6月20日 とんでもない失敗

 そうね。失敗したかも。

 ふつうの失敗じゃない。たぶん……人生の失敗。

 

 というのも、昨日の夜、ベルシーが宮廷女中棟の部屋に戻ってくるなりわたしにこう告げてきたから。


「コレット=マリー。あなたまさか、本当に、物理的に、マシュー=ガレスの背中を押したわけじゃないわよね?」


 いわく。


 昨晩の魔女集会で、なんとわたしの話題が出たらしい。ぶっちゃけ、それを聞いただけで体温がひゅんって下がった。この流れだもの。どうして前向きに考えられる?わたしがオカルト主義の皆さまの間で取りざたされるなんて、悪い意味でとんでもないことが起きたに違いない……。


 案の定、その通りだった。わたしは魔女崇拝者の間で、死神つきとかわけわからないこと言われてて注目の的になっているとのこと(もしやそれって、あの不気味な黒フードのおばあさんがいってた、センス・フーラーの話?)。


 それで、わざわざ皆さまの貴重なお時間を割いてわたしの現在の状況と未来を占ってくださったみたい。いや、わたしは頼んでない。一応いっておくけど。だって、ろくでもない未来が待ってるのは、占わずともなんとなく分かるんだもの。


 そして本当に、ろくな未来が視えなかったらしい。黒い霧が全然晴れてないとか。むしろ濃くなったとか。


「わたしのせいね」


 ベルシーが申し訳なさそうに謝るから、もう慌てた慌てた。だって、あのベルシーが!それこそ、わたしがとんでもないことをしでかしたっていう証拠。


 とにかくわたしは、ベルシーは全然悪くないよって、わけも分からずかばった。そうせずにはいられなかった。


「いいえ。わたしの落ち度よ。コレット=マリーの愚かさを甘くみてた」

 

 わたしのほうこそ、ベルシー=アリストンを甘くみてた。こういう子だった。


「背中を押せ、というのは言葉の綾だったのよ。マシュー=ガレスに何の悩みがあるか知らないけど、彼が前向きになれるような行動を起こすことが重要だったの。いま情緒不安定な彼を、追いつめるようなことしてはダメだったの」


 ああ、いま思い出しても、後悔の念がハンパない。今日の仕事中に、たしかに他の兵士たちと一緒に城内の見張りついていたマシューを見かけたけど……。


 なんだか……めちゃくちゃ元気なかったもの。マシューのことだから、昨日のことなんかすっかり忘れて、何事もなかったみたいにふるまうと思ってたのに。そうね。朝から井戸に落ちそうになって、敷石の上の片づけ忘れた馬糞を踏んづけたうえ、夕食のスープの中にハエが入ってるのを見つけたみたいな顔してた。

 

 で、背中を押して彼を追いつめたのはわたしなのね?そう目でベルシーに問うと、彼女は無情にも頷いてくれた。


 つまり、だ。


 恐ろしいことに、わたしは自分の生死を左右する人間をまたもや軽率な行動で追いつめてしまったということ。


 分かった。たぶん、わたしこそが死神なのよ。

 自分で自分の首を絞める、とんでもなく愚かな死神。


 そんなのヤだぁぁぁぁ―――――!!

 

 部屋の中で、わたしはベルシーの宮廷女中服にすがった。


「ど、どうしたらいいの―――!?」

「ごめんなさい。分からないわ」


 なぜか哀れむようにわたしを見て、ベルシーは小さく首を振って、部屋から出ていった。

 

 だ、ダメだこれ……終末が止まらない。わたしの人生。


 わたしが絶望のどん底で働く意欲も失っているというのに、宮廷女中の勤務表と仕事内容は容赦がない。


 来たる7月の11日。クロスタン国から賓客を迎えることが告知された。


 日々の水汲みや掃除や食事の下準備に加えて、宮廷料理長が指示した食材を町まで買いにいったりしなきゃだし、賓客の部屋に置く調度品やベッドも新しいものを準備するみたいで、重いものいっぱい運ばされる予定。来月には筋肉もりもりになっちゃいそう。そんなこんなで、城中駆け回って、目が回るほどの大忙しになることは避けられない。


 そう。実際は、死神に目をつけられるヒマなんて絶対にないくらい忙しくなる。ホント。死神も、こんなに必死に生きている十六歳の勇気のない臆病な女の子を連れていくような非道なマネは、さすがにしないんじゃないかしら。


 だって、ねえ?それって死神の風上にもおけないじゃないの。


 そして、なにより、マシューのことだ。

 

 ニーノから聞いた話によると、クロスタン国との親善試合出場者は、6月21日の夜六時までには登録申請を終えてなきゃならないらしい。


 それってつまり……明日ってこと!?


 わあああ――――!!時間が全然ないよ――――!!


 マシューを出場させるための妙案がなにも思いつかないうちに、こうして夜を迎えちゃったし!!


 ダメ。ダメよ。あきらめてはダメ。それでもまだ時間があるもの。


 よく考えて。冷静に。大丈夫。きっと何か手はあるはず。


 わたしはすでに真っ暗な未来を約束されたけど、マシューは違う。


 そうよ。彼は堂々と明るい目抜き通りを歩くべき人物。湿った薄暗い路地でうずくまらせるわけにはいかない。


 だとしたら、わたしが次にとるべき行動は……。

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