追記2 Reach For The Stars~夜光瑠美からの依頼~


「どうでしょうか。出来る範囲でいいので、調べて貰えませんか……彼のことを」

 ゲームとはあまり縁の無さそうなお嬢様が、ひとしきり経緯を語り終えた後で、改めて私にそう尋ねた。

 彼女の名は夜光やこう 瑠美るみ

 先刻の会話から予想した通り、虹川芸術大学のデザイン科に通う1年生で、呉藍の後輩にあたる。


 夜光が私に頼んできたのは、『Frezeフリーズ』と呼ばれるプロゲーマーを調べることだった。

 その本名は碓氷うすい 精司せいじ。今年プロ契約を果たした格闘ゲーマーであり、そして夜光の交際相手だという。

 本名に含まれる氷の字に因んでプレイヤーネームをフリーズと付けたのだろう……が、正しいスペルは「freeze」だ。「e」の字が足りてないのは何か意味があるのか、あるいは単なるバカなのか……?

 ともかく、初めて聞く名前だった。

 もっとも、プロゲーマーはあらゆるジャンルで生まれ続けて――大型建造時のまるゆくらいには――珍しくもない職種となっている。その全員を把握するのは土台無理というのが実際のところではある。

 だが匿名掲示板などでネタにされそうなプレイヤーネームを、目にも耳にもしていないとは、余程活躍していないのだろうか。


 私は正直に「聞いたことがない名前だ」と答えた。

 碓氷の名誉を傷つける一言だが、Frezeフリーズ=碓氷精司と交際している夜光は、怒りも嘆きもせず、ただ「そうなんですか」と静かに頷くだけだった。

 

「碓氷くんと私は、幼なじみだったんです」

 夜光はそんな語り出しで、二人の半生を語り始めた。それはそれは長い惚気話だったが、不思議と「リア充と鈴木は爆発しろ」といった感情は湧いてこなかった。


 夜光と碓氷は6月の同じ日に、同じ病院で生まれ、同じ地域で育った。共通点の多い二人だが、その境遇には大きく差があったという。

 夜光瑠美は、照明器具を中心に扱う家具メーカー・株式会社ミッドナイトバードの社長令嬢として、安定した生活を約束されて生まれた。

 対する碓氷精司は、同じ企業に勤める可も不可も無い営業マンの一人息子として、不安定の只中に生を受ける。


「最初に出会ったのは……たしか保育園だったと思います。折り畳み式のゲーム機を持って、やたら太陽を気にして走り回ってました」

 碓氷の御両親は、息子が社長の娘様に粗相をしでかさないかと気が気でなかったろうが、二人の関係は良好であったようだ。

「子どもの頃から仲は良かったです。私はゲームを買い与えられなかったから、彼の話が新鮮で楽しかったんだと思います。家に行ったり来たりは無かったけど、持ち運べるゲーム機でよく遊ばせて貰ってました」


 碓氷は幼少期から既に、一つのゲームを徹底的にやり込むタイプのゲーマーであったらしい。

 物持ちが良い子供だった、という単純な話ではないだろう。家が裕福では無い故に、なかなか新たなゲームを買って貰えず、遊び尽くしたゲームを更に遊び尽くすしか無かったのだろう。周りの最新のゲームトークについて行けずに、悔しい思いをした日もあったに違いない。

 だが結果的に、碓氷はやりこんだ『スマブラX』や『マリオカートWii』といったゲームに関しては、地域で負け無しに近い実力を誇っていたそうだ。

「成績は凄く悪くて、周りからよく揶揄われてました。今思えば、イジメられてたのかもしれません。でもその度に『ゲームだったら負けない』って、口癖みたいに言ってました」

 ゲーマーが職業になった今でもなお、ゲームは教育に悪いと思いこむ大人は多いが、私に言わせればそんなことはない。ゲームから学ぶことは多いし、ゲームがきっかけで広がる繋がりもある。ゲームに救われる子供だっているのだ。


 さて、こうして仲良く育った二人が、最初の一匹を貰って旅立つくらいの年齢になった頃。とあるニュースがゲーマーの間で話題となり、そして碓氷の心を打った。

 「10年に1人の天才」とも評されたあるゲーマーが、米国の周辺機器メーカーとスポンサー契約を結んで、プロゲーマーとしての活動を開始したのである。日本でプロゲーマーが職業として周知されたのは、あのニュースからだったように思う。


「プロゲーマーを目指したのは、多分あのニュースがきっかけだったんだと思います。ゲームのことをよく知らない私にも、興奮して話してきましたから」

「なるほど、彼に憧れたわけか」

「……悔しかったみたいです」

「悔しかった?」

「自分が最強じゃなかったのが許せなかったみたいで。その頃からです。碓氷くんが『プロゲーマーになって、全一になる!』って言い出したのは」

 バカみたいに単純で、随分な上昇志向だ。


 だがそんな子供の夢を、時代が後押しした。

 当時はゲーム機で言えば『ニンテンドーDS』、ポケモンで言うところの『第5世代』あたり。ダウンロードコンテンツを落としたり、『おきらくリンチ』されたりして、大人より子供の方が「Wi-Fi」という言葉に慣れ親しんでいた頃だ。

 先に述べた通り、インターネットが普及したことで「井の中の蛙」であることは許されなくなった。だが逆に言えば、例え小学生であろうと、年も実力も格上のプレイヤーと戦える時代が到来したということだ。

 ゲーム攻略の術も、攻略本から集合知である攻略Wikiへと移行し、実践的な情報が得やすくなった。動画投稿サイトが栄え始めて、上級プレイヤーの研究ができるようになったのも大きい。

 手を伸ばすことを止めさえしなければ、上達への道は開ける。

「勉強は全然しないのに、ゲームのこととなると研究熱心なんですよね。私は陰ながら応援してました。私は夢や目標がなくて、デザインの進路に進んだのも父の会社で役立つためですから、何かに向かって努力できる碓氷くんが正直羨ましかったんです」

 そんな碓氷に潮流も味方した。日本はeスポーツバブルに突入し、The Beastに追従するようにプロゲーマーが続々と増え始めた。

 やがて碓氷の努力は実り、とあるゲームで優勝を果たして「全一」の座を勝ち取る。そして――


「今年、念願叶ってプロゲーマーデビューしました。自分のことみたいに嬉しかったです。その報告のとき……プロポーズもされました」

 夜光が頬を赤らめた。今まで付き合うという言葉すら出てこなかったのに、一足飛びにプロポーズか。バカみたいに真っ直ぐな奴だ。

「プロゲーマーデビューしたら告白しようって、ずっと心に決めていたみたいです。ドラマみたいで、おかしいですよね」

 彼女の話に既視感を覚えて、私は笑う気にならなかった。

「いきなり結婚する勇気はなかったし、両親にも反対されました、とりあえず付き合うところから始めることにしたんです」


 こうして、プロゲーマーFrezeフリーズは誕生した。努力したものが勝利する、王道少年漫画のような人生だ。

 あとは勝ち取った「全一」の座を守り、あるいは他のゲームでも己の名を轟かせるべく、戦いに明け暮れるのみだろう。


「――なのに、全然出てないみたいなんですよ」

「出てない……って、大会に?」

「碓氷くんがプロゲーマーになってから、私もゲームのことをちょっと勉強したり、調べたりしたんですけど……得意だったはずのゲームの大会に、エントリーすらしてないみたいなんです」

「……聞き覚えすら無いのはそういう訳か」

「それなのに、突然金持ちになったみたいなんですよ。食事をご馳走してくれるようになって……それまではいつも折半だったのに」

 ゲームをやらずに金持ちになったプロゲーマーとは妙な話だ。

 ちなみに碓氷の親は出世とは無縁だったというから、実家が太くなったという線は無い。


「eスポーツには詳しくないんですが、プロゴルフみたいに大会で賞金を稼ぐんですよね。他の収入源ってあるんでしょうか」

 プロゲーマーの契約の仕方も色々あるだろうが、収入の中心に位置するのは大会の入賞賞金だろう。ゲーム情報サイトやゲーミングデバイスメーカーなどの企業がスポンサーに付いていれば、広告収入で潤うということも出来るだろうが、やはり表に出ないことには何の宣伝にもならないし、金も入らない。

 プロスポーツの人気選手のようにCMやテレビ出演の話が来るかといえば、はっきり言って論外だ。eスポーツの人気は高くとも、プロ選手各個人にそこまでの人気は未だ無い。そもそもCM映えする眉目秀麗なゲーマーというのが極めて稀ということもある。「チーズ牛丼を食ってそうな奴」なんて、誰かが形容していたのが記憶に新しい。

 攻略情報の執筆や動画配信などによる雑所得も無さそうというから、ゲームをして収益を得るルートは思い浮かばない。

 少なくとも、正規の手段では。


「そうなんですか……?」

 聞き慣れない言葉を並べすぎただろうか、夜光が首を傾げていたので、話をざっくりとまとめた。

「要するに、プロゲーマーは人前でゲームをしないと金が稼げない」

「そうなんですか」

 今度は合点がいったようだ。


 碓氷が彼女のためにどれくらい出費したかを尋ねると、二人がデートで訪れた飲食店の履歴を見せてくれた。

 表参道のウイスキーバー、秋葉原の肉ビルの最上階、赤坂のライブレストラン、青山の老舗ジャズクラブ……美食家な夜光のために碓氷が見繕ったというデートスポットは、どれも高級店。酒は覚えたてだろうに、随分と背伸びをしたものだ。

 飲食店レビューサイトで調べてみると、一度の食事辺りの最低価格は安くとも5千超。2万超の店もあった。ここまでの高級店となるとドレスコードもあるだろうから、出費は更に嵩むことだろう。

 同じ男として、懐を痛めてでも女に見栄を切りたい気持ちは理解できるが、流石に度を超えている。躁転を疑う域の出費だ。仮にプロゲーマーの頂点を取ったとて躊躇する額だろう。

 碓氷はそれ以上の、一攫千金の手段を得ているに違いない。


 例えば、ギャンブルのような。


「お礼はします。お金ならいくらでも出します。だからお願いします。精司が何をしているのか、調べてください」

 私は探偵でも何でもない。

 知り得る情報なんてたかが知れていて、期待に応えられない可能性の方が高い。断ることも出来ただろう。

 だが私は、依頼を引き受けることにした。


「悪いことをしているのなら、やめさせたいんです」

 決意に満ちた彼女の表情が、長く頭にこびりついていた。

 「はい」と答えないと無限にループする選択肢みたいに。

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