七 迅雷号出撃

 コウエキケ山のこのあたりでは晴れていてもうす暗いが、雨が降り出したのでなおさらだった。迅雷号は大木の根本にうずくまっており、イサオとふたりの技術者は腹の下にすわって降り出した雨をよけている。騎馬隊は馬をつなぎ、急ごしらえの偽装やぐらをつかって交替であたりを監視している。国境でのろしが上がるのはまだだろうが、侵攻してきた敵がすぐそばにいる状況ではのんびりともしていられない。

 敵は、侵攻してきたまま、焼けた国境守備隊の山頂基地兵舎を手直しして居座っている。こちらが中腹まで登ってきたことには気づいているはずだが反応はない。双方ともにやぐらをいくつも立てているが、敵のはすくなくとも一基には本当に操作兵がいて、味方のは全部偽装というちがいがある。

 そして、のろしが上がりしだい、戦闘が始まる。イサオは前に見た光景を思い出していた。自分にあのゴオレムの無力化なんてできるだろうか。

「速さだ。とにかく速さで叩きのめせ」

 エオウがまた言った。技術者になる前は兵隊で、国境守備隊に配属されていたという、ずんぐりとした四角い体形と顔の白髪まじりの男だった。

「なんども同じことを言うなよ。イサオ君がうんざりしてるぞ」

 カグオがたしなめる。こちらはやせた男で、物心ついたころからサノオに弟子入りしてゴオレムひとすじの青年だった。そのせいか、ちょっとした意見を聞かれたり、不在時の研究管理をよくまかされていた。

「皆、調子はどうか。あ、いや、起立しなくてもよろしい。そのままで」

 騎馬隊長のタツキ公がこちらまで見回りに来た。三人とも起立して礼をしようとしたが制せられた。イサオは、白いあごひげをしごいているタツキ公をまぶしそうに見上げる。名字があるうえに公の敬称で呼ばれ、領地を持って一家を構えている。そんな貴人に話しかけていただく機会はなかなかないが、そうなってみると返事できない。よけいな口をきいて無礼になるよりは黙っていたほうがいいかもしれないと考えてしまう。

「イサオ君、それにエオウ氏、カグオ氏、迅雷号に問題はないか。命令次第、迅速に出撃できるか」

「はっ、問題ありません。仕様通りの運用が可能であります」

 エオウが元軍人らしく起立してはっきりと答えた。ほかのふたりはうしろでうなずいている。

「このような実験兵器の運用ははじめてだが、力のおよぶかぎり協力しよう。よろしく頼むぞ」

 三人とも敬礼する。タツキ公は答礼してほかの兵の見回りに行った。

「やはり、わたしたちはまともな兵隊とはみなされていないのでしょうか」

 タツキ公の後ろ姿が見えなくなってから、イサオが不安げに言う。

「それはそうだろうな。なんの実績もないんだから」

「でも、エオウさんは実戦経験があるんでしょう?」

「あるにはあるが、密輸業者の用心棒と戦っただけだから。タツキ公や騎馬隊の古株は他国の軍隊とやりあったことがあるからな」

「戦争の主となる作戦にいきなり実験兵器を投入するとなれば、すこしくらい不信感があっても当然さ」

 カグオが口をはさみ、エオウはうなずいた。

「カグオの言うとおりだが、一方でわが国にはまともな作戦を立ててじっくり戦争している余裕はない。実験兵器を投入して敵をびっくりさせ、腰を据えて対応される前にけりをつけるつもりなんだろう」

「どのくらいびっくりするでしょうね」

 イサオが言うと、ふたりは顔を見合わせてにやりと笑い、エオウがおどけて返事する。

「開発中にな、カグオやほかの皆と呑んだことがある。煙塊が効かないとわかったときの敵兵の顔を想像するだけで肴になったもんさ」

 イサオは、それは答えになっていないと思ったが、いっしょになって笑っておいた。

 雨が本降りになってきた。迅雷号の腹の下の地面も濡れてきて、三人は不快そうに、すこしでも乾いたところを探した。

 突然、周囲の兵隊たちがざわめきだした。声が聞こえてくる。

「それは確かか」

「はい、のろし二本。方角、距離ともにまちがいありません」

「迅雷号の三人に伝えよ。搭乗を行い出撃準備」

 イサオとふたりは迅雷号の濡れた背をのぼる。イサオは搭乗口から油紙の覆いを取り去り、覚悟を決めるように深呼吸してから中に這いこんだ。ふたりがのぞきこんでイサオの固定を確認し、迅雷号の首の背側にしばりつけておいた封印石をはめる。カグオが呪文を唱えた。

「迅雷号、出撃準備願います」

 兵士が走ってきて大声で命令を伝える。

「現在封印ちゅ……、完了。出撃準備完了」

 その兵士に負けないくらいのエオウの大声が響いたが、イサオにはもうなにも聞こえない。核石に両手を置いて周囲を見回した。信号旗を持った兵士は右ななめうしろにいた。エオウとカグオはふたりとも跳び降りてそのそばに立っている。

「出撃」

 タツキ公が命令し、赤い旗が振られる。迅雷号が直立して歩き出した。そのうしろから兵士がついていく。

 イサオは神経質に周囲を見ていた。視覚以外に意味のある情報がない。音はなく、もちろん、振動はまったくない。

 山頂付近で敵ゴオレムの頭が見えた。右手の指で合図する。赤い旗がまた振られ、作戦通り、まずは敵ゴオレムの無力化を行うよう命令された。

 迅雷号は突進し、味方とともに一気に距離を詰める。煙塊弾が炸裂する。直進して突っ切ってもいいが、いまはあたかも操作されているかのように蛇行してよける。見下ろすと、味方は迅雷号を盾にして浴びせられる石をよけつつ、すきをみて敵集団に投擲していた。

 敵ゴオレムに手の届くところまで近づくと煙塊弾や石の投擲はやみ、敵味方いりまじって棍棒と戦鎚での殴り合いとなった。兵たちはゴオレムから離れはじめる。さすがにこれから起きる格闘からはどちらも距離を置くつもりなのだろう。

 周囲をさっと見まわしてから、左手で敵の右腕をつかむ。樽とちがってつかむ力に気をつかわなくていいので楽だ。敵は腕を引いてよけようとしたが遅すぎた。遠隔操作がこれほど遅いものだとは、理屈でわかっていても実感すると意外だ。

 そのまま自分のほうにひっぱり、さらに右手の掌底で敵の左肩を打つ。体勢をくずした敵ゴオレムの足をけってよろめかせる。

 敵ゴオレムは体勢をくずしたまま逆に迅雷号につかみかかり、自分もろともに引きずり倒そうとしたが、迅雷号はその前につかんでいた左手を開いて体を離し、敵が自分から倒れるにまかせた。

 倒れたまま這いずり、とりあえず距離を取ろうとする敵ゴオレムの股関節をうしろからける。敵は突っ伏すように腹を打つが、その体勢から転がって逃げようとした。

 迅雷号は転がってこちらをむいた敵ゴオレムの右ひざを踏みつける。なんども踏みつけ、五度目でひびを入れた。味方のほうを見ると、まだ赤旗が振られており、そのまま無力化を進めよという命令だった。

 つかみかかって引きずり倒そうとする敵ゴオレムをかわしながら左ひざにもひびを入れる。それから這って逃げられないように右、左と肩にもひびを入れたところで信号旗が変わった。

 味方の支援にあたれ、という命令。敵兵はゴオレムが打ち倒されたのを見て戦意を失い、部隊をまとめて退却を行っていた。それを味方とともに追撃して攻撃する。敵兵を払いとばしても、踏みつけてもまったく感覚はない。大きく口を開けているのは、表情からして命令をどなっているのではなく、悲鳴かなと推測できるくらいだった。

 また信号旗が変わった。戦闘停止。迅雷号はひざをついた。周囲の地面には血や体液の染みがあり、敵味方が倒れている。雨で血のあざやかな色がぼけてきている。

 封印石が解かれ、音がもどってきた。イサオは固定をほどいて降りた。雨音にまじって、遠く、近くにうめき声が聞こえる。迅雷号を見ると、紋章の筋彫りが埋まるほど全身が汚れ、特に手足がひどく汚れている。血液の赤がなければ収穫後の田で転げまわって遊んだ子供のようにも見える。

「よくやった。大戦果だ。ゴオレム一体を完全無力化。敵兵もごく一部が逃亡したが、ほとんど無力化したぞ」

 エオウが興奮している。左耳が切れて血を流しているが気にしていない。

「味方の被害は?」

「戦死はない。五名が戦闘不能。コウエキケ基地に後送する」

 敵の血を浴びたカグオがおちついた声で教えてくれる。

 イサオはこちらに来るタツキ公に気づいてあわてて敬礼し、ふたりもふりかえって敬礼する。

「迅雷号は異常ないか。ひきつづき稼働はどうか。よし。それでは君たちは体を休めてくれ。いまは火を焚いてもいい」

 タツキ公は迅雷号を見上げた。あごひげには泥が飛び散っている。

「それにしても速い。たいしたものだな」

「わたしたちになにか手伝えることは?」

 イサオが尋ねたが、タツキ公はつめたく言葉を返した。

「いまの命令が理解できなかったのか。君たちは休め」

 そう言ってタツキ公は隊にもどった。兵士たちは馬を連れてきたり、味方の応急手当を行って後送の手筈を整えたり、遺体をまとめて安置したりいそがしく働いていた。敵負傷兵は捕虜として宣誓を行い、戦後に身柄の返還が行われるまではジョウ国に敵対しないことを誓って応急手当てを受けた。法的には宣誓するかしないかは自由だが、誓わない兵はとどめを刺されるだけなので、そんな兵がいれば証人を立てて記録にのこさないといけないくらいまれだ。イサオにとってはこういった戦闘後の処理のほうが音が聞こえる分戦闘中のようだった。

 それでも、タツキ公の指揮の下、あかるいうちに戦闘後の混乱は整理された。敵ゴオレムも魔法索で地面につなぎとめられ、全身に覆いをかけられて警備兵を置かれている。雨は小降りになっていた。

「注目。タツキ公より御言葉がある」

 兵士が呼ばわり、全員が起立した。

「全員ご苦労であった。今作戦の目標のひとつである、わが国領土に侵攻し、コウエキケ山国境警備隊山頂基地を不当に占拠していた敵勢力の完全無力化は達成された」

 タツキ公は言葉を切って皆を見回した。

「しかし、今作戦の主目標である敵本城への急襲はこれからである。困難が予想される目標ではあるが、すでにわれらとともに戦う迅雷号の威力は皆も目にしたはずであり、じゅうぶん実現可能な目標である」

 空を見上げ、また皆を見る。

「全隊出撃。全力を尽くし、キョウ国王アケノリ・カミヅカを誅せよ」

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