第37話 水車小屋なのじゃ!

 ベールの下のツインテールを元気よく弾ませてスキップをしているのはシスター見習いのルル。幼い体が跳ねるたびにミニスカートの裾が舞いちらりちらりとお肉ののった太ももが見え隠れする。

 それを先導する形でギルがゴロゴロと何も乗っていない荷車を引いて進む。


「せんせぇ!なんで荷車を引いておるのじゃ?」


「パンの材料を持っていくためですね」


「でも何ものっておらんぞ?」


 ツインテールを揺らしながら不思議そうに首を傾けるルル。それに対してにっこりといつも通りの笑顔で答えるギル。


「ええ、これからそれを受け取りに行くんですよ」


「どこに行くのじゃ!?」


「それは着いてからのお楽しみということで、ルルさんどこだと思いますか?」


 ギルが聞くとルルは自分の唇に人差し指を当て、どこじゃろうどこじゃろうとあれこれと思案をする。


「むむ?むーどこじゃろうなあ?パンの材料じゃろー?」


「おい、ルルが聞いているのだから答えてやるのが貴様の仕事だろう?」


「すぐに答えを言うのは簡単です、ですがそれではルルさんのためになりません。これは自由な想像力や発想力を養う訓練でもあるのです」


「なるほどルルのためか、ならば許そう」


 答えをもったいつけるギルにバアルが横から文句を言うが、ルルのためと聞いて引き下がる。どう言えばよいのか、短い期間でバアルの扱い方をだいぶ覚えたギルである。


「……んー、わかった!小麦取りに農家に行くんじゃろ!」


「惜しかったですね、小麦の後にもう一工程があるんですよ」


「ちがうかーそうかーもう一工程かー……」


「はい、ということで正解はこちら。水車小屋でした」


 悩みに悩んでルルが出した答えが違いしょげてしまうルルに、ギルは明るく声をかけながら目の前の水車小屋を手で指す。考え込んでいた間についていた水車小屋を前にルルは曇っていた表情を輝かせる。


「ほほー!水車小屋!ここでもう一工程するのじゃな!」


「ええ、そうですね。もっとも今回はそれを終えたものを受け取るだけですが、ゲンさんお邪魔しますよ」


「おう!ドアは開いてるから勝手に入ってくれ!」


 ギルが水車小屋のドアを強めにノックすると中から大きな声で返事が聞こえる。ドアを開けるとギリギリギッコンバッタンギリギリガッコンドッスンと歯車とそれに連動する様々な仕掛けの音が一行を出迎える。

 けたたましい音が鳴り響く小屋に入りギルが小屋の主、ゲンに話しかけるが、周りの音も大きいため自然と声量も普段以上に大きいものとなっていた。


「どうも!今日の分を受け取りに来たのですが出来てますか!?」


「ギルの旦那か!出来てるよ!そこに積んであるから持ってってくれや!」


「なにこれ!なにこれ!はぐるま!でっかい!なんか突いてる!がっこんがっこん!」


「ルルさん落ち着いてください!危ないですよ!ルルさん!?」


 ルルは二人のやり取りも気にせず目の前で動く大きな仕掛けに夢中になっていた。いつも以上に騒がしく、初めて見る絡繰りに興奮していたルルはギルの注意も聞こえず好奇心のままに顔を近づけていく。


「おっきいのがぐるぐる回ってる!ほわー!すごいのじゃ!ほー!ほー!……ん?何かどんどん近付いてくるのじゃ」


 その結果ルルの髪が歯車に挟まり小さなルルが機械に巻き込まれていく。

 それを見て普段は落ち着き払っているギルも、今まで見たことないレベルで目を剥いて驚愕する。


「ちょ!ルルさん!ゲンさん停止を!」


「お、おう!」


「ルルちゃん違うよー。ルルちゃんが近づいているんだ。ほら、ルルちゃんの美しいツインテールが挟まってる。……げに恐ろしきは歯車すらも魅了するルルの髪よなあ」


「なるほどのう!」


 ゲンが大慌てで機械を止めに行くのを気にも留めず、いまいち理解していないルルにバアルが冷静に現状の説明をする。


「のんきに言っている場合ですか!髪を切らなければ!」


「落ち着けやかましい。止めればいいのだろう?」


 いよいよまずいルルの髪を切ってでも助けなければと魔法を唱えようとしたところで、バアルがやかましいと文句を言いながら動いている歯車に手を差し込む。


「って!何やってるんですか!」


「見て分からんか?止めているのだ」


 常識で考えて一人の力でどうにかなるものではない。ここに来てまさかの犠牲者増加にギルが顔を青ざめると、音がなり止み機械が止まっていた。

 まさか本当に止めたのかと思うと機械を止めに行ったゲンが息せき切って帰ってきた。


「止めたぞ!間に合ったか!」


「ああ……はい、ありがとうございます、すみません」


 折りよくゲンの操作が間に合っただけかと理解し、胸を撫で下ろすギルであった。


 一連の騒動の後、パン屋に持っていく小麦粉を手に入れた三人はお叱りタイムとなっていた。

 今回は命の危機だったため、ギルの顔も幾分険しいものとなっている。


「ルルさん、危ないので今後は絶対に近づいてはいけません、最悪死んでしまうところだったんですよ、いいですね?バアルさんの右手もなくなるところだったんですよ」


「ごめんなさいなのじゃあ……」


「何を大げさな」


「大げさでも何でもありません、たまたま間に合ったからよかったものを……」


 二人に説教すればちゃんと謝って反省しているルルに対して全く悪びれる様子のないバアル。理解を促すためにもギルが叱ろうとするが、それを聞かずにバアルが口を開く。


「それを言うのならこうなる可能性があるのに、事前に注意の一つもしなかった貴様にも非があるのではないのか」


「それは……そうですね、申し訳ありません、事前に近づかないように説明するべきでした」


 ギルは痛いところを突かれ確かにと自分の非を認め謝罪する。

 子供がああいったものに興奮するのはわかっていたことであり、ルルの髪を服にいれるといった配慮を怠ったのも確かなのだと反省する。


「わしは全然気にしてないんじゃよ!」


「……ありがとうございます」


「そうやって隙あらばルルに触れるのはやめてもらいたいものだな」


 太陽のような笑顔で励ますルルに癒され、思わずルルの頭を撫でるギル。そしてバアルは和やかな雰囲気を出している二人の間に割って入るのであった。

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