◆第八章 Stage3(エントランスⅠ)

 本日のディナー、コカトリスの焼き鳥。


 リザードよりは旨い。半分は鶏なので、鶏肉のような旨さがある。だが味は薄い。塩は支給品の中にあったので、味付けはしてある。元々薄味なのだろう。

「美味いッ! 命の味だッ!」

 エリーの感想はリザードを全く同じだった。

 他の面々の表情は、エリーほど溌剌はつらつとしていない。やはりエリーが悪食あくじきなだけらしい。

「でもやっぱドラゴン食べたかったなー」

 ……酷い食欲だ。

 アリエスはまた肉を眺めている。


「……焦げるぞ」

「えっ? だって、良く焼いた方が……」

「もしかして、料理苦手なのか?」

「に、苦手じゃありませんよ!」


 苦手なんだな。


「取ってやるよ、ほれ」

「……あ、ありがとうございます」


 食事が終わった。

「さてと、腹ごしらえも済んだことだし、教えて貰おうか」とサジはオフィウクスに言う。


「何を?」

「パズル! どうやって解いたんだよ」


 オフィウクスはまたもや「一回しか説明しないから良く聴け」と言い、解法を説明した。


 一、三毛猫の親子を向こう岸へ。

 二、三毛猫の親を元の岸へ。

 三、虎猫の親と三毛猫の親を向こう岸へ。

 四、虎猫の親を元の岸へ。

 五、縞猫の親子を向こう岸へ。

 六、三毛猫の親子を元の岸へ。

 七、虎猫の親子を向こう岸へ。

 八、虎猫の親を元の岸へ。

 九、白猫の親子を向こう岸へ。

 十、白猫の親を元の岸へ。

 十一、白猫の親と虎猫の親を向こう岸へ。

 十二、虎猫の親を元の岸へ。

 十三、黒猫の親と虎猫の親を向こう岸へ。

 十四、黒猫の親を元の岸へ。

 十五、黒猫の親子を向こう岸へ。

 十六、虎猫の親を元の岸へ。

 十七、三毛猫の親と虎猫の親を向こう岸へ。

 十八、三毛猫の親を元の岸へ。

 十九、三毛猫の親子を向こう岸へ。


 説明だけ聞くとパズルの難易度がイマイチ伝わって来ないが、手順的にはそこそこ複雑なようだ。

「じゃ、モヤモヤも晴れたところで。本題に入るか」

 サジは体を前に傾けながら言う。


「本題って?」とヴァルゴ。

「誰が宝石を使うのか、って話だ」


 焚火たきびの音だけが聞こえる。皆、押し黙り互いを牽制する。

「俺が使うべきだ」

 オフィウクスは場の空気をものともせず言う。


「随分はっきり言うじゃない。はいそうですかって答えると思ったの?」とテールが嫌味ったらしく言う。

「俺はミノタウロスじゃないんだぞ? 俺が使うのが最も安全だ」


 確かに、ほぼ白だと言えるオフィウクスに宝石を渡せば、ミノタウロスに宝石が渡る可能性は低くなる。だが――。

「白ならもう一人いるぜ。ビスケスもだろ?」

 俺はビスケスを見ながら言う。ビスケスがミノタウロスでないことは、俺たち用心棒が証明できる。


「待った。白だったら俺も白だぜ」

「ボクもだよ」


 サジとエリーが手を挙げる。


「な、何でよ……?」

「だって、ミノタウロスは右利きなんだろ? だったら俺たちは左利きだ」

「俺もな」オフィウクスも便乗する。

「アンタら両利きかも知れないじゃない」とテールが鋭く言う。

「それはないな」とサジ。

「なんでよ?」

「仮にミノタウロスが両利きなら、数の少ない左利きに疑いを向けさせるだろうさ。これまでの戦いで全員の利き手を把握するのは難しくない。少数の左利きが疑われれば、少数の人間が権力を握ることもないし、少数なら監視しやすいから、実際に潜んでいる大数の右利きに目が行きにくい。その策を取らないってことは――」

「ミノタウロスは本当に右利きってことか――」

「なら逆に、俺たちが仮に両利きだとしても意味はない」


 両利き、または左利きである時点でミノタウロスではない。ミノタウロスが更に裏をかくというリスクを犯していなければ。


「でも左利きの三人は、ミノタウロスに襲われて宝石盗られるかも知れないじゃない! だったらビスケスが使って確実にパワーアップするべきでしょ!」

「もしビスケスのペンデュラムに宝石を嵌めたとして、占いの的中率が『上がったら』どうする?」


 ビスケスの力が必要とされるのは、皮肉にも占いの的中率が一割だからだ。つまり逆の事象に関しては九割の的中率となる。だがこれがもし二割、三割に上がってしまえば――逆の事象の的中率は八割、七割と『下がる』。つまり俺たちにとってはデメリットとなるのだ。


「待ちなさいよ。アンタの言い分は憶測よ! 占える人数が増えるかも知れないじゃない!」テールが噛み付く。

「だが危ない橋を渡るよりは良いだろう?」


 オフィウクスの言い分には一理ある。ビスケスが宝石を得たとして、能力がどうなるか分からない以上、迂闊に強化するのは危険だ。だからと言って、オフィウクスに宝石を渡すのもまた危険だ。人格に難があり過ぎる。

 つまり、皮肉にもどちらも選ぶにはリスクが高過ぎるということ……。


「アンタが安全な橋とは思えないから反対してるのよ!」とテール。

「俺が危険だと言いたいのか? 何故?」

「自覚がないとかビョーキじゃないの!? 胸に手を当ててよーく考えて見なさいよ!」

「多数決にしよう」


 レオが一言、静かに言った。


「最も宝石を託すに値する人物に投票する。それでどうだろう?」

「まぁ、待てよお坊ちゃん」とサジが異を唱えた。

「なんだ、サジ?」

「こりゃ命懸けの話題だぜ? ミノタウロス当てもそうだろうが……全員の命のために全員の意見を動員するならともかく、自分の命のために全員の意見を動員するのは気に喰わねぇな。だってよ、本音じゃ誰もが自分に投票してぇんだろうし、もし宝石がなくて負けて死んだら、自分以外の奴らのせいってことになるだろ?」

「何が言いたい?」

「くじ引きだ」


 サジは短く言う。

「要するに、運試しって訳だ。ジェミニがパピルスを持ってただろう? それを切って、くじを作るわけさ。その内の一つに当たりをつけておく。丸印とかな。で、壺に入れて順番に一人ずつ引いて、当たりを引いた奴が宝石をゲットできる、って訳。どうだ? 己の運の強さでの勝負なら、誰も文句言わねぇだろ?」

 皆で顔を見合わせる。皆くじ引きという手段に違和感を覚えているようだった。

「構わん。やってやる」

 オフィウクスが応えた。

「良いんじゃない。正直、投票なんかで赤の他人に渡したくないし」

 エリーも同意する。


「確かに……誰もが欲しいものを、全体のために多数決にしたとして、良い結果は得られないかも知れないな……」

「レオ!」


 呟いたレオにテールが突っかかる。小さな声で避難がましく言う。


「よりによってサジの言うこと信じちゃ駄目よ! あいつ……多分イカサマするわ!」

「させないさ、当然」


 その後、他のメンバーも承諾し、くじ引きで宝石の所有者を決めることになった。

 ジェミニがパピルスを十二等分にする。形に差異がないようにスコーピオンのナイフを借りて切った。内、十一枚を四つ折にし、壺の中へ。最後の一枚に印をつけようとすると――。

「待て」

 オフィウクスが止めた。


「何だよ?」とジェミニ。

「印は丸以外にしろ」

「何で?」

「丸印にしよう、と言ったのは発案者のサジだ。それ以外に理由がいるか?」


 サジを見る。特に動揺した素振りはなかった。

 ジェミニは肯いて星印を当たりにした。乾かしてから四つ折にし、壺の中へ入れようとする――。


「待った」とまたオフィウクス。

「今度は何だ?」

「本当にそれは当たりくじだろうな?」


 猜疑心さいぎしんの強い奴だ……。

「ほら」

 ジェミニが手渡す。中をあらためる。

「確かに」

 オフィウクスは俺たちにも見えるように当たりくじを掲げる。確かに星印が描かれていた。

「これが当たりだ。良いな? ……疑って悪かったな」

 折り畳み、壺の中に入れる。

 くじ引きの準備が完了した。

「で、最初は誰が引く?」

 壺を揺り動かしながらジェミニが言う。

「私が引くわ!」

 テールが初めに引く。

「次は僕が」

 続いてレオ。

「私も引こう」

 更にスコーピオン。

 俺も引いた。四番目だ。

 次にサジが引く。

 俺のくじは……ハズレだった。ま、十二分の一ではこんなものか。


「げ。ハズレ」

「僕もだ」

「私もハズレだ」


 テールとレオ、スコーピオンも外れたらしい。

 壺を見るとオフィウクスが手を抜いていた。

「サジ、掌の中を見せろ!」

 鋭い声でオフィウクスが言う。皆がサジに注目する。


「え……? なんで……?」

「お前が当たりかハズレか気になってな」

「い、今から確認するさ……」


「何をこそこそと――」とオフィウクスが近づく。それより先にエリーがサジの手首を捻った。掌から零れ出したのは無数のくじだった。八つくらいある。

「え? なんで? だって――」

 ジェミニが壺の中身を取り出す。まだくじが八つほど残っていた。


「ほらね、やったでしょ?」とテールがレオの脇腹を肘で軽く突く。

「説明して貰おうか?」とオフィウクスが詰め寄る。

「えーと、これは……」

「なら説明してやろうか」

「なら訊くなよ……」

「お前はパズルフロアでジェミニと共に謎解きをしていたな。その際か、もしくは竜が暴れた前後に、こっそりジェミニのパピルスを一枚くすねていたんだ。それ自体は手癖の悪さか、今後利用価値があると見たか、どちらかだろう。で、夕食前あたりにこっそりパピルスを十二等分にしたんだ。お前の武器が万能ナイフなのはついさっき見たばかりだからな。で、パピルスを用いたくじ引きを持ちかけた。後は自分で作ったくじを八つほど手に取り、壺の中のくじが八つに減ったところで手を入れ、自分のくじと正規のくじを丸々入れ替え、正規のくじを全て手中に収める。後はこっそり開いて当たりくじだけ皆に見せれば、イカサマ大成功って訳だ。その証拠に――む」


 オフィウクスが落ちているくじを確認する。だが――その中には一枚も当たりがなかった。

『当たりはどこだ?』

 オフィウクスとサジが同時に言う。

 まさか……。

「イカサマ師は、両方だったようだな……」

 スコーピオンの声だ。手にくじを持っている。そこには――。


「お、お前だってさっきハズレだって……!」サジが指差し動揺する。

「あれは嘘だ」


 あっさりスコーピオンは言ってのける。

「このくじをよく見てみろ。八つ折になっている」

 俺のくじは四つ折。他のも四つ折だ。ということは――。


「オフィウクス、イカサマを疑うフリをしてイカサマをするとは演技派じゃないか」

「……ぐ」


 奴は当たりくじを確認すると言っておきながら、こっそり畳む際に四つ折から八つ折に変えていたのだ。そのことさえ知っていれば、くじを引く際に一回り小さなものを引けば当たりを手に入れられる……。

「アンタたち揃いも揃って恥知らずね」

 テールが斬り捨てるように痛罵つうばした。

「ま、待てよ! だったらスコーピオンも同罪だぜ! オフィウクスのイカサマ知ってて引いたんだろ!?」とサジが喚くが――。

「何のことだ? 私は『偶々』当たりくじを引いて検めたら八つ折だと気づいて、オフィウクスのイカサマを知っただけだぞ? 嘘を吐いたのもお前らのイカサマを明らかにするためだ。ま、天網恢恢疎てんもうかいかいそにして漏らさずといったところかな」

「こ、殺し屋の癖によくもまぁそんな台詞を……」

 サジは完全にノックアウトされていた。


 結果的に宝石はスコーピオンの物になった。


 しかし、スコーピオンは本当に運で引いたのだろうか。スコーピオンほどの動体視力があれば、オフィウクスのイカサマを捕らえることも不可能ではないように思える。だが真相は本人が知るのみだ……。


 続いて投票時間になった。


 俺はサジに投票することにした。

 個人的な遺恨がないと言えば嘘になるが、キャンサーの宝石とイカサマの件で強い不信感を抱いたのは確かだ。左利きの一件があるが、本人の言い出したことを信じるのは危険だと感じた。むしろサジ以外に具体的に怪しい人間が見当たらない。誰もが皆、脱出する努力をしているように見える。露骨に妨害を企んでいるものはいない。それがミノタウロスの作戦なのだろうか……。

 投票が終わり、ビスケスの元に壺が渡る。

「では、今宵自室にて開票し、もっとも多く名を刻まれた者を占うことにする」


 続いて部屋割り決めのくじ引き。

 俺が引いたのは『2』だった。

「確かに全員引いたな」

 オフィウクスは最後に二欠片のくじが残ったのを確認する。


 今夜すべきことは全て終わった。オフィウクスはさっさと自室に戻ってしまった。

 ……昨日はここに、コーンがいた。

 カプリコーン。吟遊詩人。オルフェウスのような詩人を目指す青年……。

 悪い奴には見えなかった。むしろ陽気で良い奴に見えた。死んだから美化しているのかも知れない。でも――腸を喰い散らかされて死んで良いような人間ではなかった。

「……そう言えば、ミノタウロスって、返り血とか浴びてないのか? あんな殺し方しといて……」と誰にともなく尋ねる。

 レオが首を振った。


「調べた。でもそういう痕跡は誰にもなかった。勿論、君も含めてだ。何らかの加護があるのか、それともそういうものを『吸収』する性質なのか……」

「『吸収』?」

「海外に住むと言われる魔物の噂だが……そいつは皮膚に血液が付着しても、羊毛が水を吸うように吸収してしまうらしい」

「じゃあ、返り血や血痕でミノタウロスを特定するのは不可能か……」

「ボロを出すのを待つしかない」


 と言うことは、レオにもミノタウロスが誰か心当たりがないのか……。

 果たして、ミノタウロスは尻尾を見せるのだろうか? ただでさえこの戦争に二回勝っている上に、一回目の戦争は若干九歳で勝利した計算になる。そんな生粋の生還者サバイバーに、俺たちは勝利することができるのだろうか……。

 今夜また、誰か死ぬ。

 おそらくビスケスではないだろう。だがビスケスが死んでは、決していけないのだ。数少ない勝機なのだから……。


 スコーピオンが二番目に部屋に戻る。焚き火の周りには十名が残される。


「ねぇ……何か話してよ」

 ヴァルゴがジェミニに言う。


「僕に言ってるのか?」

「あんた劇作家でしょ? 暇なのよ」


 酷い扱いだ……。

 だが気晴らしが必要なのは確かだった。


「じゃあ……僕が一番好きな、『オイディプス王』を」

「ちゃんと楽しませてよね」エリーがハードルを上げた。

「言っとくけどこんな場だし、ある程度はしょって語るからな?」と前置きし、ジェミニは語り出す。


 罪深き王、オイディプスの物語。


 オイディプスはライオス王から生まれた。しかしその瞬間から、悲劇は始まっていた。

 ライオス王は子を成す前に、とある神託を受けていた。

「汝は子を成してはならない。成せば男児が産まれ、汝を殺し、汝の妻と姦通する」と。

 しかしライオス王は子を成してしまい、神託のとおり男児が生まれた。神託の実現を恐れたライオス王は、生まれた男児――オイディプスを、従者に殺し捨てるよう命じた。

 従者は遠く離れた山へオイディプスを捨てに行くが、情が移り殺害するに至らず、足に傷をつけ、木に吊るすだけに留めた。

 そのオイディプスを付近にいた男が拾ってしまう。オイディプスは男の住まう国の、跡取りのいない王家に迎え入れられ、育てられることとなった。

 やがてオイディプスは育つが、自らが養子であると言われる。今の両親が実の両親だと信じて疑わないオイディプスは、事の真偽を確かめるため、神殿に神託を受けに行った。しかしそこで恐ろしい神託を受ける。

「汝は実の父親を殺し、実の母親と姦通する」と――。

 深く衝撃を受けたオイディプスは、愛する両親を救うため、自ら消息を絶ち、旅に出ることにする……。

 そこで話は一区切り。続きは明日となった。……ジェミニが生きていれば。


「へぇ……結構面白いじゃない」とヴァルゴ。

「そう?」とエリー。こいつは食欲最優先なのかも知れない。

「でもよ。なんつーか、国王ってロクな奴いねーよな。ミノタウロスだって、元々は国王が原因なんだろ?」とサジ。


 その言葉に皆はなんとも言えない沈黙をせざるを得なかった。

 全ては国王のせい。ここにいるのも、人が死ぬのも。


「だが王なくして国は成り立たない。王の死は国の死だ。王の誕生は国の誕生だ。王のために人が死ぬのは、避けられぬ犠牲というものだ」とレオが生真面目に言う。

「犠牲崇拝だな」ライブラが呟く。

「なんだと?」

「お前は犠牲を過大評価している所があるんじゃないのか?」

「どういう意味だ?」

「何かを成すには犠牲が必要だ。だが犠牲を出したからと言って、何かを成せるとは限らない。分かるか?」


 ライブラの言うことは間違っていない。料理を作るには食材が必要だが、食材があったところで「料理と呼べるもの」を作れるとは限らない。


「そういうつもりだが?」

「違うな。お前は犠牲を崇拝している。犠牲になるのは尊いことだと考えている。目的と手段が逆転している。何かのために犠牲になるのではなく、犠牲になるための何かを肯定しているようにしか見えない」

「君はただの侍女の指導員かも知れない。だが僕は兵士だ。国を護り、民を護り、何より王を護る責務がある。そもそも前提が違うのだ。僕の命は国よりも民よりも王よりも軽い。ならば王を尊ぶのは当たり前のことだろう?」

「ご立派」サジが誰にとも無く言うが、レオとライブラは無視する。

「兵士としては正しい。だがはっきり言わせて貰おう。我々のリーダーとしては正しくない」

「何?」

「ここにいるのは、お前のような人間ばかりじゃない。大多数は国や民、王よりも自分の命が大切な人間だ。なのにお前はこの中で誰よりも命が軽いという。そんないつ死に急ぐか分からない人間に、リーダーを任せられると思うか?」

「……僕では力不足か?」

「そうは言わない。ただ今だけは兵士であることより、リーダーであることを優先してくれ、という話だ。……私たちのリーダーでいてくれるなら」


 話はそこで終わった。

 サジが自室に戻る。そろそろ皆自室に戻る時間だ。

「ねぇ……アンタはどうなの?」

 突然、テールがそんなことを言い出す。


「何が?」

「自分の命。国よりも民よりも何より王よりも軽いって思ってるの?」


 レオは席を外している。隠してもしかたないと思った。


「いや、俺はやっぱり、自分の命が大事だ。とてもじゃないけど、こんな目に遭ってまで王様に忠誠を誓おうとは思えない」

「あの……コズミキコニスくんは、どうして兵士になったんですか?」アリエスが訊ねる。

「……待遇」

「……。……それだけ?」とテール。

「悪いかよ。お前だって、レオみたいなタイプじゃないだろ?」

「まぁね。私が国の呼び出しに応じたのは、図書館だとか研究施設だとか、設備が充実してるからよ。それ以外の理由なんてないわ」

「……そう言えば、魔法使いと賢者って何が違うんだ?」

「……。……全然違うわよ」何故か目を逸らす。

「だからその違いを教えろって」

「魔法使いと呼ばれる方は、一般的に魔術を専門とします。賢者と呼ばれる方は魔術だけでなく、錬金術、薬学、天文学などにも精通したプロフェショナルです」

「それ、魔法使いって賢者の下ってことじゃないのか?」

「そうよ、悪い」


 一気に不機嫌になった。


「あのむかつくヤローはそれだけすごいのよ。私と二、三違うくらいなのに、賢者をやってる。普通じゃないわ。天才って奴なんでしょうね」

「そんなすごい奴まで、こんな……」

「あーいうタイプは、命令されるのがいっちゃん嫌いなのよ。国の命令に従って研究したり学問したりするタイプじゃないわ。煙たがられてたんでしょ、きっと」

「邪魔する奴は揃いも揃って迷宮入りか……」


 どうやら俺は、母国に対する価値観の見直しを必要としているらしい。


「アリエスは、何で?」

「儀式をすると承っていました。それなのに、こんな……」


 レオは――こんな国に忠誠を誓えと言うのか? 何がそこまで奴を駆り立てる……?

 無論、死ぬ気はない。だが、レオのようなモチベーションで戦う気にはなれなかった。あくまで、生きるために戦う。皆で、だ。

「あーも、暗い暗い。止めましょ、こんな話。てゆーか、もう部屋戻るね」

 自分から振っておいてテールは去った。そもそもは、オイディプスの感想から始まった話だ。

「オイディプスか……」

 父を殺し母と姦通する運命の王。どっちもどっちでキツイ罪だ。「片方避けられるならどうする?」と訊ねられても答えられない。二つとも色々な意味で冗談じゃない。

 だが――子を捨てた因果として父が殺されるのは、ある種仕方ないと思えた。


 エントランスには五名が残された。

 ビスケスとその護衛四名。

 互いの部屋番号を確認し、護衛を開始しようとする――が。

「ちょっと良い?」

 エリーが手を挙げる。


「番をする組み合わせ変えて欲しいんだけど」

「構わないが……男子女子で分けた方がやりやすくないか?」

「良いの良いの。だってライブラと話しててもつまんないんだもん」


 はっきり言う。まぁ……面白おかしい話をできるタイプではないのは見れば分かる。

「どうする?」

 レオは俺とライブラを交互に見る。


「別に。私は構わない」とライブラが憮然と言うので、俺も肯いた。

「じゃ、これ」


 エリーは握った両手をこちらに見せる。

「レオとコニー、片方ずつ選んで」

 そう言われ、俺は右を選び、レオは左を選んだ。

 エリーは両手を開く。右にコカトリスの骨の欠片が入っていた。

「じゃ、次。ライブラ、選んで」

 エリーは素早く骨を移動させ、手を握る。――いや、移動させなかったのか? どちらにあるのか分からない。

「……左だ」

 エリーが両手を開く。骨は左手にあった。

「決まりだね」

 どうやら今のが番の班分けだったらしい。


 こうして、俺、ライブラチーム。レオ、エリーチームで番をすることになった。

 ビスケスを部屋まで送り、「覗くな」と厳命を受けてから警備が始まる。

 二人、部屋の前に座り番をする。


 会話は無い。

 ……気まずい。

 エリーの気持ちが分かった気がする。


「なぁ……」

「何だ?」

「エリーと、仲悪いのか?」

「別に。私としてはそんなつもりはないが、それでもままならないのが人間関係だろう?」

「そうッスね……」


 テールとは別の意味で気の強い女性だ。


「……ライブラって、幾つくらい何だ?」

「女性に年齢を尋ねるのか?」

「……いや、何か随分しっかりしてるから、俺より年上なのかな、って」

「……十七だ」


 年下だった。


「……結婚は?」

「している」


 ……人妻。

 それはともかく。


「じゃあ、子どもとかも?」

「いや……子宝に恵まれなくてな。結婚二年目になるが、まだ子どもはいない」

「そうか……。じゃあ、旦那さん超心配してるんじゃないのか?」

「……男らしい人だ。焦ったりうろたえたりはしないだろう」

「ライブラもうろたえたり、焦ったりはしてないよな。今朝、俺が疑われた時も冷静だったし」

「していたら、お前を殺す側に回っていた、と?」


 沈黙で肯定した。


「……私は何より人命を最優先にするようにしている。無論、ミノタウロスは殺すつもりだ。人ではないからな。だがミノタウロス以外は殺したくない。これは道徳的な問題だ。不必要な犠牲の上に成り立つものを勝利とは呼ばない」

「……確かに。お前の言うとおりだな」

「良いのか? そんな簡単に頷いて。殊勝しゅしょうなことを言っておいて、油断させる作戦かも知れんぞ。私がミノタウロスでない保障などどこにもないのだ」


 ……確かに。現状、俺は誰がミノタウロスなのか全く見当がつかない。一応、サジに投票はしたが、サジはミノタウロスにしては派手な行動が目立つ。誰がミノタウロスなのか、判らないのが正直な所だ。

「でも言ってることは、間違ってないから」

「そうか……」

 番は何事もなく終わり、レオやビスケスと交代する時間になる。


 俺たちは寝る時間だ。

 二日間番をした訳だが……ミノタウロスが動いたような気配は感じなかった。もっともこの迷宮、何か気配があったとしても、到着する頃には手遅れになっているだろう。

 部屋に戻る。

 中でミノタウロスが待っていた――ということはなかった。

 内装は変わらない。靴を脱ぎ、布団に入り込む。寝不足で頭が回らない。ミノタウロスに襲われたら確実に死ぬだろう。

 ――でも、その方が良いかも知れない。どうせ殺すなら、さっさと痛みなく殺して欲しい。そんなことを考えながら眠りについた。

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