第26話 サークル『喪』
楚々たる黒髪に際立った紅蓮の髪、白く精緻な髪に自然美なるナチュラルヘアー。
それぞれの娘達が持つ髪の毛が、窓から見える朧月の仄かな光に照らされている。
我がサークル、『喪』では今宵新しいメンバーを歓迎するための宴が開かれる。このサークルが創設1年目にして部屋を持てたのは偏に、サークル長である俺の『愛』に尽きる。
「……キモイです」
「言っただろ、このサークルはキモイ連中の集まりだって」
どうやら、カノンが新入生を連れて来たようだ。ってか、
「恋人とのSMプレイが原因で家を全焼させたクソ茶髪にキモイ呼ばわりされたくないんだよ」
そう突っ込めば、カノンは炯々とした瞳で俺を睨め付ける。
「じゃあカノン、進行は任せた」
「別にいいが、お前の口の軽さには軽蔑するよな。ようこそ藤実さん、我がサークル喪へよくぞお越し頂きました」
大学に入り、特段することが無かった俺はこのサークルを起ち上げた。
喪と言うサークル名に物好きな奴らが「喪女の集まりはここでいいのか」「喪服フェチのサークルですよね」などと注目し、現在サークルメンバーは幽霊部員含め14名にまで上る。
今回新たに入って来た「
「じゃあ適当に自己紹介して、適当に飲んで、あ、藤実さんは未成年だから飲ませるなよ、それで適当に打ち解けて、適当に解散ってことでお前ら乾杯」
カノンが体現しているように、俺達のサークルの特色はこの緩さにある。
私生活に疲れた学生達が、緩い雰囲気を求めてこのサークルに集うからな。
この緩和的な空気をサークルのみんなは『喪』と称し、理解を促しているようだ。
このサークル『喪』の、本来の創設理念は俺だけが知り得ている。
(……何だよ、俺を指差して一体何が言いたいんだよ)
新人の藤実さんは右手を前に突き出し、一心に俺を指差していた。
すると、彼女に釣られてカノンも俺を指差し、
何を感応したのかメンバー全員が俺を指で差し始めた。
藤実さんは俺を指で差したまま歩み、距離を詰めて来る。
「実は私、こう見えて結構な好色家でしてね……貴方の名前を教えてくれますか?」
そう言うと彼女は手を下ろし、サークルメンバーは黄色い歓声を上げる。
正直ウゼェ。から、
「ウゼぇ、ウゼぇぞお前ら超ウゼぇ」
この時の様子が、まるで俺の照れ隠しの様に映っていたことを、歓迎会が終わった後に気付いた。
とにかく、藤実イノリさんは俺に言い寄っているようだ。
「部長が弄ってるそのマネキンは一体何ですか?」
手狭な部室には一台のパソコンと、娘を模した四体のマネキンが置かれていた。
傍から見ればここの光景は異様なのだろうな。
「……ほっとけ、俺の純然たる趣味だよ」
「部長の趣味は女装で宜しかったですか?」
よく勘違いされるんだよな。
俺が敢えて娘達の格好をしているのを周囲の人間は『女装癖』と誤解する。
小父さんだって、カノンだって未だにこの格好の真意を分かっていない。
分かって貰う義理もないんだけどな。
「そうだよ」
だから今の俺は面倒な説明を省くために、欺瞞的に女装癖を肯定している。
「では、失礼致しまして……――」
彼女は言うと同時に俺と肉薄して、俺の後頭部を手で引き寄せそして。
「んん!」
彼女は俺の唇を強引に奪っていた。
額から分かれたワンレングスの短い髪の毛はヘアピンで止められ、柳眉がはっきりと覗けている。
彼女の第一印象は“あの人”と重なる。
俺の唇を強引に奪うやり口も、死馬教官に似ていると思えた。
「案外、唇の形もいいですし、とても気持ち良いキスでしたよ、部長」
前言しておこう、娘達が傍に居ない俺の人生に意味なんて無い。
ならば俺が誰とキスしようと、俺が誰と――恋に落ちようと。
それらに意味を見いだせない。
「……何だよ?」
先程のキスの後を確かめるように、手で唇をなぞっていれば、
カノンは俺と彼女の二人の背中を押して、部室から追い出そうとしていた。
「二人でお使いに行って来てくれ、飲み物と口慰みになるものな」
カノンのお節介は誰の目から見ても明らかだった。
「余計なお世話だじぇ」
あれ? もしかして俺案外喜んじゃってる?
「……待て、二人と言うのも心許ないから私も付いて行くよ」
「助かるじぇ妻夫木」
妻夫木アラタ、このサークルを起ち上げるのを手伝ってくれた俺と同じ四学年。
しかし彼女は俺よりも四つ年上である。
妻夫木は四年もの浪人生活を過ごしてからこの大学に入った経歴を持っている。
「これから宜しくお願いします、妻夫木先輩」
「あぁ、と言っても私も火疋も後一年で卒業してしまうけどな」
最寄りのコンビニに向かうまでの間、二人は俺から多少距離を取っていた。
何故に?
「サークルでは専らコスプレ活動をしているとお聞きしました、本当ですか?」
「コスプレは嫌いか? 別にうちらはコスプレを強要するつもりはないぞ」
二人の会話は俺の耳にギリギリ届く。
「コスプレには否定的ですけど」
「藤実さんは正直に物を言うんだな、加えてその美貌は相当モテたんじゃないか?」
「私が今まで――て来た――の数は百行くか行かないかって感じですね」
「チ」
二人のギリギリの会話は、俺の耳にギリギリ届く。
藤実さんが今まで経験した男性遍歴に妻夫木は耳を傾けているみたいだが。
妻夫木アラタ、あいつは俺に「喪女の集まりはここでいいのか」と言って近寄って来た典型的な喪女らしいぞ。
妻夫木と出逢ったタイミングで、俺は女装を始めたから。
あいつは俺の性別を「男だったのか」と知ると厳めしい顔付きが緩んだ。
そんな妻夫木にサングラスを贈ってやれば、あいつは今でもそのサングラスを愛用してくれている。正直、妻夫木は出逢った時から誰かに似ているなと思っていたんだ――サングラス姿が映える東雲教官に、彼女はよく似ていた。
その妻夫木アラタと俺は、現在同棲している。
「え」
「……知らなかったのも無理はない」
彼女は下の名前で呼ばれるのを嫌うから、同棲中にも関わらず俺は彼女を苗字で呼ぶ。
妻夫木との同棲生活は今夜で1周年を迎えるけど、意味は無い。
彼女に娘達のことは一応までに隠している。
俺の人生に意味は無い、然れど、俺は人生を無下に出来ない。
俺は人生に保身を掛けるような、夢も希望もない男に成り果てていた。
それが西暦2020年を迎える俺、火疋澪の顛末だった。
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