第28話 合流

 虎太郎は雫の壊れた笑顔を直視できなかった。もう人として壊れてしまっている――そう思ったからだ。


「一番、立ちなさいよ。いつまで寝ているつもり?」


《ゼクスト・フリューゲル》の真横で倒れていたクリスは、雫の声を聞いてゆっくりと起き上がった。あの瞬間でアルメリアの攻撃を躱したのか、傷がついた様子は一切ない。


「あんたには存分に戦ってもらうために痛覚プログラムは入れていない。さあ、やりなさい」


「はいオーナー」


 クリスは猫背の姿勢から両手を斜め下に突き出すと、そこから刃渡り一メートルほどの黒い刀のような刃物が勢いよく飛び出した。その刃はよく見るとヴィーンと低い音を立てながら振動している。おそらく殺傷力を極限まで高めるためだろう。

 アルメリアも《ゼクスト・フリューゲル》から大剣を引き抜きゆっくりと両手で構えた。


 五秒の静止の後、先に動いたのはクリスだった。普通一気に間合いを詰めるのであれば、膝に踏ん張りを利かせてから前方に飛び出るのが普通の動きだ。しかしクリスは違う。ごく普通に歩き始めるような軽い動作で、一〇メートル程離れていたアルメリアのもとへ瞬きをする間にたどり着いた。


 初撃は剣で防ぐ。弾き返しながらアルメリアは片手で数回バック転をして距離をとると、先ほどのクリス同様一瞬の間にクリスの位置にたどり着き剣を振った。

 二体が動く度、攻撃を繰り出す度に出る風圧のようなもので目を閉じてしまう。虎太郎は普通の人間にはまず見えない速度、物理的におかしい動きをする二体をみて再び恐怖した。これは人では絶対に勝てないと――


 壁のあちこちに突然ヒビが入る。虎太郎たちに見えていないだけで、おそらく超速度で移動しているのだ。虎太郎は固まったままの碧を連れて少しでも安全そうな遮蔽物に隠れることにした。


「姉ちゃん。おい、姉ちゃん!」


 碧は目を開いたまま俯き、物陰に移ると膝から崩れた。

 虎太郎の問いかけにも返事はない。それも当然な話だ。就職の際、知らない人間によって人間不信に陥った碧が、今度は唯一の親友である雫に裏切られたのだ。今までの二人の関係は偽りであり、すべて今日この日のために雫が計画した碧に対する復讐のようなものだったのだから。


「はああっ!」


 最初押され気味だったアルメリアはクリスの戦い方に適応していったのか、熟練した剣士のように大剣を操り、今度は積極的に攻めに転じていた。


「うおりゃあああ!」


「……」


 剣と剣が擦れ合い火花が散る。二刀を操るクリスはアルメリアの剣を片方の剣で受け、もう一方の剣を防御のできない位置に繰り出した。アルメリアは体を思いっきり捻らせ回避するものの、ジュッという音を立て脇腹に剣がかすった。


「つうっ」


 振動する刃は熱を持っているようで、熱さと痛みにアルメリアは顔を歪めた。

 この時雫の眉が少し動いたのに虎太郎は気づいた。なにか不思議そうな表情をしているが、なにに対して疑問を抱いたのか本人にもわかっていないようだった。

 それからアルメリアの連続した攻撃は止まることなく続いたが、少しも当たることなく時間は過ぎていく。


「なんで当たら……ないのよ!」


「すべて見える。だから躱せるの。それだけ」


 フェイントもなにもかもお見通しといった具合に躱され、防御される。


「一番は人格データを最小限に削り取った。その代わりに戦闘プログラムを入るだけ入れてあるの。感情豊かな六番には一番は倒せないわ」


 クリスはアルメリアが仕掛けた突きを、床に後頭部がつくほどのけぞって躱す。そのままアルメリアの下に潜り込み、上に蹴り上げた。


「ぐあぅ」


 一〇メートルほど上にある天井に激突し、下に落ちてくるアルメリア目がけてクリスは跳躍した。そしてすれ違う瞬間に今度は床に向かってかかと落とし。アルメリアは勢いよく床に衝突した。さらにとどめとして、天井で踏ん張りを利かせたクリスは一気に下降。膝をアルメリアの頭部に叩きつけた。


「があッ」


「アルメリア!」


「う……ああ……っ。あああっ」


 ここは地下でこれ以上下の階はないため床が抜けることはないが、もうすでにここら一帯はクレーターだらけになっており、床と呼べるものはなくなっていた。

 両腕をクロスさせて体を抱えながら痛みに悶え苦しむアルメリア。その姿を見るのは〝AZ〟が苦手な虎太郎でもやはり心苦しいものだった。その時雫が口を開いた。



「そうだ……。なんで六番が痛みを感じるのよ。どういうこと?」



 突然声を震えさせる雫。


「おかしい。このプログラムはわたしが作成したもの。一番を抜かした五番までにしか入っていないはずなのに……」


 これが先ほど雫が違和感を感じていたものだった。

 確かにアルメリアは雫も知らなかった第六の第四世代〝AZ〟であり、片山が管理していたものだ。最初から痛覚プログラムなど入っていないはず。であればアルメリアはなぜ痛みを感じているのか。


「どういうこと? ワケがわからないわ。あの〝AZ〟になにかがあるっていうの? まったくどこまでも邪魔をして片山ぁ!」


 息のない片山を睨みつけながら雫は叫んだ。


「一番ッ! なにやってんのよあんたは! もう五分経ったじゃない!」


「もうしわけありません」


 時計を見るとすでに逃げることを許された七人を追いかけなくてはいけない時間になっている。しかしイレギュラーなアルメリアの存在がすべてを邪魔にし、とうとう焦りが顔に現れ始めた。


 あの逃げるスピードであればあと五分は外に出られないはずだが、もしかするとNMTの新たな増援がすぐそこまで来ているかもしれない。そうなってからでは更に計画が狂ってしまう。


「全試作機! あんたたちはあの七人を追いなさい! 絶対に逃がすんじゃないわよ」


『了解』


 声を揃え同時に頷くと、すべての試作機がドアに向かって走り出した。一体がドアを開け足を踏み出すと――


 その試作機の腹部に一本の光る直線が貫通した。


 声を出すことなくそのまま仰向けに倒れる試作機。周りにいた他の試作機は互いに顔を見合わせて固まっていた。

 雫は思わずドアの方へ振り向いた。そこには行方不明になっていたはずの一人の少女型〝AZ〟が、乱れた自慢の金髪を指で梳かしながら入ってきた。


「な……どういうことよ、なにやってんのよ二番! あんた今までなにしてたのよ!」


「お待たせいたしました碧さま。虎太郎さま。邪魔が入ってしまったもので少し遅れてしまったこと、蒼穹さまをここまで連れてきてしまったことの謝罪をさせてください」


 雫の問いかけを無視し、虎太郎たちに謝罪をしてきたのはソニアだった。自身の倍近くある大きな機械的なライフルを右手で持ち、別れた時よりも少し傷んだ服での登場だった。


「蒼穹はどこに?」


「蒼穹さまは途中の通路で出会ったけが人たちの手当をしたいとのことで、そこに留まっています。凶器などは持っていなかったので大丈夫かと判断しましたが……」


「いや、大丈夫だ。ありがとう」

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