始まりの幕開け


「先生、例のもの完成したそうですね。これでやっと本格的に再開できますね」

「ああ、全くだ。素性は知れぬが、あの方からの紹介なら間違いないだろう」


 白衣を着た初老の男は嬉しそうに頬を緩めた。この日をどれだけ待っていただろうか。それを知っている助手の白衣を着た女も笑顔を溢す。


「これからまた忙しくなりますね」


 だけどそれは望んでいたこと。

 初老の男はそっと傍の魔導機と呼ばれるものに手を触れる。これは魔力を持たない者でも魔法のような力を扱うことができる高価な機械。

 街の診療所を営んでいるここでは、これのおかげで人の不調を詳しく調べることが出来るようになった。人の手だけでは判断出来ないことも、これがあれば人の内部まで確認することが出来る。今の医療業界には欠かせない代物である。

 だが、少し前から調子が悪いことには気づいていた。しかし忙しすぎて見て見ぬふりをしていた。それが仇となり、十日前とうとう壊れてしまった。

 製造元が言うには、どうやら本体には異常がないらしく、中の核に寿命がきたのだとか。核さえ取り換えれば問題ない。しかし核は貴重で、魔術を統べる魔術連盟に依頼してからでないと手に入れることはできない。そうなると膨大な時間がかかり、莫大な金額が発生するという。金額はなんとか出来なくもないが、時間は無駄にできない。

 なぜなら、多くの患者が待っているから。人の手だけでは限界があることを知っている。


「本当に、あの方に相談してよかったよ」


 今は現役を退いているが、かつてはこの街の英雄だ。ここ王都南地区で知らないものなどいない。彼の紹介ならばどんな人物だろうと信用に値する。

 核を届けてくれた人物はフードを深く被り、外套で身体をすっぽり隠してしまっていたので確認することができなかった。だがそれでもいいと思う。通常よりもずっと早く核を届けてくれたのだから。あとはこれを製造元に取り付けてもらえば元通りだ。


「明日の朝一で取り付けに来てくれるそうですね」


 これで全て上手くいったと思った。少なくとも、初老の男とその助手はそう安堵していた。


 しかしその晩――事件は起こってしまったのだった。


◇◆◇


 大国アリアレスには王都を含め都市と呼べる街は五つしかない。

 国に認可せれていない集落等は存在するが、公認されている街は五都市以外存在せず、その代わりに都市一つの広さは隣国が街としているところの六、七つ分程度ある。

 その中でも王都ベルイーユは他の都市に比べると更に広く、王宮がある中央地区を中心とし東西南北へと大きな通りを境に地区が分かれている。


「はあ……まいったわね……」


 王都の南地区にある西側の街外れの森でため息をつく一人の少女がいた。

 少女の名前はセルティア。背中まで波打つ漆黒の髪と黒水晶のような瞳を持ち合わせている。

 黒く輝く大きな瞳は小柄な体格と相まって幼さを際立たせていた。

 その手にある一枚の紙には、先ほど報せを受けた内容が簡潔に記載されている。最後に記された署名を見て眉根を少しだけ寄せた。


「どうしよう……めんどくさいことになってしまったわ」


 セルティアは空を見上げた。雲一つない快晴である。

 こんな日は大好きな場所で幼子達とティータイムを過ごしたいところなのだが、どうにも晴れやかな気分とはならない。気持ちのよい天気と反して彼女の気分は重く、顔をしかめては、再びため息をつくのであった。


「もう……」


 文句を言おうにも言う相手がおらず、なんとか飲み込む。

 この悩みの種を取り除く術を彼女は分かっていても、今はまだ気がのらずにいた。

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