六 吐瀉物

「ぐぁおう」

 女王竜は火炎弾を数発吐き出し、それはすでに崩れかけていたトンガリ王国の王城の礎となる部分を狙い澄ましたように破壊した。ガラガラガラと不吉な音を響かせ、城の天井が崩落する。

「に、逃げろぉーーっ」

 トンガリコーン十六世と六人の大臣たちは部下たちを見捨てて脱兎のごとく逃げ出し、城の中に残っていたトンガリ王国の衛兵たちは右往左往しつつ城の崩落に巻き込まれ、そのマッチ棒のような痩せ細った体は平べったく押しつぶされて平面となり、三次元から二次元の住人となってしまった。

 やがて石煙がもうもうと立ち込める中、瓦礫を押しのけて女王竜がゆっくりと立ち上がった。その翼の陰には、アダムらの姿がある。女王竜は城の基盤を破壊したあと素早く翼を広げ、アダムたちを瓦礫から守ったのだ。

「おお、助かった」

「さて、奴らは何処へ」

 アダムたちの無事を確認した女王竜は、ばさりばさりと翼を羽ばたかせ、天高く舞い上がると周囲をぐるりと見渡した。

 よたよたと逃げていくトンガリコーン十六世と六人の大臣たちを視界に捉えた女王竜は、たちまちのうちに襲いかかり、急降下して大臣の一人をがっしと咥え、アダムたちのもとへと運び、上空からぽいっと放り投げた。

「んぎゃああ」

 アダムは「ちょっと尻を借りるぞ」とシリム・チーリの足を持って抱え上げ、落ちてきた大臣をシリム・チーリの尻で殴り飛ばす。

 快音こそしなかったものの、反発係数15の尻によって大臣は恐るべき速度で吹っ飛ばされ、数キロ離れたトンガリ王国王都中央広場の国旗掲揚台のてっぺんに引っかかった。

「どうだ、クリーンヒット」

 女王竜は悔しそうにしつつ舞い戻り、再び急降下すると二人目の大臣を咥え、アダムのほうへ捻りを加えつつ放り投げた。

 カーブを描きつつ飛来する大臣の体。

「それっ」

「うぎゃ」

 アダムは再びシリム・チーリを振り回し、二人目の大臣も同じようにかっ飛ばした。

 こうして六人の大臣は、皆同様にシリム・チーリの尻によって国旗掲揚台のてっぺんまで飛ばされてしまった。

 一人残ったトンガリコーン十六世は、それでもよたよたと逃げ続けていたが、とうとう女王竜にがぶりと咥えられてしまった。やや強めに咥えられたトンガリコーン十六世は悲鳴を上げたが、女王竜はそんなことお構いなしにアダムのほうへ向き直る。

「がおう」

 女王竜はトンガリコーン十六世を咥えたまま火炎弾を吐き出した。トンガリコーン十六世は火の玉に包まれつつアダムに向かって飛んでゆく。

「あっつあっつあっつ」

「これに懲りたら、隣国に攻め込むなどという真似はやめるのだな」

 アダムはそう忠告しつつ、シリム・チーリの尻をぶんっと振って、炎に包まれたトンガリコーン十六世を天高く打ち上げた。

「うっぎゃああ」

 悲鳴を上げたのはシリム・チーリであった。

「おっとすまん、熱かったな」

 アダムは慌ててシリム・チーリを離したが、彼女はしばらく火傷した尻をさすりつつ、アダムを恨めしげな目で見上げていた。それを見たイヴがシリム・チーリをよしよしと慰めているところに、どすんと女王竜が着地した。

 トンガリコーン十六世が国旗掲揚台のてっぺんに引っ掛かるのを見届け、満足げな顔の女王は、着地と同時に人間の姿に戻る。

「さすがはアダム、私の球が全て打ち返されてしまった。完敗だ。しかし、またおぬしと野球ができて嬉しかったぞ」

「うむ、楽しかった。また今度やろうではないか。いっそ、ガニマタ王国とデップリ王国の間で定期的に交流戦を開けばよいのだ。そうだ、そうしよう。クライマックスシリーズの開幕だ」

「アダム殿」

 イヴが呆れたように口を挟んだ。

「まだ終わっていません。あそこに引っかかっている奴らをどう処分するおつもりですか」

「そうだったそうだった」

 そのとき、アダムの足が何かをべちょりと踏んだ。

「ん?」

 見れば、それは壊れた管から流れ出してきた吐瀉物である。

「うえっ」

 皆が顔をしかめた。アダムだけは、顔を強張らせた。そのまま吐瀉物を覗き込み、鼻を摘まんでじっと観察する。

「私が城と一緒に下水管も破壊してしまったから……すまぬな」

 申し訳なさそうな女王に、アダムは硬い声で返事をする。

「いや、違う」

「え?」

「この量はおかしい。糞尿ならまだしも、下水管からここまでの吐瀉物が流れ出すことなど、通常はありえぬことだ。そうだろう」

「確かに……」

「おまけにこの吐瀉物、食事の内容は豪華なのにほとんど未消化のまま吐き出されている。さては、これは下水管ではないな」

 アダムはその下水管の先を辿り、瓦礫を押しのけつつ進んでいった。その管の先にあったのは、なんと王の居室である。もちろん崩落してはいたものの、その豪奢な内装はまさしく王のためのものであった。

「これはどういうことだ。あのトンガリコーン十六世は病気を患っていたのか?」

 女王の問いに、アダムは首を振った。

「違う! あの王め、もはや王とも呼べぬ。あれは食事を吐き戻す専用の管だ。あの痩せた体型を維持するため、あやつは豪勢な食事をとってはあそこに吐き戻すことを繰り返していたのだ。しかも自室のこの管を取り付けているということは、自分一人だけ豪勢な食事をとり、他の者には粗食を強制していたということである。おまけにこの量、一日三食などというレベルではないぞ」

 女王、イヴ、シリム・チーリ、コクド・チリーンの四人はそれを聞いて憤り、激しく地団駄踏んだ。

「なんと悪逆非道、邪智暴虐の王であることよ」

「食べ物を粗末にするなど、王の風上にも置けぬ」

「おまけに国民には粗食を強要し、自身は飽食」

「ううむ許せん。増えるワカメの刑じゃ」

 アダムも怒りに燃える目で呟いた。

「いいだろう、あやつは増えるワカメの刑に処す」

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