第24話 クリスマスローズ
――碧はとなりで真剣に話に耳を傾ける弟に全てを話した。いつの間にか二人は立ち止まっていた。
「姉ちゃんは……わたしは……自分を捨てないときっと自分が壊れるって、そう思った。だから無理やりにでも自分を変えたんだ。過去と真逆の自分に」
「姉ちゃん……」
「だから学校にもあれから行けなかった。人を信じられなくなったせいだ。家に引きこもれば最低限の人にしか会わずにすむ。でも、結果家族のみんな、雫にもすごく迷惑かけてたんだな。わたしはわたしで、みんなに心配をかけたくなかっただけなんだ……。本当にすまなかった。心配かけたな。虎太郎」
碧は虎太郎をギュッと抱きしめた。虎太郎は碧が泣いているのに気づき、恥ずかしがって引き離すなんてことはしなかった。純粋に、姉の悲しみを受け止めようと思った。
「話してくれてありがとう姉ちゃん。俺もごめん、気づいてあげられなかった」
「いや。虎太郎は優しいからな……気をつかってくれているのはいつも感じてた。ありがとう。こんなわたしだが、まだお前の姉でいさせてくれるか?」
「当たり前だ」
ようやく姉の思いを聞くことができた。語る口調がいつの間にか昔に戻っている〝本当の姉〟を見て、虎太郎は満足そうに顔をほころばせた。
途中止まったりもしたが、ゆっくりと歩き続け、現在この建物の裏を七割ほど進んだ位置に二人はいた。特におかしな点や他の入口はまだ見つかっていない。
「――お待たせ」
突然の後ろからの呼びかけに驚き、二人の心臓が跳ね上がった。
「なんだ? こいつは」
「たぶんさっきの……そうか、お前も」
振り向いた先には。まだ幼さが残る顔立ちの、長い黒髪の少女が姿勢悪く猫背でぽつんと立っていた。
輝きがあまりない赤い瞳、ふわふわとした黒いドレス、そして長いブーツ。
それは虎太郎が依頼された六体のうち、最初に手がけた〝AZ〟だった。
「AnN‐A101〝クリスマスローズ〟……。長いから〝クリス〟って呼ばれてるの。あたしはあなたたちを迎えにきた。ついてきて。オーナーが待ってるの」
二人はじっと黙っていると、
「警戒しなくていい。オーナーからは攻撃命令はでてないもの」
抑揚のない声でそう言い、すぐにクリスは反転し歩き出した。虎太郎と碧は顔を見合わせて頷くと、そのままあとを追った。
「なんだか他の第四世代と雰囲気違が違うみたいだな」
「ああ。注意して行こう」
どこへ向かうのかと思えば、建物とはまったく反対方向だった。そのまま建物を背にして五〇メートルほど進むと、そこには地面に埋め込まれた巨大な鉄の扉があった。ヘリや戦闘機などでも入れるのだろうか――そのくらい大きい扉だった。なお現在は開かれているようだ。
「ここは……」
「搬入用のエレベータ。動かないけど降りられるの」
呟くように小さな声でそう言うと、クリスは躊躇なくそこから飛び降りた。すぐに虎太郎は膝をつき恐る恐る下を覗き込んだが、辺りが暗くよく見えない。だがクリスの着地の音まで三秒ほどあったことから、間違いなく人間が飛び降りられる高さではないことはわかった。
「まじか」
「下が見えないな……ん? 虎太郎、あそこから降りられそうだ」
碧が指さす先には、壁に埋め込まれた鉄の梯子があった。
「あれで降りろと?」
「仕方がない。行くぞ虎太郎」
「はぁわかったよ。俺が先に行く」
自分の手と足でしっかり梯子の耐久性を確かめながら、慎重に一歩ずつ降りる。土がかぶっているため滑らないようにするのに一苦労だ。そして一〇分近くかけ、ようやく地に足がついた。
「だぁ……疲れたああ」
「はぁ、あぁ……くそ、死にそうだ」
碧は二年間引き籠もり、ろくに運動していないため、汗をぽたぽたと垂らし喘いでいた。
「遅かった。一五メートルほどしかないのに」
「しょうがないだろ。こっちはただの人間なんだ」
「抱えて飛べば良かったと後悔してるの」
「そ、それは絶対やらなくていい」
無表情で嫌なことを言いやがると心の中で舌打ちする虎太郎だったが、ようやく呼吸が落ち着き周りを見ると、ここは搬入口というだけあって相当広いスペースだということに気づいた。奥の通路らしいところからは光が溢れている。
「オーナーのところまでもう少し」
そう聞いて虎太郎は息を呑んだ。もう少し進めば誘拐犯のオーナーが、そして誘拐された人たちがいる。こちらは二人しかいないのにどうすればいいのか――本来最低ソニアが来るのを待って突入するつもりだったのに予定が狂ってしまった。
そう考えている間にクリスは歩き出している。オーナーは先ほどの電話で人質たちに制裁を与えると言っていたため時間はあまりないはずだ。
「姉ちゃん、歩けるか?」
「ん……」
まだ息が少し荒く歩くのが大変そうだったが、素直にクリスに従わないとあとが怖い。なんといってもあのNMTを軽々と撃墜していた姿を見ているのだから。
そのまま少し進むと階段があり、更に三階下に降りた。それから何度も通路を曲がりながら進んでいく。途中に部屋らしきドアがいくつかあり中が見えたが、様々な研究器具が置いてあるため、ここはなにかの研究施設だったのではないかと推測できた。
「アンドロイドの研究施設かもしれないな。見たことのある器具もある」
「アンドロイドの? こんなところにか」
「ずっと使っていないみたいだが、おそらくはそうだろう。さすがにどこの会社のものかはわからない」
「こんなところに立て篭もるなんて一体ど――」
「ここ」
会話にストップをかけたのはクリスだ。気づくとそこに一つのドアが立ち塞がっていた。
カードキーを使うタイプの分厚そうな白いドアで、ガラス窓はなく部屋の中が見えない。
「オーナー。連れてきたの」
返事はなかったが、五秒ほど待つとドアがプシュッと音を立て横に開いた。
虎太郎、碧はごくりと喉を鳴らす。クリスが一歩進み、それに虎太郎たちも続く。
薄暗闇に包まれひんやりとしたその空間は、大きさは学校の体育館のおよそ半分。広々とし、PC数台と机、椅子がいくつか置いてあるだけで余計なものは特に置いていない――あるものを除いては。
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