第参話-因島海賊編(参)

 大祝おおほうりつるは自分で云うのもなんだが出来る女である。

 なんせ自分は邪馬大陸を代表する悪党衆、三島海賊連合御三家が一角、因島海賊三代目頭領の因島帆景の姉貴分なのだ。

 姉貴分と断言できる根拠には、数年程前は帆景からお姉ちゃんと呼ばれて慕われていた過去がある。立場上の都合もあって、三代目頭領に就任した後は帆景のことを様付けで呼び、頭領の拍を付けるためにも帆景も自分のことを敬称抜きで読んでいる。

 でも実際には、お姉ちゃんと呼んで頼りたいに違いないのだ。立場があるから表立って頼れないだけだと、頼り甲斐のあるお姉ちゃんには判っているのです。

 姉莫迦と云われるかもしれないが、帆景は責任感が強くて、しっかりとしている。鶴の自慢の妹です。

 だからこそ背負いがちであり、暴走しがちでもあった。誰かが傍に居て止めてやらなければ、何処までも突き進んでしまう子なのだ。

 そして、その止める役目を担うのは、お姉ちゃんである自分が適役であると自負している。

 いざという時には傍に居て、帆景を護ってあげるのだ。それがお姉ちゃんというものだ。


 そんなお姉ちゃん街道まっしぐらな鶴は今、小さな的を狙って弓矢を構えていた。

 鶴を見れば邪馬大陸の何処ででも行われている平凡な弓射の練習風景と大差ない、他とは違うのは鶴が立っている場所にある。此処は木々が生い茂る森の中、鶴と的の間には無数の枝葉が射線を遮っており、辛うじて的を見ることが出来ると云った程度であった。

 此処は因島の中心部を覆っている森の奥深く、普通に矢を放てば、放物線を画いた矢は頭上を覆う木々の天井に阻まれる。生命魔法による身体強化の補助を受ければ、矢は枝葉を貫き、真っ直ぐに的を射抜くことも可能かもしれない。だが、それでは美しくない。

 鶴は直射で的を射抜くことは難しいと悟ると、矢の矛先を空高くへと向けて狙いを定めた。そこには緑の天井に裂け目があり、太陽の光が差し込んでいる。目を凝らして風を読む、意識を集中させれば風の流れが判る。鶴にとっては当たり前の予備動作、風の流れを知ることで目に見えぬ場所を知ることもできた。

 矢の行く末を見切った鶴は空を目指して、弦を限界まで振り絞って矢を解き放った。

 風を切る音がする。矢が空高くに昇って行くのを眺め、弦を弾く感覚が手先に残る余韻を堪能する。

 的を真っ直ぐに狙い抜く、直射も楽しいことが楽しいが、頭上高くに矢を放つ曲射も楽しかった。近頃では障害物の多い場所を選んで、隙間を通すように矢を射ることに嵌っている。わざわざ難しいことをする必要なんてない、と周りからは変な目で見られることもあるが、こればっかりは止められない。要は的を射抜けば良いのだ、そして射抜けている内は何人だって文句を云わせない。弓矢は使い手次第で何処の的だろうが撃ち抜くことができる。風の助けを借りて、矢の軌道を曲げて放つことも難しくないし、成功率は落ちるが障害物に当てることで軌道を変え、物陰に躰を隠している臆病者を射抜くことだってできる。

 それに曲射でしか味わえない快感もあるのだ。

 放物線の頂点に達した矢が地面に向けて傾いた、鏃を狙い落す先は視えている。この時点で間違いはない、と半ば確信できた。矢は流れ星の如く、落下して森の中に姿を消した。あそこには隙間があることは判っている――矢は枝葉を見事に掻い潜って、ストン、と的の中心を射抜いた。

 ぶるり、と鶴は身を震わせて、小さく握り拳を作る。

 これなのだ、この快感が堪らないのだ。線で射抜くだけでは物足りない、点の中心を見事に射抜く快感は曲射でしか得られない。曲射で猪の眉間を射抜いた時の快感は、マンの的を射抜いた時の実感を遥かに上回る。近頃では小動物を狙って、撃つことがあるのだが、こればっかりは中々に難しい。直射で射抜くことはできるが、曲射となれば十回やって、何度か射抜ける程度の成功率しかない。それが地味に悔しくもあり、だからこそ、やり甲斐があった。

 仲間からは、もっと有益な動物を射抜けと云われるが、猪や熊のように大きな的よりも、小さくてすばしっこい奴を狙った方が射抜き甲斐があるではないか。とはいえ熊でも猪でも目を狙うのは中々に楽しめる、当てにくいから面白かった。

 誰にも理解されない趣味なのは判っている、だからこそ独りで楽しんでいるのだ。

 快感を甘受し終えた鶴は矢を回収するために的へと歩み寄る。矢は有限だ、回収できる分はしとかなければ勿体なかった。技術が進んだ国家では弓を魔導化して、魔法の矢を放つらしいのだが、その魔導弓に関して鶴は興味を持てずにいた。トッ、と標的を射抜いた時の感触が好きなのだ、それを得られない魔導弓には興味がない。刹那に過ぎぬ時間の中で、矢が刺さる小さな音が静寂を生み出す。静寂が世界を支配する、全ての意識が矢に向けられる瞬間が好きだった。

 口では説明しにくい感覚だ、しかし、その瞬間は確実にある。全ての役を掻っ攫う瞬間が確実にあった。それだけを目指して、弓矢を放ち続けている。

 鶴は矢の回収を終えると、ふと空を見上げ、太陽が頭上高くまで昇っていることに気付いた。

 腹の空き具合からして、そろそろ昼飯時と云ったところだろうか。鶴は気晴らしを中断すると狩りを始めた、丁度いいところに三羽の鳥が空を飛んでいたためだ。

 鶴は鼻唄交じりに弓矢を構えると、――ストッ、と鳥を貫いた。

 直射で狙えば、空を飛んでいる鳥を当てることなんて難しいことではない。少なくとも鶴にとっては容易なことであった。

 なにはともあれ、これで今まで仕事をさぼって遊んでいたわけではなく、狩りをしていたと面目を保つことができる。鶴は鳥が落ちた場所まで意気揚々に小走りで向かった。

 弓術の腕前について、鶴は絶対の自信を抱いている。

 理由は二つ、先ずは止まった的を狙えば百発百中で射抜くことができること、後は妹の帆景から「誰しも何かしらの才能があるものよね」と鶴の腕前を絶賛してくれているからだ。

 鶴も矢を外す、という諺を新たに作るべきだと鶴は密かに考えている。


 血抜きを終えた鳥を三羽、片手に携えて鶴は意気揚々と集落へと戻った。

 それを出迎えてくれたのは邪馬大陸の誰よりも可愛らしい妹の因島帆景である。

 怒っていても可愛い顔で帆景は「また仕事をさぼってたのね」と睨み付ける。

 鶴は肩を竦めると前もって用意しておいた言い訳を口にする。


「御覧の通り、私は因島海賊の食糧事情を少しでも改善しようと狩猟に勤しみ、三羽の鳥を仕留めて帰って来たところです」

「お鶴が本気を出したら、三羽じゃ済まないことくらいは判っているよ」


 取り付く島もない。帰る途中に偶然にも空を飛んでいた鳥を適当に射落としていただけだってことを帆景は判っている。

 姉妹故にお互いの事を知り尽くし、相手に嘘を付けないというのも困った話だ。

 しかし、お姉ちゃんだって判っていることはある。

 帆景は本当はお姉ちゃんに甘えたいけども我慢をしていることを知っている。妹が我慢をしているのにお姉ちゃんだけが我慢しないわけにはいかないので、お姉ちゃんも帆景の頭を撫でたくても撫でないでいる。我慢強いお姉ちゃんが居ることを帆景にも知って欲しいが、そういうことは口に出さないから格好良いのだ。

 ふふん、と鼻息荒く偉ぶってみせる鶴に、帆景は不機嫌そうに眉を顰めてみせる。


「お鶴、次の仕事の準備は出来ているんだよね?」


 帆景の問いに鶴が首を傾げてみせる。

 そのような話を聞いた覚えがあるようなないような、記憶が曖昧で思い出せなかった。

 そんな鶴の様子に帆景は大きな溜息を吐き捨てた。


「準備が出来たら荷物を持って私の部屋まで来てよ、心配だからさ」


 可愛らしい妹の提案に鶴は困ったように笑みを浮かべた。

 お姉ちゃんを心配してくれるのが嬉しいが、そこまでさせてはお姉ちゃんの沽券に関わってしまう。

 此処は丁重にお断りをするのが最善であると判断する。


「お言葉ですが、頭領様。船員の内の一人に過ぎぬわたくしめに、そこまで御手を煩わせるわけにはいきません」


 これ以上ないほどに鶴が凛々しく告げるが、「仕事を放棄して遊んでいる時点で充分に御手を煩わせているんだけどねえ?」と帆景は随分と棘のある声色で云い返して来た。

 あ、これは拙いな。と鶴は可愛い妹から眼を逸らす。見たくないものは見ないで良い、嫌なものからは全力で目を逸らすのが大祝鶴が考える人生を楽しく生きるための秘訣だ。


「……来なかったら本当に怒るよ?」


 大祝鶴が考える人生を楽しく生きるための秘訣第二弾、見たくないものを見ずに済ませた分だけ見たいものを見よ。

 このいじらしい妹はきっと、お姉ちゃんと二人きりの時間を作りたいがために荷物確認などという可愛らしい提案をしているのだろう、きっとそうに違いない。脅されているように見えて、その裏でちゃんと来てくれないと赦さないよ、と御強請りしているのである。

 愛情の裏返しで睨み付けてしまうなんて可愛いことじゃないか、大変結構、まるでそのまま殺されてしまいそうだ。


「返事は?」

「はッ、了解致しました頭領殿ッ!!」


 鶴は握り締めた右拳で心臓を叩き、我らが頭領様に敬意を称する。

 直立不動、姿勢に意味は特になかったが、誠意だけは辛うじて伝わってくれたようで、帆景は三度目になる溜息を零して肩の力を抜いた。

 私の帆景を此処まで困らせるなんて一体全体、誰の仕業だと云うのだ。けしからん奴も居たもんだ、これはもう今夜は思う存分にお姉ちゃんで癒してやるしかない。

 ふんす、と鼻息を立てて決心を固める鶴に、帆景は早くも四度目なる嘆息を零すのであった。


 現在、瀬戸内海は三島海賊連合と鬼ヶ島海賊の二大海賊によって覇権が争われているが、その実情は陸と比べると圧倒的に不足している人員では瀬戸内海の全海域を支配下に収めることが出来ぬ故、お互いに戦力の損耗を避けながら睨み合いを続けているといったものであった。牽制の意味を込めての小競り合いは多々あれど、陸の脅威がある現状では無暗に戦闘を仕掛けて隙を見せるわけにはいかなかった。

 実際に三島海賊連合が支配下に置いていると呼べるのは三島諸島の周辺海域だけであり、それは鬼ヶ島海賊とて似たようなものだと思われる。互いに人が足りていないのだ。陸のように職業軍人をおいそれと用意できる地盤はなければ、大勢の人を養えるだけの土地もない。故に全員が軍人と生産者を両立しなくてはならぬのが二大海賊の世知辛い事情であった。

 故に瀬戸内海には支配者が存在しない空白海域と呼べるものが大半を占めており、当該海域においては二大海賊による熾烈な利権争いが繰り広げられている。

 あえて利権と云う言葉を使うのは、海域の占拠を目的とした争いをしていないためだ。

 争いの形は変わっている。

 二大海賊が十年間にも及ぶ戦いの末に得た教訓は、敵地を占拠するには人手が足りないということだ。

 武を競うことを止めた二大海賊の争いは、より経済的な形に発展する。三島海賊は三島諸島周辺海域における通行料を取る他に、廻船の護衛という商売を生業にするようになった。鬼ヶ島海賊も同じ商売を始めるようになり、どちらがより多くの顧客を得られるかで競い合っている。

 御客様に快適な船旅を、此れが因島海賊三代目頭領こと因島帆景が掲げる理念だ。


「だからこそ、昨年の襲撃が不可解なんだけどね」


 ――と船に揺られながら帆景が語り終える。

 その退屈極まりない話を最後まで付き合ってあげるのは毎度御馴染みの大祝鶴である。

 欠伸を噛み殺しても聞き手を務めてあげるのは、お姉ちゃんとしての度量がなければ為しえない。


「ちゃんと話を聞いてた?」


 訝し気に問いかけてくる帆景に「ああ、はい」と鶴は誤魔化すように相槌を打った。

 いや、別に話を聞いていなかったわけではない。ただちょっと、ぼんやりとしていただけのことだ。

 帆景が云った最後の言葉と記憶の断片に残る単語を組み合わせて、特に深い考えがあるわけでもなく、ただ帆景の追求から逃れたいがために口走った。


「昨年の襲撃って、つまり、それって、鬼ヶ島海賊が私達の本拠を攻め込む準備が出来たってことじゃないですか?」


 帆景が目を見開いて、鶴の方へと向き直った。


「――あっ、そうか、そんな単純な話だったんだ」


 直ぐに帆景は考え込むような仕草を見せて、立ったまま貧乏強請りを始める。

 こうなった帆景は暫く話しかけても無駄になる。本当に退屈となってしまった鶴は、空を見上げて何羽かの鳥が飛んでいるのを見つけた。

 手には何も持たずに弓矢を構える動作をして、架空の矢を放ってみせる。見事命中、実感のない達成感に鶴は苦笑する。

 点を射抜くのは得意だ。線を射抜く方が容易だが、点のみを射抜く方が好きだった。


「……えっと、それで、そうなると、早めに妙姐たえねえと連絡を取らなきゃいけないね」


 ついに独り言を始める妹の姿を鶴は横目に優しく見守った。

 先代が亡くなってからの帆景は小難しいことを云っては嘆息を零すことが多くなった。それは成長したと喜ぶべきかもしれないが、帆景が少しだけ遠く感じられて寂しく思うこともある。

 帆景は昔から責任感が強い子だった、こうと決めれば譲らない頑固さもある。

 その性格と気質が何時の日か、何処か遠くへと、手の届かないところに行ってしまうことになりそうで怖く感じることがある。たぶん帆景は何処までも高みへと行ける子だ、鶴の想像も出来ぬ境地へと向かって行けるだけの力がある。

 もしも帆景が何処かに行くとしても、何処かに辿り着いたとしても、その時に隣に居るのは自分でありたいと思っている。

 それだけが大祝鶴が抱く望みであり、そのまま夢でもあった。


 睡魔の甘い誘惑に欠伸が零れる。

 眠気覚ましに因島海賊が置かれている現状を整理してみよう。

 現在、因島海賊は廻船護衛任務中である、以上。

 何処の廻船の護衛をしていて、何処から何処へと向かっているのか、なんて小難しいことは考える必要もないし、ましてや把握する必要もない。与えられた役割を任ずることが出来る女としての嗜みである。

 鶴は目を細めて凛々しさを強調する、決して眠たいわけではない。


「お鶴の目でしっかりと見張りの務めを果たしてよね。貴方は満ちているけど、貴方の目には期待してるんだしさ」


 何時の間に思考の海から戻って来たのだろうか。帆景が咎めるように口先を尖らせて、鶴の顔で覗きこんで来た。

 しかし期待されては、お姉ちゃんとして奮起せざる得ない。

 鶴は気を引き締め直すと眺めるように会場付近を見張った。些細な波の動きまで、じっくりと見据える。海面近くに何かが潜伏していれば、それは不自然な波の動きとして現れる。例えば、あそこでは魚が泳いでいるのが判る、当たり前の違和感として感じ取ることができる。帆景からすれば凄いことのようであり、たった一人で邪馬大陸の海上を散歩できるのは鶴を置いて他にない、とまで評価したことがある。

 しかし鶴には、いまいち実感が湧かなかった。

 毎日のように海に生きていれば当たり前に身に付くものだと鶴は思っている。特別な知識も技術も必要としない芸当であり、コツさえ掴めれば、あとは適当にしているだけでどうとでもなる程度の技能である。わざわざ技能の前に特殊を付け加えるほどの価値もない。

 そんなことよりも三島海賊連合の祖が編み出したという航海術の方が鶴にとって、もの凄く面倒な手順を踏んでいるだけに凄いように思える。あれを思いついた人はきっと頭が賢かったに違いない、具体的なことは判らないが帆景が凄いと云うのだから、きっと凄いのだろう。

 先行する艪二十艇の小早二隻を眺めながら鶴は思うのであった。


「ねえ、頭領様」


 鶴が呼びかけると帆景は面倒くさそうに視線だけを寄越して来た。


「私は、私が仕事熱心だと証明する機会を早くも得られそうです」


 訝し気に首を傾げて見せる帆景を余所に、鶴は誇らしげに語りながら緩やかに弓矢を構える。

 今度は形だけではなくて実際に、指先に魔力を込めることで矢に魔法を施す。

 鶴は魔法の矢を好まないが、海中の敵を射抜く自信もなかった。

 練習で百発百中の腕前がなければ実戦では使い物にならないことを鶴は人生訓として自らに課している。

 百発百中とは文字通り、百発放った矢が百回まとを射抜くことを云う。


「だって私は、あの職務怠慢な小早二隻よりも早くに海中を参考している妖怪を見つけることができたのです、褒めてください。小早二隻は先行している癖に私よりも見つけるのが遅かったのですよ」


 そう云い終えた鶴は喜び勇んで頭上高くに矢を放った。

 空高くまで駆け昇った矢は風を纏って、急転直下、矢は風ごと海面を突き抜けて大きな水柱を上げる。

 鶴の放った魔法は殺傷能力こそは高くないが、風の余波によって肌を裂くことは出来る程度の威力を持っている範囲重視の攻撃魔法であった。

 挑発としては充分に効果を期待できる魔法であり、相手が短絡的な妖怪であれば海中から飛び上がって来るに違いない。

 そして鶴の期待通り、水飛沫と共に異形の姿をした鮫が姿を現した。


磯撫いそなでだッ!」


 少し遅れて船員から声が上がる。

 甲板に飛び込んで来たのは鮫の形をした妖怪だ。肌を藤壺ふじつぼのような鱗で覆っており、尾鰭はおろし金のようにきめ細やかな針を密に生やしていた。

 近くにいた船員を尾鰭で撫で上げようとする妖怪の姿は、鶴の記憶にある磯撫での習性と違いはない。磯撫でとは尾鰭の細やかな針を人間の躰に引っ掻けて、海の中に引きずり込む妖怪であった。

 鶴は先ず無防備に開いていた磯撫での口を目掛けて矢を射った。

 これだけ大きな的であれば、外す方が難しい。矢は吸い込まれるように磯撫での口内に入り込み、ぐぎゃぎゃっ、と磯撫では汚らしい悲鳴を上げて身を捩らせる。

 続けざまに鶴は二射目を放とうと矢筒に手を翳した。

 その瞬間、鶴の横を誰かが風のように駆け抜けていった。

 視界の端を掠めるは馬の尻尾のような黒髪で、目で後を追いかければ見慣れた背中が磯撫でを目掛けて突っ走っている。

 見間違うはずがない、あの背中を鶴が見間違うはずがなかった。違っていて欲しいと願おうとも、鶴の全細胞が目の前の女が誰であるかを断定する。

 小さな躰に大きな度胸、それを体現した姿に鶴は苦悶に顔を歪める他になかった。


「頭領様、退いてくださいッ!」

「退けるもんか」


 帆景は責任感が強くて、しっかりとしている。

 だからこそ背負いがちであり、暴走しがちでもあった。

 誰かが傍に居て止めてやらなければ、何処までも突き進んでしまう子なのだ。

 それが、鶴の自慢の妹なのです。

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