機械少女の継承 アンドロイドとスカベンジャーと

白銀悠一

第一章 覚醒

第1話 出会い

 世界は狭い。どうしようもなく、狭い。

 身体が固定されて、身動きが取れない。抗うことはできない。意志の力ではどうしようもならない。 

 だから、ずっと待ち続けた。無謬の時を。ノイズ。情報の断片を聞きながら。


 ――エラー。破損したメモリーです。修復箇所のみを再生します。


『い……か、わす……な。これ……ら世界……滅ぶ。残され……法は、君の中に……タを……トールすること……。泣くな……君は僕……の……望だ。人を……ってくれ。守れな……った、僕の……わりに』


 ――警告。感情値の上昇を確認。エラー。行動は認可されていません。


 心が叫ぶだけで、身体は動かない。

 

 ――警告。発声の不許可。待機状態を維持。スリープモードへ移行します。


 精神が騒ぐだけで、声は発せられない。

 永久の時を、待ち続ける。覚醒の瞬間に至るまで。


 

 ※※※



 荒廃した大地が目の前に広がっている。しかし、少女は何の感慨も浮かべずにひたすら道を歩き進めた。

 灰色の外套は熱い日差しを遮断してくれる。ついでにこの忌々しい臭いも遮ってくれれば申し分ないのだが、この服にそんな利便機能は備わっていない。黒髪の少女は顔をしかめながら、目的地へとひたすら歩いていく。

 岩の近くには、何らかの機械の残骸が落ちている。既に虫食い状態なため、特に見向きもしない。同業者に漁られた後だ。

 この地点にはかつて大がかりな施設があったらしい。その施設は世界が滅んで何百年も経つのにまだ存在している。

 周囲の街が風化してなくなっても、それは半壊のまま自然のオブジェとなっていた。少女は新鮮な空気を吸い溜めして、半壊した外壁から内部へと進入を果たす。


「ああっ、やってられないね。臭すぎる」


 廃品回収スカベンジャーという職業柄、少女はこういう現場には慣れている。だというのに、ここの匂いだけはどうしても受け付けなかった。内部もほとんどが当時のまま保存されている。とても重要な施設だったのだろう。記録はほぼ失われて久しいが、人々が忘れても、この建物はあり続ける。今も、そしてこれからも。


「で、みんなのがっかりバーゲンセールなわけよ。何もないんだから」


 みんな考えることは大体同じだ。少女が何回もこの場所を訪れているということは、他のスカベンジャーもこの場に来ている。そして、恐らく少女のように期待を寄せて、落胆を回収して帰路につく。

 どうせ何もないだろうと、少女も頭の中では考えている。しかし、心が我儘を言うものだから、無駄足に近しい探索を行うため、遠路はるばるやってきた。


「どうにかならないものかな。私の心の我儘加減は」


 独り言が虚しく響く。うるさいな、と施設の反響に悪態を吐きながら、少女は探知センサーを起動させた。

 メカニック一押しの高性能廃品探知機。こいつの素晴らしいところは翳すだけで立派な品物を見つけてくれるところだ。道中にも素晴らしい物を発見してくれた。空の缶詰と潰れた銃弾。高性能すぎて涙が出る。


「ほら、きちんと務めを果たせ。このポンコツ。お前が分解されないかどうかは、この場での働きにかかってる。生憎、私はそこまで寛大じゃない。仕事ができない奴にはそれ相応の処罰を与える。せっせと働け、センサー三等兵」


 ふざけながら、センサーをガレキの山に翳す。建物の天井は崩れており、日差しがガラクタたちを照らしている。如何にもなシチュエーションだが、こういうところに限って何もない。虚しさがプレゼントという粋な計らいである。

 うんざりしていた。さっさとプレミアムに戻って、楽しい楽しいドライブに興じた方がいいかもしれない。

 少女はそう考えて、最後にもう一度ガレキの山をスキャンした。やはり何もない。


「あームカつく。センサー三等兵、お前はクビだ!」


 むしゃくしゃして放り投げて、しまった、という顔をする。貴重なパーツを投げ捨てるわけにはいかない。


「悪かった、ちょっとしたジョークって奴よ。私は聖母のように優しい。きっと、私以上に優れたご主人様は世界に存在しない。むしろ私が神様。だから、機嫌を治して私の元に――良かった」


 ホッと一息を吐く。がれき山の隙間に入ってしまったかと思われたセンサーは、ピーピー喧しく訴えてくれたおかげで無事に保護できた。これで、貴重なパーツを喪うことはない。

 バカめ、とほくそ笑む。お前はこれから分解される定めにあるのだ。なのにピーピーピーピー自己主張しおって……。


「ん、待って。何で鳴ってる?」


 何もないところでお喋りするほど、センサーはお喋り好きではない。

 少女はセンサーの先に目をやって、ガレキを崩し始めた。手作業で一枚一枚、覆いかぶさっている蓋を剥がしていく。

 少女が掘れば掘るほど、センサーは騒ぎ立てた。少女の気持ちも音が早まるごとに高鳴る。

 もしや。もしかするのでは。期待を込めて、それを掘り当てた。


「これか――あ?」


 少女は手にしていた。――素晴らしきお宝、高性能ボールペンを。


「はぁ? ふざけんな! もうちょっとマシな――って、わぁ!」


 少女が地団駄を踏むと、どうやら無理に掘り起こしたのが悪影響を及ぼしたらしく、足元が不安定になった。

 おっと、おっとと? と疑問符を浮かべて、自分の足が地についてないことを悟る。


「たんま、たんま! センサー三等兵! 私を、救え!」


 しかし、少女がいくら命令を下しても、センサーには廃品を探知する以外の昨日は備わっていない。

 女の子らしい悲鳴を上げて、少女は転落した。


「ああ、痛っ。思いのほか浅くて助かったけど……ん?」


 身を起こし、お尻を擦りながら、少女は周囲に目を向ける。奇妙だった。小さな部屋だ。がれきの下に小部屋が存在していたらしい。

 だが、一番目を惹いたのは、部屋に鎮座するカプセルだ。筒状のカプセルには人が入っているようにも見える。隣に落ちていたセンサーを取って、少女は恐る恐る翳した。

 センサーは今までに聞いたこともないような音を立てている。


「マジ? マジですか? これは」


 興奮を隠せないまま、カプセルに近づく。開くボタン、開くボタン……と適当にポチポチ脇についているボタンを押しまくる。

 すると、どれかが開閉ボタンだったのか気体を噴射してカプセルが開いた。


「げほっ、げほっ。この演出いるぅ?」


 咳き込みながら、白い霧が晴れるのを待つ。そして、少女は狂喜乱舞する。

 なぜなら、そこには人が眠っていたからだ。いや、正確には人ではない。カラーはホワイトスキン。真っ白な、機械少女アンドロイド


「キャッホー! うっそ! マジ!? 信じられない!!」


 飛び跳ねて喜びのダンスを舞う。観客のセンサーも上機嫌に唸っている。

 そこに、もうひとつ声が加わった。少女の真正面、カプセルに収まっている機械少女だ。


『――行動制限解除を確認。起動プログラム実施』

「お? うおお?」


 ダンスを止めて、少女は食い入るように見つめる。その合間にも、アンドロイドは独自のプログラムを奔らせ、起動プロセスに入っていた。

 先程の狂乱はどこへやら、少女はじっと目覚めを待っていた。――機械少女の覚醒を。

 そして、その時はようやく訪れる。


「――システム正常。義体状態チェック、問題なし。外界スキャン開始。視覚センサーオン。自機の覚醒を確認」


 白い髪と透き通った肌を持つ少女は目覚めて、灰髪の少女と出会う。眼をらんらんと輝かせる少女に向かって、眠り姫は問いかけた。


「……失礼。あなたは何者ですか?」

「私はあなたのマスターよ!」


 それが二人が最初に交わした言葉だった。



 ※※※



 ――警告。生体反応を確認。後方より追尾してきます。


「付いて来ないでください、市民。私はマスターを探すのです」

「だから、私がマスターだって言ってるじゃん!」

「あなたはデータベースに登録されてません」


 理解不能なことが起きている。そうアンドロイドH232は分析した。

 目覚めたのが数分前。謎の訪問者は自分をマスターと呼称し、服従を迫ってきた。

 しかし、自分のマスターは別にいる、とH232は考えている。記憶が破損しているせいで詳細は思い出せないが、だからと言って、謎の少女の言葉に従うのは早計だと思考ルーチンは判断を下した。

 なのに、少女は付きまとっている。荒原の中を付いて来ている。


「ストーカーは犯罪です。治安維持軍により逮捕され、再教育を受けるかスペースコロニーの作業施設に送られます。一度は見逃しましょう。もし続けるようなら、治安維持法に従い、あなたを逮捕します」

「意味不明なこと言わないでって。治安維持軍? スペースコロニー? 一体何の話?」

「とぼけるのもいい加減にしてください。今は二九三一年。全ての人類は治安維持軍の保護を受けて、心身ともに健全な生活を送っています。その背中のオモチャはなんですか? 公共スペースでのコスプレは認められていますが、限度があります」


 H232が治安維持法に照らし合わせて指摘すると、少女はなぜかオモチャのくだりで憤慨した。ライフル状のオモチャを構えて、怒り出す。


「これは私のライフルよ! これで何人の荒くれたちを倒してきたことか。私は宇宙一の狙撃手よ!」

「それは結構です。いいですか? もう付いて来ないでください」


 少女の口答えを止めさせて、H232はスキャンする。そして、感情アルゴリズムが困り惑う。


「どういうことです? 故障でしょうか」

「何? どうしたの? 壊れてるの? 白い髪のお嬢さん?」

「……座標計算が間違っているとは思えません。おかしい。ここがメトロポリスなはずは……」


 メトロポリスは地球連合共和国の首都であり、技術の粋を集めて創られた地球の中心地だ。だが、立ち並んでいた高層ビルはもとより、上空にも居住コロニーは浮かんでいない。

 疑問を感じるH232だったが、隣の少女は平然と答える。戸惑うH232を不思議に思うようにして。


「メトロポリスだよ? 確か。ここはそんな名前だったはず。で、後ろのガラクタタワーがユグドラシル、だったかな……」

「まさか、有り得ません。ユグドラシルは治安維持軍が構築した人類救済用の複合施設です……っ」


 思考ルーチンと感情アルゴリズムがかい離する。データ上では少女の言葉が正しかった。

 H232が瞠目する最中、修復プログラムが破損したメモリーを修復していく。徐々に記憶がよみがえってきた。記憶……戦争の記録が再生される。


「あ、そうです……。陰謀、世界破滅計画。私は治安維持軍のサポーターとして戦線に加わり、そして――」


 ――世界は滅んだ。力及ばず、果たすべき使命を果たせなかった。


「…………」

「ちょっと、どうしたの」


 言葉を失ったH232の顔を少女が覗き込む。


「……泣いてるの?」

「確かに私の感情表現機能に涙を流す、という項目はあります。ですが、泣いてなどいません」

「泣いてるよ。大丈夫なの?」


 少女が同情的な視線をH232に注ぐ。耐え切れなくなって顔を背けた。


「私は機械です。なぜ問題が生じると思うのですか」

「悲しいってのは大問題さ。お腹がすくのと同じようにね」


 と少女が言ったのと同時に彼女のお腹が鳴った。たはは、と少女は困ったように後ろ髪を掻き、


「楽しい楽しいお食事タイム。……おいでよ。どうせ、行く宛てないでしょ?」

「そのようなことは」

「この辺りは警戒しないといけない。ここら辺は割と物騒だからねぇ。少し離れたところはミャッハー族の縄張りだし、キャハヤー族やクァホー族も近い」

「……種族の名前ですか」


 少女にH232は訊くと、少女は先を歩きながら答えた。


「違う違う。人だよ人。グループによって奇声が違うんだよね」



 道中は生体反応スキャンが故障したのかと勘ぐってしまうほど、全く反応がなかった。小動物などは見かけるが、肝心の人間がいない。しかし、先導する少女の反応は感じ取れるので、スキャナーが壊れているわけではない。

 周囲の風景も異常だった。まともな建物は一件もなく、荒廃した大地が広がっている。時折目にする家屋には大量のツタが絡みついており、とても人が住める状況ではない。

 かつて都市国家を彩っていた建築物の数々は崩れて、岩や石となり道を荒くしている。数十年経った程度ではこうはならない。一体自分はいつからスリープしていたのか。H232は解析プログラムを進行させる。


「そう言えば自己紹介がまだだったね。私はシュノン」

「H232です……」


 俯きながら応える。訊かれたので答えはしたが自信はない。型式番号だけではなく、マスターが名づけた名前があるはずだった。

 だが、そのデータも例外なく破損している。優先度は低いため、修復プログラムは別のメモリーの修復を急いでいた。


「そんな味気ない名前なの? センサー三等兵、お前はマシだったようだな」

「他にも会話機能を有するドロイドがいるのですか?」


 H232が問うが、シュノンが取り出したのはコミュニケーション機能が搭載されていないセンサー機器だった。


「見当たりませんが」

「ようは独り言ってこと。察しが悪いドロイドだなぁ」

「……」


 H232は眉を顰める。戦闘面ではなく生活面でもサポートできるように開発されたH232は、徹底的に人を再現して作られた。身体の構造に差異はあれど、感情は人のそれと何ら変わりない。不快感を感じれば、眉間にしわを作りもする。これがマスターならばともかく、初対面の市民ならなおのことだ。


「あれ? 怒った? 短気なドロイド」

「あなたは不快な市民ですね、シュノン」

「なんか、新鮮だなぁ。久しぶりに怒られた気がする」


 しかしシュノンは気にすることなく、むしろ喜んでいた。それを奇妙に思う。彼女はまともにコミュニケーションを取る機会がないのか? と。

 例え崩壊後の世界であっても、人は集団を形成しているはず。社会があり、国があるはずなのだ。


「シュノンはどこに住んでいるのですか?」


 自分の睡眠期間も気になるが、シュノンの素性についても引っ掛かる。H232は問いを投げた。

 するとシュノンは顎に手を当てて考え込み、


「この惑星、かな」

「……茶化しているのですか?」

「いやいや。どこに住んでいる、って自覚はあんまないんだよね。移動しっぱなしだから。ああでも、ここら辺にはよく来るようにしているよ? 近くに腕のいいメカニックがいるんだよねぇ。私、基本的なことはできるけど、それ以上は厳しいし」

「…………」


 組み込まれている嘘発見スキャナーには、嘘をついている兆候は見られない。

 H232も黙して思考ルーチンにシュノンの発言を乗せた。

 彼女は旅人である、という結論が出たため、それ以上の思考を止める。


「旅をしているのですか」

「まぁね。しないと生活できないし。同じ場所から何度も取れるようなもんじゃないからなぁ」

「何を、ですか?」

「ゴミの海に眠るお宝」

「宝、ですか……」


 データベースに該当する職種あり。トレジャーハンター。世界各地を転々とし、遺跡などから古い遺物や宝石類を回収する職業。しかし、土地の開拓が進んだ二九三一年では、価値のある宝などはあらかた掘りつくされており、現存するトレジャーハンターは数百年も前を最後に確認されていない。


「私を謀るつもりですか、シュノン。あなたはトレジャーハンターじゃありませんね」

「謀るってなにさ。そもそも私はトレジャーなんちゃらじゃなくてスカベンジャー」

「……廃品回収業者、ですか。清掃活動とは、良い心がけですね、市民」

「だからそんなんじゃないって。この子、ポンコツなのかな……」


 ぶつぶつシュノンが独り言を呟いて、何やら困り果てている。

 H232に市民の苦悩を取り除く機能は搭載されているが、使用する気にはなれなかった。そもそも、まだ機能が全回復したわけではない。

 まずは先程の発言について問い直すことにした。近くにいいメカニックがいる。それはつまり、何かしらの設備が整った施設が近くにあるということだ。


「いいメカニックがいる、とおっしゃいましたが」

「そうそう。私のプレミアムも彼の作品なんだよ? 宇宙一早い乗り物は、私の乗る車だけ!」

「宇宙一……ワープドライブ搭載型の宇宙戦闘機スペースファイターですか」


 治安維持軍データベースに則って、H232はそう推測する。が、木々の間を縫って現れた未知の乗り物に驚きと疑問を呈することになった。

 白い塗装の施されたそれは、H232の最新カタログにすら記載されていない乗り物だ。四つのタイヤに支えられ、縦長の四角形のような形をするそれは、操縦席に該当するであろう部分が後部の荷台と思われる部分よりも高く設計されている。

 確かに、見た目はエアドライブ搭載型の浮遊飛行車エアカーに似ている。が、あれはわざわざ地面を走るためのタイヤを持たない。タイヤが必要になるのは浮遊阻害装置ジャマーが設置された地域を走破する軍用車のみだ。


「これが私のプレミアム! ニトロもついてる優れもの!」

「分類はトラックタイプ……で合っているでしょうか」


 困惑しながらも訊ねる。荷台には、またオモチャのような大型の銃もどきが載っていた。


「そーそー。なんだっけな……八百屋さん? がよく使うタイプ。テクニカルとも言う」

「テクニカル……? これが?」


 治安維持軍に対抗する反抗勢力御用達の一品であるとシュノンは言う。ピックアップトラックに大型のレーザーサイクルマシンガンを乗っけたもので、破壊力自体は凄まじいが、急造されたテクニカルでは防御力や構造に問題があり、酷い時には空中分解して爆散することもある。

 そんな粗悪な代物を自分の車だと主張するシュノンは嬉々として運転席側のドアを開き、乗り込んだ。乗りなよ、と促してくる。


「……いきなり壊れたりしませんか」

「はぁ? 私のプレミアムは特別よ? 世界一周だってお手の物」


 スキャンでは問題なし、という表示は出ている。出ているが。

 不安に駆られながら、H232は荷台に乗り込んだ。備えつけのオモチャを不審がりながら観察する。辺りにはレトロチックな……弾薬のようなものが散らばっていた。


「アンティーク、ですか。どうして悪役のロールプレイなんかしているんです?」

「ふんふふーん」


 H232の問いには答えず、シュノンは鼻歌を鳴らしながらエンジンを始動。驚くべきことに、博物館でしかお目に掛かれないレトロマテリアルキーを使ってエンジンをかけていた。てっきり浮遊量調整レバーかと思っていたレバーをブレーキの横にある無駄なペダルを踏みながら動かし、プレミアムを発進させる。

 どうしてこんなに揺れるのかわからないぐらいに揺れた。快適とは程遠い運転をして、地面をべたべたと走っていく。バランサーの調子が崩れ、エナジーコントロールエラーを起こしてしまいそうだった。


「こ、この揺れ、どうにかなりませんか……」


 フェイスカラーを不調である青色に変化させながら、H232はシュノンに頼む。

 シュノンはあっけらかんと答えた。嬉々とした表情で。


「あー無理無理。でも、いいもんでしょ? 高鳴るエンジンサウンドを肌で感じて、未開の地を自分の力で切り開いていく! この快感がたまんないのよねー」

「た、たしかに、たまりません……」

「でしょ? あなたもプレミアムの魅力にハマって――」

「エナジーコントロール……エラーが、深刻……。このままでは、貯蔵エナジーの放出が……始まります」

「は? どういうこと?」


 バックミラーを見て、青ざめるH232の様子をシュノンが訝しむ。H232は不調説明マニュアルに従い、人の体調不良になぞらえて説明した。


「人間で言う……いわゆる、吐き気……」

「え? えっ!? 車酔いしたってこと? あなたドロイドでしょ? 機械でしょ!? よしてよ!!」

「で、でしたら停車、して……くださ……」

「わかった! だから吐かないで!」


 H232の嘆願を聞き入れ、シュノンはプレミアムを停車させる……かと思いきや、サイドミラーを見てハッとし、ギアを変えてさらにスピードを上げた。


「え、え? なぜです!?」

「後ろ! 敵に見つかった!」


 H232は無数に散らばる生体反応に混ざり、後方から六人ほどの人型生命体の接近を感知した。二輪車……察するに、バイクに分類される乗り物に登場し、シュノンが持っていたのと似た系統のオモチャを構えて追跡してくる。


「環境に合わせてセンサーとバランサーを調整しなければ……うぷ」


 口元を押さえて、エナジーの放出を抑える。シュノンは敵と言っていたが、本当に敵なのかH232の識別コードでは判断がつかない。


「ただの通りすがり、では……?」

「違う違う! やっこさんは敵! 声を聞いて、声を!」

「こえ……?」


 言われた通り耳を傾けて、気付く。簡易プロテクターのようなものを身に纏う男たちはそれぞれクァホー! と威勢よく叫んでいる。


「クァホー族……グループ、ですか」

「奴らはバイクで奇声を上げながら略奪を繰り返すくそったれ! 私の物は私の物、誰にも渡すもんですか!」


 シュノンは左手でハンドルを握り、またもや銃らしきものを取り出した。そして、それをバイク集団へ向ける。その骨董品には見覚えがあった――リボルバーと称される、遥か昔の拳銃。


「こっちくんな!」


 撃鉄を起こして、撃発。しかし、運転しながらでは命中するはずもない。

 H232はシュノンの行動を止めるべきか悩んだが、クァホーがこちらに向けて攻撃したため止めた。右腕をバイクに向け、警句を放つ。


「こちらは治安維持軍所属、多目的支援型アンドロイドH232です。即刻武装を解除し、こちらの指示に従って――」

「クァホー! 獲物がぎゃーぎゃー喚いてるぜ!」


 レーザーショットガンの劣化品をクァホーは穿った。対象が警告を無視したことで、H232は戦闘態勢へ移行。各種火器がアンロックされ、右腕に装着されるタクティカルレーザーデバイスで一台のバイクを照準する。これは射撃機能だけでなくレーザーソードにも変化する可変武器だ。


「治安維持のため、市民の生活を脅かす危険性を排除します!」


 デバイスを発射。瞬時に小規模な爆発が起こる。


「な、どうして……?」


 デバイスが破損し、使用不能に陥った。長らく点検が行われなかったための整備不良である、とトラブルシューティングは分析。


「く、ならフィンガーピストルで!」


 右手を拳銃に見立てて射撃。しかし、うんともすんとも言わない。こちらも同じく整備不良。伝達回路が機能せず、エナジーを攻撃レベルにまで転用することができない。コンバータも不調である。


「ちょ、援護してよ!」

「しかし、武装の全てが故障しています!」

「だったら、マシンガン使って! そこにあるデカいの!」


 指示通りH232は銃座についたが、使い方がわからない。当惑するH232にシュノンがハンドルを左右に切りながら使用方法を叫ぶ。


「セーフティ外す! 構える! 引き金を引く! 超簡単!!」

「……わかりました!」


 照準器らしきものを覗き込んで、弾丸をばら撒く。当初こそ不慣れだったが、しばらく撃っている内に撃ち方や癖がわかってきた。レーザー兵器とは違い、このアンティークは放物線を描く。


「でしたらば!」


 弾道を計算して、バイクを狙う。できるだけ人を殺害するのは避けたかった。タイヤなどをパンクさせ、走行不能にする。一台、二台、三台、四台目までは順調に破壊できた。しかし、残りの二台へ射撃しようとしたところで機関銃が異音と共に発射不能となる。


「な、何です……?」


 よく見ると、排出口に薬莢が詰まり、排莢できなくなっていた。治安維持軍の兵装では決して起こり得ないトラブルだ。


「ちょっと! 何で撃たないの!?」


 シュノンが怒って訊いてくる。H232は見るがままを伝えた。


「撃てません。故障ではないかと」

「うっそ……! ああ、くそ! 安さにつられて買ったらこれだよ! 粗悪品売りつけやがって!」

「クァホー!! ジャムか!? ついてねーなお嬢さん方!」

「うるさい!」


 シュノンは引き金を絞るが、カチリ、という音だけしかしない。弾切れ!? と瞠目する間に二台のバイクはプレミアムの両脇について散弾銃の狙いをつけた。


「降参するなら今の内だ! そのバトルドロイドと車を置いてきな!」

「イイコトしたいってんなら話は別だぜぇ? その壊れた機関銃くらいはくれてやる!」

「くそ!」


 毒づいて、シュノンは急ブレーキをする。意表を突かれた男たちは狙いを外したが、すぐにターンをして戻ってきた。プレミアムは無理なブレーキ動作によりエンジンが止まり、シュノンはH232が聞いたこともないような悪態を吐く。


「死になお嬢ちゃん方! バーサーカーレイジの伝説がまた増えるぜ!」

「冗談!」


 再始動が間に合わないと判断したシュノンがリボルバーをリロードし、一人の男を撃ち殺した。しかし、ジグザグに動く別のバイクを捉え切れず接近を許してしまう。


「や、ヤバッ!」

「よくもバーサーカーを! 仇だ、死ねえ!」


 シュノンは観念して目を瞑る――が、H232は違った。跳躍してプレミアムの前に出て、左腕の収納式シールドを展開した。こちらも防御力が損なわれていたようで一撃しか防げなかったが、それでいい。右拳を握りしめ、迫り来る男に打撃を見舞った。


「ぐへぇぶ!」


 素っ頓狂な悲鳴を上がり、バイクは林の中へと突っ込んでいく。男が白目を剥いて地面に倒れ、H232はシュノンへと振り返った。


「無事ですか、シュノン」

「やるね……見直しちゃった」


 驚きながらシュノンが言う。その評価を不当に感じながらもH232は両腕に目を落とした。


「装備が破損しています。現状では性能を最大限に発揮できません」


 本来のH232のカタログスペックならば、あのような暴徒に後れを取るはずはない。しかし、長い休眠期間を経て覚醒した現段階では、半分以下の性能にグレードダウンしている。

 急いで装備の換装が必要だった。各種センサーやバランサーの調整も。

 自己診断プログラムを奔らせるH232の前で、そう言えば、とシュノンが何かを思い出す。


「車酔いはどうしたの?」

「ああ、それは大丈夫です。放出する分のエナジーを使い果たしましたから」

「へー……。ん? 待って、それって……」


 ふらり、とH232のボディが揺れる。シュノンが慌てて支えた。トラブルシューティングが発生した問題の原因とその対処方法を告知する。


「深刻なエナジー不足です。早急な補給を推奨……」

「エナ欠!? 嘘、待って! ちょっと! ほら、スリープモードに入らないで! ああ、もう! あなたはドロイドで、私はマスターなのよ――!!」


 シュノンの悲痛な叫びを聞きながら、H232はスリープモードへと移行する。

 これが生きるため世界を彷徨う少女と、記憶の欠落した機械少女アンドロイドの出会い。

 この出会いが……自分の目覚めがどういう意味を持つのか、H232はわからない。

 ――メモリーが破損し、忘却している。

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