第二話 機械天使と武装屑鉄、そして異端者

 アーマードジャンク。それは、人類の長い歴史が完成させた戦闘用の兵器の総称である。人間と同形態であるがために運用のイメージが容易且つ小回りが利くようになったため、陸上戦車以上の実用性が見出されたソレらは「自国防衛」の名の下に各国で量産、それぞれの軍事基地へと編成されていった。だが強すぎる力は権力者たちの欲望を掻き立て、やがて混沌とした戦火の炎で世界を包み込んだ。終わりの見えない戦争だった。神が人類殲滅を宣告したのは当にその時であり、後に「第三次世界大戦」と呼ばれる人類同士の悲惨な戦いは神及び機械天使による支配によって幕を閉じたのだった。

 機械天使に反抗し戦うレジスタンスは、その戦いで機能停止になり各地に棄てられたアーマードジャンクを回収、可能な限りの復元を施し、自らの戦力として導入した。それによって、機械天使との戦闘に置ける生存率は何倍にも跳ね上がったのだった。


 廃墟となった住宅街の入り口に待機している貨物自動車トラックの荷台は、機械天使の目を逃れるための苦肉の策として青いシートで覆い隠されている。その中にあるのは、傍らにチェーンで固定しながら放置されている白百合シラユリの私物である一台の自動浮遊車フロートバイクと、膝を折りたたんで全長の半分以下に縮こまっている二機の巨大人型兵器「アーマードジャンク」だ。これらのアーマードジャンクも、かつてはまったく異なる操縦者を伴って人類同士の戦いに用いられた兵器であったモノである。

 その片割れ、長身のライフル銃を右手に構えたスナイパーカスタムの暗い体内で、上林流麗かんばやしナガレは眠りについていた。

 アーマードジャンクのコックピット内はお世辞にも広いとは言えず、人ひとりが入るので精いっぱいだ。しかしその少女はそんな環境を苦にもせず、操縦席に座したまま愛用の毛布にくるまって心底幸せそうに寝息を立てている。

 そんなコックピット内に外部からの通信が入り、声が響いた。


『出動要請っス! 流麗さん、起きてください!』


 武器を手にしていない隣の機体で待機している新入りの男、堂島一雅どうじまカズマサが無線越しに彼女に呼びかけるが、


「とくもり……うへへ……」


 そんな寝言が返ってくるばかりで、一向に目覚める気配がない。

 相変わらず困った人だ、と頭を抱えた堂島は咳払いをひとつして続けた。


「……白百合さんがピンチなんスよ!」

「なぬ、ユリちゃんがピンチだとぅ!?」


 瞬間、跳ね起きた。未だに眠たそうな半開きの眼で正面の操縦桿の脇にあるスイッチを軒並みONに切り換え、機体のすべての動力をいっぺんに稼働させる。すると機体の頭部にあるモノアイが輝き、それに連動してコックピット内の明かりも一斉に光を放った。突然の強い光で眩んでか、あるいはまだ眠たいのか、流麗は目を擦った。


「何をしている、どーじま! 早くユリちゃんの居場所を教えないか!」

「あんたがジャンクのデータベース通信を遮断していたからでしょうに、まったくもう……」


 堂島はぶつぶつと文句を垂れ流しながらも、白百合と鷹野、及び敵機の位置情報をナガレ機に送信した。それを受け取った機体のデバイスはその情報を即座にモニター上で展開する。


「敵は五体。今現在、白百合さんは二人の生存者と共に機械天使から逃亡していますので、彼女たちの救助を最優先に行動しろ、とのことです」

「頼まれずとも、ユリちゃんだけは絶対に助けるぞ! ……だが、鷹野はどうする?」

「要救護者もいますからね、鷹野さんは先に白百合さんと合流するそうっス。まったく、無茶を……」


 正面のモニターの画面を見ながら堂島は苦笑した。どうして自分の上司は無茶ばかりするのかという呆れのような感情と、新入りの自分がジャンクを上手く操縦できるかどうかという不安に板挟みされ、どうにも歯がゆい思いだ。


「さて、行くかぁ」


 しかし、そんな新入りの心情を気に掛けることもなく、AJ-059ナガレ機スナイパーカスタムはトラックを激しく揺るがせながら頭上のシートを引っぺがし、その鋼鉄の巨体をトラックの荷台から地面に降り立たせた。


「え、ちょ、ま、待ってくださいって!」


 AJ-103ドウジマ機アサルトカスタムも慌ててそれに続く。

 そして二機は大地をしっかりと踏み締めた足で、一歩一歩確実にトラックから離れていく。そして機械天使たちの集まっている地点へと駆けて行く鷹野と、さらにそのずっと向こう側で機械天使の攻撃を必死に掻い潜っている白百合と見知らぬ二人の姿を発見。


「よし、あたしはここから隙を作るから、どーじまはナイフで頑張ってねー」


 ナガレ機は立ち止った。そして片膝を立ててしゃがんで右手の長距離射撃用スナイパーライフルを構え、左手でそれを下から支える。半開きの眼でコックピット内のモニターを睨み、三人の一番近くにいる機械天使に照準を合わせる。

 照準、セット。電磁弾丸スタンバレット、レディ。

 ……シュート!

 目標に真っ直ぐ向けられたライフルの銃口から射出された弾丸は機械天使の左胸部を貫いた。すると弾丸内に蓄積されていた膨大な電磁波が解放され、機械天使の体内から放電して全身の回路をショートさせる。

 それによって、機械天使の動きが止まった。

 神の遣いと言っても所詮は機械。そのため、内側から発せられる異常量の電磁波にはめっぽう弱い。彼らはこの一年間の戦いの中で多くの犠牲を払いながらもそれを学び、そして専用の装備を開発したのだ。


「こいつら相手に接近戦って大変なんスけどねぇ……!」


 ぼやくが、流麗の作ったチャンスを逃してはならない。ドウジマ機は背中のスラスターを噴かして加速しながら右手に電磁スタンナイフを取り出し、電磁波の影響で未だ動けない機械天使の前に白百合たちを庇うようにして躍り出た。


『みなさん、大丈夫っスか!』

「ど、堂島さん! ありがとうございます!」


 しかし白百合の返事の最中で、堂島は操縦桿を動かした。

 すると自身よりも一回り巨大な敵機に臆することなく、ドウジマ機はナイフを構える。真正面から挑んでも装甲に阻まれて武器を無駄にするだけだ。狙うのは、パーツとパーツの間から微かに見える繋ぎ目。つまり、人間で言うところの関節部分。

 腹の脇から下腹部にかけての微妙な隙間を見つけた。即座にコンピュータが吐き出した適切な入射角をそのまま入力。ナイフの切っ先をそこへ向けて、突き出す。


「もらった!」


 ナイフを両手で押さえ、刃がしっかりと隙間に刺し込まれたことを確認してすぐに、グリップに備えられた引き金を引いた。直後、胴体に深く突き立てられた刀身のバックにある複数の窓が細かく展開。中の放電磁機を露わにし、接触している部位に超高圧の電流を流した。

 そうして堂島と流麗が機械天使の足止めをしたいる間に、鷹野が三人の許へとたどり着いた。


「そいつらか!」


 見知らぬ二人を例の生存者だと判断した鷹野は消耗の激しい少年を担ごうとするが、


「いや、一人で大丈夫だ」


 少年はそれを拒絶した。どう見ても動くのでさえ厳しそうな状態だが、ここで意地を張っても仕方がないと判断した鷹野は急ぎ足で三人を連れて前線から離れていった。




◆ ◆ ◆


 内側からの放電に機械天使は中の回路を爆破しながら閃光を放ち始める。駆動部位の制御が利かず、まるで痙攣しているかのように全身が流動した。敵の動きを止めることを目的とした大胆なスナイピングとは異なり、急所を的確に突いた敵を確実に倒すための一撃。どれだけ強大な技術を使われていようとも、これならば機能停止に追い込める。

 残りの四体はナガレ機が通常弾による遠距離からの連続射撃で足止めしている。白百合たちも戦闘区域から離れることができたようだ。堂島はホッと安堵のため息を吐き、自らもナイフを引き抜いてから離脱しようとした。だが、


『そこのジャンク! ナイフを捨てて早く逃げなさい!』


 鷹野の通信機を奪って叫んだのは女性だった。瞬間、機械天使の固く閉ざされた口がカッと開く。怒りの表情カオだ。そして両腕が動き、その胴体に突き立てたナイフを掴んだままのドウジマ機の両腕をがっしりと捕えた。

 勝利を確信して安心しきっていた堂島は判断が遅れ、その直後、機械天使の腕を通して機体全体にスタンナイフの超高圧電流が流れ込んできた。機械天使にようやく通用するその電圧は、アーマードジャンクが受け止めるにはあまりにも大きすぎる。


「うわあああああああ!!」


 送られ続ける膨大な電流にあちらこちらの基盤が火を噴き、けたたましい警報を響かせる。

 さらに目の前の機械天使は開かれた口から光のレーザーを放ち、ドウジマ機の頭部を吹き飛ばした。

 モニターやランプが次々に消滅し、緊急用の電灯がコックピット内を真っ赤に照らす。

 そして機械天使は全身を真っ赤に燃やした。その熱は捕まっている機体のコックピット内にも伝わってきた。


『そいつは自爆するつもりだ! 離脱しろ、堂島!』


 堂島の懐の中の通信機から鷹野の声が確かに聞こえてきた。だが堂島は、諦めたような泣き笑いの表情で、もうどうしようもなく震えた声で、答える。


「無理っス……脱出装置、イカレたっスよ……」

『今すぐこじ開けてやる! だから待っていろ!』

『あたしも行くよ、どーじま!』

「二人とも来ないでください……爆発に巻き込まれてしまうっスよ……だから、せめて俺は……!」


 逃げることができないのならば、諸共に砕け散るのみ。胴体を機械天使に寄せて、ドウジマ機はナイフを握る手に力を込めた。スタンナイフの放電は出力をさらに上げて、機械天使とドウジマ機の両方を破壊していく。


「今の内に、早く逃げるっスよ……!」

「堂島さん!!」

「ッ、行くぞ、白百合! あいつの決意を無駄にするな!!」

『どーじま……ごめん……!』


 堂島の意志を汲んだ鷹野に促されるように、彼らはその場から離脱すべく一斉に駆け出す。

 そして流麗は下唇をギリと噛み締めながら残りの機械天使たちを狙撃し、後退していった。


『鷹野さん……』


 走りながらの鷹野の通信機から、ノイズ雑じりの声が聞こえてきた。


『おれ……俺、は……こいつらに、一泡吹かせられたっスか……』


 途切れ途切れな震えた声。眼前に迫った死という恐怖を必死に堪えながら言葉を紡ぐ、若い男の声。


『妹の仇……討てたっスかね……』

「……ああ、立派だったぞ。だから、胸を張れ。お前は充分戦った」


 燃え盛る炎の中、堂島は眼を閉じ、口元を緩ませた。


「ありがとう、ございます……」


 瞬間、二体の巨大兵器を光が包み込んだ。


 そして紅蓮の炎が渦巻き、火柱となって一直線に天を穿った。


 機械天使に殺された妹の仇を取るため、レジスタンスのジャンク隊に志願した若き青年。


 堂島一雅は一体の機械天使を道連れに、その生涯を閉ざしたのだった。


 白百合は火柱を静かに見つめ、鷹野は任務に殉じた同胞に敬礼を送った。


「バカが」


 この瞬間にはあり得ない発言に二人は耳を疑い、その主に注目する。

 未だ天に吸い込まれ続ける火柱を見上げながら、彼はそこに向かって歩いていた。その左手に白百合のポーチから抜き取った拳銃を持って、女性を隣に伴わせながら。


「……どういう意味だ」

「わ、私の拳銃! 返してください!」


 彼の異様な行動に対してそれぞれ異なる反応を示した二人を、少年は鼻で笑う。


「あのジャンク乗りが死ぬ必要はなかった。無駄死にだ」

「テメェ……あいつはお前らを救うためになァッ!!」


 彼らの心情など露も知らない少年の言葉に憤慨した鷹野は彼に掴みかかろうと飛び出した。

 だが鷹野の手が少年の襟首に届く直前に彼は振り返り、左手の拳銃の銃口を自らのこめかみに押し付けた。この現状で理解し難い行動に、鷹野は立ち止る。


「誰がなどと頼んだ。むしろ俺はと言っていたつもりなのだがな」


 不適に笑い、拳銃の引き金に人差し指を掛けた。


「な、なにを……!?」

「白百合とか言ったな。悪いが、お前の答えを待つ余裕はなくなった」


 引き金を引く。


 パァン!


 乾いた発砲音が響き渡る。拳銃に込められた弾丸が銃口から飛び出し、その行き先にはだかる少年のこめかみを貫いた。頭蓋骨を突き破り、脳髄をぐしゃぐしゃに潰す。親指がひとつすっぽりと収まりそうな穴から、溢れんばかりの血液が飛び出した。

 そして脳機能を失った少年は不気味な笑みを浮かべたまま、背中から力なく倒れた。


「い……いやあああああぁぁぁぁぁッ!!」


 あまりにも唐突で、あまりにも無惨な少年の死に様を目撃した白百合は大きな悲鳴を上げた。彼女よりも眼前にいた鷹野もまた、突然の出来事に言葉を失っている。しかし彼の仲間であるはずの女性は呆れたように苦笑しているだけだった。

 何故だ。少年もそうだが、この女性も「死」に対して冷静すぎる。それどころか、死ぬことさえ当たり前のことと考えているようだ。

 すると白百合の視界の中心で、少年の肉体に変化が発生した。

 右腕を失っていた彼の右肩の肉がゴポゴポと音を立てて蠢き、隆起し、粘土を捏ね上げるように右腕を模ったのだ。さらに撃ち抜かれたこめかみの穴も同じようにして塞がれていく。

 この時になってようやく二人の異質さに気づいた白百合は、得体の知れない恐怖に全身を震わせた。


「……さて、こんなのでいいか」


 声が聞こえた。そして、ゆらり、と、死んだ少年は立ち上がった。まるで眠りから覚めた直後のように身体を伸ばし、右肩の関節をコキコキと鳴らした。


「え、ちょ、ま、これ、どういう、えっ?」


 戸惑いを隠せない白百合を少年は無視し、隣で一部始終をただじっと苦笑しながら見ていた女性の方に目を向けた。


「予定よりも時間がかかった上に仕事が増えた。だが、アレは放っておけない」


 「アレ」の部分で薄れ往く火柱を指差した少年は女性の答えを待たずして当初向かおうとしていた方角に向き直った。

 そして改めて、口を開く。


“自らを造りし神に仇なす哀れな天使よ。我、契約の下に汝とひとつにならん。我が不死の肉体をその身に宿し、真なる姿を顕現せよ―――ラストルシファー!!”


 それは、空気を振動させて響き渡る音だった。呪詛を享けた漆黒の天使の肉体は眩い輝きを放ち、白百合と鷹野はとっさに目を庇う。

 しばらくして光が収まったのを感じた白百合は目を開き、ソレをはっきりと目撃した。


 黒曜石の如き黒い光沢を持つ鎧を纏った女性的な造形フォルムの機械天使。だが、その背に持つ漆黒の翼と、頭部に浮かぶ闇の輪、そして素顔を曝さないように顔面全体を覆うシャッターが、一般的な機械天使とは一線を画していた。


 駆動準備が完了したのか、シャッターから覗く鮮血よりも鮮やかな赤の両眼が輝いた。


<残存敵機、四体。暫定友軍機と交戦中>

「気にするな、俺たちは俺たちで動く。行くぞ、ラストルシファー!」


 禍々しささえ感じられるその姿はまさに、堕天使ルシファーだ。

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