだな?

 肌も荒れている感じがするし……ああ憎い!

 何から何まで憎い!

 私もお腹いっぱいお肉食べたい!!

 掴みかかってダイエットに連れ出したいところですが、今はそんな空気ではありません。

 我慢、我慢だ私。

 自分の体に戻ったら思う存分磨けばいいのだ!


 この部屋はランクの高いVIPルームという感じです。

 奥にもいくつか部屋があるようですが、集まっているのはリビングです。

 ソファは対面して二つ。

 灰原さんとアークが座り、後ろに保護者ことライナー。

 窓際に置かれたロッキングチェアには、セイロンがゆらゆらと揺れながら優雅に座っていました。

 倒してやりたい。


 ソファの間にミラさんが立っています。


 灰原さんとアークに対面するかたちで、私とオリオンが座りました。

 ミラさんが立っているので座ることを躊躇しましたが、『お掛けください』と素敵な笑顔で言われたので従いました。

 アークが立てばいいと思います、騎士なのに。

 リンちゃんとリコちゃんは私の後ろに立ちました。


「ステラ様、先程はありがとうございました。素晴らしい活躍でしたね」

「いえ、私はトドメを刺しただけで」

「見事な一撃でした」

「ありがとうございます~っ」


 殆どアルの力ですが、それでも私も頑張りました。

 少しは胸を張ることが出来ます。

 達成感に浸りましたが、すぐに目の前から出ている冷たい視線に水を差され、冷めました。

 もう本当に何なの、この人達……!


「どうして巡礼者が? 調査は出来ているのか」


 オリオンの質問にミラさんがキリッと表情を引き締め、口を開きました。


「皆様方お疲れのところ申し訳ありませんが、その辺りの話をさせて頂きたいと思います。塔の封印は解けていませんでした」


 ミラさんの言葉に皆が首を傾げました。

 塔にしかいない巡礼者が現れたのだから、予定より早く塔が開いてしまったのかと思って居たのですが……。


「巡礼者は塔にしかいないんですよね?」

「ええ。ですので、封印を抜けてこちらに現れた線と、塔以外でも巡礼者が現れるようになったのか調査しています。今のところ塔以外での目撃例はないので、何らかの方法で塔から出てきたのではないかと……。封印は予定通り、明日解けるようです」


 巡礼者が現れた件については、すぐに解決というわけにはいかないようです。

 他の場所にも出るようになったのか調べるのであれば、かなりの時間がかかりそうです。


 そうなれば、私達の目前の課題は『塔攻略』です。


「塔の攻略についてですが、お任せしておりました作戦等は大丈夫でしょうか」

「ああ、大丈夫だ。俺達は暁闇の塔から進める」


 ミラさんの質問にオリオンが答えました。


「我々も……」

「私達は宵闇の塔に行くわ」


 アークの言葉を遮って、灰原さんが口を開きました。

 灰原さんパーティの面々は驚いた顔ををしています。

 恐らく、今アークは私達と同じ暁闇の塔と言い掛けました。

 どういうことなのでしょう。


「ルナ姫?」

「そちらが巡礼者を倒してくださったのだから、私達が宵闇の塔を進んだ方が良いのではないでしょうか。それに、宵闇の塔の方が進むのが困難なのでしょう?」


 見慣れていたはずの私の顔が薄く微笑みました。

 そして私を見ています。

 ……気持ち悪い、そう思いました。

 本来は自分の顔のはずなのに嫌悪感がします。


「さすがルナ姫。そうだよね、こいつらに難しい方は可哀相だもんね」


 椅子を揺らしながらセイロンが言いました。

 アークとライナーは黙っています。


「ステラ様は暁闇の塔、ルナ様は宵闇の塔を進んでくださるということで宜しいですか?」

「はい!」

「ええ。いいわよね、アーク」


 異議無しの総意として迷い無く元気に答えた私と違い、灰原さんは静かな声で返事をし、アークには試すような声を向けました。


「……ルナ姫の御心のままに」


 アークも静かに答えました。

 その返事に満足したような笑みを浮かべた灰原さんを見届け、ミラさんは話を締めました。


 微妙な空気が流れています。

 色んな思いが渦巻いているのでしょうか。

 灰原さん達がやけに静かなのが不気味です。


 兎に角、これで一先ず解散。

 いよいよ明日から攻略開始です。


「おい」


 部屋から出ようとしている私にセイロンが声を掛けてきました。

 私の中でカチッと真顔スイッチが入りました。


「ナンデショウカ」

「その姿、どんな魔法を使ったんだ?」

「はあ?」

「変わり過ぎだよ、おかしい。まともな手法じゃないことは確かだ。どんな邪法を使ったんだ?」

「邪法!?」


 邪法というものが何なのか知りませんが、よくないことだというこは分かります。

 恐らく『いかさまをした』と言われているのでしょう。

 姿が変わったと認識されたことは喜ばしいですが、まともな受け取り方をしないのですね。


「邪法ってなんですか? この姿は私の『努力』の結果です!」

「努力? はっ! こっちに来た時は堕落したあんな締まりのない身体をしていたじゃないか。そんな奴に偉そうに言われてもね」

「! なんですって! …………ふつ」


 ぷぷっ……一瞬むかっとしましたが……その台詞は特大ブーメランとなって貴方達のお姫様、灰原さんに刺さるのですよ!

 だって『締まりのない身体』と言われたその人は本来の灰原さんなのですから。


 灰原さんことルナ姫をちらりと見ると、表情に変化は見せていませんが明らかに不愉快なオーラを出しています。

 必死に抑えているようですが、隣にいる貴方の麗しの白騎士様はご機嫌が悪いと気づいたのではないでしょうか。

 チラチラと視線を向けていますよ。


「それにその装備、どうした?」

「! うふふふ……」


 この素晴らしいスワロウセットが気になったようです。

 そうでしょう、そうでしょう!!

 とくと見るが良い!!


「企業秘密です!!」

「は?」

「ご心配なく、貴方の同業者様達は貴方の意思をよーーーく汲み取っていましたよ? おかげで装備が買えず苦労しました。でも、そのお陰で素晴らしい出会いがありました。この装備も頂けましたし、ありがとうございますぅ!」


 子供っぽいと分かりながらも思い切り当てつけながら自慢してやりました。

 オリオンが呆れているような目を向けてきますが気にしません。

 後ろにいるリンちゃんは笑っていますね?


 でも本当に大変だったんだからね!

 オリオンもまともに買えなくて苛々したし。

 でもそのおかげでロロ様に出会えたし、町で買うよりも遙かにいいものが手に入ったし。

 『ざまあみろ! ぷぷぷ』という念を、誇らしげな笑みに込めてやりました。


「……くっ。……って貰ったあ?」


 セイロンはこの装備の価値が分かるのでしょう。

 貰ったということが信じられないようで、目を見開いたまま固まっています。


「おい」


 今度はアークが私に向かって声を掛けてきました。

 もうなんなの!

 質問は纏めて一つにしてください。


「あの守護獣はなんだ?」

「『なんだ』と言われましても……」

「どうやって手に入れた? あれは……お前には相応しくないはずだ。何故お前が……」

「はあ!?」


 そんなこと、全く関係のないアークに言われたくありません。

 何を気にしているのか知りませんが、口を出さないで欲しいものです。

 アルは私がファントムに貰った大事な相棒なんだもん!


「企業秘密ですう!!」


 もう引き留められるのは嫌です。

 さっさと引き上げましょう、そう思ったのですが……。

 まだ座ったままの灰原さんと目が合いました。


「!?」


 彼女はまだ私を睨んでいました。

 その目は時間と共に、暗さと冷たさを増すようです。


 見ているのが怖くなり、私は足早にオリオンの後を追いかけました。

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