止まりし時の宝探し(ラビリンス)

木成 零

プロローグ

 そう。それは十一年前のあの日。あの事故がきっかけで人生が変わった。




「パパ! ママ!」

 広い峠を上る車の後部座席に座る保育園児ぐらの幼い少年が悲鳴のような叫びをあげた。

 少年の声は車を運転する父と、助手席に座る母には、ただ子供が意味もなく親を呼んだだけに聞こえたことだろう。だから、後方から迫る乗用車には気付きはしない。

「パパ! ママ!」

「後ろ!」

 再び叫んだ少年に続いて、彼の隣に座る、一つ年下の病弱な妹が続いた。そこで少年たちの両親がバックミラーを見て初めて後方から猛追する車に気が付いた。

「なんだ!?」

 しかし、もう遅い。

 父は必死にハンドルを切り狂った車を避けようとしたが、スピードの出ている後ろの車輌はそのまま車体を僅かに家族の乗る車を掠めて追い越していった。

「きゃあ!」

 その衝撃で車が大きく揺れて母の悲鳴が響く。直後、少年の目に崖が見えた。

 車体が傾き、崖へと向かう車を父は何とか止めようとブレーキを踏み、ハンドルを切った。

 恐らく、父の判断は最善の一手だったはずだ。

 少年は投げ出されないように懸命に座席にしがみつき、彼に抱きつくようにして妹も体を固定する。

 土壇場での父の好判断もあり、甲高いブレーキ音と、タイヤが路面を滑るスリップ音をこだまさせながら家族四人の乗車する車はガードレールに激突し、その場で停車した。

「ふぅ」

 運転していた父が力を抜いて息を吐き出したのを聞き、少年もしがみつく力を弱めた。

 まだ母は放心状態ではあったが、助かったという安堵感がこの場に脱力感を生み出す。それが故に、家族一行は次の行動が遅れた。

 大音量でのクラクションが山に響き渡る。何度も鳴るクラクションからは運転手の焦りが滲み出ていた。慌てて父がハンドルを握り直してバックミラーを見る。この時には後方車輌は目前まで肉迫し、回避のしようがないところまで来ていた。

 この家族は見落としていたのだ。峠と言っても広いということはそれなりに車の通りも多い。そこで一台が事故を起こせば後方車輌は対向車両に影響を及ぼしかねないということを。

 為す術もなく四人の乗る乗用車は後ろから来た二台目の車に追突された。

 四人がそれぞれに悲鳴を上げる中、車はガードレールを突き破り、崖下の暗闇に吸い込まれていく。

 この間、車内は絶望的な状況だった。少年は不意のことで扉に打ち付けられ、妹が彼の上に投げ出される。しかし、両親はというと不意を突かれたタイミングだったためにどうすることもできず、重力のままに底へと加速していく。

 少年は幼いながら死を覚悟した。数秒後に待ち受けるのは強い衝撃だが、それを感じることがあるかすら分からない。

 けれども彼は強く願った。

 ――死にたくない。

 いくら願ったところで万有引力の前では無力だ。

 標高数百メートルの峠道から投げ出された、一家族を乗せた乗用車は約十五秒のフリーフォールの後、地面に叩きつけられて家族を壊滅へと追いやった。



 翌日、この事件は全国的に報道された。

『峠乗用車墜落事件・・

家族二人死亡、二人行方不明。

飲酒運転の男、未だ見つからず』



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