魔導英雄譚 破邪戦線

緑川 赤城

序章 二人の異邦人

プロローグ

烈火の戦刃



 この世界は神秘に満ちている。草原に風が吹き、大地には溶岩の血流が流れ、海は生命の母となり水を総てを巡らす。


 太古の時代に光と闇が分かたれやがて大地が生まれ、地表を風が廻り、炎が大地を焼き、水が世界を潤す。そうしてこの世界が生まれた。



 天地創造の後に獣が産まれ、ある者は大地を踏みしめ、またある者は空へと飛び立ち、またある者は海へと還っていった。



 最後に人が作られ獣を糧とし子を産み育て死んでいった。世界の循環は完成し、光と闇はその世界を見守り続けた。



 光と闇は人の子を祝福し、光は神秘を教え、闇は自らの分身を世に送り込んだ。やがて人の世には四人の英雄が度々現れ世界は度々救われ、人々は彼らの物語を語り継いだ。



 ……これはその物語の一つ。枕元で語られるおとぎ話の一つである。






 #1




 戦士たちの雄叫びが聞こえる。見渡す荒野は土煙、黒煙が立ち込め砲撃の轟音と戦士たちの怒号、断末魔。空は鉛色の雲に覆われ大地は戦士たちの屍と剣が転がる。


 此処は戦場。あらゆる命が無意味に、無価値に消費されていくこの世の地獄だ。そんな中に自分は居た。




 敵は今やこのアムリア王国を滅ぼさんとする悪鬼どもの群れ、グメイラ帝国。しかし事ここに至ってはそんな事は重要ではない。既に戦場は混沌と化していた。


 上空を舞う敵魔導士どもの放つ魔術の応酬、それに対抗しての我が軍の砲撃。その中入り乱れる両軍の兵士たち。


 国境付近での開戦時点では両軍とも我が軍がやや数で劣るものの、ほぼ対等の数で戦闘が行われていた。


 しかしグメイラ側の四と六の軍団、その総員や数多くの傭兵どもを投下するという暴力的なまでの戦力投下、最強を誇るグメイラの将軍まで現れ戦局は日に日に追い込まれていった。



 やがて防衛網が突破され後退を余儀なくされる。次々と突破される防衛網、斃れる同胞。遂に戦端はアムリア王都の陣地にも及んだ。ここを突破されれば城まで目と鼻の先。


 入り乱れる砲撃と砲撃、もはや敵味方を識別するのも困難な乱戦、混戦。自棄を起こし手当たり次第切りつける者や、逃げ出そうとし敵に八つ裂きにされる者もいた。戦場は混沌を極めた。





 周りがそんな状況になっていた事に気付いたのはなだらかな高台に上り辺りを見渡した時。もはや進路も退路も存在しない。


 ただ在るのは鉄と鉄がぶつかり合い斬り合う金属音や砲弾の応酬、魔術の雨あられ……およそ人間の生存に適う状況ではない。前は殺気ひしめくグメイラ帝国の軍団、背後は存亡の危機にある文字通りの最後の砦。国の命運も、自分達の命運も風前の灯火であった。




 そこに、ただ一点。目に見えておかしな点があった。


 混沌としているこの戦場においておかしい点など探すまでも無いのだが、それは、明らかに異常だった。



 たった一人の戦士によって恐らくだが、我が軍の兵士たちが次々と倒されていく。それも他の敵より迅速に、次々と効率よく小気味良い位に。



 …………。見間違い、いや違う。


 それは確かに人の形をしている。まだ此方とは距離があるが確かにあれは人間だ。見たところ角も生えていなければ獣の耳も見受けられない。


 精霊族か、いや。この際どうでもいい。今重要なのは今の脅威だ、仔細にまで気を回す余裕は無い。




 眼前の戦士は立ちはだかる兵士を纏う鎧ごと斬り伏せ次々と突破して行く。我が軍の鎧は”強化”の魔術が掛けられ強度が増している筈だがそれを軽々と斬り伏せるとは相当の筋力の持ち主か。



 やがて戦士の前に異常を察し我が軍の兵士が数人掛かりで立ち塞がる。


 戦士を半包囲する形で取り囲む我が軍の兵士。流石にこの状況ではいかにこの戦士が屈強だろうとそう簡単には捌ききれまい。これであの戦士も終りの筈。



 戦士を囲う包囲はじりじりと距離を詰め獲物を追い詰めていく。そして大楯と槍を持った兵士が獲物を倒さんと槍と大楯を構え迫る。


 戦士の持つ剣の二倍強の大きさを持つ盾を如何な怪力とてそう簡単には破れんだろう。あの獲物は間も無く狩られようとしていた。




 しかし。その予想はいとも簡単に裏切られた。追い詰められた戦士は向かって来る兵士を見、眼を閉じた。


 すると手に握られた剣が赤熱し、火を吹き、炎を纏う。あれは魔術の炎、まさか魔術使い、魔導士か。



 戦士の眼が見開く。炎を纏う剣を構え突撃、その突撃を受け止めるべく大楯を構える。兵士の構える大楯は鎧に掛けられている守護の魔術だけでなく対魔術の細工が施され並大抵の魔術は受け付けない。



 溶断、炎の剣の一振りは大盾を紙屑の様にに両断した。ばかな、あれは”盾”の魔術の作用で砲弾すら防ぐものだぞ?


 それがいとも簡単に、魔力耐性を上回る威力をあの炎の剣は持っているだと。



 大楯を両断され怯む兵士に返す刃で炎の剣を切り上げる。猛火の剣は鋼鉄を溶解し肉体を切り裂き、焼き尽くす。


 返り血は炎で即座に蒸発する。崩れる兵士の身体、その身体には傷口にそって残り火が燃えている。




 怯まず他の兵士が襲いかかる。向かう戦士はそれらを一瞥し、剣を下手に構え直す。それに呼応してか炎の勢いが最高潮に達していき、戦士は大振りに燃え盛る炎の波を振り下ろす。



 灼熱。迸る炎の波、同胞たちは為す術も無く飲まれていく。


 炎に飲まれ苦しみに身悶える者、身を固め炎をやり過ごす者、炎に巻かれ身動きの取れない者。それらを戦士は造作もなく次々斬り伏せていった。


 効率よく狩りをする様に、戦士は数人掛かりの半包囲を破ったのだ。





 これではどちらが狩る側かは明確だ。


 一方的な戦闘、力の差は歴然だ。そしてその狩人は緩やかな坂道を登り自分の目の前に歩み出る。




 燃えるような赤髪、鋭い眼光を持つ焔のような赤眼が刺すように視線を飛ばす。皮の鎧を纏う細身の体は引き締まった筋肉で武装している。長く戦場に居たのだろう、体には数多くの傷の跡が見受けられる。


 おそらくまだ若いであろうその面持ちは喜怒哀楽のどれにもつかない無表情。操る炎とは正反対の氷を思わせる冷徹さが伺える。



「……っ」

 息を飲む。目の前の青年は冷淡に。目の前の相手を殺すだけの殺戮機構として鋭い殺気を放っている。




 こんな時になんという巡り合わせだ。退路は既に無く戦闘は必至、おそらく勝ち目のある相手では無いだろう。己の星回りの悪さを呪う。


 そういえば誰かがこんな噂をしていた。恐ろしく腕の立つ炎を操る赤髪の傭兵の話を……確か、『烈火の戦刃』……。


 まさか目の前にいる相手が……? えぇい、ままよ。こいつがそうであろうとこれ以上好きにさせる訳にはいかない。仲間の元へ行かせるものか!




「うおおぉぉぉっ!」



 意を決して剣を構え目の前の戦士に突進する。間合いを詰め、剣を振りかざし渾身の一撃を振りかざす!



 一閃。



 しかし目の前の戦士には振り下ろした筈の剣が当たってはいない。斬り結ぶ筈の相手は動作を既に終えている。


 振り下ろす腕目掛け剣を振るったのか目の前の戦士は既に剣を振り上げていた。



 異変に気付く。肘から先が無い。全体重を込めた渾身の一撃が両腕の重さ共に無くなっていた。


 そう、理解した時。

 止めの一撃が下された。






 景色が回転する。支えを失い力なく倒れる。地面にぶつかり視界が揺れる。焼け付く傷口からは血こそ流れないものの内蔵深く達し致命傷だ。全身から力が抜けていき意識が重くなる。



 死ぬ。


 そう理解する頃には足音らしきものが横を通り過ぎていた。



 そこにゴト、と何かが落ちる音がした。みると剣を持った自分の腕がそこに落ちていた。





 なにかこえが出たようだがもうあまりきこえない。


 なにもできずに、しぬのか、なにも、できない、まま……。







 そこで、意識が途切れた。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 一息つく。戦場を見渡せる高台を確保し眼前に広がる戦場を見る。殺戮と混沌、血沸き肉踊る大パノラマだ。


 見据える先には今回の戦いの目標であるレイラーン城が見える。城への進路を阻むように展開する敵兵たちは死力を尽くしている。



 しかし。如何に兵士たちの士気が高いとはいえこちらとの戦力比はおよそ三対一だ。開戦前でさえその戦力比は約三対二と敵側不利な状況だったが、敵兵たちの死力を尽くした戦い振りで一時はこちらの戦力と対等に渡り合った。


 だが戦いが長期化するにつれ絶対数と戦力の質に劣るアムリア軍が追い詰められていき、そして遂にレイラーン城を目前にしたこの荒野まで戦線の後退を余儀無くされたのだ。


 戦局は明らかにこちらの優位、一方アムリア軍は自国の王城を前に風前の灯火といったところだった。




 しかし、そんなことは大して重要では無い。一戦力に過ぎない自分には今が何処の戦場か、どんな戦局か、国の存亡がどうだの、神の教えが、誰の理想、理由、意味、正義、そんな物は意味は無し興味も無い。


 戦場は何処も同じだ。やる事も考える事も同じだ。会敵、戦闘、事が終われば次を探す、その繰り返し。


 そこに特別な感情も、疑問も必要無い。淡々とその”作業”を繰り返せばいい。日々の労働と大差無い。


 いや、自分にとって日々の労働そのものだ。糧を得るために、目の前の仕事をこなす為に、その行為を繰り返せばいい。そうして自分は生きてきた。今更そこに疑問は無い。




 敵陣を観察する。荒涼とした大地に展開する敵部隊はグメイラの本隊に気を取られ此方には気付いてはいない。


 帝国の魔導士どもが上空から爆撃し、鎧を着た狼の様な騎士たちがエルフの耳をした敵兵士を突破していく主戦場から離れ、幾つかの分隊に別れて俺たちは居た。目下の狙いは王族の確保らしい、仕事は軍が行い傭兵である俺たちは遣い捨ての拙攻の積りだろう。


 他の傭兵どもの群れから抜けて暫く、向かう敵兵どもをひたすら討ち仕事に没頭し過ぎたか。

 これ以上前に出る必要はーー。




 気配。背後に何者かが回り込んでいる。即座に振り向き体制を立て直す。


 と、



「待て、俺だアルム」



 敵意の無い、耳慣れた声が聞こえた。声の主は手甲の掌を広げこちらを制し、こちらの警戒が緩むのを見て気さくに話しかける。



「まったく……こっちのペースも考えず一人で切り込んで行きやがって。それなりの腕って事はわかるぜ?


 だがな、今んとこは俺っていう相棒が居るんだからな。お前だって囲まれちゃあまずいだろう?」



 声の主は同じ傭兵のフィリクス。全身に鋼鉄製の鎧を纏い己の身長程ある大型の斧を肩に担ぐその長身は、いかにも屈強な男を思わせる。


 短く刈り上げた緑の短髪と浅黒い肌、落ち着きと平常時の大らかさから見るその面持ちは年齢以上の印象を与える。



「いや。問題無い」


「なに? いや、まさかアレだけの数を一人で……。折角助けてやろうと思ったが……一足遅かったか」




 フィリクスは少しだけ残念そうに言葉を漏らす、いや安心しているのか?


 別に心配など要らない、自分の度量は弁えている。自分一人で充分だと踏んだからこそ切り込めたのだ。つまりは余計なお節介だ。


 ……全く、人の心配をするのならまず自分の心配をすれば良いものを。俺はこの手のお節介やお人好しのせいで死んだ奴を何人も見ている。


 妙なお節介はやめろ、と以前にも言った。だが、



「ま、お互い命があるだけ良しとするか。お互い犬死にだけは避けようぜ」

 ……これである。どうやらお人好しは天性のものらしい。正直なところ鬱陶しくて仕方がないのだが。



「なに、別に最後まで付き合う必要はねぇさ。いい加減退路を見つけてさっさと終わらすか」



 しかし。別に悪い気はしない。当面の利害関係の一致もある。共に行動していて悪い事はない。




「さてと……流石に今の状況じゃあどうしようも無いか。結局は敵陣の真っ只中を突っ切るしかないか」



 現在の位置は最前線近く、前方には敵の本陣。近くには帝国軍が進軍しているとは言え周りには敵兵が数多い。


 俺とフィリクスからは囲まれている形になる。地形効果で言えば小高い丘や大小様々な台地が点在するこの戦場に於いて敵よりも高い位置に構える方が有利、ではあるが戦場より離脱してしまいたい場合は話が別。



 高い位置に居ては敵からも味方からも目立って仕方がない。目立てば敵から格好の標的にされ、かと言ってそのまま退けば敵前逃亡として味方から斬られかねない。


 後背には他の傭兵どもや騎士なども追って来ている。遅かれ早かれ次の会戦は俺たちを巻き込むだろう。



「手ごろなのはあの台地に向かって進んで見つからないよう端っこを遠回りで進んで離脱する、か」



 フィリクスは一際大きな切り立った台地を指差す。あの台地の周辺にはあまり敵兵が展開しておらずさらにその先は台地の谷間があり、出撃前に読んだ地図が正しければ戦域の外に出られるはずだ。


 今の時点では戦場を離脱するという目的ならばそのルートが最善である筈だ。


 今、敵に気付かれてさえ居なければ。





 突如、戦場の騒然とした中で一際強い轟音が前方より聴こえる。後背に追い付いた帝国兵すらその異変に眼を奪われる。



「おい、見ろ!」



 足を止め、フィリクスが叫ぶ。前方には大地から巨大な岩の塊、それもよく見ると人の形をしているその塊が、周囲の岩や砂などを取り込み発生しているではないか。



「なんてこった……」

 フィリクスが嘆息を吐く。見る間に巨大な岩の塊は人の形を成し、その顔と思しき箇所からゆらりと赤く光る一つ目をこちらへ向ける。


 もはや岩の巨兵となったそれの体格は二十メートル強。岩の巨兵は明らかにこちらへ敵意を向ける。



「どうやら奴さん、ここを通してはくれないようだぜ」



 巨兵との体格差は十倍以上。全うな正攻法では如何な数でもこちらに勝ち目は無い。


 巨兵の足元を見るとこの岩の巨兵を生み出したと思しき法衣姿の男が傀儡を使役し、歪に発生するそれに指示を送る。



「見ろ。あいつだ」


「ちっ、厄介なのに目を付けられちまったな」



 巨兵は動き出す。地鳴りを鳴らしながらその巨大な足を踏みしめ身体を揺らし一歩、また一歩と距離を詰めていく。周りの連中は巨兵に対し慄き、竦んでいる。




「あれも、魔術ってやつか」



 魔術とは無から有を生み出し”過程を飛ばし結果をもたらす”術の事だ。


 この世界には数々の魔法、もとい魔術が存在し人々の生活に根付き、今や戦いの一手段にもなっている。魔術はその気になればあんなでか物さえ使役出来るらしい。やはり殺しの一手段には留まらないのだろうな。



「アルム、行けるか。他にまともに魔術を使える奴は居なさそうだ。あれを何とか出来るのは多分、俺たちだけだ」



 ここ数週間、過ごして判った事だが、周りに居る背の低かったり、毛むくじゃらの奴や鎧を着た騎士など。こいつらは大した魔術は使えない。専用の武器の回路を起動させるのが精々だろう。


 魔術は使い方さえ分かれば誰でも使えるが、誰でも上手く使える訳ではない。殆どが日用程度の魔術しか使えないだろう。



 しかし、何故か俺とフィリクスは魔術が上手く使える。初めから使い方をぼんやりと知っていて人よりも上手く使えた。あのでか物を制する事が出来るのは恐らく俺たちだけだろう。フィリクスの問うた視線に頷きで返す。



「……仕方ねぇ、行くぞ!」



 フィリクスの檄を合図に巨兵に向かい疾駆する。並走するフィリクスは鎧の金具を鳴らしつつも変わらぬ速度で走る。息を切らぬまま己の魔術を発現すべく、言の葉を紡ぐ。



「ーー我望むは疾風の健脚ーー

《スラ・テルス》!」



 フィリクスは詠唱、魔術を発現させる。すると脚に羽が生えたかの様な軽さ、跳躍力が備わる。ぐんぐんと加速し、乾いた風が耳を抜けていく。


 フィリクス“強化”の魔術は飛躍的に身体能力を高める。俊足を得た両脚は焼けた大地を蹴る。



 集中し己の気を剣に巡らせる。剣は刃に沿って刻まれた魔力回路を通し魔力を帯びていく。


 魔力回路は魔力を受け赤く染まり、やがて熱を帯び剣は炎を吹く。憑着(エンチャント)を得た剣は魔力回路なる魔力の導線に従って烈火を纏う。



 速度を上げ、跳躍。

 岩の巨兵へ突撃する。雑念はとうに消えている、咽せる戦火をイメージし一振りの剣と自らを化す。




 岩の巨兵は鈍重な見た目とは裏腹に素早く拳を此方目掛け振り下ろす。衝撃が轟音となり響く。二秒前に居た場所は砕けている。


 しかし、それよりも速く強化された両脚がそれを回避し、岩塊の懐へ跳ぶ。



 巨兵の拳にすれ違う形で巨兵の紅く仄めく眼前へ跳んでいく。一つ目狙いに炎の剣を振るう。


 放たれる炎の波、それは巨兵の顔面に襲い掛かる。巨兵は体勢を崩し、ぐらついた。




 背後から雄叫びが聴こえる。今の先制で兵士どもが調子付いたのだろう。しかし、岩の塊で出来た巨兵は物ともせず。炎は残り火をちらつかせるのみ。


 身体を捻り不揃いな岩塊の胸付近へと着地。巨兵の一つ目が虚ろに向く。下の有象無象目掛け巨兵を構成する岩の一部が外れ、意思を持つように突撃する。



 此方にも岩の飛礫は襲い来る。強化された両脚、長年鍛えられた反射神経と瞬間の判断で躱す。


 払い、落とし、捻る。最小限の動きで躱して消耗を抑える。魔力の発現にも精神力が要る、精神の消耗は肉体の消耗よりも避けるべきだ。精神を消耗すれば判断を間違う、一歩でも間違えば其処は奈落、即死は免れない。



 巨兵が体勢を立て直しながら自らの体に群がる邪魔者を排除すべく次々と岩を飛ばしていく。地上を蹂躙する岩塊の雨あられ、そこに。


 星の輝きに似た光の矢が視界を掠める。



「ーー我守るは、鉄壁の盾ーー」



 フィリクスが精神を集中させ言霊を呟く。イメージは全てを弾く無敵の盾。この礫の雨を弾く大楯を。言霊は魔力を帯びてカタチになる。



「ーー《レラ・シルド》!」



 魔術の詠唱と共に天井に光の結界が現れた。結界は総てを受け止めんとばかりに広く展開する。


 岩塊の雨は光の結界に弾かれ威力を失う。まるで雨を傘で弾いていく様にことごとく無力化された。



 フィリクスが用いたのは“盾”の魔術。砲弾の直言をも易々と弾き返す光の盾。この魔術は術者のイメージを元に魔力の盾を作る魔術だ。


 三段階あるらしい魔術の系統の中で二段階目に当たるこの魔術は術者の魔力とイメージ次第で強力な盾を作り出す事も出来るらしい。フィリクスの“盾”の魔術は非常に広範囲に渡る巨大な盾となった。




 岩塊の傀儡は術者の苛立ちを示してか忌々しげに不出来な身体を捩らせ大振りにその拳を光の盾に叩き付ける。振動と轟音が戦場を震わす。一撃下ろす度に激しく視界が歪む。その度巻き上がる土埃が威力を物語る。



 しかし、砕かれていたのは光の盾ではなく、巨兵の拳だった。拳は脆く原型を崩す、対照的に光の盾は幾何学的な文様を神秘的に湛えている。


 巨兵に眼下の有象無象が群がっていく、巨像に集るアリの様だ。



「隙だらけだ」



 己の精神力を、イメージを剣に纏わせる。紅い輝きは炎を増大させ、灼熱を迸しらせた。強化された両脚を引き金に。構える剣は弾頭、自らの身体は火薬。狙いは巨兵の脳天、致命を狙う。






 ーー紅い焔は瞬間に発射された。


 風を焼き、肉体の枷さえ振り払い、

一発の紅の弾丸と化す。狙うは必殺、紅く燃える烈火を一振りにその手応えごと打ち抜く。




 炸裂。後背より崩壊が聴こえる。






 彗星の如く紅い尾を引いて落着する。空気の音が耳を抜けていく。




 地上との手荒な再会を何とか強化した両脚の脚力と熱を引く剣身でかわす。



 地に長く線を引いた頃には慣性も止まり、崩壊した巨兵の残骸と。







「な……わ、私の自慢のゴーレムが……はっ、い、いかん」



 自慢の傀儡を倒され味方の陣地へ逃げようとする巨兵の主人。


 しかし正義に燃える人狼の騎士たちと、下卑た笑みを浮かべる傭兵の群れが囲む。



「ひっ」





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 戦場を離れ、台地の谷間を抜けてしばらく行くと戦場が一望できる丘のある場所へ辿り着いた。


 移動の間に戦況は変わり既に終わりが近かった。王都は帝国の手に落ちレイラーン城は炎に包まれ、戦場で戦うアムリア兵も少ない。


 既に残党狩りが始まり、この高台に向かう途中の緑地帯で残党と思しき兵士を倒した後、周辺の探索を兵士に任せ気取られぬ様にその場を後にした。



「どうやら終わったみたいだな」



 炎上する王都を見フィリクスが呟く。それはこの戦争か、アムリア王国か。


 余所者である俺には所詮は他人事、この戦いで何人死のうが誰が死のうが考える必要もない。生き残れるのならそれだけでいい。



「お互い、生き残れたようだな」



 言葉を返す。今は名前しか知らない国の存亡に興味はない。今は生きて帰還できる事の方が重要だ。



「ああ、死ぬかと思ったぜ」



 冗談交じりにフィリクスが返す。


 それはお互い様だ、と返そうとして蛇足だと思い止めた。





 遠くに見える城は焼かれ戦場の空まで焼け焦げているようだ。未だ戦場では戦士の雄叫びと断末魔が響き渡っている。




 戦争は終わる。確かにそれは。


 しかし、戦いはまだ、続いている。



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