治癒＋魔族＝毒

第1話 七光り

「どうしたの、こんな所で一人黄昏ちゃって」

　振り向けばそこにいたのは俺の唯一の心の支えであり、友人であるレイスの姿だった。

　レイス=ミーナット。

　主要五属の内、最も美しいとされる水属魔術の使い手だ。

　対魔術執行員訓練校でトップの成績を収めたのは女性初だと言う。

　その上、金色のウェーブがかった髪と整った顔立ち、スタイルから訓練校での彼女の立ち位置もまたトップと言えた。

　対して俺は……

「……ロキはロキでしょ？お父さんと比べない、比べなーい。親の七光りだっていいじゃない、こうやって私達は出会えたんだしっ！」

「……七光りね、親はそんなにいないけどな」

　そう、俺は七光りだ。

　俺自身本来はこんな場所にいれるような人間じゃない。

　忌み嫌われ、魔物と一緒にそこらの森に捨てられるべきゴミ野郎だ。

　別に母を恨んだりはしない。

　魔物と子供を作るような英雄である父を恨む気も甚だ無い。

　ただ……ただ、何で俺が……とは少しぐらい思いたいのは事実だ。

――――

「えぇ……来月は遂に卒業試験となる。卒業試験は皆も知っての通りかなり危険な試練だ。命は一つ、全力でかかる事！いいか？驕りは命取りだと言う事を忘れるなよ？　では試験日までは自由だ、最後の晩餐にならないよう訓練に勤しめ！以上だ、解散」

　俺が今いるのはこの世界に幾つも存在する対魔術執行員訓練校の一つだ。

　人々、いや、人族に限った事ではない。

　魔物も、生を受けた全ての生き物に魔力は宿る。

　そしてその魔力を操る事が出来るのは人族と魔物だけだ。

　だが、自らの欲望のためなら種族など関係なく傷付けるのは人族だけだろう。

　そんな人族、魔力を己の欲望のためだけに暴走させる輩を制御するのが対魔術執行員だ。

　俺はそんな執行員になるため……と言うより、半ば運命の様に俺はここに在籍する事になった。

「おぃおぃロキ君？まぁた一人かな？」

　背後からいつもの様に軽々しく声をかけてくるレイス。

　何故こんなに可愛く、優秀な彼女が俺なんかに優しくしてくるのかはもうすぐ一年経つ現在もまだ分からない。

「……俺はいつも一人だろ、もしくは二人だ」

「あっ、私のお陰かな？感謝してよねぇ」

　感謝か、確かにそうだな。レイスがいなければ俺はこうして最後までここにいることは出来なかったかもしれない。

「試験は私と同じチームなんだから安心しなさい！ロキは私が守ってあげるんだから」

「……バカ、もっと自分の身を案じろ」

「私は大ー丈夫！だってトップだもんっ」

　レイスはおどけてそう言った。

「レイス……驕りは命取りだと言うことを忘れるなよ？」

「あぁ、それレイクエッド教官の真似ぇ？　うふふっ、似てる！」

「だろ？　そういや……」

　そこでレイスの視線が俺の背後に制止しているのを見て俺も口をつぐんだ。

「おう七ピぃ、今日も仲が良いことで。親の七光りがあるといいなぁ、女も好き放題でぇ……それともお得意の魔物毒でレイスに何かしたかぁ？」

　ハハハと取り巻き達が笑う。

　ゲイル=ハルドルト。主要五属、土属魔術を操る校内トップ10の一人だ。

　何処かの地主の跡継ぎ息子らしいがその性格は粗暴で傲慢、何故こいつが対魔術執行員になれる器なのか、むしろ成敗されるべき人族と思いたいがこれが現実だ。

　因みに親の七光りと言う事でこいつからは七ピィとくそみたいなアダ名が付けられた。

「……いこ、ロキ！」

　俺はレイスに手を引かれるままゲイルに背を向けた。

「おいレイスっ！いつまでもそんな毒野郎に同情してねぇで俺んとこに来い。今度の試験じゃ別枠だが……お前は俺の――」

「うっさい、馬の糞！あんたに私は勿体ないのっ、卒業試験でトップだったら考えてもいいけどね。行くよ、ロキ」

「お、おい……馬の糞って」

　レイスと呼んだが意味は無いだろう。このやり取りももう終わりかと思うと寂しささえ覚える位だ。

　これも全てレイスのお陰だと思うと今度の試験は俺の命に変えてもレイスを守ってやりたかった。

　まぁ、守られるのがオチだろうが。そう今までのように。

「ねぇ、ロキは試験までどうするの？その……帰る家無い、でしょ？」

　そう、俺には帰る家がない。

　英雄英雄と言われてはいるが、結局殉職したらそれまでだ。

　対魔術執行員設立に関わった俺の父親、付与三属でも稀少な治癒属魔術の使い手だった。

　そして母もまたその父と共に魔大戦の戦火に散ったらしい。

　らしいと言うのは俺はまだ幼く、知らない間に親戚に預けられていたからだ。

　だがそこでも忌み嫌われていた俺は、15になった時親戚に半ば無理矢理この訓練校に押し込められたのだった。

「ごめん、その……何て言うか」

「いや、レイスが気にする事はないさ。俺はその辺で野宿でもしながら修行に励むとするよ、訓練校で出た金も幾らかあるしな」

　レイスが俺の境遇を知って何かしてくれようとしているのは分かった。

　だがレイスも久し振りに家に帰るのだ、俺みたいなどこの馬の……糞以下が世話になるわけには行かない。

　訓練校も残り一ヶ月とあっても寮をまだ貸してくれる筈だし、どっちにしろ試験が無事に終われば一人立ちしなければならないのだから。

「そ、そう……あ、じゃあその修行とやらに私も付き合わせて貰おうかな？」

「え……？いいよ、お前は家に帰れよ」

　本当は嬉しいが、ここは一人でやってみたかった。

　何せレイスを守りたくて修行するのに、その張本人に見られていたら目も当てられない。

「う……そ、そんなんじゃ怯まないんだからねっ！じゃぁ、家に一回帰ってからまた行こっ！明日、明日此処に集合ねっ」

　そう半ば無理矢理に約束させられ、レイスは手を振りながら走り去った。

「ったく……まぁ、いいか」

　あいつは言って聞くような奴じゃない。

　それにレイスのお陰で前向きになれたのも事実だしな。

　とりあえず街でもぶらつくか、この街に来てまだ訓練しかしてこなかったんだ。初めての街散策と行こう。

　そう決めた俺は高鳴る想いを隠さずにはいられなかった。