第11話 流し雛

 三月三日、今年も京都の下鴨神社の御手洗社みたらししゃ前で「流し雛の儀」が行われていた。


 藁で編んだお盆状の桟俵さんだわらに雛人形を乗せたものを御手洗池みたらしいけに浮かべて、御手洗川みたらしがわに流すという祭事である。とはいえ、雛人形は途中で回収されて神社でちゃんと焚き上げてくれるらしい。


 桟俵さんだわらは米俵の両端に当てられるものだが、神饌しんせんの台盤、天然痘を擬人化した悪神の疱瘡ほうそうの神や流し雛をのせて川に流したり、妊婦の胎盤である胞衣えなをのせて埋める神事の際に利用される。


 どうも『流し雛』は日本の古代からある禊祓いの風習が起源のようである。

 源氏物語の須磨の巻にも、光源氏がお祓いした人形の形代を須磨の海に流したというエピソードがでてくる。 


 お内裏様とお雛様に扮した男女が入場して、祈祷が終わると、祭主さん、宮司さん、お内裏様とお雛様、来賓、子供たちなどが雛流しをする。それが終わると、ようやく、一般客も雛流しとなる。


悪童丸あくどうまるも流してみる?」 


 風守カオルはお気に入りの使い魔の道神である黒髪の童子に流し雛を勧めた。

 

「うん、でも、そこの女の子も流したいみたい」


 悪童丸は赤い着物を着た女の子を指さした。

 丸くて大きな瞳が可愛らしいが、女の子は何故か流し雛も持ってなくて、保護者の姿もなかった。


「おいらのお雛様あげるから、流してみる?」


 悪童丸は流し雛を女の子に渡す。


「ありがと」


 女の子は小さな手で流し雛を受けとる。

 子供らしい舌たらずの返事が何とも可愛らしい。


「名前は何というの?」


「雛子」


「どこから来たの?」


「あっち」


 雛子は御手洗川の下流の方を指さした。

 

「ふうん。お母さんとかはいないの?」


「いないよ。ひとりできたの」


「そうかあ。おいらと同じだね。まあ、カオルお姉さんがいるけどね」


 雛子は御手洗池の石段を一歩づつ降りると、小さな手で流し雛を池に浮かべた。


「このお人形さんはどこにいくのかなあ」


「常世よ。死んだ人がいくところよ」


 風守カオルはゆっくりと流れていく流し雛を眺めながら女の子の疑問に答えた。


「じゃ、あたしのお母さんもお父さんもそこにいるのね。連れていってくれない? お姉ちゃん」


「そうね。悪童丸、連れていってあげなさい」


「え、でも、この子ともう少し遊びたいよ」


 悪童丸はいやいやをする。


「仕方ないわね。まあ、そんなに悪質なもののけでもないようだし、少しだけよ」


 カオルは渋々、わがままを聞くことにした。


「良かった。雛子ちゃん、あっちで遊ぼう」


「うん、いいよ」


 女の子は嬉しそうに笑うと、下鴨神社の楼門の方へ駆け出した。

 悪童丸も後を追う。


「しかし、京都って、妖怪やもののけが多過ぎるわね。東京だと魔法少女とか魔女とか、機械天使とか出て来るし、ラノベの悪影響かしらね」


 そんな独り言をいう風守カオルであったが、京都府警から依頼された「雛流しの呪法」事件とやらの捜査のことを思い出して気が重くなった。


 公安というか、秘密結社≪天鴉アマガラス≫の神沢優少佐からも直接、依頼されてるし、何とか解決したいが、流石のカオルも頭を抱えていた。


 何かのヒントがないかと思って、下鴨神社の流し雛を見学に来たのだが、全く何も閃めかなかった。

 女の子のもののけに会ってしまうし、手詰まり感が半端ない。

 

 ということで、もう一回、事件の状況を思い出して整理してみることにした。

 話は二週間前にさかのぼる。



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