十三 婚約

 年が明け、春になり、皆がひとつ歳を取る。戦後処理は去年のうちにすべて終わった。死者は葬られ、遺族には兵士の階級や服務期間に応じて弔慰金や恩給が支給されることとなった。負傷のために服務不適と判断された者は手当を支給されてあたらしい人生を始めた。城や兵舎など、破壊された建物は修復され、破損したゴオレムは魔法儀式によって新たな手足をはやした。両国の軍は統合され、軍備増強三カ年計画が公表された。三年後に、兵士二千人の軍隊とする計画だった。

 兵士は臨時に治安維持にもあたり、ゴオレムは三体が帝国との国境付近に配備され、二体が治水や道路工事にまわされた。治安維持や土木工事に用いるのは軍隊の使い方としては良くないが、あまり金をかけずに自治区を含め国内を早く安定させ、工事を予定通り完了させるために目をつぶることとなった。ただ、迅雷号は機密に指定されたまま、イサオとともに実験を行っている。動作のさらなる高速化がねらいだった。

 国民は帝国計量単位にとまどいながらも、収穫と納税を済ませ、ささやかながらも庶民なりの祭りを行った。米は不作であったが、収穫後にはじまった土木工事によって、市中には現金が出回っていた。さらに、帝国の技術者集団が様々な物品や習慣を持ちこみ、帝国製や帝国式が流行りとなった。

 人々が帝国にあこがれと親しみを抱くなかで、キョウ自治区長カミヅカ公の長男、長女の成人式と帝国留学の次第が発表され、民衆の期待は高まった。式は初春の吉日に祖神の丘で行われ、終了後、帝国へ出発する。ヨリフサ王、カミヅカ公以下、国内外の貴族が多数出席し、帝国からはふたりの身元を引き受けるため、ケト・レムノウル公が出席される。レムノウル公は、ヨリフサ王留学時にも身元を引き受けられたケト家の家長であった。

 ケト・レムノウル、という一風変わった名は、先祖が海を渡ってこの大陸にやってきたことに由来するそうで、それを証するかのように、ケト家の一族は皆独得の容貌をしている。大きな目が特徴的だ。

 しかし、先祖がこの地の出身でないからといって、ケト家の者は軽輩ではない。第五代皇帝の時代から帝国の貴族であり、レムノウル公は第十四代、そして現在の第十五代皇帝の右筆を務める家柄である。ジョウ国の歓迎と滞在の準備はなみなみならぬものがあった。

 にもかかわらず、ヨリフサ王はつい最近までケト家に世話になっていたので、ひさしぶりに親戚に会うくらいの気持ちらしく、貴族たちほど緊張していない。それがマトリ公にはひやひやさせられる。

「レムノウル公ならびに御一行の食卓や食器は新品がよろしいのではないかと考えますが」

「公はそういうお方ではない。そもそも帝国の貴人は皆いずれもそのような奢侈は好まれぬ。礼を失せぬかぎりで、わが国にできる饗応をすればよい」

「では、王ご自身の式典用の服はいかがしますか。そう、それに武具についても、お父上のものも良い品ですが、この際身にあったものをおつくりになられてはいかがでしょう」

「両方とも不要だ。式典用の服や武具は先祖からのものがある。それに、わたしが習った礼法では、先祖から伝わる衣服や武具を用いる場合は、少々体に合わないくらいは無礼には当たらぬとあったぞ」

「それはもっともではございますが、愚考するに、あまりに簡素なのは奢侈とおなじくらい無礼ではないでしょうか」

「いや、そのような虚飾のための金子があれば実質的なものに用いようぞ」

「実質的と申しますと?」

「菓子だ。中身のぎっしり詰まった、持ち重りのする菓子を調製せよ。土産に持たせる」

 マトリ公はすべてを飲みこんだ顔になる。ヨリフサ王はその表情を見て言葉をつづける。

「帝国のお歴歴は見る目に心地よいだけのただの飾りは好まぬ。実質として手に握れるものを好むのだ。帝国を相手にするときのこつだ。覚えておくがよい」

「はい、わたくし、この歳になってもまだ学ぶことがあるようです」

「本当は、あまりそういうことは学ばぬほうが良いのだがな」

 ヨリフサ王は書類をめくりながらため息をつく。

「タケムネにも、フミネにも、わずかな苦労もかけたくない。マトリ公よ、よろしく頼むぞ」

「御意」

 準備が進められるなか、ケト・レムノウル公たちは式の半月前にジョウ国本城に到着し、歓迎の宴会が行われたのち、キョウ自治区本城に移動した。他国の貴族たちも、帝国貴族の入国を聞きつけてから続々と来訪をはじめ、城は一時、護衛兵より貴族やその一行のほうが多いという事態になり、ようやく収拾できたのはぎりぎり三日前のことであった。

 城全体がそのように沸騰していたが、レムノウル公のたっての要請で、ヨリフサ王は、夕食後に会談することとなった。重要な話であり、ふたりきりで密会として行いたいとのことだったが、重要であればなおさらという王の希望でマトリ公の同席を認めさせた。

「ヨリフサ王、それからマトリ公。このような場を設けてくださって感謝申し上げる。密会としていただいたのはほかでもない。皇帝陛下よりの御言葉を伝えるためです」

 ふたりは、皇帝の御言葉、と聞いて居ずまいを正す。

「これはこれは、顔をお上げください。礼を取られる必要はございませぬ。御言葉、と申し上げましたが、勅ではございません。言葉が足らず申し訳ない」

 ふたりがすわりなおすと、レムノウル公は巻いた文書を出しながら話した。

「皇帝陛下は、ヨリフサ王によるジョウ国統一をお喜びであり、その手腕に感心されておられます。さらに、帝国計量単位への切り替えや、帝国の土木技術者を招請しての治水、道路整備工事についてもたいへん結構であると満足しておられ、また、つつがなく成功するよう祈念するとのことです」

 レムノウル公はいったん言葉を切り、また続ける。

「さて、ヨリフサ王の下で今後さらなる発展をとげるであろうジョウ国との友好的関係をさらに密にするため、かつまた、王はわが帝国に留学経験があり、その智勇、人柄を伝え聞くにすぐれて大丈夫であることから、わが第四皇女フユミ姫を正室としてお迎えいただければ第十五代皇帝として望外の喜びであるとの御言葉であります」

 レムノウル公はだまってふたりの反応を見ている。マトリ公はただレムノウル公の手元を見ている。ヨリフサ王はすこし考えて返事をした。

「わたくしごとき若輩者に過分の御言葉、かたじけなく存じます。また、工事の成功をご祈念いただけるとのこと、ありがたく御礼申し上げます」

 ヨリフサ王はレムノウル公をまっすぐ見る。

「しかしながら、婚約の儀につきましては、わたくしヨリフサはまだまだ浅学菲才、いまだに内政、外交いずれも相整わず、適切なるお迎えができぬことから、失礼ながらお断り申し上げまする」

 マトリ公が息をのむ。レムノウル公は制するような手ぶりをする。

「あいやしばらく、そう結論を急がずに待たれよ。他国からの申し出であればそのご謙遜ぶりはよろしいが、皇帝陛下よりの御言葉に限ってはいささか適当な態度とは言えぬであろう。また、皇帝陛下は率直にして明快を好まれ、礼としての拒絶や、過剰に遠回しな言いようには眉をひそめられる方である。そのようなお気遣いは無用であるから、すみやかにお受けされるがよい」

「これはしたり。ヨリフサの無礼をお許しください。この田舎者、皇帝陛下への礼儀を失念いたしました」

 ヨリフサ王は謝罪し、マトリ公はレムノウル公の顔を見て胸をなでおろす。

「あらためまして、婚約の儀、謹んでお受けいたします」

 ヨリフサ王ははっきりとした声で答えを返した。

 レムノウル公は満面の笑みを浮かべ、巻いた文書をヨリフサ王に手渡す。

「個人的にお祝いを申し上げる。めでたいことだ。しかし、もちろんであるが、皇帝陛下より発表があるまでは公表はおひかえいただき、御身を慎んでいただきたい」

 ヨリフサ王はうなずき、マトリ公に文書を預けた。レムノウル公は自室に戻り、ふたりは見送ってから、だれもいない静まりかえった廊下に棒のように立っていた。

「おめでとうございます。フユミ姫は芳紀まさに二十二歳。噂に聞きますれば文武に優れるとか」

「からかうな、マトリ公よ、たいへんなことになったな」

「他人事のようにおっしゃいますが、ご結婚なさるのは王ご自身ですぞ」

「そうなのか?」

「そうです」

 成人式の日は晴れて暖かかった。礼服の貴族たちは汗を拭いている。祖神の丘はもう草で覆われ、迅雷号の足跡や蹄の跡はわからなくなっていた。社や廟はきちんと掃き清められ、控えめに飾られている。その柱の間から成人を先祖に報告し、今後の無事を祈る経が聞こえてくる。

 アケノリ・タケムネ殿と、アケノリ・フミネ様は祭られている先祖に頭を垂れており、その後ろにはカミヅカ公とその家族、ヨリフサ王、そして、ふたりの帝国側の身元引受人であるレムノウル公が大きな目にろうそくの揺れる光をきらめかせていた。

 式が終わり、カミヅカ公と正室は子供たちを隅に呼び、なにか会話をしている。皆気をつかって近寄らず、話を聞かないようにしているが、フミネ様や年少の子たちの目はうるんでいるようだった。

 しばらくして会話を終えたカミヅカ公は、毅然とレムノウル公に向かう。

「それでは、タケムネとフミネをよろしくお願いします。失礼があれば、遠慮なくご叱責ください」

「たしかにお引き受けします。おふたりは五年間、または状況によってはどれほどであっても、帝国領内においてはケト家が保護いたします」

 レムノウル公と、タケムネ殿、フミネ様はケト家の紋章の馬車に乗り込む。列席の貴族たちは帰り支度を始めている。

 子供たちはずっと窓からカミヅカ公を見ている。馬車が動き出し、護衛とともに丘を下っていく。カミヅカ公は馬車が見えなくなるまでじっと立っていた。

 ヨリフサ王は、父がそうであったように、叔父がちいさくなったように感じた。

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