Beautiful DaysⅣ ― Art ―



        


 小さく深呼吸し、混乱する頭を落ちつかせる。

 相変わらず訝しむ二人を相手に、有無を言わせぬ態度で質問を重ねていく。


「一年前……から? ちょっと地方欄の片隅に載ったとか?」

「いや、堂々の全国紙デビューだ。学校でも煩いくらいに注意されただろ。ってか今でもだけど」

「ってかまずくない? 集団下校もそうだけど、家族の送り迎えが推奨されてる位だし、まさか夜遅くまで道草食ってるとか言わないよね?」


 道草は食っている。

 妹と一緒に買い物は当然だし、この間はゲームセンターでぬいぐるみを取ってやった。

 それも日常がなんの変哲もない平和なものだったからだ。

 集団下校も家族の迎えも聞いたことすらない。

 殺人鬼の話すら聞いたことがないんだ。


「流石に道草はないけど……買い物くらいかな?」

「できればそれも控えるか大人と一緒に行ったほうが良いんだけどね……」


 真実を話したところで二人が納得するとは到底思えない。

 思いついたでまかせを並べ、適当に二人の疑念を回避する。

 今は少しでも情報が欲しい。


「ニュースとかでもやっていた?」

「何人犠牲になったと思ってるんだよ。当たり前だろう? ってか犠牲者が少なくても噂通りならニュースになってもおかしくないぜ」

「何人くらい犠牲になったんだ? それに、あの話って?」

「いや、まぁ昼飯時に話す内容じゃないと思うんだけど……」

「なんでもいいんだ、教えてくれ」


 噂とやらがどのような物か、ただ二人の反応を見る限りあまり気分の良いものでは無いらしい。

 だがここで引き下がるわけにはいかない。

 お世辞にも交友関係が広いとは言えない僕だ。ここでチャンスを逃すといつまでもその噂に辿りつけない可能性がある。

 少々声が大きくなってしまったのを感じながら、半ば問い詰めるかのように二人の答えを待つ。

 高市たかいちが困惑気味に口を開こうとし、明かされるであろう事実にゴクリとつばを飲む。


「ちょっとそこ、物騒な話で盛り上がらないの!」


 だがあと一歩のところまで来た僕の歩みは唐突に止められてしまった。

 キツイ声にそろりと顔を向ける。

 そこには不愉快だと言わんばかりに表情で仁王立ちする一人の女生徒がいた。


「げっ! ヤバイ奴に見つかった!」

「僕らは無実だよ、ただ梔無くちなしくんの話に付き合っていただけさ」

「本当かしら、梔無くちなしくん?」


 ずずいと詰め寄られてくる。

 しなやかな黒髪を後ろで束ねポニーテールにし、黒縁眼鏡から鋭い視線を向ける彼女は誰だったか。


「えーっと確か……委員長、だっけ?」


 そう、思い出した。委員長だ。

 クラスで一番逆らってはいけない存在、秩序とルールの申し子委員長だ。

 ヤバイ奴に見つかったとは熊谷くまがいの言葉だが、僕も同意見だ。委員長に絡まれると面倒しか無い。


「私は頭がいたいわ梔無くちなしくん。できれば名前のほうで覚えて欲しかったんだけど。繰崎くりさきよ、繰崎くりさき橙百合とうゆり


 繰崎くりさき橙百合とうゆり。委員長はそう自らを名乗った。

 そうそう。そういえばそんな名前だった気がする。

 とは言え別に名前なんていいじゃないか、委員長の方が呼びやすいし。

 ともあれ今は彼女の機嫌をなだめる事が先決だ。

 下手な事を言って先生に告げ口された日には多大なる労力を割かねばならないことは確実だから。


「あ、ああ。そうだった、ごめんごめん。なんだか最近調子悪くてさ」

「そうなんだぜー委員長。こいつったら例の殺人事件のことも知らないって言っているし」

「一時的な記憶喪失でもあるんじゃないの?」

「……本当に大丈夫?」


 余計な事を。

 軽く手を振りながら笑って誤魔化す。

 少し寝ぼけていたと誤魔化してみるが、果たしてどれだけ効果があるかは不明だ。


「委員長のことも忘れていたっぽいしな」

「あー、影薄いから委員長……イデッ‼」


 鋭いケリが熊谷の向こう脛に炸裂する。

 凄く痛そうだ。やはり委員長を敵に回すと怖い。

 と言うか委員長のくせに平気で暴力を振るうのはどうなんだ?

 もちろんそのことは口に出さない。いつだって口は災いの元だから。


「ふぅ……失礼しちゃうわね。それで梔無くちなしくん、なんなら保健室に行く? なんだか心配だわ」

「気分が悪いとかじゃないから大丈夫だよ」

「そう、ならいいけど……殺人事件の事が知りたいわけね」

「あ、ああ。本当どうしたんだろうな? なんとなく覚えているんだけど、はっきりとしないんだ。もしかして今まで適当に話を聞いていたから忘れてしまったのかも」


 適当に話を聞いていて一年前から発生している殺人事件を覚えていないかどうかは不明だ。

 けれども他に良い案が浮かばないのでは仕方がない。

 重ねて言うが、僕は主人公でもヒーローでもなんでもないんだ。

 この場を話術で切り抜けるなど到底無理な話だろう。


「ふぅん……。まぁ良いわ。梔無くちなしくんがどんな理由で殺人事件の事を知りたがっているか分からないけど、そこまで言うのなら私がしっかりとレクチャーしてあげましょう」


「流石委員長だ! 良かったな梔無くちなし

「意外とノリノリな所が全然委員長じゃないけどね」


 いつの間にか用意した椅子を僕らの机につけ、静かに座る委員長。

 高市の言うとおり委員長らしからぬ態度ではあったけど、これ幸いにと彼女の話に耳を傾ける。


「じゃあ梔無くちなしくんが何も知らないってことで一から説明するわね」


 事件の全容を語り始める彼女は、何処か嬉しそうだった。



 ――事の発端は突然だったらしい。

 最初の犠牲者になったのは一人の男性。

 とある一軒家で死んでいるところを見つかる。

 ここまでなら普通の殺人事件や強盗事件と判断できるのだが、問題はそれだけではなかった。

 遺体の損壊度が異常だったのだ。

 まるで子供が無秩序におもちゃ箱を散らしたかのようなそれは、熟練の刑事ですら吐いてしまったと噂されるほど。

 さらには遺体の一部が持ち去られているらしく、その異常さは他の事件を隔絶していた。

 その後も殺人事件は繰り返される。その特徴的な遺体の状況から、犯人は一目瞭然であったらしい。

 警察も必死の捜査をしているらしいのだが、どうにも効果は芳しくないらしく一向に続報などは報道されない。

 それどころか報道規制までされているのか細かな情報は入ってこない次第だ。

 ここまではあくまでゴシップ紙と話題好きな人たちの間で噂される内容で真実は不明らしい。

 余りにも凄惨な事件のために関係者はいちように口を閉ざし、憶測だけが大きくなって広がっている状態だ。


 どのようにやったかは不明。

 死因は不明。

 場合によっては死亡時刻も不明。


 これが噂のあらまし。

 噂というよりはまるで人々の恐怖がそのまま形になったかの様な話で、分かったのは皆殺人鬼に怯えてはいるがさほど詳しい話は知らないといった状態だった。


「噂では死体の発見時まで生きていた。なんてオカルトな話まであるみたいだけどね」


 人の想像力に限界というものは無いのだろう。

 それとも日常を犯される恐怖から来る過剰な妄想か。

 委員長はスラスラと淀みなく美しい声で生々しく具体的な話を続ける。


「殺され方は残虐非道の一言よ。まるで死体で遊ぶかのように無残に散りばめられているらしいの。けどそれにはメッセージ性が込められていたんだって」

「メッセージ性? どういうこと?」


 オウム返しに尋ねる。メッセージ性というからには何か目的があって行われるはずだが。


「あ、やっぱり気になる? 確か海外の偉い心理学者の人が分析したとかなんかで、その死体は作品らしいわ」

「それはまた猟奇的な……」

「だから付いた諢名が『芸術作品アートワーク』、死体で作品を作るなんて恐ろしい話よね」


 そこまで一気に説明すると、繰崎はとても満足気な顔でどこからともなく取り出したサンドイッチをもぐもぐとほおばり始めた。

 彼女には気分が悪いとか、食欲が失せるとか言った感情が存在していないのか? とも思いながら、小さなサンドイッチがみるみる減っていく様子をぼんやりと眺める。


「一年たっても解決はしないのか……」


「ん……むぐ、警察も相当頑張っているみたいだけど、いくら捜査しても実際のところは足跡一つ見つかっていないらしいわね。相手は神様か、はたまた幽霊か……なんてね」

「でもそれっておかしくないか? 今の科学捜査って相当なもんだろ? しかもこれだけ大事になっている事件だ、警察が本気出して何も分からないなんておかしすぎる」

「だからこそ問題なのよ。今ではもう一種の都市伝説ね、実害のある。だからみんな話題に出さないのよ。気分が良い物じゃないし、一歩間違えれば自分や家族が被害に遭うかもしれないんだもの。誰だって恐ろしいのよ、『芸術作品』は」


 実害のある、決して捕まらない殺人鬼『芸術作品アートワーク』。

 突如現れた歪な噂に身体中の血が冷めていくのを感じる。

 この現象は何を意味するのだろうか?

 何故僕と妹がだけが突如現れたその話を知らないのだろうか?


 僕らが万が一その殺人鬼と出会ったらどうなってしまうのだろうか?


「休憩時間終わっちゃうわよ?」


 気がつけば繰崎がこちらをじぃっと伺うように見つめている。

 先程食べていたサンドイッチはとうの昔に胃の中らしい。


「あ、ああ。そうだった。参考になったよ」


 彼女は何も言わず、ただ軽く笑みを浮かべてその返答とした。

 まだ残っている自らの弁当を少々急ぎ気味に口に運び、咀嚼する。

 僕好みの味付けは先程までの鬱屈した気持ちをしばし忘れさせてくれる。


「俺はダメだ。聞くんじゃなかった。ってか委員長の説明が生々しすぎて」

「話を聞いただけで胃もたれが……僕もいいや」


 そういえば二人も話を聞いていたんだった。

 よほど委員長の話がこたえたのだろう。二人は顔を青ざめさせながら弁当の蓋をしまってる。

 もったいないとは思うが、あれだけ具体的な話をされたら流石に食事という気分ではないだろう。


「いいんちょ……繰崎くりさきは大丈夫なんだな……」

「平気なタイプだからわざわざ梔無くちなしくんに話をしてあげたのよ」

「流石委員長、神経〝も〟太――イデェ!!」


 熊谷が絶叫を上げて手で足をおさえる。

 どうやら強く踏まれたらしい。委員長に逆らってはいけない。

 彼女は僕が思った以上に行動力があり物怖じしないタイプの女性らしい。

 僕は一つ自分が賢くなったのを感じた。


「平気なタイプだから。ねっ?」

「う、うん。そうだな」

「さようなら熊谷くん。君のことは忘れないよ」

「まっ、変なことを考える人にはいい薬だって意味もあるし、本当に忘れているのなら早めに伝えておいたほうが良いしね。放課後はすぐに帰らないとダメよ? 何かあったら遅いんだから」


 少しだけ眉尻を下げて困ったように告げる。

 気を使わせてしまったみたいで申し訳ない気持ちになってくる。

 同時に彼女より齎された情報が今の僕にとってどれだけ得難い重要なものかも再度認識できた。

 取ってつけたような偶然のタイミングだったが、委員長から話を聞けて本当に良かった。


「話を聞いて事態の深刻さが理解できたよ。今日から何よりも早く帰るさ」

「ならいいわ」


 この現象の原因は不明だ。

 だが間違いなく気をつけなければいけないだろう。

 今日は何が何でも早く帰らなければ。

 決意を新たに残ったご飯をかきこむ。ごちそうさま。


「あら、梔無くちなしくんもなんだかんだ言ってしっかりと食べているじゃない」

「どうやら僕も平気なタイプらしい」

「ちょっぴり残念ね」


 そう口を尖らせる。

 委員長は恐ろしい話で食事が喉を通らなくなった僕がご所望だったらしい。

 そうは問屋が卸さないと言いたいところだが、世話になった手前文句も言えない。

 横でお通夜ムードを出している二人でどうか我慢して欲しい。

 しばらく不満気にしていた彼女だったが、熊谷たちの変化をひとしきり眺めて満足したのか鼻歌交じりに自分の席へと戻っていった。


 被害者は哀れにも顔色を青くする男二人。そして残された二つの弁当。

 恨めしそうな視線が二つ、先程から僕へと向かってくる。

 ちなみに僕はちゃんと残さず全部食べている。なのでこの話は良しとしたい。

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