第23話

 天津は愛煙家である。

 今では若い女性がタバコを吸う事など珍しい事でも無くなってしまったが、代わりに世間の風当たりは年々強くなる。

 しかし、そんな時代になる前からもセツはかなりのタバコ嫌いで、目の前ではどんな理由があっても吸わせてはくれなかった。

 天津がこの町に最初に来たのは、まだ中学生の時だったので、タバコは吸っていなかったが、タバコに対する憧れはあった。

「あんなもんを吸うようになったらオシマイだよ」

 天津の持っていた憧れの心を見抜いたのか、そんな事を時折言っていた。

 もっとも、一人前の魔法使いと認められてからは叱る事も無かったが。

「先生不孝ですいません」

 そう言って、タバコを縦に構えて、煙を夜空に流す。

 タバコが線香代わりでは天国から罰でも降ってきそうだが、今は代わりの物もない。

「一度、墓参りに行こうかねぇ」

 そうポツリと呟いた。ちゃんとした線香を立てれば多少は許してくれるだろう。

『意外と殊勝やないか、お館様には挨拶もせんかったくせに』

 天津の声を聞き取ったのか、そんな声が闇の向こうから聞こえてきた。

 そうして、闇の中から白い体が徐々に浮き出てくる。

「エル君かい?」

 そう確認をするが、突然なエルの登場に驚く様子もない。

「師匠は人格者ではあったけどどこと取っつきにくかったしねぇ。アタシが天津を継いでからは向こうもヘンに気を遣ってたし。それに本人には言え無いけど、師匠の序列としちゃ三番目だからね」

 あまりに失礼な物言いだったが、対してエルはあまり興味が無さそうで、それを聞いても『まぁ、別にええけど』と欠伸をする。"お館様"なんて呼んではいるが、忠誠心は浅葱程ではないのかもしれない。

 そのため、天津は早速本題に入る事にした。

「さて、エル君。こんな所に呼び出して何の用だってんだい?」

 先程の将棋対決。

 浅葱は盤面に釘付けだった為か、全く気付いてはいないようだったが、あの時に天津に対してメッセージを送っていた。

 思えばエルはこのチャンスをずっと狙っていたのだろう。

 天津の方にも、一つだけだが、心当たりがあった。

『決まっとるやろ。あの男に御主人の弟子を辞めろ、とはどういう事や?』

 やはりその話だったか、と思う。

 初対面だと思うのだが、エルからはかなりの敵意のようなものが感じられる。そう言ったところも浅葱に似ているのか。

「どうもこうも無いさ。あの子にチュー坊の師匠なんざ無理なのさ」

『何やって⁉︎』

 歯に衣着せぬ物言いにエルは激昂したが、天津は表情一つ変え無い。

『御主人の才能が足りひんって言うんか⁉︎』

「まさか。才能という面で言えば、彼女ほど突き抜けた魔法使いは……いや、生命体はいないだろうねぇ」

 わざわざ言い直したのは、少なくとも祓った霊獣の中にすら、あれ程のモノはいなかったと断言できるからだ。

 才能、という点では浅葱はその追随を許さない。

「けどねぇ、あさちゃんには魔法使いの才能があっても教師センセイの能力は無い。前に一回指導した事があったんだろ? その時はそうだったんだい?」

 その言葉にエルは黙り込む。

「大方、魔力の使い方を教える所から躓いたんじゃ無いのかい?」

『……』

 その沈黙は肯定を示している事は直ぐに分かった。その上で言う。

「あさちゃんは良くも悪くも芸術家タイプさ。いや、その完成形と言ってもいいだろうねぇ。あの子はその短所すらも極めてしまってるんだよ」

『短所を極める?』

 耳慣れない言葉にエルは聞き直す。

「まぁ、芸術家タイプとはアタシが勝手にそう当てはめているだけだけどねぇ。こういうのは、自分の感覚で魔力の運用を行い"不思議"を起こす」

『なら、もう一つは何やねん』

「研究者タイプ。って、アタシは呼んでるけどねぇ。こっちは"不思議"から魔力の運用を逆算し、再現する」

 それは、どちらが凄いとか、凄く無いとかそういった話ではなくて、向き不向きの傾向の話。

 エルにもそこまでの話は理解した様だが、

『……結局何が言いたいんや?』

 つまるところ、天津が言いたい事は未だ分からずにいた。

「あの子は自分のフィーリングで魔法を扱うことに関しては天才的だよ。普通の魔法使いとは、かなり次元の違う世界で生きている。しかし、世界が違い過ぎて感覚を誰かに分かる"言葉"に出来ないんだよ」

 教えるとは、どういう事なのか?

 それは世界を重ねる事だと天津は思っている。

 それは決して魔法的な意味では無い。

「それじゃ、弟子ただやすにその世界が伝わらない。つまりは魔法なんて一生使えないさ」

『決めつけんな!』

 鋭く念話を通して頭に響くほどのボリュームは、先の発言の撤回を求めているようだった。

 だが、そんな言葉に天津はどこ吹く風。何も聞こえ無かったかのように続ける。

「芸術家タイプは今までに無かった"不思議"を創り出す事に向いている。対して研究者タイプは今まで起こった"不思議"をする事に向いているんだよ」

『つまり?』

「あさちゃんは本来、魔法使いの後進を直接指導するよりも、新しい魔法を創り出して解析させる方がよっぽど建設的だと……」

『ワイはどうでもええねん』

 天津の言葉を遮るように訂正した。

『魔法使い達に貢献? 何やそれは? アイツらが

 何かしてくれるんか? 御主人の今後でも保証でもしてくれるんか?』

 そう言った。魔法使いに怨みでもあるかのような言い方だ。

 彼の半生に何があったのか天津には分からなかったが、"白い猫"の使い魔では、背負った苦労は想像に難く無い。

(なるほど、そりゃそうだろうねぇ)

 当初より向けられていた敵意の正体を理解した。それば、天津個人に対してのものではなく、魔法世界のすべてに向けられたものだろう。

 浅葱と同じなんてとんでもない話だった。

 だが、逆に言えば、そこまでした怨む魔法使いであるはずの藤吉浅葱という少女に忠誠を誓うということは、そうさせる何かがあるということか。

(あさちゃん、中々やるねぇ)

 思わぬ妹分の成長に喜びを覚える。

「はっきり言おうかねぇ。このまま、師弟関係が継続したとしても、誰の得にもならないさ」

『どういう事や?』

「言った通りさ。このままじゃあ、あさちゃんは才能を無駄にして、チュー坊は能力の伸び代を無駄にする」

『そんな事はない!』

 強くエルは言った。

『ワイは感じてる。魔法に関しちゃ何も出来へんあの男やし、線も細いし、覇気の無い顔しとる』

 散々な言い草に、天津は思わず笑いそうになった。

『けどな、アイツと会って、御主人は何かを変えようとしとる。きっと、変われる』

 そこまで分かるとは、よく見ている。

「良い答えだね」

 そう言って、手にしたタバコを灰皿に入れる。

 すると、辺り一面が白い煙に覆われる。

 思わずエルはむせてしまって、抗議の眼を向けるが、天津の次の一言にその意思は完全にかき消えた様だった。

「だったらアタシも、建前はここまでにしておこうか」

『建前?』

「そうさ。ここからは本当の理由を言わせてもらうよ」

『本当のって……ちょー待て!』

 しかし、天津はエルの言葉を無視して話を進める。

「このままじゃ、二人のためにならないのは本当だけどさ。それは二人の魔法使いの未来を案じての事じゃないさ」

『どういう事や‼︎』

 置き去りにされて話が進む事にイラついているのか、エルの語気も徐々に強くなる。関西弁も相まって、相手を威嚇するように聞こえてしまう。

『じゃあ、ご主人に教師の才能が無いって言うのはウソか⁉︎』

「いや、それは本当だよ」

 正確には現地点で能力がないという話だが、それは正直どうでも良い事だ。

「でも、まぁ、若いうちは何でもしておけば良いとも思っているからねぇ。きっと、どんな事も無駄にはならない。って、こんな事を口にするようじゃアタシも歳かい?」

 うんざりとした様子で「あー、歳はとりたくないねぇ」とうそぶく。見た目も実年齢も二〇代の癖によく言うものだ。

『建前と本音があるって事は……それを言えへん理由があるんか?』

「まぁ、きっと近いうちに面倒事が起きるだろうねぇ」

 ポツリと天津は口を開く。

『やったら、ワイや無く御主人にそう言えば……』

「君の御主人には話せないよ。言ったら多分もっと首を突っ込む。『なら私が!』ってねぇ」

『……』

 あの少女は魔法世界の事でなら自分は万能と思っている節がある。白猫が黙り込んだのも心当たりがあるのだろう。

『やったら、男の方には本音を言えばよかったやないか」

 と言った。

 エルはよく分からないのか『は?』と、声を上げるが、天津にはそれ以上話す事もない。

『それはええけど、面倒事って何やねん?』

「さぁ?」

 それはおちょくったようにしか聞こえなかった。

『ふざけんな!』

「ふざけちゃいないさ。面倒な事が起こるのは分かっているけど何が起こるかはお楽しみ、ってねぇ」

 なおもそんなふざけた口調に、エルの方も悪態を吐く。

『予言の魔法か? そんな曖昧な予言しかできへんとは、朝来天津ともあろうものが』

「アタシは魔祓い専門だって言ってるだろう。だけど、これは魔法じゃ無くて、経験から来るものさ、どんな手を使うか分からないって事だよ」

『それは、そう仕向ける敵がおるって事か……』

「はい、そこまでだ」

 終わり、と言うように両手を鳴らす。

「これ以上は聞かない方がいいだろうねぇ。アタシがあんまりペラペラ喋ったってバレたらもっと面倒になるだろうさ」

 実を言えば、この大量の煙も外部から見た認識を阻害する効果がある。

「悪いけど、あとは頼んだよ。アタシは明日の朝にはここから離れるからね」

『はぁ⁉︎』

 そう言って天津が歩き出すが、エルはまるで通せんぼをするように立ち塞がる。

『何を言うとんねん!ここまでしてほったらかしかい‼︎』

「できる事は全部やった。あの二人のためにアタシができる事は可及的速やかにここから離れる事しかないのさ」

 そして、天津はこうも続けた。

「どうか、私の可愛い舎弟達を助けてやってくれよ」

 その表情。

 どんな感情が映っていたのかは分からないが、エルは溜息を吐いて、何も言うのを止めた。

『……分かった。確認しとくが、アンタは二人の味方って事でええねんな』

「そりゃ、当然。だって、アタシの可愛い弟分と妹分のことだからねぇ」

 エルが聞きたい事はまだあった、

『……結局は御主人はあの男の師匠って事でええんか?』

「ん? まぁ、チュー坊に同じ"建前"の話まではしてあるからね。あとはどう選ぶかって事だよ」

 けれども、

「今はそんなに心配してないけどね。建前も成立しそうに無くなりそうだよ」

『どういう事や?』

「教えるって事のために大切な事は、世界を重ねる事」

『何やそれは? "異界渡り"の秘儀か何かか?』

「いやいや、そんな大袈裟な話じゃないさ」

 ハハッ、と笑って訂正する。しかし、天津は確かに大袈裟な物言いだった、と省みる。

「最初は出来てるのか不安だったけどね。何、君とあさちゃんが出来てるなら問題ないだろう」

 そう、難しい事ではあるかもしれないが、それは本当に大した事ではない。

「簡単に言えば、そうだね。心を合わせるって事さ」

『心を?』

「そう、時間がかかるかもしれないけどねぇ。意外とそのうち、出来るんじゃないかい」

 エルも忠泰の事を信頼している様にも見える。

 天津は仕事も終わりと振り返ろうとすると、

『もうちょい待て。まだ聞きたい事があるんや』

「何だい? まだあるのかい?」

『心配すんな。あと一つや』

 そろそろ質問攻めに飽いてきた天津はうんざりだが、この猫には色々と押し付けていくのを考えると、あと一つくらいなら良いか、と思ってむきなおる。

 それを、確認してエルは口を開いた。

『何の為に、こんな事をするんや? 聞いてると、アンタもこんな事を話したらマズイみたいやけど、御主人とあの男を助けてアンタに何かメリットがあるんか?』

 その質問は余りに愚問。「昔馴染みだから」と言うのが正解だ。

 だが、それは彼女の持つ答えの全てではない。

「魔法使いがする事なんて一つだろう」

 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの語りで、

「人助けだよ」

 当然じゃないか。と言いたげに宣言するのであった。

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