始まり

第1話 特殊ギルドへようこそ

━鳳仙花が魂を食べ、金木犀がその亡骸を食べる━


二人は出会ってから一年もの間、そうして寄り添って生きていた。けれど、動物ばかりを鳳仙花が選ぶので、金木犀は飽き飽きしていた。


「……鳳仙花、あたしは人間が食べたいわ。ふっくらとして、脂の乗った極上の人間」


うっとりと語る金木犀。


「に、人間は抵抗があるかな……。悪い人なら、気兼ねはしないだろうけど」


魂を食べることすら抵抗のある彼女が人間をターゲットにするには、理由が欲しかった。

偽善かもしれない。それでも、悪意のない人間を殺したくはないのだ。


「……仕方ないわね。取り敢えず、人里にいきましょうか。手を引いてちょうだい、鳳仙花」


優雅に手を差しのべる。一年もの間山をさ迷い、薄汚れた衣服でも、金木犀は美しさを損なっていなかった。実に堂々としていた。反面、鳳仙花は金木犀には打ち解けたものの、人里にいざ降りたって見ても、人見知りは知れている。迂闊に話をするのも難儀だ。金木犀のフォローなしにはどうにもならない。


◯●◯●◯●◯●


山を降りると、大きな街が見えた。大変賑わっているらしく、薄汚れた少女たちが混ざっても目立たない。色々な種族が普通に会話し、活気に溢れている。街では露店が立ち並び、目移りしそうだ。しかし、鳳仙花は誰かと目を合わせたら大変だとフードを更に深く被る。


「……先立つものはお金よねぇ。稼ぐしかないわよ、鳳仙花」


「か、稼ぐってどうやって?」


「それらしい建物探してちょうだい。あたし、見えないんだから」


「そ、そうだよね……」


仕方なしにフードから目をキョロキョロさせる。すると、視界が陰る。緊張で強張ると頭上から声がした。


「嬢ちゃんたち、この街ははじめてかい?」


野太いが、優しい声音の大きな男性。


「そうなの。いい稼ぎ口はないかしら」


堂々と声の発しているだろう、位置に顔を上げる金木犀。


「冒険者になれば最初の軍資金も少ないが、もらえるぜ。ちぃとばかし特殊で足りてねぇから、実力があるならオススメだ。敵対している一部魔族やら、獣人族に死喰腐鬼グール、友好じゃねぇ一派との争いが絶えねぇからな。

人手がほしいんだよ。……いやぁ、かみさんがやってる事業でな。他にも同業はいるが、助けると思って来てくれよ」


死喰腐鬼グールと聞いてピクリと金木犀が反応を見せる。同族を相手にしなくてはならないなんて酷じゃないかと鳳仙花は思う。しかし、意に反して金木犀は笑っていた。捨てられた時点で同族愛など持ち合わせてはいないのだ。


「あら素敵ね。達成すれば、殺してもいいの?」


嬉しそうに聞く金木犀に鳳仙花は身震いした。

彼女の殺すは食べるということ。死肉が食べられればそれでいいと。


「自信家だねぇ、嬢ちゃん。気に入ったぜ!

何せ、うちは女の子が来てくれるだけでありがてぇ」


鳳仙花は特殊という言葉に引っ掛かりを覚えていた。更に、女の子を優先に冒険者を迎えるなんてちょっと怪しい。


「……き、金木犀。ちょっと怪しいよ……」


金木犀の服の裾を握り、小声で話し掛ける。


「……大丈夫よ。あたしが責任を取るわ」


優しく鳳仙花の震える手に触れる。


「大丈夫かい?そっちの嬢ちゃんはフードで顔を隠すくらい、恥ずかしがりやさんみたいだが」


心配そうにこちらを見ている。


「……ちょっとあたしたち、訳ありなのよ。だから、あたしたちの素性やらなんやらを気にしないって言うなら是非に」


同じ女でありながら、金木犀の笑顔は誰もが魅了されてしまうほどだ。


「そんなん誰しも何かあるさ。一々詮索したり、気にしてたらキリがねぇってもんよ!こんな可愛い嬢ちゃんたちが来てくれたら、かみさんきっと奮発してくれるぜ!人間だろうが人外だろうが大歓迎だ!ついてきな!」


ご機嫌な男性が方向を変え、歩き出す。そのまま二人はついていくことにした。


◯●◯●◯●◯


辿り着いた先は一軒の大きな宿屋兼冒険者ギルド『アカシア』。


「うちは元々宿屋なんだよ。うちに登録してくれたら、ただで泊めてやれる。その代わり、しっかり働いてもらうがな!」


豪快に笑いながら、両開きの扉を開けてくれる。


「ようこそ、我が冒険者ギルド『アカシア』へ!アンネ!お客さんだぜ!喜べ!可愛い嬢ちゃん二人だ!」


中に入ると、酒盛りしていた客が一斉にこちらを向く。何かを期待するような目で見ていた。


「あらあら!むさ苦しいところにようこそ!ホント、可愛らしいお嬢さんたちだこと!」


男性とは正反対なスレンダー美人が出迎えてくれた。本当に夫婦なのか見比べてしまう。


「さぁさ、静かな場所に行きましょうね。あんた!こいつら押さえてなさいよ!」


「わーってるよ!楽しみにしてるから、さっさと連れていってやれ!」


ニヤニヤ見送られる。何が起きるかわからないが、動じない金木犀にしがみつきながら、鳳仙花はおかみさんについていった。


●◯●◯●◯●


奥の扉に入り、扉を閉めると応接間になっていた。


「さて、お嬢さんたち?この冒険者ギルドは記入も何もいらない。ましてや、名前さえもね……」


何を言われているかわからず、黙って聞いているしかない。


「この冒険者ギルドは『なりきりコスプレ』を生業にしているの。この二つの箱にキャラクター名と特徴が入っているわ。要は、引いた名前で呼び合い、特徴に反しない範囲で行動するだけ。大きな制限はないなら安心おし。やるなら愉しく!だよ?」


色っぽくウインクされる。男性はこれにやられたに違いない。


「キャラクターは皆も知っている物語の配役。お姫様から村人まで様々な配役があるわ。お姫様だからって、お城に住むわけじゃないの。個性はそれぞれだからね。なりきりはコスプレで賄えばいいだけさ」


……多分、おかみさんの趣味全開なだけだろう。


「取り敢えず、お引き」


キャラクターと書かれた箱を差し出す。鳳仙花が戸惑っていると、金木犀が腕を出す。


「……ただ殺るだけじゃ愉しくないわ。乗りましょうよ、この遊びにね」


不適に笑い、腕を箱に近づける……が、穴が分からないらしく、固まってしまった。


「……ちょっと」


溜め息をついた鳳仙花が金木犀の腕を取り、穴まで誘導する。


「あらあら!しっかりとした足取りだからわからなかったわ。あなた、目が見えなかったのね。ごめんなさいね?」


慌てたおかみさんが謝る。


「大丈夫よ。彼女がいれば補えるから」


ズボッっと穴に躊躇なく突っ込み、一枚取り出す。そして、おかみさんに突き出した。


「はいはい。あら!『白雪姫』ね!色が白いからお似合いだわ!じゃぁ、次はこっちだよ」


設定と書かれた箱を、今度は金木犀の手が入りやすい場所に構えた。


「……姫なんて柄じゃないわ」


またしても躊躇なく突っ込み、一枚取り出しておかみさんに突き出す。


「……『死体愛好家』ね。白雪姫の王子の噂からだったのだけど、大丈夫?」


……金木犀は笑っていた。


「……あたしにピッタリよ、マダム。あたし、死肉しか食べられない死喰腐鬼グールだから」


怪しく微笑む。


「あらまぁ、運命かしらね。でも、こんな綺麗な死喰腐鬼グールは見たことないわ」


あまり驚かないところを見ると、この街にもいるようだ。


「それじゃ、次はあなたよ。人見知りのお嬢さん」


キャラクターと書かれた箱を持ち直し、鳳仙花に差し出す。


「……は、はい」


恐る恐る穴に手をいれ、一枚取り出す。書かれていたのは、『赤ずきん』。


「……『赤ずきん』ちゃん?」


「まぁ!フードだし、丁度いいわね!さぁさ!こっちも!」


設定と書かれた箱を持ち直し、また差し出す。またも恐る恐る手をいれ、一枚取り出した。


「……『闇を抱えている』?」


抽象的でわかりにくい。


「ん~、あれだね。トラウマとか身体的にとかかしらね。」


おかみさんも悩んでくれる。


「……いいんじゃない?マダム、この子ね?目を見てはいけないの……。この子と視線を交わしたら……、死んじゃうわよ?」


愉しそうにクスクス笑う。


「き、金木犀!」


慌てて叫ぶ。


「あら、あたしは『白雪姫』よ。白雪と呼んでちょうだい、『赤ずきん』?」


自分も話したのだから、一心同体の鳳仙花も同じらしい。


「……ああ、お嬢さんは悪魔とのハーフなんだね。やたらめったら殺さないために……。優しい子だね……赤ずきんは」


彼女の種族について模索していたらしい。更に頭を撫でてくれるおかみさんの優しさに涙が溢れる。


「……生き抜くためにきっと辛い選択をしてきたんだろうね、まだ若いのに……。大丈夫さ!あなたたちの後見人になるよ。あたしらに子どもが出来なかったから丁度いい。特別に、呼びやすい名前にしようかね。白雪姫は『ローゼリア』、赤ずきんは『リーゼロッテ』だ。名乗るときは、『白雪姫のローゼリア』、『赤ずきんのリーゼロッテ』っていいな。今日から姉妹で『ローゼ』と『リーゼ』って呼ぶことにするよ。いいかい?」


いきなりの展開に流石の金木犀改め、『白雪姫のローゼリア』も目を見張る。


「あっはははははは!!面白いわ!……『お母様』よろしくね」


「……『お母さん』」


……金木犀には母など、捨てられていなかった。鳳仙花の母はの娘のために身を犠牲にし、亡くなってしまっていた。そんな二人に、母が出来た。そして、あの男性が父となった。不幸のどん底で、誰にも受け入れられないと諦め、二人で生きていくしかないと考えていたのに……。神様は……二人を見捨ててはいなかったのだ。


●◯●◯●◯●


………数分後、二人は『白雪姫』と『赤ずきん』のコスプレをしていた。風呂場に投げ込まれ、綺麗さっぱりしてから。


「まあまあ!よく似合ってるわね!可愛いわぁ!」


おかみさん改め、お母さんは満足げに二人を眺めていた。更に酒場に戻った二人は、父になった男性に抱き締められ、客たちの歓声を浴びる羽目になった。


◇◆◇◆◇◆◇


……今更だが、お母さんの『アンネ』は『アンネの日記』のアンネらしく、お父さんは『ゴリアテ』といい、『聖書』の『サムエル記』の巨人兵士の名前らしい。まさかの二人のなりきりにはビックリする二人だった。物語通りの筋書きは無視。お母さんの趣味のコスプレが反映されればいい寸法のようだ。

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