第10話 招かれざる客、3月ウサギの男気


━━その頃、3月ウサギはまだ、マリカの側にいた━━


「……静かになった。二人きりですね、マリカさん」


正直、単に成人女性が彼女しかいないだけで、口説いてるんじゃないかと思ってしまう。……忘れるな、相手は"ゴースト"だ。既に、過去に亡くなった人間なのだ。


「ええ、そうですね……」


しかし、プライドを掛けた勝負。主旨は違えど、似た者同士。3月ウサギはそれを理解した上で勝手に、勝手にでた。そして、気になるのは長女のこと。一回くらい聞かないと怪しまれる。

いや寧ろ長女の年齢を知りたい。セリカは7、8歳くらいで、エリカは年少組と然程変わらないだろう。考えろ、微妙なラインだ。しているかどうかの!子どもに興味はない。大人女子最低年齢さえ、クリアしていれば!……信用度が低いのは、本音も全力なところに他ならない。


「……ねぇ、3月ウサギさん?私、もう待つことに疲れてしまったの」


マリカが先に勝負に出る。そして、腕を首に回した瞬間だった。



━━ギィ…………………



玄関の開く音がする。一瞬、マリカの顔が怖くなった……。しかし、本当に一瞬で。


「まぁ、誰かしら。また、雨宿りの方かしら?今日は千客万来ですわね」


笑顔で立ち上がる。


「……待っていらしてね?」


3月ウサギを残し、食堂を出ていった。


◆◇◆◇◆◇◆


「ふぅ、すみません!どなたかいらっしゃいませんか?止むまででいいんで、雨宿りさせてください!」


男性の声だった。


「……叫ばなくても聞こえております、旅のお方。角に空き部屋があります。そちらでどうぞ」


ローゼリアたちとはうって変わった、冷たく荒い対応。それもそのはず、彼はなのだから。

………そのやり取りを3月ウサギはしっかりと見届けた。


「……このままじゃ、ラチがあかねぇとは思ってたが。あの男、なんかあるな。……じゃ、俺も一仕事しますか」


マリカが戻る前に、颯爽と食堂に戻った。


◯●◯●◯●◯


「……お待たせいたしました。続き、聞いて下さる?」


魅惑的に微笑む。この男に、断るという選択肢があろうか?いやない。


「お帰り、マリカさん。貴女のお願いを俺が聞かないわけないじゃないですか」


爽やかに答える。


「うふふ……、優しい方。ねぇ?私を癒して下さいな。あなたので」


断れない、断ってはいけない。男として、として。刺し違えても、託す。……だが、死んでやるつもりはない。


「……損な役回りだぜ。自ら飛び込んどいて言うのもなんだけどな」


ボソリと呟く。


「どうかされまして?」


首を傾げて、わかっている応えを待つ。


「……言わせないでくださいよ。わかってるくせに」


何も知らなければ、流されてしまいそうな甘い微笑みを返す。


「……嬉しい。私の部屋にいらして?」


3月ウサギはマリカを抱き締め、意思表示した。


「こちらですよ……」


……誘おうするマリカの手を掴む。


「その前に……。ちょっと緊張しているので、コーヒーを頂けませんか?貴女の淹れてくれたコーヒーが飲みたい」


一瞬目を見開くが、すぐに微笑む。


「……可愛らしい方。待っていらしてね?」


疑いもせず、食堂を出て厨房に向かうマリカ。食堂を出るまで、うっとりとした表情をしていた3月ウサギ。……後ろを向いた瞬間、顔が強張る。彼女の背後に、うようよとしか表現の出来ないものが蠢いていた……。自分に霊感なんてあっただろうか。いやないはず。多分、この屋敷にいるからみえてしまっているだけ。想像することしか出来ないが、あれはきっと、失敗したときの彼の末路。今までの被害者、行方不明者ではないだろうか。そうだとして、人数なんてわからない。


◯●◯●◯●◯


厨房に入った音を確認すると、入り口を警戒しながら何かを書き記し始めた。

それを観葉植物の幹の、入り口から死角になる部分に張り付けた。


「………帽子屋、命懸けで赤ずきんを守れ!アイツの力なら……」


上手く行くかなんてわからない。


「……白雪姫とアリス、それと俺か。ホント、物理に相性悪いったらねぇぜ。……ヤるなら、生きた女がいいわ。やっぱ」


溜め息混じりに呟く。


◯●◯●◯●◯


……コーヒーの匂いを漂わせながら、ヒールの音が響く。マリカが帰ってくる。3月ウサギは、また表情を作った。


「お待たせいたしましたわ」


トレイをテーブルに置き、コーヒーを手渡される。


「ありがとうございます。……マリカさん、一ついいですか?」


変わらない笑顔で応えるマリカ。結果は変わらないのだから、話くらいいくらでもと考えているのかもしれない。


「俺なんかでいいんですか?……旦那さんがまだ生きていたらって考えたら、ちょっと悔しい。もっと早く出会いたかった」


一瞬、ほんの一瞬、マリカの目がさ迷う。だが、怪しい笑みにすぐに変わる。


「……きっともう、待っても帰ってきませんわ。だからそんなこと、言わないで」


3月ウサギの唇に自分の唇を重ねる。……予想は当たった。あの一瞬だけでよかった。マリカはまだ、旦那を忘れてはいない。会えない淋しさが、彼女を深い闇に落としたのだろう。可哀想な女だと思いながら、彼女の腰に腕を回す。


口説くたびに、それぞれの性格が垣間見える。3月ウサギのやり方。ベッドの中では、皆素直。だから、自ずとちょっとしたことでわかってしまう。些細な機微の変化を感じることが出来る。"ゴースト"とは言え、元は人間。しかも情報が確かなら、彼女の行動に嘘がなければ、。嘘であった場合は、3月ウサギの負けだ。

それに彼女だけではない、エリカとセリカも気がついていない可能性は高い。多感な年頃の娘が、それを理解出来るとは思えない。更に気掛かりは、やはり長女のことだ。自ら触れていないものに、今更だが、触れたら不味いのではないかと不安になる。


「……さぁ、参りましょう?」


黒い蠢くものを背後にしながら微笑む彼女に、少しばかり、いやかなり気持ち悪く感じた。しかし、ここで逃げたら、もっと危ない気がする。いや、彼には死んではいても、据え膳を放棄する選択肢はない。残念な性分である。


誘われるまま、彼女の部屋に向かう。行く手は嫌でもわかる。………部屋の隙間からも、同じものがうっすら漏れだしているのだから。




━━彼の脳内は、どうやって時間稼ぎをするか、そればかりが駆け巡っていた━━

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