邪馬大陸戦記~鶴姫伝説~

まふ

前書き

邪馬大陸人類史概略

 誰かが云った、人間と妖怪は対立すべきである。

 戦国乱世と呼ばれる時代、多数の国家が犇めく邪馬大陸やまたいりくにて絶対の不文律として掲げられてきた言葉である。

 そう語る理由は簡単なもので、妖怪は人間を喰らうことで命を繋ぎ止めているからだ。人間は妖怪にとって極上の栄養であり、喰らえば喰らう程に力を増していく特性がある。力を得たければ、人間を喰らい尽くせ。種として、歴史に語られる以前から受け継がれる遺伝子が彼らに囁き続け、今や文化として根付いてしまっている。

 最古の歴史には、日に千人の人間が妖怪に喰われていった、と記されている。

 不老長寿、圧倒的な力を誇る妖怪を前にして、人間は短命であまりにも非力な存在であった。明日は誰が喰われることになるのか、毎日のように恐怖に晒されて脅えることを強要される。

 当時の人間は恐怖と狂気の中で、ただひたすらに神に祈り続けるしかなかった。

 人間を哀れに思った神は祈りの数だけ、ささやかな力を人間に授けた。それは奇跡と呼ばれる力、人間が少しだけ生き長らえるだけの力を与えるものだった。少しでも多くの人間が次の世代に繋げられるように、と神が人間だけに与えた特別な力である。

 子を産めよ育てよ、毎日、千五百人の赤子を生み出すことで人間は辛うじて、種を保つことができた。妖怪が生き長らえるための食料として、世界に種を残すことを赦されてきた過去がある。

 妖怪は強靭だ、孤独に生きる術を身に着けた。対して人間は非力である、集団の中でしか生きることができなかった。

 集団の中で人間は種を増やし続けた、孤独の中で妖怪は人間を喰らい続けた。何時しか妖怪が喰らい続ける量よりも、人間が増え続ける量の方が上回るようになり、妖怪が気付いた時には邪馬大陸には人間で溢れていた。喰らい尽くせない人間の量に、妖怪が僻地へと追いやられるようになってしまった。

 何時しか人間は文明を手に入れていた、そして妖怪に対抗するための手段を得た。

 魔法、と呼ばれる技術を得た。

 邪馬大陸は嘗て、妖怪達の楽園であった。

 妖怪の時代は終わりを告げて、人間による文明発展の時代が始まった。

 その頃になっても妖怪は人間の敵として語り継がれており、妖怪の中にも嘗ての栄光を取り戻そうという流れがあった。

 人間対妖怪の構図は時代を変えても続き、両者の間で幾度もの戦争が起きた。後に神話として語り継がれることになる数々の戦争は人類史として歴史に記される。

 数を増やした人間を前に妖怪は為す術がなかった。

 何時しか妖怪は表立って人間に危害を加えるような真似をしなくなった。

 ある妖怪は人間社会に適合するようになり、ある妖怪は僻処に集落を気付いて細々と暮らし、ある妖怪は諦め切れず人間に反抗し、ある妖怪は新天地を求めて旅立った。

 妖怪こそが邪馬大陸の支配者だった時代があったことを、何時しか人間は忘れていった。

 人間に力を与えた神が居たことを大半の人間は忘れてしまった。


 天降歴てんこうれき元年。

 邪馬大陸の覇者である人間は大陸宗教の下に統一されていた。

 大陸宗教とは妖怪に対抗するために人間が生み出した組織であり、魔法を研究を続けることで様々な魔法体系を確立する実績を持つ他に、妖怪に関する莫大な情報を資料として書き留めてあり、幾つもの妖怪に対する有効な手立てを編み出してきた功績がある。

 人類の発展と繁栄のための助力、というものを教義に掲げていることもあり、大陸宗教には人間に対する戦力を持ち合わせてはいなかった。

 邪馬大陸の統治に関しては、妖怪に対する技術支援と引き換えに魔法学と妖怪学の進歩への協力を要請することで、各地の豪族を取り立てるという方針のおかげで数多の軍閥を生み出す結果となる。

 つまるところ、大陸宗教とは優れた研究者集団ではあったが、統治者としては成り得なかったのだ。

 それでも民草が妖怪の魔の手から少しでも逃れられるようにと講師の派遣を行っており、病気や呪術への対抗手段も伝播していたために大陸宗教は着実に神威と権威を積み重ねていた。何時しか道徳や倫理も授けるようになり、以後百年近くもの間、人類史における邪馬大陸は平穏な時代を迎えることになる。


 天降歴六○年、一度目の還暦を迎える。

 未だ、大陸宗教は健全な運営を続ける。

 しかしまだ妖怪が自然の中に蠢く世の中にあり、大陸宗教と軍閥とでは密な連携を取ることは難しかった。

 大陸宗教は各軍閥が自らの裁量で統治を行えるように権威を与えることを決める。

 その際に用いられた秘術が――国産みの儀式。

 特異な魔法による召還術であり、土地に住む民草の信仰心を用いて、神を形成するというものだ。

 信仰心を得た神は奇跡を以て、土地に還元する。

 それは地の恵みであったり、雨を降らせるためのものであったり、山の幸が多く採れるものであったり、と多種多様なものだ。

 この手法で生み出された神は後に土着神と呼ばれるようになる。

 造型が獣であることが多かったこともあってか、等しく民草から愛される存在となていいた。

 国家とは、この時に生まれた言葉である。


 天降歴一○九年。

 大陸宗教において、不死の存在と信じられてきた妖怪を完全に消滅させる方法が発表される。

 妖怪学の権威である井上まどか氏は「未知を未知のまま捉えてはならない、未知の脅威が既知の隣人に変わったのと同じように」と演説して、大陸宗教を大いに沸かせた。

 同時期に妖怪退治が公式の職業として認められ、妖怪を退治した者には大陸宗教から報奨金が支払われるようになった。

 妖怪滅亡の気運が高まりつつある最中、予てより「妖怪の神秘性」について語っていた妖怪学の偏屈家こと八雲やくも和泉いずみ氏は先ず、神と妖怪の親和性を説き、「未知の隣人とは手を取り合うことはできない。しかし未知が既知に変わった今であれば、お互いのことをより知り合うことが可能なはずだ。私達は妖怪について、より理解を深めていくべきである」と時世に対して真っ向から反論して、世間を騒がせた。

 妖怪学の二大巨頭による演説は大陸宗教を真っ二つに分かつ結果となり、反妖怪思想葦原派と親妖怪思想道敷派として対立を続けることになる。


 天降歴一一九年。

 人間が日常生活を送るに当たって、妖怪に対する脅威はほとんどなくなり、人間は妖怪という絶対的な敵がいたことを忘れていった。

 次第に国家間での諍いが頻発するようになる。利権をめぐって各地で小競り合いが起きる頻度が年々増え続けている。

 最早、大陸宗教は邪馬大陸を統一する機関としては体を為しておらず、何時からか大陸宗教は周辺国家の脅威に晒されて利用される側へと成り下がる。

 それでも大陸宗教は神威と権威はそのままに、野心的な行動を取ることもなく、国家間の力関係を調節する役割を勤め続けた。


 天降歴同年。

 大陸宗教が本拠に据える平安城が妖怪の手によって落とされる。

 首謀者は平城京へいじょうきょう古都妃こときを名乗っており、人類最大の敵として認識される。

 大陸宗教に所属する平安城に居た者の半数近くが消息不明、国家間の調整役が居なくなったことによって、野心を持った国家が各地で蜂起を始める。

 それに続く形で残る国家も蜂起し、どさくさに紛れて、各地の有力な勢力も旗揚げする。

 各国家は神威と権威を得るために思うがままに大陸宗教を掲げ、これを大義として活用し始めるようになった。

 大陸宗教の健全な運営によって築かれた平和な時代は、二度目の還暦を迎える前に妖怪の手によって幕を下ろす。

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