五章 それぞれの思惑

終末作戦

 第一上級学校でテュランの捕獲に成功してから、丸一日が経過していた。彼を内密に大統領府の地下施設に運び入れ、厳重な監視体制の中で観察を続けるも、未だに目覚める様子は無い。


「アーサー、本当に良いのか? このナイフは、きみの父君が遺した唯一の形見だろう」

「形見と言える程大層な代物ではありませんよ、閣下。父のこともあまり覚えていませんし、何よりも自分の目的は達成することが出来ましたので」


 アーサーからの申し出に、ローランが申し訳無さそうに眉を顰める。あまり知られていないことだが、アーサーの父親はローランの遠い親戚にあたる。既に他界して久しいが、ヴァルツァー政権の重鎮として世話になっていたと言って、何かとアーサーのことを気に掛けてくれるのだ。


「アベルのナイフ、か。どんなに強力な力を持つ吸血鬼であろうとも、治癒不可能な傷を負わせるとは……お前が持っていたナイフに、そんな力があったとは」

「黙っていて申し訳ありません。何分、俺自身も信じていたわけではなくて。かなり古い代物ですし。しかし、あのナイフが実際に吸血鬼へ有効だとわかった今、詳しく調べれば他の武器にも応用していけるかと」

「そう出来れば、対吸血鬼用の武器開発が飛躍的に発展するだろうが……二度とお前の元に戻すことは出来んぞ」

「構いません。どうぞ、国の為に……いや、全人類を吸血鬼の脅威から護る為に活用してください」


 正直なところ、アーサーの家族は住んでいた屋敷ごと火事に遭い、アーサーのみを逃がして全員焼死したことになっている。だが、アーサーの脳には朧げではあるが、もっと凄惨な過去の記憶があった。


「お前の家族が亡くなってから、もう随分経ったな。あの時、もっと吸血鬼への対策が万全であったなら……悔やんでも仕方のないことだが」


 ローランが重々しい溜め息を吐く。表向きは不慮の事故となっているが、真実は違う。かつてアーサーの父親には、優秀な秘書を務めていた男が居た。アーサーにも、その者と言葉を交わした記憶がうっすらと残っている。

 彼こそが大切な家族をまるで操り人形のように弄び、最後は業火の中に放り込んだ者。紅い髪に、紅い瞳。鋭い吸血鬼特有の犬歯。父親がカインと呼んでいた、あの男こそがアーサーの家族を一瞬で奪った罪人なのだ。

 そして、ジェズアルドという偽名を使って再びアーサーの目の前に現れた。それをこの手で屠ることが出来たのだから、もう思い残すことはない。父親がどうしてアベルのナイフを所持していたのかはわからないが、もう自分には必要ない。

 だから、ローランに委ねようと決めたのだ。彼ならばきっと、ナイフの謎を解き明かし吸血鬼に対抗する未来への礎にしてくれるだろう。


「……そこまで言うのなら、わかった。だが、残念ながらアルジェントの技術ではナイフの解析をすることは難しいと報告があってな。友国であるオーロに移送しようと思ったのだが……まさか、彼方でも人外による襲撃事件が起こっていたとは」


 忌々し気に、ローランが吐き捨てる。どうやら、未だにオーロとの連絡が思うようにいかないらしい。本来ならば、すぐにでも応援部隊を派遣するところなのだが。


「遅くなりました、閣下」

「ああ、サヤ。ご苦労、それで?」

「……申し訳ありません。ヴァニラは此方の要求を全て却下しており、テュランを返せの一点張りです」


 いつもの凛とした表情も、どことなく疲れてしまっているよう。無理もない。二人でテュランを収容してからもずっと、休む間も無く働いているのだ。

 理由は、二つ。一つは、すぐさまテュランの処刑を求める過激派への根回し。此方は事前に想定されていたことであった。

 問題なのは、もう一つの理由。


「せめて期限の延長を求めたのですが、聞く耳を持つつもりがないようで……期限は今日を含めた三日間。三日後の日付変更までにテュランの身柄を解放しなければ、『終末作戦』を実行すると」


 ――これは、寧ろ温情なんだよ? 三日以内にテュランを返して。返さないつもりなら、今現在生かしている人質全員を惨殺し、前々から準備していた『終末作戦』を実行するから。この作戦を実行させれば最後、アルジェント中はもちろん全世界の人間が地獄の苦しみを味わいながら死ぬことになるよ――


 テュランを捕獲してから、丁度半日が経過した頃だった。突然、国営放送にワーウルフのヴァニラが姿を見せた。そして、ハルス病院の人質と思われる数名を鈍器で殴り殺して見せた後で、そう宣言したのだ。

 テュランは事前に、自分が半日姿を見せなかったらその日の内に『終末作戦』を実行せよと人外達に命じてあったらしい。詳細は不明だが、計画は全人類を死亡させることが出来るものであり、一度実行すれば中止も休止も不可能である。

 しかし、ヴァニラは実行への期限を即日から三日へと延長し、テュランの身柄と引き換えに実行するか否かを決めると言っているのだ。


「くそっ! 何が終末作戦だ!!」


 ローランが傍にあった机を叩く。テュランの身柄を拘束し、ついに人間が人外達へ反撃の狼煙を上げる時だと誰もが信じていたのに。完全にひっくり返されてしまった。


「人外の捕虜達にも尋問していますが、口を割る様子はありません。ハルス病院から解放された人質達からも、有力な情報は得られておらず……調査へ向かうにも、人外達は守備に徹しておりますし。正直に申し上げると、現状では終末作戦の詳細を明らかにすることは難しいかと」


 サヤが陰鬱な表情で言った。突如姿を現した、得体の知れない計画。全くと言って情報が無い状況では、正誤を判別することすら難しい。下手に動けば、誤った方向に誘導されかねない。

 それに、時間が無い。このままではあと二日と数時間で、終末作戦が実行されてしまうのだ。

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