コミックゼスト!

後藤紳

プロローグ

「ねえ、鳥屋野くん、今度の週末、空いてる……?」

 放課後、クラスメイトの女子に、それも可愛い女子にそんな事を聞かれて、

「いやちょっと予定が……」

 などと言える人がいるだろうか。いや、ない。

 風薫る五月。春の気配も落ち着きを見せ、そろそろ夏への準備を始めようかという頃。ゴールデンウィークも終わり、僕たち高校一年生が入学してから二ヶ月になろうかという時期。人間関係も再構築を完了し、定着し始める。クラス内でグループや派閥がそこかしこで発生したり、出来なかったりする頃。

 僕ですか。

 僕は、そうだね、太宰治言うところの孤立派って奴さ。

 色々あって、高校ではあまり目立たないようにしようって思ってその通りに実行したら、どのコミュニティにも常駐出来ない微妙な立ち位置が完成してしまった。休み時間に誰かに話しかけられれば会話に加われるけど、特にそういうイベントが発生しなかった場合は教室を出て学校をブラブラ一周して時間をつぶしたり、定番の寝た振りをしたりするし、昼休みは適当に人の居ないところに潜伏して一人スニーキングミッションを実行したりする。

 しかし決してトイレには隠れない。それが孤立派としての僕のポリシーだ。

 まあ、そんな話はどうでもいい。とにかく、今、僕は三条そらという、入学以来一度も会話をした事のない、しかも何度も言うが可愛い女子に声をかけられた。

 しかも聞かれたのは休日の予定。

 まだ授業も終わったばかりで大半の生徒が教室を出る前というタイミングでの出来事。実に多くのオーディエンスを背後に抱えてしまい、彼らもざわめきながら僕と彼女の会話の成り行きを見守り始めた。

「鳥屋野くん?」

 もう一度声をかけられて我に返った。いかん、あまりの異常事態にうっかり半生振り返ってしまった。

「え、ああ、だ、大丈夫」

 なんでここでどもるかな。

 いや、普段はもっと軽やかに喋れるんだぜ。家族相手なら。たまたま、ちょっと知らない人と会話しちゃう機会が久しぶりだったから緊張しちゃっただけさ。

「そっか、よかった!」

 ボクもよかったです!

 満面の笑みでそんな事を言われて喜ばない男がいるだろうか。いるだろうか。

 いや、ないッ!

「……で、何なの、三条さん」

「えっと、振興センターに行かない?」

 振興センター。

 正式名称は新越市産業振興センター。

 僕たちが住むこの田舎の地において昔から存在する、いわゆるコンベンションセンターだ。市の郊外に建てられ、ほぼ毎週何かしらイベントが行われているが、大半はよくわからない業界の展示会や骨董市のような催し物が多いため、若者が行きたくなる事はあまりないと言っていい。

 周辺にサッカースタジアムや野球場などもあるが、駅からバスで二十分弱という立地のため、移動手段を徒歩と自転車しか持っていない僕のような人間は普段からあまり立ち寄るような場所でもない。

「あ、ああ、うん、いいよ」

「じゃあ、朝七時に新越駅で!」

 早いな!

 女の子と二人で出かけた事がないのでその時間の意味するものが全く分からないけど、まあ日中たっぷり楽しみたいとかそういうのがあるんではないだろうか。他の店や施設に行くのにまたバスに乗らなければならないような場所なので、移動時間は多めに見ておく必要があるし。

「うん、わかった」

「それじゃ、お願いね!」

 そういって彼女は実に軽やかな動きで、足早に教室を出て行った。

 移動の度に優雅に舞う髪。

 そこから発せられる爽やかな香り。

 僕を含むオーディエンス周辺を癒しの空間へ誘う。あの女子特有の香りはなんだろうか。何フスキー粒子が舞っているんだろうか。

 その何とかフスキー粒子の効果が落ち着いた後、冷静になってまたざわざわした空気に戻った教室に耐えられなくなって僕も足早に去る事にした。一部の男子生徒が僕にどういう事なのかと聞いて来たりもしたが、自分が一番わかっていないので答えようがない。

 さらにごく一部の生徒から実に冷たい目線が刺さって来たような気がしたが、それについては気がつかなかった事にして、とにかく教室を出て、帰宅を決めた。

 この時は、まさかこの選択が後で大きな転機になるなどとは思ってもみなかったのだ、とか言っておくとこの後壮大な物語が始まりそうな気がしないだろうか。気分だけだが。

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