第6話 亀裂②

女子との一件があってからは、健一たちと女子は少しギクシャクしていた。

それでも、練習は毎日行われた。相変わらず男子は女子の相手という感じではあったが、小川君も何とか練習について来た。

そんなある日、健一と小川君のダブルスで女子と試合することになった。

まずは、女子の順位が一番低いダブルスから。


(小川とのダブルスは初めてじゃない。左利きの小川は、バックハンドが極端に弱い。そこで右利きの俺がフォローに入れば、ラリーは繋がる。あとは、少し弱いが俺のスマッシュで詰まらせる!)

「今だ!前出ろ!」と健一の声に反応して小川君が前に出る。

攻撃態勢に入ったところで、健一は左サイドギリギリにスマッシュを放つ。

威力はないが、女子相手には十分だった。甘い球が小川君の正面に返ってくる。

バスッと小川君が放ったショットがネットに引っかかった。

(まじかよ、今のは確実に決められただろうが)

健一は嫌な顔をしていた。

(おっとあぶない。試合中にケンカしたらそれこそおしまいだ。中学時代、さんざん光彦の心折って台無しにしてただろ。平常心平常心)

「ご、ごめん」と小川君が謝る。

「ドンマイ、次取ろうぜ」

健一は精一杯の笑顔で励ました。


それを見ていたのは川本監督だ。

(ほー、吉本はダブルスに慣れてんだなあ。いっちょ前にゲームを組み立ててやがる。だが、所詮は初心者上がりか、まだまだだな)

とぶつぶつ言いながら、鋭い目で観察していた。


一試合目は21-15 21-18で健一たちが勝利した。

つづく二試合目はダブルスの二番手、勝山と藤田のペアだった。


「小川、さっきの動きは良かったけど、やっぱりミスショットが多すぎたな、決めようと思わなくていいから、確実に相手のコートに返してくれ。」

一試合目の反省とアドバイスをする健一。実際、健一はダブルスには自信があった。中学時代は県で二番目に強いダブルス。そのプライドもあったのだ。


二試合目が始まる。

一試合目とは違い、返ってくるショットも動きも格段に速い。

(なかなか俺のスマッシュでは決まらなくなってきたな。)

しかし、隙をついて相手の胸元に思い切りスマッシュを放つ

すると、またしても甘い球が小川君の正面にあがる。

(頼むぞ、小川!!)

ポンっと小川君の返球は大きくネット前に浮いた。

すかさず勝山が突っ込んでくる。そして、鋭い返球が一瞬で地面へと突き刺さる。

「ッ!!」

健一は小さく舌打ちをした。そして、

「確実に返せって、そういう意味じゃねーよ。中途半端になるくらいならもう思いっきりロブあげろよ」健一は静かに、しかし強く小川君に言った。

「ごめん。。」

小川君も頑張ってはいるが、やはりまだ実力がついてきていない。

健一も分かってはいたが、試合になるとやはりアツくなってしまう。

結局この試合は18-21 16-21で負けてしまった。


「もうお前は決めなくていい、甘い球が上がったら俺が決める。いいな?」

健一の言い方は強かった。

「分かった。」

同い年にここまで言われて悔しくないわけがないであろう小川君だが、それでも実力でいえば健一のほうが上だ。必死に悔しさを堪えていた。


三試合目はいよいよエースダブルスの岸谷と蔭内のペアだった。

試合前、健一と小川君は監督に「絶対に勝て」と一言言われていた。

(あー、これで負けたら怒られんだろうなあ。やだなあ)

健一は考えていた。

「小川、とりあえず全力で声を出すぞ」

健一は言った。小川君にはこの言葉が理解できていなかった。すでに健一も小川君も全力で声を出していたからだ。

「シングルスは実力差がもろに出てくるけど、ダブルスは意外と勢いでいけちゃったりするもんだからな」

健一は、こわい顔をしながらそう言った。

そして試合が始まった瞬間、

「おおぉ!!」

健一が今までにないくらい吠えた。

となりの半分を使っていたバレーボール部も含めて、体育館の全員が健一たちの試合に注目する。

(みんなが注目してる。今、一番注目されてる!!!)

健一は少しにやりとした。彼は普段は出さないが、目立ちたいという欲が強い男だった。そして、注目を集めれば集めるほど、集中力が増すのである。


「あ、思い出した」

勝山が呟いた。

「どうしたの?」

藤田が反応する。

「中学校の時、やたらと吠える選手がいたんだよ。もう会場で一番うるさいんじゃないかってくらい。中学校から始めた初心者で県大会で二位になったって聞いたけど、それってあいつのことだったんだ。」

「えー、あいつ二位だったの?知らなかった。にしては下手だけどねー」

藤田は容赦なく毒を吐く。

(聞こえてんぞおらぁぁ!!!!)

「おおおらああぁぁぁ!!!!」

一点取るごとに、優勝したかのようなガッツポーズをする。

これが健一のプレースタイルだった。


しかし、ここでハプニングか起こる。

甘く上がった球に、健一が飛びついた瞬間、小川君が前に入ってきたのだ。

小川君は完全にシャトルしか見ていなかった。いや、それは健一もだった。

(あぶねえ!!)

間一髪で体は避けたが、ラケットが接触し、健一のラケットが折れてしまった。

二人の間に不穏な空気が流れ始める。

「小川、さっき言っただろ、お前はもう決め球に反応しなくていいんだよ。」

健一は口調は優しかったが、目は鋭く小川君をにらみつけていた。

「でも、今のは僕の球だと思ったから。。」

小川君も少しの抵抗を見せてきた。

健一は無視した。これ以上話すと怒りが爆発しそうだったからだ。


試合が続行する。

一ゲーム目を選手され、二ゲーム目の後半に入った。

(このままだと負ける、なんとか流れを変えてえ)

そう考えていたところに、絶好の球が上がってきた。ネット際高く浮いた球、

健一は思い切りラケットを振りぬく。

バスッ!!

と、放った打球がネットに引っかかった。

(や、やっちまった。。。)


小川の方に目をやると、少しあきれた表情をしている気がした。



結果的に最後はグダグダだった。

二人ともミスが増えた。歯車が狂った状態だった。

監督の前でうつむく男2人。

「吉本。お前が引っ張っていかないといけないんじゃないのか?え?お前がやったのはな、パートナーを殺して、それから自滅したんだ。そんなダブルスで勝てるわけがないだろう。そんな事では今後、強い新入生が入った後にレギュラーも何もかも奪われるぞ。」

監督の言葉は、とても鋭く、健一のプライドを壊すのには十分すぎた。


二人は休憩に入ったが、終始無言だった。

しかし健一は、ある決意をした。

(来年、もしかしたら強い一年生が来るかもしれない。その時まで、その時までの我慢だ。それからは俺は、こいつとは組まない!!)

健一の眼は本気だった。


二人のパートナーとしての絆に、亀裂が入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る