第44話

 エルは戦いを感じながら、保険の結界の展開を感じていた。

 そうなれば、すぐに逃げろと命じられていたので、秋則少年に呼びかける。

「どうしたの?」

 自分の声は秋則には聞こえないが、戦闘の音は聞き取れるので、ここにいても危ないのは分かるようだ。

 だが、連れて部屋を出ようとした時に、その結界が強引に破壊されるのも感じていた。

『何やと……?』

 足を止めたエルに疑問を持っているようであったが、何も言わずに不安そうに見ていた。

『どうなっとんねん……』

 仕込んでいた結界はかなり強固に組んでいたはず。いったいどんな手段を使ったのか?

 だが、それよりも問題は……。

『御主人!』

 主人の身を護るものが何一つない無防備な状態であるという事だ。

 これは完全に想定外。

『甘く見過ぎとったか……』

 一刻も早く駆けつけなくてはならなくなった。

 エルは浅葱を死なせるわけにはいかない。

 主が死ねば使い魔も生きてはいけない。

 たが、そんな事は関係なく純粋に彼女の身を案じていた。

『御主人!』

「猫さん⁉︎」

 秋則が声をかけるが振り返らない。主人の命令に背く事になるが、それよりも大事な事がある。

 しかし、それは叶わない。

 ドクン、と胸が大きく跳ねた。

 足がもつれ、大きく転んだ。

 何とか起き上がろうとするも、全身に力が入らない。

 体内を探るまでもない。

 内部の魔力流れがしっちゃかめっちゃかになっている。

 こんな経験は今までに一度だけあった。

「アアアアァアアァァアアァァアァァアアァアアアアア」

 外から怒鳴るような雄叫びが聞こえる。

 その声を聞いて、想像通りである事を理解した。

『御主人……それはアカン』

 暴走。

 以前の暴走では、半径十メートルは灰塵と化し、半径五キロのガラスを粉砕した。

 何があったかは知らないが、感情の爆発があったに違いない。

 それほどの事が起こったというのに、助ける為に従っている使い魔がこの体たらく。

「猫さん!」

 そんなエルの様子に気がついたのか、秋則が駆けつけてくる。

「どうしたの? どこか病気?」

『何でもないわ。こんなん』

 はっきり言えば病気以上に重篤な状態。

 しかし、そんな強がりも秋則には伝わらない。

「早く姉ちゃんに言われたところから逃げよう」

『! ちょい待ち! ワイはこんな所で離れるワケには……』

 全部を言わせる事すら許されず。秋則はエルを抱えて走り出した。

『御主人、御主人ーー!』

 暴れるだけの力も入らず、されるがままに連れて行かれる。

『クソッ、天津あのおんなと約束した言うのに……』

 思い出すのは一人の女。

 御主人の天敵にして、魔祓い専門の魔法使い。


『どうか、私の可愛い舎弟達を助けてやってくれよ』


 そんなことは、あんな女に言われるまでもない。

 しかし、そう言った時に見せたあの女の表情は、どこか寂しげでどうにも出来ない苦しさを秘めていた。

 だから、約束をしたと言うのに、

『クソッ』

 自分の無力さをただ恨む。

 いつも使い魔は本当に大変な時に側にはいられない。

『御主人……』

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