第42話

 平城忠泰は魔法使いになってまだ日は浅い。なにせ数日。そんなヤツはきっと他にはいないだろう。

 そんな中で魔法使いの戦いも当然初めてだが、想定していたよりも激しく、怖かった。

 しかし、一番怖かったのは、あの苛烈な戦いの中を散歩でもするかの様にゆっくりと歩いていたレイブンだった。

 雨の様な数多の魔法を、地獄を再現した紅蓮の炎も物ともせず、一歩ずつとはいえ着実に迫って来る恐怖は度し難いものがあった。

 しかし、そんな中で決して逃げ出せなかった理由は一つ。

「タダヤス君!」

 藤吉浅葱という、師匠にして生徒であった少女を前にして、意地かプライドかはわからないが、とにかく逃げることは許さなかった。

「逃げないとは、お見それした」

 それに対して、一定の敬意を示す。

「だが、残念だが……」

 それとこれとは話が別だと言いたげに、


「君の師匠はここで終わりだ」


 そして何もない、と分かったのか、一気に体を沈めて全速力で走り出す。

「あらかじめ言っておこうか」

 全速力で走りながら、レイブンは息を乱れさせることもなく、淡々と話す。

「私の左手は先程言った様に死を司る」

 速度は変わらず、さらに続ける。まるで唄うように。

「さて質問だが、触れればどうなるかを説明する必要はあるかね?」

「!」

 その瞬間、レイブンはらに深く踏み込んで、大きく跳ねる様にして飛び込んでくる。

「我が意ののままに世界よ歪め!」

「ほう?」

 その瞬間、保険としていた結界を展開した。

 倒す策は確かに無かったが、万が一の時に逃走する時間を稼ぐための策は用意していた。

 二人の手前、約五メートルほど手前で、見えない何かに押し返される様に踏み込めないでいる様だった。

 浅葱によれば、この結界は特に時間をかけて作った傑作。解除するなら正当な手順を踏めば一時間。どれだけ手慣れていても三〇分はかかる

 とのこと。

 この時間を使って非常経路から脱出し、エルにもこの保険が発動すれば秋則を連れて逃げる様に命じてあると言っていた。

「今の内だよ!」

 慌てて浅葱が忠泰の手をとって逃げようとした時……、

「『今の内』か……」

 ボソリ、とレイブンは呟いた。

 その、言葉に思わず足を止めそうになった。

 浅葱は「タダヤス君!」と、慌てて声をかけるが、忠泰は動くことができなかった。

 目の前の敵から、左手の「死」とは異なる不吉さが忠泰の行動を阻害した。

「『今の内』に君たちは何が出来るのだ?」

 そう言って、左手を突き出すと、バキィ、という音を伴い、結界がまるごと破壊された。

「そんな……」

 浅葱は驚愕の表情でそれを見ていた。

 だが、それには構わず、レイブンは忠泰に向き直り、こう投げかけた。

「平城忠泰。君は魔法という物を中々に見慣れている様だが、魔法とは何なのかを知っているのかね?」

 それは最初に浅葱から教えられたこと。

「魔力というエネルギーを使って起こる科学的に説明できない"不思議"なこと……って聞いてます」

「正解だ」

 そう言うとすぐに次の問いを投げかける。

「ならば、魔力とは何か?」

「魔力?」

 そう言えば、浅葱からその質問は聞いていなかった様な気がする。

「魔力とは、あえて"科学的"に言うのであれば、この世で最も高位にあるエネルギー」

「?」

「言い回しが難しかったかね? では、簡単に言おう、魔力とは"人が持つ可能性"だよ」

 可能性とは、曖昧で見に見えないもの。忠泰にはそれが上手くイメージできなかった。

「どのようなプロセスを経てが生まれるのかはよく分かってはいないが……、ここで重要になるのは魔力とは、人の持つ"何か"から生まれているという事」

 それが、生命力なのか、情熱なのか、はたまた運命といった物なのか、ハッキリと言われなかった。

「人から生まれたエネルギー。つまり、それは""という事なのだよ」

 つまりは魔法を打ち消せるとでも言うこと。

 もっとも、打ち消す迄にはタイムラグがあるので攻撃魔法などは打ち消す前に腕が吹っ飛ぶので、万能と言うわけには行かない。

「もうこれ以上はない。藤吉浅葱よ。君さえ殺せば残りの面子は何も出来まい」

 そう言って、再び駆け出した。

「くっ!」

 もともと反応がいいとは言えない浅葱は、それに対応できずに、眼前に現れたレイブンに反応できず……、

「藤吉イイィィ!」

 

 そして、

 レイブンの左手が忠泰の左手に触れた時に、


 忠泰の意識は断絶した。

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