【日常】鮎川羽龍【クリスマスの話:本編 壱】

               ◇


 クリスマスというお祭りは、救世主の誕生日を祝うものだ。

 世間的にそう知られているものの、実際に救世主が生まれた日は、実は解ってないらしい。

 元は冬至の祭りだったとかの色々諸説はあるものの、確実な答えは見つからず。

 世界全土で祝われるくせして、祭りの理由の正体は、遥かな過去に消えている。

 チキンを摘みケーキを貪り、どんちゃん騒ぎができるなら、事の真偽はどうでもいい。

 それはとっても滑稽で、そして人間らしくって。


「……偽物だよなぁ」


 それをぼくが知った時、教えてくれた憂里はシニカルに笑みを浮かべながら、


「祭りの本質なんてものは昔からずっとそんなものさ。

 祝いの理由にするものは、建前程度であればいい。大事な事実はそこに祭りがあることで、それ以上を気にしたがるような奴なんて、衒学趣味の道楽さ。

 それよりも鮎川くん、君がサンタクロースに願うなら、どんな贈り物が欲しいかい?」


 そんな問いかけをされた時、果たしてぼくは、どんな表情をしてただろうか。

 そもそもぼくが他人相手に、願うものなどないのだが。


                    ◇


 時はめでたきクリスマス・イブ。

 ヨーロッパはイギリスから南半球がオーストラリア、全世界全大陸が同時に祭りをする日であろうとも、悲しいことかな学生であるぼくたちは、学校という籠に囚われている。

 授業数というシステムは祝日でない祭りを考慮せず、規定時数をこなさせるという使命通りに、騒ぎ立てたいという学生たちを鉄条のごとく拘束する。


 ……なんてポーズを決めてみたけど、所詮は日常の一場面。


 それで嘆いて喚くほど、ぼくは休みを求めてはない。非日常を望んでいない。

 偽物めいた愚痴ぼやきを呟くぼくと裏腹に、


「あーちくしょーとっとと家にかーえーらーせーろー!」


 宮雨才史はその通りの文句を喚き散らして叫んでいた。


「一体どうしたのさ宮雨? 家で待ってる可愛いカナリアが心配なの?」

「そうそうあいつ最近やっと言葉を覚えたばっかりで、ぴーちく喋るのが楽しみでさあ……っていねえよ! そもそも俺ん家ペット飼えないって言ったじゃねえか!」


 わぉ盛大なノリツッコミ。ところで声真似をするのはカナリアじゃなくてオウムだったような気がするのだけど、そこは突っ込んでおくべきだろうか。


「じゃあなんで帰りたいのさ。理由あるの?」

「あー、んー、……なんでだろ」


 猫耳を揺らして似合わない悩み顔をする宮雨。

 結局のところ、人の望みなんてなんとなく以上はないのかなと。そんなことを思って見て。


「どうせクリスマスイブだからって特別なイベントとかないよね? 宮雨だし」

「んだとてめー俺のスケジュールを勝手に透視すんなやその通りですけどさあ!」


 きしゃーと怒鳴る宮雨を無視して、ぼくは弁当箱の最後の唐揚げを口に運んだ。

 ちなみに今の時間は昼休憩、いつもの昼食途中である。委員長と名賀さんも当然在席。

 食堂の鍋は相変わらず故障中で、どうやら今年いっぱいは弁当期間継続のようだ。

 ……そもそも故障の理由がキワモノ料理を作ろうとしての大爆発だから、直ったとしても遠からず同じ事故が起きそうな危惧を抱くのは、多分ぼくだけじゃないだろうけど。


「ところで話変わるんだけどさ、鮎川隠し彼女とかいたりする?」


 危うく口の中身を吹きかけた。


「げふ、もぐ、ごくん……一体何の話をしてるのかな宮雨?」


 半分咳き込みながら食べてたものを飲み込んで、ぼくは宮雨に問いかけた。

 彼女とかあまりにも縁遠い言葉すぎて、混乱以外の何も生まないんだけど。


「いやさ、この時期になったら街中がカップルにあふれまくるジャン? 俺様女の子になんて興味ありませんよーみたいな顔してた連中がいつの間にかつきあってましたーとか言い出して一足お先に春が来ましたよみたいな顔で街を闊歩しだすジャン? だから鮎川がそういう存在だったりしたらあぶれ者たちを代表してここで天誅を下そうかと」


「あのね宮雨、それを言われて素直に答える人はいないと思うんだけど」

「なにー、ってことはいるのか!? 俺に隠れてラブラブチュッチュしてたのか!?」

「いないよ」


 どうして人間はこんなに異性との付き合いに対して熱意を燃やすのか。

 それも自分が付き合うのではない、他人の交際に関してまでも。

 ぼくとしては女性と付き合うなんてものは居候とペットの相手だけで十分すぎるぐらいに手間暇かかり、それ以上のことをしたいとは思わないのだけども、そう考えてしまう思考はどうやらメジャーなものでもないらしく、


「……偽物だよなあ」

「ん、どした?」

「なんでもないよ」


 口癖とため息でごまかした。


「ところで彼女ってそもそも何する相手のことをいうのかな」

「んー、あー、あっちの方でも見てりゃわかるんじゃね?」


 宮雨が指差した先へ視線を向ける。


「はい、あーん」

「ぁ……」


「ふふ、もっと大きくしないと入らないわよ? ほら、お口開けましょう?」

「…………ぁっ、んっ、ごくん」


「よくできましたっ」


 そこには当然、いつものように仲睦まじくしている剣月さんと飛倉さんが。


「うわー……飛倉さんすっごい蕩けた顔してるー……」

「あ、あわわ、あわわわわー……」

「ねえ宮雨、あれって参考にしていいものなの?」

「まあ一番身近にある例であることは確かじゃねえかなあ」


 あれはそこまで人間社会に詳しくないぼくでも特殊例だとわかるんだけど。色んな意味で。


「とにかく仲良きことは美しきかなだよ、それが両方とも見目麗しい美少女なら尚更」


「――へえっ!」


「うわぉっ!?」


 立ち上がった剣月さんが、瞬間移動と見紛う速さで宮雨の眼前に移動していた。


「ノーモーションで来られると心臓に悪いんですけどまおりさん!?」

「大丈夫よ、心臓マッサージの技術は心得ているわっ」


 突然ワープしてきた剣月さんは、そう言って両手をぐーぱー握って開いて。

 心臓マッサージは手の平で抑えて体重かけるもので、心臓を引きずり出して直接握るようなのは一般的ではない気がするのだけども、その辺一体どうなんだろうか。


「それはともかく、みんなは私とちぎりの愛のメモリーを聞きたいのねっ」

「いえそれ聞いてたら昼休みが終わってしまうんで勘弁してください」

「あら残念っ」


 あんまり残念そうでない口調でそう言った剣月さんは、ところで、と話を続け。


「メモリーを語るのもいいのだけど、今日は他にお話があるのよね」

「……?」


 剣月さんから話題が振られることは珍しい。

 基本的にぼくたちの会話に入ってくる形だから、そもそも機会があんまりないのか。

 というかぼくの知る限りでは初めてで。

 謎めいた少女、剣月まおり。それが話したいこととはなんなのか。

 身構えるぼくたちに対して、剣月さんは一人気負わず笑顔のままで、


「クリスマスパーティ、興味ないかしら?」


                    ◇


「パーティ? 今夜から?」

「そう。楽しい楽しいお祭り騒ぎ。ケーキとか食べてトランプで遊んでみんなで一緒に冬の記念日の思い出一緒に作ってみるのっ」


 剣月さんはそう両手を合わせて微笑んで。

 クリスマスパーティ、かあ……。そういう風習があることを、ぼくは一応知ってはいる。

 外で集まる祝祭ではなく、家に集まるホーム・パーティ。

 家族や友達、仲良し同士で愉快わいわい和気藹々、騒いで楽しむ夢のひと時。

 経験はない。何故ならそれも一種の非日常。今までずっと避け続けてきた一大事。


「今日せっかくのクリスマス・イブでしょう? せっかく特別な日ですもの、一緒にどう?」

「ハイっまおりさん! サンタのコスプレは用意してますか!?」

「この前の妄言まだ諦めてなかったの宮雨!?」

「ふふふ、あきらめが悪いのが美点だって小三の通信簿に書かれてたのかがしさんも知っているだろう……俺はまだ捨ててないぞ、ミニスカサンタっ娘からプレゼントもらう野望……!」

「そう言うと思って名賀さんのサイズの上着は用意しておいたわっ」

「ちょっと待って待って剣月さんなんでソレ知ってるのかな!?」


 イベントの提案に盛り上がる彼ら。

 その後ろで、ぼくは小さく溜息を吐いた。

 クリスマスパーティ。お祭り騒ぎ。イベント。ハレの日。つまるところは非日常。

 日常の繰り返しを愛するぼくとしては正直疎ましいと言ってもいい出来事だが、


 ……断る理由、ないんだよなあ……。


 特にやる用事があるわけでもない。怪我をして動けないという理由でもない。

 客観的に鮎川羽龍があの中に混ざらない理由というのが、どこを探しても見つからない。

 だったら素直に参加してしまえよと脳内鮎川羽龍はいうけれど。

 彼らの中に混ざってしまってもいいのだろうかと、そんな思いが少しだけよぎる。


 偽物の癖に。


「あのっ、鮎川くん。表情暗いですけど大丈夫ですか?」

「んー、どしたの鮎川? 浮かない顔してるけど弁当にマズいもんでも入ってた?」

「鮎川くん小食だよねえ。お姉ちゃんその程度で大丈夫か心配なんだけど」

「いやかがしさんとは体重が違いすぎるんだから比べちゃあぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 の友人たちは、こんなぼくのことを集まって心配してくれる。

 偽物だということを知らないから、無邪気に、を気遣ってくれる。


 だからこそ。その罪悪感は深まって。

 拭い去れない気の引け目。

 遠ざけられない友情の重み。

 責め立てるような幻聴は、幸い今日は聞こえないけど。


「ねえ、鮎川くん」

「……?」


 顔をあげる。剣月さんと目があった。

 細いその目のその奥で、何を考えてるかは見通せず。


「鮎川くんもクリスマスパーティ、


「……


 全く。どこまで見透かしてるんだろう。剣月まおり。

 偽物であるこのぼくには、有無を言わせぬぐらいがちょうどいい。


「やったわっ」

「いぇーい」


 ぼくの参加をハイタッチして喜ぶ剣月さんと名賀さん。

 一体なんでそこまで喜ぶのか、ぼくにはよくわからないけれど。

 なんとなく、微笑ましい光景に入るんだろうなと、そんなことを考えた。


                    ◇


「ところでまおりさん、質問がありまーす」

「なにかしら宮雨くんっ?」

「クリパやるのはいいけど、何時ぐらいに行きゃいいのよ? 今日いきなり聞いてきたってことは突発的な思いつきだろうし」

「そうね、昨日の夜思いついたことですし。うちのメイドに準備は頼んでるけど、整うのいつになるかはわからないかしら」


 口元に指を当てて答える剣月さん。

 一方宮雨は急にそわそわしはじめて、


「ちょっと待ってまおりさん、メイド――!?」

「ええ。ハウスメイド雇ってるのっ」

「うっひょーマジかよ現実にそんな存在いたんだな……! 美人? ミニスカ?」

「どうせ経験を積んだおばさんとかそういうオチじゃないかな?」

「もー鮎川はまたそういう夢をぶっ壊すことをいうー。もうちょっと見せろよ夢をさードリームをさーロマンをさー。で、実際のとこどうなんですかまおりさん!?」

「美人よ? スカートはロングだけど」

「いよっしゃあああああああ!!!!!」


 立ち上がってガッツポーズをする宮雨。相変わらずよくわからない喜び方をする男である。

 それにしてもメイド、メイドかぁ……。家事手伝いさん。生活に不便したことはそこまであったりしないのだけれど、そういう人でもいたりしたら憂里の世話も楽になるだろうか。


 ……無理か。あの人魚姫、他人と関わり合いになりたくないだろうし。


「だから準備ができたら電話するわねっ」

「あれ、剣月さんに私たちの電話番号って教えてたっけ?」


 至極常識的な疑問を呈する名賀さん。電話番号はかける側が知っていないと通じないというのはもはやいうまでもない条件で、そしてそいつは個人情報。教えないなら知れないもの。

 ……そんな常識、通用しそうになさそうなのが、剣月まおりという存在だが。


「さすがに私でもそこまでは知らないわねっ」


 つまり、


「今から番号交換しましょ?

 もちろんみんな、全員分ねっ」


                    ◇


「へぇ。それで今夜は出て行くと」

「うん、だから夕飯は自分で作って食べといて」


 帰宅後。何時ものようにゲームしている憂里に、今夜の用事を話してみた。


「随分と付き合いが良くなったじゃないか鮎川くん。キミ本当に鮎川羽龍? 非日常に飽きたオリジナルが何時の間にか帰ってきたとかそんな話じゃないだろうね」

「別に。断る理由がなかっただけ。第一あいつが帰ってくるとかありえないし」


「ふぅん。それもそうだね。

 それにしてもパーティか。ボクにはあんまり馴染みのない風習だね」

「あれ、経験ないんだ」


 憂里の実家のことはよく知らないけれども、彼女の時々漏らす話から相当なお嬢様だったんじゃないかとぼくは推察している。

 だからパーティの経験ぐらいあるもんだと思っていただけに、それは意外な発言だった。


「憂里本家は宗教的なイベントに関してはかなり厳しいんだよ。なにせ宗教は魔術と直結しすぎている。迂闊な祝いをしてしまったらその影響でせっかく代々整え続けてきた術式がぱぁになりかねないと考えていたんだろうね。くくく、本当に臆病だよあいつらは。本来の祭事ならともかく現代の俗化されたそれで揺らぐようなものは繊細じゃなくて脆弱というだろうに」


 何かを思い出したのか、憂里は口元だけで独り笑う。

 その中で随分とオカルティクスな言葉が出てきたけども、これは聞かなかったことにする。

 真性怪異シェイプシフターだなんてオカルトそのものみたいな自分が言えることではないけれど、魔法だとか魔術だとかそういう人間のオカルトはあまり関わり合いになりたくない。


 たぶんそれも、あの男なら違うのだろう。


 自分から望んで願って非日常のオカルトに飛び込んだ、真性怪異フォークロアなら。


 ……というか本当に一体何者なんだ憂里。聞いても答えてくれないだろうけど。


「憂里も行く?」

「いいや。ボクはあまり外出るの好きじゃないしね。遠慮しておくよ」


 代わりに何かお土産でも貰って帰ってきてくれと、そんなことをいう。


「それは命令?」

「好きにとってくれよ。命令でも居候としてのお願いとでも。

 ――それでもキミなら、断ることはしないと思っているけどね」


 そういう憂里が向ける視線は、信頼にしては嘲るようで。


「……偽物だよなあ」

「まあ楽しんできなよ鮎川くん。キミが人間と関わることでどんなことが起きていくかは、

ボクにもかなり興味深いことだからさ」

「…………」


 と。

 突然携帯が鳴り出した。

 着信のメロディはシンプルな初期設定のインストゥルメンタル。


「ちょっと待った鮎川くん。ボクとクロア以外に通話する相手とかいたのかい!?」


 珍しく本気で取り乱したような口ぶりの憂里。

 その狼狽を無視しながら、ぼくはその通話相手を確認した。

 剣月まおり。クラスメイトのヴァンパイア。今夜のパーティのホストガール。

 ここから始まる非日常の予兆に対し、ぼくはもう一度息を吐き。


「もしもし」


 通話のボタンをプッシュした。


                    ◇


【NeXT】

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