第7話


確認の後に来るのは何だろう? 懺悔だろうか? 後悔と涙? 


何もかも私たちにはふさわしくない気がした。もっと汚れて、もっと生々しくて、もっと、今らしい在り方があると思う。


小山さんが、縁側に座る私たちに、紅茶のケーキと、ミルクをおいて出て行ったとき、私はふと、伊佐木に告げた。


「わたし、小学六年の時に、父親に強姦されて、それから子宮が使い物にならないの。子どもも無理ね。あなたはどう?」


「それが君の泣きたい理由? おあいにく様、僕は自分でナイフをいれて、勃たないようにした。多少は不便だけど、大した違いはないよ。君は?」


「私も、ホルモン剤で生きてるし、大したことではないと思う」


伊佐木が何故、そんなことをしたのか、尋ねようかと思ったが、それよりもケーキの方に目が行った。


「僕が最初に殺したのは、兄でした」


「お兄さん? 事故で亡くなったっていう?」


二人ともケーキを食べ終わっていた。縁側に座るのももう遅く、私たちは、二階の客間に場所を移し、缶ビールを空けて、眠気が来るのを待っていた。


「まぁ、事故の様なものでしょう。その日、僕がその場に居合わせなかったら、起こらなかったことだから。ねぇ、覚えてますか、あの日のことを? 兄のことをまだ、あなたは覚えていますか?」


そのとき、私の頭のなかに、稲妻が落ちた。そうか、こういう因果なのかと、合点がいったのだ。


私は伊佐木を見て、自分の膝頭ひざがしらを見て、また、伊佐木を見た。


伊佐木は、さっきから、私を見ている。そこには何の表情も読み取れない。私は安心して、言葉を継いだ。


「えぇ、覚えてます。私の初恋、そして最後の人。そっか、あなたが殺しちゃったんだね。でも、私、そうしたら肝心なこと忘れてたんですね。あなたのこと、忘れてた。なんでだろう?」


「それは、そういう方法を採ったからです。この国には、世間一般には知らせない非合法な制度がいくつもあるんです。例えば、報道に乗せられないほど悲惨な事件が起きたとき、警察はどうすると思います?」


「どうするんですか?」


私は興味を持って彼を見つめた。


「殺すんです。速やかにね。そして関係者の記憶を消して、無かったことにするんです。そうすれば、なんの問題も無い。何も無かったから。いいでしょう?」


彼は、少しだけ早口で語る。


「へぇ、そんなことが許されているんですね」


私はいつもの調子で返す。


「えぇ、許されているんです。そういう仕事、興味ありますか? 僕は、14才の時、その仕事の存在を知ってから今までずっと、その仕事をしています」


「もしかして、お兄さんを殺しちゃって、それから?」


私は、まるで悪巧みをしているかのように、彼の方に身を乗り出した。

そうすると、彼も少し、私の方へにじり寄る、


「そうですね。どうやら既存の方法では、僕の記憶は消せなかったようで、次善の策、というやつで。あぁ、でも僕、気に入っているんですよ、この仕事。いまじゃ誰も文句を言わない」


「そんなものですよね。そうか、殺しのエリートか。カッコいいですね」


「まぁ、そんなものです」


ここで伊佐木は、初めて私に笑顔をみせた。それがいったいどういう意味だったのか。私には皆目分からない。けれど、この夜の会話が、私たちの未来を決めたのだ。

                                        ―つづく。

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