地震から始まるetc.
緋炎晃
第1話 プロローグ
まだ、少し肌寒いが暖かな日差しが差し花が咲き始める。公園では学校帰りの子供達が遊んでいる。
コンビニでは食べ盛りの中高生が春を先取りした新製品に騒いでいる。
部活に励む学生だろうジャージを着た集団が海辺の道を走っていく。
ゴルフ場では平日だというのに政治家が取り巻き達にヨイショされゴルフを楽しんでいる。
そんな春が待ち遠しくなる有り触れた冬の終わりの昼下がり。
ぽかぽかとした日差しとともにのんびりとした時間が過ぎてく。
港町の海沿いの道
「ファイト」「オー」と元気な声が響く。近くの中学校の野球部員達がランニングしているのだろう。揃いのユニフォームに身を包んだ坊主頭が並んで走って行く。
その様子を見下ろせる位置にある津波避難タワー。平時は立ち入り禁止になっているはずのその場所に複数の影がある。
先程ランニングしていた野球部員達と同じユニフォームに坊主頭の人影が数名。思い思いに座ったり寝転んだりしている。
「なあ、悠人そろそろ戻らんと監督に見つかるんじゃね?」
「そだなぁ。でもランニングかったるいしめんどいなぁ」
「どうせ走っても俺らじゃベンチにも入れねえもんな」
「あれ?揺れてね?」
「んー。今日は風が強いのかな」
「いや靖、これ風じゃないぞ地震だ」
少年達が言いあっている間に最初は小さかった揺れが段々と大きな揺れに変わっていく。
「やべっ、これかなり大きいぞ」
「まあ、ここに居れば問題ないっぺ」
「そだなぁ。もともとここは地震の時に使うもんだしな」
かなり大きな地震だと言うのにのんびりしたものである。そうこうしていると地震も収まり元の静けさがもどる。
「おー、収まったようだな」
「ああ、でも結構大きかったな」
「津波大丈夫かなぁ」
寝転がっていた一人がそう良いながら立ち上がり海の方を見る。
「な、なんだあれ!!」
「利久お前一人で何騒いでるんだよ」
驚いた様子で海を指さしている。他の者もその声に釣られ海へと視線を向ける。
「へ、なんで海の向こうに陸地が?」
「何馬鹿な事言ってるんだよ。この海に島なんてねーよ」
「島って大きさじゃねえぞ」
「んじゃ、アメリカでも見えてるんじゃね?」
「おい、悠人前から思ってたんだけどよ馬鹿なのも大概にしとけよ。アメリカまで何キロあると思ってんだよ」
「馬鹿とか言うな。利久も俺と似たようなもんだろうが。ちょー自然現象とか魔法とかで見えるかもしれねぇじゃないか」
必死に反論する悠人と呼ばれた少年は彼以外の少年達から哀れみの視線を送られている。
学校帰りの学生で賑わうコンビニ
棚に陳列されている商品がブルブルと震え独りでに動き出す。異変に気付いた客達が訝しげな表情を浮かべて居る。
「地震だ!!」
客の一人が何が起こっているか気が付いた様で叫び声をあげる。揺れが段々と激しくなり棚から商品が落ち始める。瓶が落ちガチャーンと割れる音が響く。
「きゃー」と客から悲鳴が上がり軽いパニックが起こる。
「店内は危険ですので落ち着いて店外に避難して下さい。」
コンビニの店員が災害時のマニュアルに従って客の誘導を始めた。誘導によって客達も落ち着きを取り戻して外に順序よく避難を始めた。
店員を含めて店内に居た人は全員無事にコンビニ前の駐車場に避難できたようだ。その間にも揺れは激しくなり店内の商品は大量に落下して酷い状況になっているようだが怪我人は出なかった。
しばらくすると地震も収まり皆無事を確認しあっている。その中に女子高生のグループもあった。
「今の地震は大きかったね~」
「ちょ~怖かった~えーん」
「うんうん、怖かったねーよしよし」
そんなじゃれ合う会話の中一人の女子高生が徐にスマホを取り出し操作を始める。
その姿を見た他の女子高生もそれに習うように次々とスマホを取り出しSNSで呟きだした。
皆SNSを使って家族や知り合いの安否を確認している。最初にスマホを取りだした女子高生が夢中になってスマホを操作していたが突然驚いた表情を上げ再びスマホを見た。
その後その女子高生は友達の輪の中から皆に気が付かれないようにそっと抜け出した。
ずっとスマホに夢中になっていた女子高生達の一人が周りを見渡し声をあげた。
「あれ? しずちゃんが居ない?」
「え、まさか逃げ遅れた?」
「いや、私たちと一緒に逃げ出してたわよ。さっきまでそこに立ってたじゃない」
「しずちゃんって、たまに忍者みたいに急に居なくなるね」
「うんうん、私なんて話してる途中で振り返ったら居なくなってた事あったよ」
「にんにん」
「えー しずちゃん急なバイトだってー SNSに入ってるよー」
「こんな大きな地震直後なのに? 何のバイトなのよ~」
「「知らない~」」
抜け出して行った女子高生は友達の誰も知らないバイトをしている様だ。
某三流大学の社会部研究室。
ご多分に漏れず所狭しと資料や本さらにはDVDなどが山に積み上げられている。
部屋の片隅では液晶ディスプレイに囓りついて真剣に画面を見ている男性が一人。
ヘッドホンをして音は外に漏れないようにしている。
この見るからに怪しい独身男は後2年程で魔法使いになれる。そんな彼は決して声が漏れないようにヘッドホンをして映像を見ているわけではない。ましてや18才以下の未成年が見てはいけないビデオをみている訳でもない。
今この男が見ているのは最近人気が出て来ている異世界ファンタジーだ。
大学の研究室で仕事をサボってアニメを見ているのでもない。一見サボっている様ではあるが決して遊んで居る訳ではないのだ。
この研究室はアニメやゲームを初めとするサブカルチャーを研究する研究室だ。この男はこれでもこの研究室のれっきとした講師なのだ。
自称ではあるが特に異世界ファンタジーを専門としている。ゆえに例え端から見ると単に目をキラキラ輝かせてアニメを楽しんでいるだけにしか見えなくとも立派な研究の一環なのだ。
その証拠に彼の周りにうずたかく積み上げられた本やDVDは異世界ファンタジー作品ばかりだ。
積み上げられた山が徐々に揺れやがて大きな音を立てて崩れ始める。
しかし男はビデオに集中しているために全く気がついて居ないようだが、山はあっけなく崩壊し本やDVDケースが容赦なく男に襲い掛かる。
そこで初めて男は異変に気がついた。山の残骸に飲まれつつヘッドホンをはずし周りを見渡す。
「ああ、地震か結構大きいな」
そう呟く間にも本の雪崩は続きその光景をながめならだ男は絶望的な表情を浮かべる。
「ちゃんと整理しておくんだった・・・これは片付けるのにどれくらいかかるんだろう・・・」
そう呟きながら男は崩れゆく山をただ呆然と眺めるだけだった。
駅から近い古びたワンルーム・マンションの一室
天気の良い昼間だというのにカーテンを閉め切り薄暗い。しかも部屋中にパソコンに始まりルーターやハブなどコンピュータ関連機器が新旧入り交じり様々なものが所狭しと積み上げられている。
部屋の中央には、ぽっかりと長方形の空間が空いている。空いた空間にはベッドがあり一人の中年男性が寝ている。
この小太りの男は数年前に大手SIベンダーから独立しフリーランスのシステム・エンジニアをしている。
こう表現すると聞こえは良いが中小企業や個人商店などを顧客に持つコンピュータ関連の何でも屋だ。
新規にシステムを納入する事もあるが大抵はコンピュータが苦手な商店主や工場主がコンピュータ・トラブルに巻き込まれ困った時に助けるのが主な仕事だ。
昨夜も町工場の社内LANが故障した為に明け方までトラブル対応をしていた。トラブル対応が終わり朝に帰宅してからこの時間まで眠っている。
大きないびきが部屋に響く中突然積み上げられた様々に機器が震えだした。さらに軋む様な音が部屋に響き出す。最初は微かに機器を揺らす振動だったものが徐々に大きく変わっていき積み上げられた機器が揺れ始める。
揺れに大きさに比例して最初は小さかった音がギシギシと響く大きな騒音に変わっていく。その異様な音で眠っていた男が目を覚ました。
「ん、何の音だ?」
寝ぼけ眼をこすりつつ周りを見渡すと積み上げられた機器が揺れているのに気がつく。
「うわ、やばい」
慌てて揺れてる機器を手で支え崩壊を防ぐ。揺れが段々大きくなり部屋のあちこちで機器の山が崩れていき機器の壊れる破壊音が広がっていく。
「地震か、これは結構大きいな。うお!!崩れるなぁ耐えてくれ」
積み上げているのはそれなりの重量がある機器である。身体に当たれば怪我をするだろうし当たり所が悪ければ命の危険もある。なんとか身を守るため綱渡りでベッド周辺の崩壊だけは防いでいく。
しばらく揺れが続いたが徐々に収まる。手で支えたのが功を奏したのだろうベッドの周りに積み上げられた機器は崩壊を免れていた。
「ふう、なんとか無事にすんだか・・・」
安心したのもつかの間キーコキーコとシーソーを漕ぐような音が昌治の頭上から聞こえる。
刺激しないようにそっと上を見上げてみると使わなくなって久しい17インチのCRTディスプレイが眼前に迫る。
その後部屋にはディスプレイの壊れる音と男の悲鳴が大きく響いた。
政治家達が集まっているゴルフ場
今まさに首相がボールを打とうとしていた。ティーアップされたボールに狙いをつけて素振りをしている。ゴルフクラブが当たった訳でもないのにボールが勝手に転がりだした。
「ん?」
首相が怪訝に重いながらもボールを拾おうとした瞬間大きく大地が揺れた。広いゴルフ場であるため危険はないが地震が収まるまで大臣たちは落ち着いて周りを見渡していた。
比較的のんびりとした態度の大臣たちとは異なり慌ただしく行動している人たちもいる。
各大臣の護衛についているSPやそれぞれの秘書官などの取り巻きたちだ。SPはそれぞれ担当する大臣の安全確保を行おうと動いて居る。しかし広い場所での地震であり危険な物が近くには無いため出来る事は少なそうだ。
秘書官たちはスマホを使い関係各所と連絡をとっている。しばらくして地震が収まり首相が呟く。
「この地震は大きかったな。震度5くらいか」
大臣たちが首相の呟きにそれぞれ答える。
「そうですね。まあこれくらいであれば良く有る事ですし問題はないでしょう」
「まあ、大丈夫でしょうが一部に被害が出るかもしれませんね」
「丁度ここが最終ホールだし早めに終わらせて変えるか」
首相の提案に大臣達も同意し地震は無かった物の様にプレイ続行する空気になる。
「ちょ、ちょっとまって下さいよ。地震の後でゴルフなんかしてたってマスコミや野党が知ったら、面倒っすよ。コースの途中で止めるのは残念っすけど切り上げて戻りませんか?」
そう言って内閣府特命担当大臣の一人が声をあげる。
「馬鹿な事を言うな、過密なスケジュールを調整してやっと出来たコンペだぞ。
そんなものは適当に情報操作すればなんとでもなる」
「でも自分は防災担当なので色々不味いと思うっすよ~」
「君は首相の言葉に逆らうのかね。なんなら大臣を辞めて貰っても構わないんだよ?」
「いえいえ、とんでもないっす。一応担当なんで行ってみたかっただけっす。ご気分を害されたなら撤回します。ささ、首相はゴルフお上手ですからお手本お願いしまっす」
防災担当大臣は少し首をほのめかされただけで慌ててヨイショモードに切り替わった。さすが政治家変わり身が早く世渡り上手である。
さらに彼は指の指紋が無くなるのではと思われる程の解りやすい揉み手をしている。
首相の睨みだけで無く他の大臣からの冷たい視線が送られていたのでやむを得なかったのだろう。
ここまで各大臣も接待ゴルフに徹しておりゴルフが下手な首相がダントツのトップである。今までの努力を不意にさせられてはたまるかというプレッシャーが各大臣達から浴びせられそれに耐えられなかった様だ。
過去に同じ様なケースで首になった総理大臣も居たというのに歴史は繰り返される事になりそうだ。
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