第17話 牛頭天王

 雛御前と犬神、猫鬼を加え、大幅増員したカオル達一行は西楼門から舞殿へと歩いて行った。

 

 夕方で観光客はまばらとはいえ、犬神、猫鬼は不可視化されていて、霊眼をもつカオルにしか見えなかった。

 雛御前はひな祭りの十二単衣ひとえのコスプレということで、悪童丸はまあ、普通の六歳児という設定になっている。


 カオルは黒のジャージの上下に白いスニーカーという軽装だし、背中に背負ってるのは竹刀で剣道少女ということになっている。役作りも完璧で、少々、組み合わせは奇妙であるが全く問題ないと思う。


「では、舞殿で牛頭天王ごずてんのう様に、わらわの舞をひとつ、奉納致しましょうか」


 さっきまでワシとか言ってなかったか?またもキャラ変更か?

 まったく、ブレまくってるな。


牛頭天王ごずてんのう?」


「これだから教養のない若い者は困る。八坂神社は元々、祇園社といって、祭神は牛頭天王様とその妻の頗梨采女 はりさいにょ様、ご子息の八王子神様じゃ」

 

 『祇園牛頭天王御縁起』によれば、牛頭天王は須弥山中腹「豊饒国」の武答天王の一人息子で、7歳で身長が7尺5寸(約2メートル27センチ)あり、3尺(約90センチ)の牛頭には3尺の赤い角があったという。

 その恐ろしい姿のために近寄る女人もいなくて酒浸りの日を送っていたが、山鳩の導きで沙竭羅サーガラ龍王の三女の頗梨采女 はりさいにょを娶った。

 龍宮への旅の途中、長者の古単将来が一夜の宿を断ったという理由で豊饒国への帰路に殺戮し、宿を提供した貧乏な兄の蘇民将来を『願いごとがすべてかなう牛玉』をさずけて幸せにしたというエピソードの持ち主である。何とも気まぐれな荒神、祟り神であるが、祀れば幸運をもたらしてくれる神でもある。疫病除けの神である蘇民将来を祀る疫神社が境内にある。

 平安時代から行疫神として崇められていたが、平安末期に流行病をもたらす疫病神を鎮祭するための山鉾、花傘巡行『祇園祭』が行われるようになったという。


 雛御前の説明はもっと長くてかなり端折っているのだが、カオルはちょっとうんざりしたが、どうもこの話が事件の核心ではないかという予感がした。


 雛御前は扇子を出して本殿の前にある提灯で明るく照らされた舞殿で華麗な舞をはじめた。観光客は何かのイベントと間違ったのか集まってきて見とれはじめていた。

 いや、そこは立ち入り禁止のはずだが、あまりに堂々と舞ってるので誰も止めれないし、十二単衣で舞う姿はこの世の者とは思えない(常世の者なのだが)幽玄な風情があった。


 しばし舞っていた雛御前は観光客の拍手喝采を浴びて舞殿を降りてきた。


「どうじゃ、美しかろう」


「綺麗な雛人形みたいだったよ」


 悪童丸は賞賛と拍手を送ったが、雛御前も得意げだった。

 自分でいうのは何か違う様に思うが、確かに華麗な舞姿でカオルもみとれてしまっていた。


「では、本殿に参ろうか」


 かやぶき屋根で朱色の柱と白い壁のコントラストが美しい本殿である。

 雛御前が本殿に拝礼する。

 悪童丸、カオルもそれに倣った。犬神、猫鬼は雛御前の背後で大人しくしている。


 提灯の淡い光と月の光が雛御前の顔を照らしていた。

 辺りはいつのまにか夕闇につつまれていた。観光客の姿も消えている。

 まるで異空間に迷い込んだような雰囲気があった。事実、そうなのだろう。

 そして、しばらく祝詞を唱えていた雛御前の声にいらえがあった。


「我を呼ぶものは誰ぞ」


 黄金の光の粒子が凝り固まって何かが現れようとしていた。

 滑るようにゆっくりと後ずさる雛御前の前に、牛頭の大男が降臨してその巨大な姿を現していた。

 牛頭には黒い兜のようなものをかぶっていて、そこから二本の長い赤い角も見えた。

 右手には杖のように柄の長いまさかりをもち、身には漆黒の鎧を纏っている。

 光背には円形に炎が燃えていて、骨太で筋肉の覆われた逞しい身体を浮かび上がらせていた。

 ついに出るものが出たとカオルは思った。

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