火疋澪

第24話 帰還

 2013年8月末日、チルルと一緒に貸し切りプールではしゃぎ帰宅すれば。

「父さん、唐突にだが私に付いて来て欲しい」

「あぁ」

 疲れてる体に鞭を打ち、俺は軽はずみに愛娘ヒイロの誘いに乘った。

 ヒイロは娘の中で一番『まとも』と言えば語弊があるが、

 彼女のことだから早々ややこしい問題は起こさないと分かり切っている。


 ヒイロは俺を連れて西日本では絶滅危惧の古い公園にやって来た。

 50平米の敷地内にアスレチックやブランコが設置されている普通の公園。

 だけど、西日本に於いては物珍しい場所なんだよな。

「よくこんな所見つけて来たな」

「ネットで調べたら分かった、父さん、私と一緒にブランコやらないか」

「ブランコがしたかったのか?」

 彼女は黙って頷く。


 ヒイロは「座ってくれ」と促し、彼女が俺の後ろに立つ形になった。

「無茶は止せよ」

「……いくぞ」

「再度言う、無茶は止せ」

 自転車の二人乗りが禁止されているように、ブランコの二人乗りも下手すれば法に触れるぞ。

 と、この娘ヒイロは思わせてくれる。


 ヒイロはブランコを漕ぎ出した、まぁ普通の範疇かな。

「……最近のお前は、私達の父親らしくなって来たな」

 どうやら、今の俺と彼女の関係は『父親と娘』の間柄ではなく、『後輩と先輩』の立場に戻る時だった。

「ヒイロ先輩」

「何だ」

「俺はずっと疑問に思っていました、どうして平凡な俺を父親に抜擢したのか」

 俺はそのことをずっと胸の内に秘めていた。


「……零の令嬢には父親が居る、とある方が口にしたんだ。それを耳にした私はずっと父親を探していた」

「ある方って誰のことです?」

「蛮王『大鵬ギル』、この世で最強と謳われている権能なお方だ」

 蛮王か……この世界は本当に、少しおかしい。

 

「それで、どうして俺みたいな屑を父親に抜擢したんです」

「屑? お前は一般的な男子高校生だと思うがな」

「先輩には分からないでしょうね、この世で成功者と呼べる人間はほんの一握りで、他は洩れなく屑ですよ」

 俺の眼や心は彼女達と出逢う以前から腐敗していた。

 そんな俺は内罰的にも自分を屑と蔑み、生きて来たのだが。

 次第に他者すらも屑だと思い始めた時には救いようがなくなっていたらしい。

 だから俺は、屑から這い上がる気持ちすらもいつの間にか冷めていた。

 それが――

「俺は先輩達に拾って貰ったおかげで、人生が一変しました」

 ――全てが、彼女に見定められたおかげで好転したのだ。


 眼に映るもの全てが変わり、

 心に宿る思いの全てが変わった。


「……私がお前を父親と定めたのは、その権利を蛮王から頂いていたからだ」

 嗚呼、ヒイロ先輩の声はいつもと同じ、凛として変わらない。

 こうやってブランコに二人乗りしながら彼女の声を耳にする至福もそうはない。

「一度は判断に揺らぎ、違うと思った。だがお前との数奇な廻り合わせを実感し、お前は私達の父さん、だろうと……思っていたが」

 ――だが、お前が私達の父で相違ないのか今でも疑問に感じている。


「火疋澪、お前は私達の父で合っているのか?」


 父親、って一体どんな存在を指すんだろうな。

 娘達と血の繋がりがない以上、胸を張ってヒイロ先輩の質問に答えられない。

 その後事態は急転直下を迎えることを、この時の俺達は想像だにしていなかった。

「ただいま」

「……お帰りダディ、そのままでいいから訊いてくれないか」

 帰宅するとマリーが紅蓮の瞳を瞬かせていた。

 まるで彼女は俺の心裏を見透かそうとよくよく観察しているようだ。


「どうやら私達は一杯食わされたらしいぞ」

 マリーの話しに耳を傾けながらウーロン茶をあおる。

「一杯食わされたって何がさ?」

「世の中知らない方がいいこともあるって、こんな時に使うんだろうな」

「?」

 怪訝な面持ちで、マリーの話しに耳を傾けているが、

 どうにも、要領を得ないな。

「……まず、まずは本日の夕餉にしよう。話しはそれからでも遅くはない」

 ――いや、もう既に手遅れで御座います。

「あぁ、ご飯にしよう」

 

 俺は彼女達の父親を4ヶ月近くやっているから。

 この後でマリーの口から語られる東日本の現状は決して、嘘ではないと直感した。

「実はなダディ、私達が西日本で御ふざけしている間に、東日本では内紛が起きているらしい」

「ファングか?」

 その話しに逸早く反応を示したのはヒイロだった。

 開口一番、姉弟子の名前を挙げ、彼女が内紛の元凶かと疑っている。

「さぁ、詳細まで知れないが。西日本の連中はこの事に情報規制を張っている」

「……私達はどうする父さん」


「どうするって……」

 訊かれても、俺は娘達の身を案じることしか頭にない。

 ……けど、東にはカノンやモモノがいる。

 彼女達を思うと、俄かに不安が過り、全身が緊張感に包まれた。

「私達が東に出戻って、内乱を治めるか? それは楽しそうだ」

 そう言っているマリーの声色は上ずっていて、直ぐに嘘だと分かった。


「恐らくファング達の仕業に違いない、西日本が『はないちもんめ』を持ち掛けた真意はこれだった筈だ」

「と言っても、たかが三人の戦力で国が傾くものなのか?」

 はないちもんめの時、向こうの三人と交錯したけど。

 あの時覚えた彼女達の印象からでは到底想像付かない。

 

 彼女達が国を破滅へと貶める使者だったとは、到底思えない。


 これで終わり。

 俺が零の令嬢達の父親で在った日々はこの日を以て終わりを告げてしまう。

 幸せだった一時はわずか4ヶ月しか持たなかった。

「……ここは、俺の部屋?」

 西暦2013年4月2日、俺は長い夢を、見ていたようだ。

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