宣戦布告

 太陽は地平線の向こうに沈み始め、空には仄暗い紅蓮が広がっている。博物館の薄暗さに慣れていた為か、夕暮れが眩しく感じた。


「あ、リーダー! こっちです、こっちー!」


 誰かが自分を呼んでいる。博物館から出た青年は、再び声を探す。今度はすぐに見つけた。そちらに向かいながら、手に持ったままだった無線機に話しかけてみる。


「もしもーし、聞こえてる? こっちは聞こえてますよー」


 外に出たからか、ノイズがかなりマシになった。改めて無線機に声をかけてみれば、今度はちゃんと返事が返ってきた。

 緊迫した、男の声が問う。


『だ、誰だ……きみは、誰だ』

「さあ、誰でしょう?」

「あれ、リーダー? 誰と話してるんですかぁ?」


 無線機を持っている青年に、駆け寄ってきた大男が首を傾げた。自身の二倍以上はある体躯に、青年は動じることなく口角を上げる。

 問い掛けには答えないまま、目の前の光景を静かに見やる。


「この辺りで生きていた人間は、これで全部か?」

「はい」

「ふーん、意外と少なかったな」


 冷たい石畳に座らされた人間達。およそ百人程だろうか。痩せた老人や、エプロン姿の中年女。血と砂で震える女子学生に、破れた作業服を着込んだ壮年の男など。世代も職業もバラバラだが、皆一様に後ろ手で縛られ震えている。

 そんな人間達に銃を向ける仲間達は十数人。こちらも違った意味で、見た目がバラバラだ。


「もしもし、聞こえるか?」

『……貴様、人外だな。リーダー、と聴こえたが……貴様がこの襲撃のリーダーなのか!?』

「あ、ばれた? さっすが、人間サマは頭が良いな?」


 くすくすと、青年が嗤う。そして、目の前の人間と無線機に聞こえるように言った。


「それでは今更だけど、初めまして人間サマ。俺の名前はテュラン。お察しの通り、人外……ワータイガー、デス」


 風に乱される鮮やかな金髪の中に立つのは、三角の獣耳。端正な顔立ちに金色の瞳が雄々しく煌めき、虎柄の尻尾が機嫌良くぴんと伸びている。

 『人外』の中でも特に稀少な、『ワータイガー』と呼ばれる種族である。種族は様々だが、テュランを呼んだ大男や、捕らえた人間達に銃を向ける者達も人外だ。


『そこに、人間が居るんだな?』

「居るぞ。まだ生きてるぜ? 百人くらいかなー、何なら誰かと話してみるか?」


 そう言うと、テュランは人間達を見回す。人間とは違う、細長い瞳孔から必死に逃れようと下を向いている。

 どうせなら、若い女が良い。何となく思って、端で身を縮めるワンピース姿の女の前に無線機を差し出した。

 びくりと肩を跳ねさせて、女がテュランを見上げる。


「話してみれば? 相手はあんた達の仲間だ」

「えっ……あ、ああ……」


 真っ青な唇を震わせて、女が恐る恐る無線機に懇願する。


「た、助けてください……」

『あなたは……人間か?』

「お、お願いします……助けて、助けてください! 死にたくない、死にたくないんです!」


 死にたくない。悲痛な叫びが、荒波のように人間達を飲み込む。助けてくれ、殺さないでくれという似たような言葉が共鳴する。

 そんな必死な人間達に満足そうに笑うと、テュランが再び無線機に話し掛ける。


「ほら、ちゃんと皆生きてるぞ。全員まだ死にたくないらしいケド」

『す、すぐに人質達を解放しろ!』

「はあ……いくら人外を相手にしているとは言え、頼み方が悪すぎるぞ。コッチはすぐにでも引き金を引けるんだが」


 わざとらしく溜息を吐きながら、周りの人外達に目配せする。意図を理解したらしい仲間達が、同時に銃を人質に向ける。

 軽機関銃に散弾銃、軽支援火器など。どれも無抵抗な人間達を一掃出来る、強力な武器ばかりだ。

 百人分の悲鳴が重なる。無線機の向こうにも届いたのだろう、焦った声が喚く。


『た、頼む!! その人達は殺さないでくれ……どうか、お願いします。お願いします……』

「あっはは! そうそう、そういうコトだよ。あーあ……屈辱だろうな、低能な人外相手に懇願するなんてさぁ?」


 人間達に背を向け、一歩、また一歩と距離を取る。背後から安堵したらしい雰囲気が伝わってくる。

 そんな彼等を再び振り向いて。静かに、落ち着いた声でテュランが言う。


「殺せ」


 短く、簡潔な命令を理解出来ない者など居なかった。十数の銃口が火を噴き、数多の弾丸がばら撒かれる。

 弾幕に重なる断末魔。先程の重機関銃も持ってくれば良かったと、テュランは後悔した。


「アッハハハ! どうだ人間サマ、聞こえるか? アンタが助けられなかった人間の悲鳴が、大勢の命を毟る音が聞こえるか!?」

『止めろ、止めてくれ!! あ、ああ……どう、して』

「ククッ……何その声、超マヌケなんだけど?」


 滑稽だ。最初は強気だった声が、弱々しく消え入りそうな声で嘆いている。


「頼まれたコトを素直に受け入れるとでも思ったのか? アハッ! 脳みそお花畑かよ? 何で人間なんかの欲求を受け入れなきゃならねぇんだ」


 馬鹿馬鹿しい、テュランが吐き捨てる。弾丸による蹂躙が止む頃には、もう助けを求める声はなかった。死にたくないと叫ぶ者も居なかった。


「あー……やっと静かになった。これで、テメェの声がよく聞こえる」


 ノイズ混じりの慟哭。魂を削るような叫びが、テュランの耳に心地良く響く。


『なぜだ、どうしてこんなことをする!? 貴様の目的は何だ、どうして――』

「なぜって、わかんねーのかよ? まあ、まだ始まったばっかりだし……こんなところで明かしてもさ、後の盛り上がりに欠けるだろ? 知りたいなら、精々頑張って生き延びろよ」


 そう言い残すと、まだ何事か喚き続ける無線機を足元に捨てた。紅が広がる地面に、粘つく水音を立てて沈んだ。


「さあ、それでは愚かな人間サマ達」


 何と言われようと、どんなことが起きようとも。誰にもこの狂気は止められない。

 もう止められないのだ。誰であろうと、何であろうと。


「時間だ……」


 この身体が死ぬまで絶対に、止まってなどやるものか。


「楽しいタノシイ……お仕置きの時間だ」

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