八 下請け

 さて、どうやら煙に巻かれたらしいと知った女王は怒り狂って大臣に命じた。

「あの者を引っ捕らえてここに連れてこい! 斯くなる上は、なんとしても我が夫としてくれる」

 大臣はその配下の者に命じた。

「アダムという若者を縛り上げて大広間に連れてこい」

 配下の者はその部下に命じた。

「まず、アダムという若者を縛るための縄をつくれ」

 こうして、その部下は縄の原料となる藁を畑に植え始めた。藁はすくすく育ち、一週間後、藁を収穫したその部下は太くて頑丈な縄を三日間かけて完成させ、配下の者に手渡した。

「うむ、これならしっかり縛れるに違いないぞ」

 こうして配下の者は縄を持ってアダムを探しに旅立ったが、ちょうどその頃、十日間経ってもアダムが捕まらないので女王は大臣を呼びつけて詰問していた。

「どうなっている」

 大臣は配下の者を呼びつけて詰問しようとしたが、配下の者はアダムを探しに旅立った後であったので、大臣は仕方なくこう述べた。

「追っ手はたった今出発いたしました」

 怒り狂った女王は大臣にこう命じた。

「一刻も早くアダムを連れてこい、三日以内に連れてこれなければ一日遅れるたびに貴様の髭を十本ずつ引っこ抜いていくぞ」

 豊かな髭を蓄えた大臣は恐れおののき、慌てて配下の者に電話をかけた。

「はい、もしもし」

「もしもし、お前か。女王は一刻も早くアダムを連れてこいとの仰せだ」

「そうは仰いましても、アダムとやらがどこにいるのか皆目見当も付かず」

「待て、お主はどうやって探しているのだ」

「国中を『アダムとやら、女王がお呼びであるぞ』と叫んで回っておりますが、それが何か」

「この馬鹿」

 大臣はがちゃん、と電話を切ってしまった。

「斯くなる上は、やや卑怯だが王国軍の兵士たちを使うしかあるまいぞ。ああ、あのような部下に下請けに出したのが間違いだったのだ。そもそも縄なら王城の倉庫に山ほどあるのに縄作りで十日間も無駄にするとは、到底考えられぬ馬鹿どもよ」

 大臣は王国軍の元帥を呼び出した。

「何か御用か」

「うむ。女王の尋ね人である。高速道路からバイパス、環状線に至るまでおよそ百二十ある国中の道全てに検問を設けてアダムを見つけ出せ」

「承知した」

 元帥は軍隊を動かし、検問を設置するために森まで木材を調達しに行かせた。三日後、木材の調達が完了し、今度は検問所の建物の設計と組み立てに移った。これには一週間の時間を要し、とうとうどこに置いても恥ずかしくないほどの立派な検問所が百二十棟出来上がったが、よく考えたらこれは現地で組み立てるべきであったと悟り、もう一度バラバラに直して運びやすいようにしたため、これでまた二日間の時間が無駄に過ぎてしまった。大臣の髭はみるみるうちに消え失せていった。そして軍隊が全国に散らばって所定の位置に着くまで三日間、検問所の組み立てに二日間、完成祝いの酒盛りでさらに一日が過ぎた。

 その間、女王はどんどん機嫌が悪くなっていき、女王の服にぶどう酒をこぼしてしまった奴隷をぶどう酒に三日間漬け込んで紫色に染め上げたり、意味もなく半紙に「因果応報」と書き付けたりした。

 とうとう、女王がアダムを捕まえよとの命を出してから実に二十と九日経った頃、検問の準備は全て整った。抜かれた大臣の髭は実に百六十本、哀れな大臣は豊かな髭が片側だけ全て引っこ抜かれて無様な姿となり、鏡で己の顔を見て悲嘆に暮れた挙句にもう片方の髭を一気に全て引き抜いて痛みのあまり悶絶死した。その髭は形見として遺族の者に公平に分配された。

 そうしてついに完成したアダム包囲網、ネズミ一匹漏らさぬとはまさにこのことで、アダムがどこにいようとも見つけ出されるのは時間の問題であるかのように思われた。

 しかしそれは、アダムが国内にいればの話である。

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