自分たちの登場する小説に対してやる気のない登場人物たち。彼らは小説本編よりも、物語上は省略される、ストーリーに関係のない「休日」の過ごし方に熱を入れていて……。

「休日のお天気づくり」

 咲子、健太、亜矢、進。高校二年生であるこの男女四人のキャラクターは、自分たちの登場する小説を、ぶちまけて言えばけっこうどうでもいいと思っていた。

 その小説のストーリーは、いわゆる学園青春モノといった話なのだが、

「あたし、青春モノって好きくない」

「どうせならSFとかがよかった……」

「っていうか、話が面白くないんだよねー。やる気なくすわ」

「ほんとほんと。もう、早く最終回になればいいのに」

 と、自分たちの物語に対する彼らの情熱は、これほどまでに薄い。


 しかしその代わり、彼らがそろって情熱を傾けている事柄があった。

 休日の過ごし方。

 この場合の休日というのは、物語外の時間。すなわち、物語上では省略される時間のことである。エピソードとエピソードの間の省略時間、そこでは登場人物たちは本筋の物語に縛られず自由に動くことができる。

「次のエピソードが終わったら、その次のエピソードまで丸一日くらい時間飛ぶよね。どっか行く?」

「確かその日は、土手沿いの桜並木で夜桜祭りがあった。それにするか?」

「賛成! 天気はどうかな」

「祭りは雨天中止。となると、天気は晴れの夜が望ましい」

 四人はみんなアウトドア志向なので、休日どこかへ出かけるとなると、天気というものが重要な鍵となる。本筋の物語をどうでもいいと思っている彼らの楽しみはもっぱら休日の遊びであるため、四人の天気への執着は凄まじい。


 ちなみにこの頃、本筋の物語では、咲子と横暴な担任教師との対決が繰り広げられていた。

 生徒の弱みを握りクラスを支配した教師。その教師に逆らった者は、教師の奴隷となった生徒たちの手によってクラスから排斥されてしまう。そんな現状を打破しようと立ち上がった咲子が教師に向かって宣言する。

「これ以上、このクラスをあなたの好きなようにはさせません!」

 睨み合う咲子と教師――。

 果たして、咲子はこのクラスを担任教師の支配下から解放することができるのか!?


 それはともかく、そこで本筋のエピソードは一旦途切れて登場人物たちは省略時間に入る。

「さて、今夜、夜桜見物に行くわけだが……。どうやったら・・・・・・確実に天気を晴れに・・・・・・・・・できるだろうか・・・・・・・

 彼らが頭を捻るのはいつもその問題についてである。

 というのは、物語世界の天気というのは、実は現実世界のそれとは少々異なる性質を持っているのだ。物語世界の天気は単なる自然現象ではなく、物語の舞台装置の一つなのである。だから、そのとき、その場のエピソードやシチュエーションによって、天気が大きく左右されるのだ。

「晴れの夜……となると、星空にでもなればいいわけだよね。誰か、『こうすれば物語的に星が見える!』って案がある人ー」

「そうだなあ……。たぶん、『星以外何も見るものがない』って場所に行けば、星、見えると思うよ。他に物語装置がなかったら、何か会話したり思考したり比喩したりする際、自然と星に意識が向くから」

「よし、それで行こう!」


 というわけで、四人はその日の夕方から、夏祭り会場近くの適当な山にて待機。木々の開けた場所に腰を落ち着けた。日が暮れて夜になると、周囲はこんもり茂る木の葉の影で真っ暗になった。山中の景色など何も見えない。そろそろいいか、と四人が頭上を見上げてみれば、思惑通り、空には無数の星々が瞬いていた。

 四人はそこで将来の悩みなんかを語り合い、

「でも、この星空を見てると、自分の悩みなんてちっぽけなものに思えてくるよね」

 という台詞で会話を締め、そのあと急いで夏祭り会場に直行。無事晴れ渡った夜の下、月明かりと提灯の光に白々と浮かび上がる花の雲を、存分に堪能した。


 こうして気力充実を図った四人は、それからまたしばらく物語の本筋のエピソード消化に努める。

 本筋のエピソードでは、夏休みを前にしてクラス内でイジメが勃発していた。標的はそれまでクラスの人気者だった亜矢と、彼女がいじめられているのをかばった進、加えて彼らと親しい咲子、健太の四人である。イジメの首謀者は、これからクラスメート全員に手を回して四人を完全に孤立させる気だ――。四人はこのままクラスを敵に回してしまうのか!?


 それはともかく、四人は明日の休日、近所の森へ行ってバードウォッチングをしようと計画していた。

「早朝行くほうが色んな鳥が見えるらしいぜ」

「じゃあ、朝早くから晴れてほしいところだね」

「”早朝から” 晴れの天気にするには、どうしたらいいかなあ」

 四人で考えた末、こんな意見が出た。

「恋人が初めてベッドインした次の日の朝って、物語世界じゃ晴れることが多くない?」

「あー、爽やかな朝の光の中、二人がいる部屋の窓の外で、小鳥がチュン、ピチチチ……とか鳴いてたりする図ね」

「いわゆる『朝チュン』てやつだな。その光景にふさわしい爽やかな雰囲気のカップルでないと成り立たないお約束かもしれんが」

「よし、それで行きましょ! ちょうど進が親元離れて一人暮らしの設定だから、亜矢、あんた、今晩進の家に泊まりなさい。進、頼んだわよ」

「おっけー」

「任せとけ」


 というわけで、その日の晩、亜矢は進の部屋へ行き、二人でベッドの上に転がった。即席の恋人同士なりに、睦言はなるだけ二人の関係の安泰を示唆するような会話を心がけ、曇りや雨が似合うような雰囲気にならないよう気をつけた。そうして、二人は物語の本筋とはまったく関係のない青春の一ページを刻んだ。

 翌朝、窓の外で小鳥のさえずりが聞こえる中、亜矢と進はカーテンの向こうから差し込む朝日の光で目を覚ました。

「じゃあ、行こっか?」

「ああ」

服を着た二人は、迎えに来た咲子と健太と共にバードウォッチングへ出かけ、その日も四人で楽しく休暇を過ごした。


 物語内時間はさらに流れ、梅雨の時期となった。

 本筋エピソードでは、不倫の末失恋したクラスメートの女生徒が手首を切る、という自殺未遂事件が起こっていた。生きる気力を無くし、その後も再度自殺を図ろうとする女生徒。健太は彼女を死なせまいと必至に説得する。女生徒は再び生きる意味を見つけることができるのか!?


 それはともかく、四人は例によって次の休日の計画を立てていた。季節は梅雨ということで、今回は、近所で「紫陽花寺」と呼ばれている寺へ散歩に行くことに決まった。

「どうせなら雨の紫陽花寺を歩きたいよねえ。紫陽花にはやっぱり晴れより雨が似合う」

「いいね、梅雨の情緒だね。どうやって雨降らそうか」

「うーん……。物語の天気の法則は、嬉しい場面で晴れ、悲しい場面で雨、ってのが一つの定石だから……」

「キャラクターに何か悲しい出来事が起こればいいわけだな。よしっ、俺がなんとかしてみるよ」

「そう? じゃあお願いね、健太」


 そして休日当日。

 咲子、亜矢、進の三人は待ち合わせ場所に集まったが、まだ健太は来ておらず、現在天気は曇りである。

 待っていると、しばらくして健太が待ち合わせ場所にやってきた。息を切らして三人に走り寄ってきた健太の服には、所々赤い染みが散っていた。

「いやーお待たせお待たせ。遅くなっちまったよ」

「何してたの? 健太」

 咲子が尋ねると、健太は答えて言った。

「うん。今さっき、咲子の両親殺してきたんだ。あの人たち、この先出番のないキャラだから。いなくなっても物語の本筋に影響はないからさ」

「えっ……」

 それを聞いた咲子は目を見開き、畳んで持っていた傘を手から落とした。

 次の瞬間、咲子は健太たちに背を向けて駆け出した。

 汗だくになって家に帰り着いた咲子が玄関の戸を開けると、そこには、全身を切り刻まれ血まみれになった両親の死体が転がっていた。

「そんな……」

 咲子はふらふらとした足取りで家の外へ出た。

 ぽつり、と咲子の足元の地面に雫が落ちる。ぽつ、ぽつ、ぽつ、と道路の表面に濡れた水玉が増えていき、やがて無数の雨粒が地面を叩き始めた。うつむいた咲子の目からこぼれる涙が、冷たく体を打つ雨と混ざり合って流れていく。


 そのとき、雨音を縫って、咲子の耳に健太の呼ぶ声が届いた。

「おーい、咲子! そろそろ行こうぜー」

「あ、待ってえ! ちょっくら着替えてくるー」

 顔を上げてそう返事をした咲子は、すぐさまバタバタと両親の死体の横を通り抜けて家の奥に入った。そして、間もなくずぶ濡れになった服を着替え、健太たち三人の待つ玄関前に出てきた。

「それでは、雨の紫陽花寺へ、レッツゴー!」




 -完-

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