第16話

 夜。

 そこを出歩くことは浅葱にとって、さほど珍しいわけでは無くて、母の手伝いでむしろ多かったと言っても過言ではない。

 だから、という訳ではないが、浅葱は正直なところ田舎の道を甘く見ていた。

「これって、ちょっと怖すぎなんだけど」

「今日はまだ明るいほうだけどね」

 ふと見上げると真ん丸な月が出ている。忠泰の方をみれば、忠泰の顔を青白く照らしていた。

「都会って、やっぱりもっと明るいの?」

「この月明かりが頼りないなぁ、と思うほどには明るいね」

 そんな中で頼みの綱が懐中電灯のみとは、どうも気が落ち着かない。

「あの"カンテラ"とかならもっと明るいのでは?」

「確かにそうだけどね。あれ、目立つでしょ」

 そう言っている中で二人が歩いているのは、平城邸からしばらく歩いた山路。アスファルトで舗装されているものの、人などほとんど通らないであろう車一台が何とか通れそうな細い道だった。

 両脇は茂みに覆われているが、浅葱にはどこに何があるのか分かっているかのように膝の下くらいの高さの小さな石碑が現れた。

「ここに来たことあるの?」

「いや、初めてだよ。でも結界の構成から考えたらここら辺にあると思ったからね」

 手にした懐中電灯で照らして、石碑を確認する。その石碑は墓石の様に磨かれたものでは無く、ただ石を積み上げた様な無骨な造りだった。

「タダヤス君。ここに触ってくれる?」

 そう言って指差した場所は石碑の基部の部分。忠泰は言われた通りにするも表面上に変化が無いので戸惑っている様だったが、中の魔法が安定しているのが分かる。それを確認すると浅葱は「よし」と言って、立ち上がる。

「終わったの?」

「ええ、じゃあ今日はもう一個回って……」

 そこまで言って顔を上げる。

「ど、どうしたの?」

「参ったなー、面倒なのに囲まれたかも……」

「面倒? イノシシとか?」

 浅葱は、それを聞いて「ウソ、そんなの出るの?」と言ってしまう。浅葱はそこまでの田舎とは思っていなかった。

「じゃあ、シカ? まさかクマなんてことは……」

 そう聞いて、浅葱はただ一言。


だよ」


 その一言がキッカケということはないだろうけれども、何かが近づいているのが分かる。

「よくないもの?」

 イヤな予感しかしない言葉に忠泰の顔から血が引いた。

「世界に縛られたこの世のものじゃないもの……かな」

 有り体に言えば幽霊だった。

「ウソ、そんなの出るの‼︎⁉︎」

 忠泰は先程の浅葱と同じ言葉を三倍位の勢いで言った。

 よってきたのは小型のモノだったが数がやや多い。対処出来るかどうか考えていると……。

「ーーーーッ!」

 声ならぬ声を上げて、浅葱のところへ突っ込んで来た。

「我が意のままに世界よ歪め!」

 短い詠唱を一言出すことで、蒼白く光る弾の様なものが射出される。

 見事に命中。その部分から外側に放射する様伝播する。まるで、水面にインクを垂らした様にじんわりと浸透するかの様に色が変わり、よくないものがかき消されていく。

 まずは一匹。

 続く二体目も同様。

 だが、三体目からは状況が変わる。

(三体同時⁉︎)

 彼女の魔法はそんじょそこらの魔法使いよりも鋭く速い。だか、魔導具なしに多人数からの集中砲火に対応できるほど場慣れしてはいない。

「我が意のままに」

 だが、ここでは引けない。引けるはずもない。

「世界よ歪め‼︎」

 その言葉で三体どころではない、一気に十体近くを掻き消した。

 だが、それだけで終わることもない。周りには誘蛾灯に惹かれる様に大量のよくないものが寄ってくる。

 これでも後、五回は余裕だ。十回もなんとかいける。しかし、二十回は?五十回は?百回は絶対に無理だ。

 よくないものに今の浅葱は負ける。それはもうどうしようもないくらいに変わらなかった。

「ねぇ藤吉。大丈夫なのか?」

 よくないものは視えていないだろうが、雰囲気をよく見えているようで、ただならぬ雰囲気を感じとっているのだろう。

「大丈夫だよ。タダヤス君は絶対に……」

「藤吉だよ!さっきからなんだかしんどそうじゃないか」

 全くもってこの弟子はよく物事を見ている。

「藤吉!浅葱一人で逃げれるなら……」

 そんな言葉に耳を傾けず、決死の覚悟で迎え撃とうとした時、


「やあれやれ、こんなトコにいたのかい?」

 誰かがそう言ってと思えば、甲高い音が響く。そしてそれはその衝撃を中心として、よくないものが気配ごとかき消えていった。

 一瞬、浅葱には何が起こったのか分からず、ただ気配を探るも、かき消されたよくないものの気配は感じ取れない。

 ただ、先ほどの女の声には

「奇妙なところで奇妙な縁があるもんだね」

 そこにいたのは背の高いモデルのような若い女性。眩しいほどの白いシャツに踝にまでかかる長さの燃えるような真っ赤なスカート。そして、ババくさい喋り方をする女。浅葱には心当たりは一人しか知らない。

朝来天津あさらいてんしん⁉︎」

 そして、浅葱に気づいたようで、

「あさっち、こんなトコで何してんだい?」

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