第5話.貴族と奴隷

「アトリス?」

「はい、アトリスです」

 確かに俺はアトリスについてほとんど知らない。3日程、同じ屋根の下で暮らしたが、どんなことを知っているかと聞かれれば返答に困ってしまう。

 ヴァルファスは膝まずいた状態を起こし、「どうぞ」と俺に椅子に座るよう促した。

 足か腰でも悪いのだろう。ヴァルファスは下半身を引きずるようにして巨大な椅子に座り直した。

「アトリスは、ドうですか?」

 椅子に腰かけた俺にヴァルファスがゆっくりと聞く。

「アトリスには世話になりっぱなしです」

 俺は頭を掻きながら答えた。これは社交辞令でもなんでもない、真実だ。

「ソウデすか・・・あの娘は役に立ててますか・・・」

 ヴァルファスは目をスーッと細めると、懐かしむように語りだした。

「アトリスが先代の配下となったトキはまダ、あの娘は5歳でした」 

 5歳? そんなに若かったのか。若年兵とかそんな話じゃないぞ。

「アトリスは幼い頃に、両親を人間に殺されたのでス。しかも、目の前で。それから彼女は人間に捕まり、奴隷商に売り飛ばされました。もちろン非合法の」

 俺は思わず息を飲む。 

 何も言えなかった。この話に対して、口を開いて何かを言うことがとても浅はかで愚かな事に感じたのだ。

 

「彼女が店に幽閉されている際、たまたま私達がその奴隷商を襲撃したのデす。あのときの彼女はとても怯えていました。先代が保護された後も長い間、誰にも心を開かなかったのですよ・・・」

 そう言い終わると、ヴァルファスは懐かしむ表情を消し去り、俺に向き直った。

 その目から発される威圧感に俺はたじろいでしまった。


「トオル様はアノ娘が今、何を計画しているかご存じで?」

「え、いや・・・」

「この山を下り、しばらく街道沿いに進むと街があります。アトリスはソコの領主の家へと強盗に入るつもりなのです」

「えっ!?」

 衝撃を受けた。そんなこと今まで一度も耳にしていなかった。まさか、自分一人だけで行くつもりなのだろうか。

「まあ、そこの領主は悪名ダカイ様なので、押し入る分には何も問題は無いのです。しかし、部下づたいに聞いた話だとその領主はかつて、アトリスを捕まえていた奴隷商の男らしいのです」

「なっ・・・!?」

「トオル様、どうカアトリスを二度と一人にしないで下さい。お願いします」

 ヴァルファスは椅子から立ち上がり、深く、深く、頭を下げた。

「任せて下さい。必ず彼女を守ります」

 これはもうすでに決めた事だ。アトリスの過去に驚きはしたが、過去を知ったことで俺の意思はさらに固くなった気がする。 

「ありがとうございます。そこで、トオル様、これを・・・」

 ヴァルファスは厳重そうな宝箱から漆黒色の大布と、一本の杖を取り出した。 黒よりも更に濃い黒のローブ。あのおっさんが着ていたローブにそっくりだ。

「これは、先代から持っておくようにと命ぜられた5つの神器の内の2つです」 ヴァルファスからローブと杖を渡される。

 杖の方は俺の脚の長さ程あり、てっぺんには人間の頭蓋骨を模した装飾品が付いている。

「さあ、来てみてくダさい」

 ヴァルファスが俺にローブを着るように促してくる。

 ブカブカかと思ったが着てみるとそうでもなかった。ちょうど良い感じにローブとして着れていると思う。

「それらの神器の説明はアトリスに受けてくださイ。また、アトリスが言うには配下を集めてイらっしゃるとか・・・」

「は、はい」

「そこで、私の集落の若造を数人譲りたいと思イます。内の精鋭とまでは行きませんが腕っぷしも強く、伸びしろも十分にある奴ラです」


 ○


「ああ!! トオル様、その格好は・・・!」

 家から出てきた俺を見たアトリスが駆け寄ってくる。

「に、似合ってるか?」

「似合ってるどころの話では有りません!! 」

 キャッキャキャッキャとアトリスがはしゃいでいると、アトリスの背後に三つの影が現れた。

「魔王サマですね?」

 現れたのは三体のオークだった。

 オークに限らず、魔物なんて全員顔が同じに見えるが、俺は中央に立つオークを知っていた。右頬に古傷が這っているオーク。

 そう、俺が助けたオークだ。

「私ハ、ガラルと申しマス」

 傷のあるオークが自己紹介をすると、他の二体のオークも自分の名前を言い始めた。

「ゴーン」

「バサレ、デス」      

 全員が名前を言い終わると、傷のついたオーク、ガラルが再び口を開いた。

「私達ヲ、魔王様ノ配下にシテいただけナイデショウか・・・」

「ほ?」

 変な声が出てしまった。一瞬意味が判らなかったのだが、直ぐに理解できた。

 このオーク達はあれだ、ヴァルファスが言っていた『若造』だ。

「ああ、こちらこそ宜しくな」

 理由を知っていた俺は、直ぐに返事を返し、ガラルと握手をした。

 そこで俺はある異変に気づいた。

 オークは下品なイメージが強い。口も臭そうだし、気性も荒そうだ。

 しかし、ここのオーク達はえらく物腰が柔らかい。

 それに、ガラルの口の匂いは変に良い匂いがする。ハーブのような、ミントの様な匂いだ。

 何か変わってんな。

「貴方サマに救ってイタだいたコノ命、貴方様の為にお使イいたしマス」


 ○


「成る程、とにかくこの神器はめちゃくちゃ強いって訳だ」

「そういうことです」

 オークを配下とした俺達は、拠点である古城に戻っていた。

 その道中で、ヴァルファスに貰った神器とやらの説明をアトリスに受けたのだ。

 

 まず杖、この杖は5つの神器の一つで「いかなる魔法をも、吸収し放出する能力」で、ローブが「生半可な刃物程度なら傷つけることができず、また魔法の威力を半減させる能力」らしい。

 普通に考えて強い。

 というか俺、たった1日でえらい戦力増えてないか? 見るからに強そうなオーク三体に、チートっぽい装備二つ。

 何だろう、今なら何でも出来そうな気がする。

 悪徳貴族の一人や二人なら簡単に倒せそうだ。そう、悪領主くらいなら。

 ヴァルファスの言っていた領主の件。アトリスが計画しているんだったな。 

 いや待てよ、何でアトリスは俺に領主襲撃の件を何もいってこないんだ?

 まさかとは思うが・・・。

 

「なあアトリス、お前一人で領主んとこ行く気か?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る