第14話:詳しく聞いてもいい?

 明日からもう九月です。

 そう言われても、暑いものは暑い。九月がどうかしましたか、である。容赦を忘れた太陽。上がる不快指数。備えようの無い急な豪雨と雷。ごちゃ混ぜの蝉時雨。そして、その中を黙々と歩く僕。

 余談ではあるが、幸いにも、僕の見る死に様には臭いがない。そう言う意味では、この季節でも不快感が増すような事は無いのでありがたい。これに感謝をしてしまうのは、何かにまんまと乗せられている気がしなくもないけど。


「絶対おかしいと思う」

「まあそう言うなよ。考えようによっちゃ、さ」

「いや、どう考えてもだよ」

「しょうがねえだろ。こういう感じになったんだから」


 僕は、シンジから出された条件をクリアする為、今日一日の予定を空けてあった。ミホノちゃんとイマミヤと会うのに大学を選んだのは、いくつか理由がある。まず、三人で会うのに丁度良い位置にある事。次に、大学の敷地内であれば、変な誤解を招かないと思った事。最後に、比較的ではあるけど、街中より安全である事。

 しかし、そこには何故かシンジとアイが一足先に待ち構えていた。時間もばっちり、偶然では無さそうだ。もちろん、僕は何も聞いていない。


「一人で謝って、けじめをつけてこい」


 先日、シンジはこう言った。お好み焼きを頬張る合間に、ヘラでこちらを指しながら、だったのでなんとも締まらない。締まらないが、言っている事は正しい。

 そう思ったからこそ、僕は首を縦に振ったのだ。口からはみ出るお好み焼きにも、突き付けられたヘラにも目を瞑って。


「今回は、前みたいに呼び出してもらうとか、そういう事はしないよ」

「で、いつにすんだよ?」

「え、それここで決めるの?」

「当たり前だろ。真面目にやれよ」

「でもそれは、向こうの都合とかもあるし」

「結構そういう逃げ方するよね、カナトって」

「そうだ。このまま待っててみろ、夏休みに呼び出すのは悪いとか何とか、相手のせいにして九月末までこのまんまだ」

「そんな事は」

「ありえる! ダメだね、それはダメ。ほら、メッセ入れて」


 こんな具合で、ただでさえ立場の弱かった僕は、その場でミホノちゃんに連絡を取る羽目になった。誤解されそうな文言を勧めてくる二人をかわしながら、というオプション付きで。真面目にやれとか言っておいて、もういっそ告白しろ、とけしかけるのはどうかと思う。

 暴言を吐いて別れてから、一ヶ月半になる。まるっきり音沙汰無しだった上に、謝罪を飛び越えて告白するなんて。暑さにやられてしまったとしか思えない。

 僕は極力それらを耳に入れないようにして、会ってちゃんと謝りたい事を伝えた。文字のやり取りは、とかく誤解を生みやすい。

 余計な事は書かず、シンプルに誠心誠意の態度と言葉だけを示す。そうして何度かのやり取りを潜り抜けて、僕はミホノちゃんの空き時間を確保した。

 同じようにしてイマミヤにも(実際は、この時点で既にイマミヤとは和解をしていたのだけど)ミホノちゃんのピックアップしてくれたいくつかの日程を送り、約束を取り付ける。

 さて、ここで目の前の二人に意識を戻そう。まず、どうしても聞いておかなければならない事がある。


「なんで二人して、ここにいるわけ?」

「あのね。これにはちょっとした理由があって」

「アイちゃん、俺に任せて。いいか。あの日、お前はみんなに心配をかけた」

「……それは、うん」

「謝るなら、全員揃っててもおかしくねえ。そうだろ?」

「この間ちゃんと謝っただろ。それに」

「ああ、言ったな。一人でけじめをつけてこいってさ」

「……一応、覚えてはいたんだな」


 任せろ、と言った割には遠回しな言い方のシンジ。申し訳無さそうな顔のアイ。その二人越しに、ミホノちゃんとイマミヤが歩いてくるのが見えた。

 二人はにこにことおしゃべりをして、その上、こちらに気付いて手を振ってきた。どうにも和やかで、重苦しい雰囲気は一切ない。


「どうする? とりあえずお茶でもする?」


 こう、誰かが切り出しても、何の違和感も無さそうだ。まるで僕だけが、勝手に緊張感をまとって、みんなを威嚇しているようにすら見える。


「あのなあ」

「なんだよ」

「二人になんて言ったんだ」

「なんも言ってねえよ、って事は、ねえんだけどさ。怖い顔すんなよ」

「怒るぞ」

「カナト、落ち着こう。ね?」


 アイとシンジは、二人に個別に連絡を取ったに違いない。最初はおそらく心配と好奇心から。そこから話がどう転がったのかはわからない。とにかく、あれだけ一人でどうにかしろと言っておいて、全く別の場所に着地したのは確かだ。


「カナトくん、ひさしぶり」

「ひさしぶり。えっと、今日の事なんだけど」

「うん、アイちゃん達に聞いた。なんだか複雑そうだけど」

「私はカナ先輩を応援してますから!」


 早速、雲行きが怪しくなってきた。なんだか複雑そう、応援してます、の単語に不穏な空気を感じ取り、口をつぐむ。

 謝ろうとしている相手に応援されるのはおかしいし、用件は実にシンプルのはずだ。

 僕はいったん詮索を諦めて、本来の用事から済ませる事にした。即ち、とにかく謝って、許してもらう。今日はその為に、こうして汗だくでやってきたのだから。


「二人とも、あの時は本当にごめん」

「ぜんっぜん気にしてないので大丈夫です! 先輩の事情も聞きましたし」

「私も気にしてないよ。あの後も大変だったんでしょ?」

「あー、えーと、うん。あの後の事とか事情とかってさ。どこまで聞いてる?」


 二ヶ月の時を経た僕の一大決心の末の謝罪会見は、数秒で終了してしまった。

 しかも、華麗に返された言葉の中には、あるはずの無いモノが混じっている。

 まさか、ミホノちゃんに「君がカナトの死ぬ確率を上げてるらしいんだ」なんて事は、言っていないと思うけど。二人の口から、大変だの、事情だのという香ばしいキーワードが次々と出てきた事で、確信した。二人はどうやら、シンジとアイから僕の事情を聞いている。

 だとすれば大事なのは、どういう風に聞いて、どこまで信じたか、である。残念ながら、ここからシンジとアイを問いただしている時間も、そんな隙間も無い。


「もしかして、シンジがまた変な事言ってた?」

「変じゃないですよ! カナ先輩、超能力者なんですよね? すごい!」

「えっと、疑う訳じゃないんだけど……本当にそういうのってあるの? 予知能力、とか」


 一瞬で頭の中が真っ白に塗り替えられ、くらくらとした。これは絶対に、暑さのせいだけでは無い。

 シンジが「予知能力のチート付きで、人生ぬるゲー」とか何とか言っていたのを思い出す。

 ぐるりと振り返り、二人に「どうなってるんだ」と視線を送る。シンジとアイは遠巻きに苦笑いを浮かべるばかりで、こちらに近付いて来ようともしない。さては、まだもう少しあるな。


「いや、うーんそっか。それは、そんな大層なものじゃなくて」

「何か危ない事が起こりそうとか、わかるんですよね?」

「私にわざときつく言ってくれたのも、そういうのが視えたからだって、シンジくんが」

「危ない事がわかる、のは嘘では無いんだけど。本当になんて言ったらいいか」


 本当になんて言ったらいいか。

 これ程、心の中と外に染み出した言葉がリンクしている事も珍しい。

 僕はすっかり、謎の超能力者に仕立て上げられていた。ある意味、間違ってはいないのだけど、このまま話が大きくなるのは嬉しくない。

 なにしろ、とにかく、怪しすぎる。


「でも、どうしてなんですか? せっかくなのに、消しちゃうのはもったいないような」

「そうだよね。それに、本当に私でも力になれるのかな?」


 今度は、明確に非難の色をのせて、シンジとアイを睨む。まさか、二人にその話まで話したのか。これ以上、危ない事に巻き込むのも嫌だし、大体にして、イマミヤの言う通り。話の辻褄が合わない。

 僕は超能力者で、迫りくる危険を察知する事が出来る。このニュアンスで伝わっていると考えるだけでも、頭を抱えて叫びたくなってくる。それなのに。

 超能力者の僕は、何故かその便利そうな能力を消したがっていて、どういう訳だか、その為の協力を二人に依頼しようとしている。

 しかも、あろう事かそれを、人づてに頼んだ事になるのだ。

 つまり今日は、僕の超能力抹消に向けた決起集会と説明会という訳だ。まだ、とりあえずお茶でもする? と持ちかけられた方がマシだ。何だよ、この展開は。


「シンジとアイが何て言ったかわからないけど、僕はただ、二人に謝りたかっただけだよ、だから」

「黙ってたのは仕方ないよ。だって、特別な事情だったんでしょ?」

「まあそれは、そう……なんだけど」

「でも話してくれて嬉しいです!」


 会話のキャッチボールが、ここまで噛み合わないものだとは思わなかった。

 そもそもの論点がそっくりすりかえられている。隠していてごめん、ではなくて、あの日はごめん、と伝えたいのに。

 これが、超能力の為せる業なのか。等と自嘲している場合ではない。

 そしてこの時点で、僕は本当の意味で、頭を抱えたい気持ちになった。「だって、特別な事情だったんでしょ?」と口にしたミホノちゃんの目が、諦めにも似たくすんだ色を帯びていたからだ。

 きっと、このとんでも話を聞いたミホノちゃんは、確かめるつもりでここに来たのだ。

 真剣に説明するシンジとアイを、頭ごなしに否定するような子ではない、と思う。だからこそ、僕本人の話を聞きに来てくれた。

 ところがどうだ。僕まで、人には言えない事情を抱えています、というような体で話をしてくるではないか。となれば、彼女の心中は穏やかではないだろう。

 僕は、平気な顔をして、底の見えない深い穴に自ら飛び込むところを想像した。

 自由落下に身を任せて風を切る。案の定、べちゃりと底に埋まって、身動きが取れなくなったところで、ようやく「ああ、空があんなに遠くなっちゃった」と嘆く。そんな気分だった。

 本当に、穴があったら入りたい。いや、穴の底にはもう埋まっているから、出られる道があるならここから出たい、とでも言うべきか。


「とりあえず、詳しく聞いてもいい?」


 今度こそ最後だし、今日は気の済むまで付き合ってあげる。ミホノちゃんにそう言われているような気がして、背中が寒くなる。

 対照的に、そうですね、詳しく聞きたいです、と本気で考えてくれているイマミヤにも、申し訳無い気持ちだ。


「うん、ちゃんと説明するよ」


 ここで「今までの、全部無し!」と言えたらどんなに素敵だろう。憂いを帯びた瞳のミホノちゃんが、目の前にいなければ。あるいはそう宣言していたかもしれない。

 しかし、そうはいかない。もちろん、実は君のせいで死ぬ確率が上がっているんだ、と言うつもりは僕にも無い。

 その事を考え過ぎて、おかしな説明になってしまったであろう腐れ縁二人に目配せをする。いい加減こっちに来て、フォローしてくれ、である。

 さあ、どうしようか。どうしたら良い。誰にともなく問いかける僕に「そんな事は知らない」とばかりに、ぬるい風が吹き抜けていった。

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