10 零れた言葉


 黒装束に身を包んだ男二人を地面に並ばせる。

 どちらも見た目二十代前半のどこか冴えない顔つきをした男だった。


「できれば話を聞きたかったんだけど、両方とも気絶してるし……ん?」


 詩織がしゃがみ込み、男二人の手に触れる。

 すると数秒して意識を失っていた男二人が小さく声を漏らした。


(これもまた唯識の力……か?)


 二人は目を開き、もぞもぞと体を起き上がらせる。


「ん……」

「あれ……、ここは……?」


 間髪入れずに桜は寝ぼけ眼の男二人の間に正拳を打った。

 水晶の地面に大きなヒビが走る。

 そして晴れ晴れとした笑顔で男二人に告げた。


「ごきげんようクソ野郎。脊髄真っ二つにされたくなかったら知ってること全部話せ」


 大の男の情けない声が水晶の空間に響いた。


 知っていることを全て話させた後、男二人は再び詩織の力で気絶させた。

 結論から言えば、男二人は仮面をつけていた時のことを全く覚えていなかった。

 そのため大したことは聞けていない。

 分かったことといえば、二人とも霊術を扱えないごく普通の人間であること。二人は同じ大学に通っているということ。八日前の大学構内、昼頃辺りからの記憶がないということくらいだ。

 話の間、リリスは男二人の頭上に乗って体内に流れる霊力から精神状態・感情を読み取っていた。リリスによると、二人は心から怯え混乱しているようで、嘘はついてはいないとのことだった。


 話を聞き終えた今、残された手がかりは二つのぼうの仮面だけになる。

 仮面の裏側にはじゆついんが施されていた。全く見たことのない形式の精細緻密な術印。

 いやそれ以前に術印を形成するじゆつしきが形式不明ときている。専門の術者でも解析に骨が折れるだろう。

 二人が操られていたことから洗脳系のじゆつしきであることは間違いないだろうが、それ以外は何も分からない。


『詩織、何か分かる?』


 先ほどから赤いぼうの仮面に触れてじっと目を瞑っている詩織にリリスが訊く。


「はい。仮面の中にたくさんの魂を感じ取れます。おそらく閉じ込められている妖精達でしょう」


 二つの仮面からはただならない異様な圧のようなものは感じるが、妖精の気配など桜は一切感じ取ることはできなかった。

 だが詩織は仮面の中に居る妖精達を感知できたと言う。

 これも唯識の力なのか。


「中に随分と消耗している魂がそれぞれの仮面に一人ずついます。おそらくこの仮面に霊力を奪われたのでしょう」

『で、でも、生きてるのよね?』

「ええ、無事ですよ。リリスさん、その消耗している魂は他の妖精達と比べて霊力の密度がきわめて高いです。おそらくこれは……」

『きっと大妖精様達だわ……! そっか、私が仮面の中で無事だったように、他の仮面でも大妖精様達がみんなを守ってくれてるんだ』


 大妖精が自らの意志で妖精達を守っていたというよりも、敵側が意図して力のある大妖精を封じ、優先して力を奪っていたと思われるが桜は口を挟まなかった。

 どちらにせよ妖精達を守っていたことには違いない。


『詩織、どうすればみんなを外に出せるかは分かる?』

「ごめんなさい。私は中に居る妖精達を感じ取れるだけで、この術印の解析までは……」

『そう……。早くみんなを外に出してあげたいけど、下手に触る訳にもいかないわね』


 敵が操られていた為たいした情報も聞き出せなかった。仮面を調べても手がかりは得られそうにない。

 それならばこれから襲ってくる敵を倒しても同じことだ。

 圧倒的に情報が不足している。

 敵の正体、戦力、目的。何も分かっていない。

 このままではダメだ。

 桜は詩織が触れていないもう一つの黒いぼうの仮面を手に取った。


『桜……?』

「基本的に洗脳系の霊術は発動したその時、その術者とコンタクトが行われる。それを利用すれば敵の現在位置をつかめるかもしれない。あと、術者と思念で話ができる可能性もあるわね」


 桜は顔に亡化の仮面を近づける。


『や、やめて桜! そんなことをすれば桜が操られてしまうわ!』

「大丈夫よ。私、幻覚・洗脳系霊術の耐性はかなり高いから」

『ダメ!!』


 リリスが呼び止める声を無視して桜は仮面を顔に接触させた。

 途端、周囲の音が消え、頭の隅から奥までじわじわと焼かれていくような感覚に襲われる。

 桜はその中でただひたすら意識を研ぎ澄ませる。

 そうしていると、


『感じるよ。君の強い意志の力を』


 頭の奥底から囁くように若い男の声が聞こえてきた。


『大したものだね。長年修練を重ねた者でもこれを真っ向から受けきれる者はそういない』

『……あんたに、訊きたいことがある』

『分かった。僕が話せる範囲でなら君の質問に答えよう』


 すんなりと返ってきた答え。

 男の意図が掴めない。どのように対応すればいいのか、桜はしばし逡巡する。


『……いいのか?』

『ああ、なんなりと』


 ひとまずここは話を聞き出そう。罠かどうかは後で考えればいい。


『このぼうの仮面に閉じ込められた妖精達を助けたい。どうすればいい』

『なるほど。君はその仮面が亡化の仮面と知っているのか。なかなかのマニアだね』


 男は楽しげに話しはじめた。


『今回の……君たちからすれば妖精消失事件か。まずそれについて話そう。今回の事件の首謀者はとある二人のきょうだいだ。他は全員この術印で洗脳下におかれた君達の国の住人。それもごくごく普通の一般人を使わせてもらってる。妖精が封印された亡化の仮面の数は全部で十九。その中の内二つはぼうの仮面の中でも極めて強力な者が封じられている特別な仮面だ。その仮面はさっき言った首謀者の兄妹が装着している。もし君が全ての妖精を取り戻そうとするのなら、その二人には気をつけた方が良い。彼らは強大な仮面の力を洗脳による補助なしで自らの意志で制御し、仮面の真の力を引き出すことができる』


 男は桜が知りたかった情報を次々と話していく。


『さて、それで仮面から妖精を解放する方法だけど、それは簡単だ。仮面を破壊すればいい』

『壊すだけでいいのか? そんなんで本当に――』

『その術印は僕が手がけたものだ。だから保証する。信じる信じないは君の自由だけど。……さて、あらかた話し終えたかな』

『いやまだだ。あんた達の目的は何だ。あんた達は妖精を閉じ込めて、ぼうの仮面を使って何をしようとしている』

『そうだね。このままだと今日、虐殺が行われることになる』

『どういうことだ』

『もう充分に情報は与えた。少し考えれば分かることだけど……そうだな。仮面の中に居る大妖精ならあの子達の話を聞いているかもしれない。僕が話したことが嘘か本当か、たしかめるためにも、君が今つけているその仮面、壊してみるといい』

『あんたもその首謀者の仲間なんだろ? 何で私にここまで話した』

『――僕は君の活躍に期待している』

『は?』

『じゃあね。君とはまたどこかで縁があるような気がするよ』

『冗談じゃない』


 思念が途絶えた。

 頭の痺れが消えていき、周囲の音が戻ってくる。


『――――桜っ! 桜ぁ!』


 リリスの思念が頭にじんわりと響く。

 体の感覚を戻ってくる。桜は仮面をつけた状態でかたまっていた右手を動かし、仮面をはずす。

 目の前にはリリスがいた。


「リリス……」


 ぽすんとリリスが桜の胸にぶつかる。


『桜ぁ! 桜っ……!』


 ずっと気持ち悪い男の声を聞いていたため、桜はリリスの天使声エンジェルボイスに限りのない癒やしを感じた。


『よかった……。詩織はっ、大丈夫だって、言ってたけど……桜、仮面かぶったまま、ずっと動かなくて……すっごく、すっごく心配したんだからっ』

「うん。心配させてごめん。私は、大丈夫だから」

「お疲れ様です、桜様」


 リリスと違い、詩織はとても落ち着いている。


「何か情報を得ることはできましたか?」

「ええ。相手の位置は掴めなかったけど、色々と話を聞くことができたわ」


 仮面に施されたせんのう術印の術者と思われる男と話したこと、そしてその男から得た情報を大まかにまとめて伝える。


『虐殺!? ……そんな……そんなことって……』

「その虐殺がどこで行われようとしているのかまでは聞けなかった。ただ、あいつは仮面の中に居る大妖精が何か話を聞いているかもしれないと言っていたわ。私もその可能性はあると思う。リリスが仕えてる大妖精・カナリアも外の出来事を把握しているようなこと言っていたんでしょ?」

『……ええ』

「それでリリス、どうする?」

『どうするって……』

「もう四、五時間もすれば今日が終わる。もしあの男の話が全部事実なら、今この仮面の中に居る大妖精から話を聞き出さないと対処のしようがない」

『で、でも……っ! その人の話が全部嘘だってことも』

「そうね。罠って可能性は充分にある」

『それに仮面を壊して、それで、みんなが外に出られなかったら……』

「最悪、中にいる妖精達は死ぬかもしれない」

『……っ!』


 敵側の男とコンタクトを取れたところまでは良かったのだが、どうにもこれは事態が好転したとは言いがたい。

 ここまで話を聞けるとは思わなかった。

 情報を与えられすぎて逆に選択肢を絞り込められたような気がしてならない。


 あの男は何故あれほどまでに情報を出し惜しみしなかったのか。

 普通に考えれば罠でしかない。妖精を解放する方法も、今日虐殺が行われるということも全部こちらを混乱させるための罠。

 だが、桜はあの男が話したことは全て事実だと直感していた。


 その意図は全く読めない。

 理屈なしの直感。

 自分の命だけならともかく、妖精達の命が懸かっているともなると勘だけを頼りに仮面は壊せない。

 何か他に方法はないか。


『仮面を、破壊するわ』

「え?」


 リリスは目の前に霊力を放出。凝縮され、それは徐々に形を成していく。圧縮されたエネルギーは密度を増し、輝きを強め、激しく渦巻く。

 リリスの体よりも大きな深い紫色の霊撃が赤い亡化の仮面にへと向けられる。


「リリス、本気?」

『桜と話したその男の人が嘘をついているかは分からない。でも亡化の仮面を使ってあいつらが良くないことをしようとしているのは事実だわ。カナリア様もあいつらがしようとしていることを知って、その何かを止めようとしてあの結晶を私に託したんだ。桜の言う通り虐殺が今日行われようとしているのならもう時間がない。このままだと手遅れになる。みんなの命が利用されて、誰かの命を奪ってしまうなんてこと……絶対に止めないと……! だから……!』


 リリスは霊撃を放った。

 仮面は弾け飛ぶ。だが仮面には傷一つついていなかった。威力が足りていないようだ。

 リリスはもう一度と霊撃を展開し始める。


「リリス、分かったわ。私がやる」

『桜!?』


 桜はリリスを制止して、手元にある黒いぼうの仮面にそっと手を添えるように触れた。

 静かに深く息を吸い込む。

 信じよう。今の私の直感を。

 ゆっくりと息を吐き出す。

 桜は覚悟を決め、右手の平に力を込めた。

 仮面にヒビが入り、上下真っ二つに割れる。

 すると割れた仮面の間から眩い光が溢れ出て、一斉に何かが飛び出た。

 放出された幾数もの光球が一カ所にとどまれず空間に広がっていく。


『みんなだわ! みんなが仮面から解放された!』

「ふぅ……セーフっと」


 桜はほっと胸を撫で下ろし、もう一つの赤い亡化の仮面を同様に破壊した。

 赤い亡化の仮面からも妖精が解放され、白色の光を湛えていた水晶の空間が様々な色の輝きで満たされていく。

 この光、全てが妖精だ。

 これだけの数の妖精が居るとリリスが分からなくなりそうだ。


『桜っ……ありがとうっ』

「私は仮面を壊しただけ。リリスが覚悟を持って選択したからこうして妖精達を助けることができたのよ。それにリリス、まだ終わりじゃないわ。早く大妖精から話を聞かないと」

『うん!』


 いつの間にか少し離れたところに風変わりな衣装を着た若い男と女が横たわっていた。

 仮面を割って現れたということは、あの倒れている二人が大妖精なのだろうか。


『きゃあああ! に、人間だぁ!』


 一人の妖精が桜達の存在に気付いて声を上げた。

 妖精達が一斉に離れていく。


『きゃーっ! きゃー!』

『うわあああああああ』

『食べられるー!』


 悲鳴は伝播し、凄まじい思念のざわめき声が桜の頭の中で木霊する。


「みんな、落ち着いて!!」


 声を上げたのは先ほど地面に倒れていた風変わりな格好をした女。


『メモリ様!』

『メモリさまだー』

『メモリ様っ、ご無事で!』

『メモリ様ぁ、メイジ様は……!』

「大丈夫。メイジ君は疲れて眠っているだけよ」


 妖精達にメモリ様と呼ばれるふわふわピンク髪の女は、落ち着いた優しげな声で慌てふためく妖精達に呼びかける。


「みんな、よく聞いて。この人達は私たちを助けてくれた人達よ。だから、とっても良い人なのよ」

『良い人? ホントに?』

『黒髪の子目つき怖い』

『貧乳だぁ』

『人間さんありがとうー』

『でも私たちを閉じ込めたのもきっと人間だわ』

『証拠ないよー』

『そうだそうだ』

『人間の女の子だ。かわいいー』

『緑の子おっぱいおおきい』

『こんにちはー』

『こんばんはじゃない?』

『おはようございますだよー』


 わいわいがやがやとたくさんの思念が桜の内側で響く。


「うるさいな。つーか今貧乳って言った奴どいつだ」


 桜は外から次々と入ってくる思念を全て遮断した。

 割れた亡化の仮面を拾い、詩織に渡す。


「この仮面の中に妖精が取り残されてないか調べてくれる?」

「は、はいっ!」


 詩織は目を瞑り、割れた仮面に触れていく。


「大丈夫です。両方の仮面、共に妖精は一人も残されていません。全員無事に外へ出られたようですね」

「そう」


 桜は割れたぼうの仮面を手に持って地面に投げ捨てたレジ袋を拾いに向かう。

 袋からペットボトルを取り出して、代わりに亡化の仮面の破片を入れる。


 とりあえず、これで仮面から妖精を解放する方法は分かった。あとは大妖精から話を聞ければ敵の裏をつくことができるかもしれない。

 どうにか光が見えてきた。


「何だこれは!?」

「どうして妖精がこんなところに……!」

「いったい何がどうなってるんだ!?」


 男の声が水晶の空間に響いて届く。

 見ると鳥居を見張っていた警備の者が三人、入り口近くに突っ立っていた。おそらく先ほどの戦闘で祠内での異常を察知し、駆けつけて来たのだろう。


「桜様、どうなされますか」

「操られてた男二人と妖精達は今来たのに任せることにして、とりあえず大妖精から話を聞かないと。リリス、あのメモリとかいう大妖精に……ッ…………っ……!」


 胸元に激痛が走った。またはくえんが封印を破ってわずかにだが桜の内側に現れたのだった。

 桜は膝をつき倒れていく。

 桜の異変にいち早く気付いた詩織が慌てて近寄り桜の身体を抱えた。


「桜様っ!!」


 リリスもまたすぐに桜の元にやって来る。


『どうしたの桜!? しっかりして! ……もしかして、さっきのぼうの仮面で……!』

「……大丈夫よ。ちょっと……疲れただけだから……」

「リリスさん、桜様の側には私がいます。その間にリリスさんは大妖精から敵の目的について何か心当たりがないか聞いてきてくれませんか」

『でも詩織、桜が……!』

「リリス、大丈夫だから……。お願い……ね?」

『……わかったわ。……桜……』


 何度かこちらを気にしながらも、リリスは大妖精の元へと向かう。

 リリス以外の思念を遮断しているため声は聞こえてこないが、桜が急に倒れたことで空中に居る妖精達も分かりやすいくらいに動揺している。

 だがやはり人間が怖いのだろう、妖精達は変わらず桜達から一定の距離を取り続けている。


「ぐっ……あァッ……!」


 リリスが離れたことを確認し、桜は声を漏らした。

 仮面に閉じ込められた妖精全員を助け出せたわけではない。

 まだ死ぬわけにはいかない。

 胸元から全身に響く痛みを堪えながら、桜は胸に手を当てて中の封印を強めていく。


 どうにか桜ははくえんを抑え直した。

 これでまたしばらくは持つはずだ。


「桜様……!」


 まるで桜が感じている苦痛がそのまま流れ込んでいっているかのように、詩織は苦しげに胸を押さえる。


「桜様、どうか国神になる御決断を。そうして鬼神の炎を抑えていられるのも時間の問題です」

「ほっといてよ。今はまだ、やることがあるからこうしているけど……私はもう、死にたいのよ」

「そのようなことっ、桜様は思っていません。桜様は生きることを望んでいます。なのにっ、どうして桜様は……。桜様は、一体何を抱えていられるのですか」

「……国神、不老不死、冗談じゃないわ。そんなよく分からないものになってまで、私は生きたいと思わない……」


 乱れた息を整えながら、力なく桜は笑った。


「ねえ、いいじゃない別に。自殺ってわけじゃないんだからさ。これが私の持って生まれた寿命なのよ。病気で死ぬのと何ら変わりない。誰にだって終わりが来る。私にとって今がその時。あいつが用意したものを使ってまで延命する理由、私にはないのよ」

「違います……! 違います! 桜様は絶対に生きることを望んで……! だって、桜様が私に……!」


 桜は右手で詩織の口を塞いだ。


「大きな声出すな……。リリスに聞こえる」


 詩織の口から手を離す。


「私が本当は生きたいと思ってる? あんたに私の何が分かるのよ」

「私は桜様と約束をしました……。約束を、したんです。共に生きよう。そして世界にそっと恋をしよう。桜様とそう、約束したんです」

「私は絶対にそんな恥ずかしいこと言わない」


 詩織は静かに目を閉じた。そしてゆっくりと目を開き、


「桜様、詩織の目を見てお答えください。桜様は本当にこのまま死ぬことを望まれているのですか? どうか、桜様の本当のお気持ちをお聞かせください」


 透き通った翡翠の虹彩が真っ直ぐに桜を覗く。

 瞳の奥にはとても強い意志がともっている。

 目を、逸らすことができない。

 いいさ。ならもう一度はっきりと言ってやる。何を言われようと変わらない。死ぬ事に何の恐れもない。



「――――死にたくない……っ」



「桜様っ」


 詩織のほっと和らぐ顔を見て、その震える声は自分が発したものなのだと気付いた。


「違うっ……! 今のは……」


 桜は詩織を押しのけ、ぼうの仮面が入ったレジ袋をつかみ取る。


「……もういい。もう、ついてこないで」


 歯を食いしばりながら桜は立ち上がり、リリスが向かった大妖精の居る方へと走る。

 急に動き出した桜に驚いたのか、空間に何百と浮かぶ妖精達が蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

 そのおかげですぐにピンク髪の大妖精とその側に居たリリスを見つけることができた。


「リリス……! 話は終わった?」

『え、ええ! 丁度今聞き終えたところよ。それよりも桜、大丈夫なの?』

「お待ち下さい桜様!」


 まだ体に力が戻っていない桜は詩織にあっさりと追いつかれ、手首を捕まれた。


「つ……ッ!」


 全身に痛みが駆け巡る。

 気を抜けばすぐにでも倒れてしまいそうだ。


『桜? 詩織? どうしたの?』

(……仕方がない)


 桜は右手を胸に当てた。

 目を瞑り、意識を巡らせ、自身の内側に宿るものを呼び起こす。


 桜の胸の中心から青い影が現れ拡がり出した。

 影は桜の全身を包み込む。全身を包んだ青い影は縮小してゆき、詩織が掴む手からもすり抜けて落ちていく。

 影はどんどん小さくなっていく。

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