粛清者

第37話

 やれやれ、と言わんばかりに頭を掻いた。

「まさか、瞬間移動まであれだけの詠唱で終わらせるとは……」

 目で見たものを未だ信じられない。

 瞬間移動は大抵の魔法使いならば出来る。

 だが、それは神殿クラスの祭壇を設け、半日程度の儀式を行う必要があると言われている。今となっては実用性の低いと言われている古い魔法。

 一般人より"不思議"を知っている魔法使いだからこそ、また違った視点からの驚きがあった。

「成程、確かに甘く見過ぎていたようだ」

 ここまでするとは正直思っていなかった。

 才能だけもっていても、経験の浅い魔法使い。本気になればどうとでも出来ると思っていたが、端くれとはいえ"奇跡"を担うもの。

「そう簡単にはいかないか」

 右手でポケットに入っていた折りたたみ式の携帯電話を掴み、片手で開く。

「さて、取り敢えず報告しておこうか」

 アドレス帳に入ったメモリーの中から、三番とだけ書かれた名前なら呼び出す。

「藤吉浅葱と接触した」

『承知しました』

 電話の相手は魔導機関の案内役。まだ若い、柔和な印象を与える男の声だった。敬語の使い方も丁寧で、こんな仕事よりもホテルマンでもやればいいのに、とレイブンは思っている。

「だが、取り逃がした。テレポートでな」

『左様ですか』

 電話の男はその事を咎めるどころか驚くことすら無い。

「驚かないのか?」

『相手は世界最高の魔法使いに最も近い魔法使い。そう言った可能性が無いとも思えません』

 その答えはレイブンにとってあまり面白くは無かったが、逃がしてしまった以上は言い返せない。

 油断があったとはいえ、逃したのは変わらない。

 失態は実績で返す。

『ターゲットの位置は?』

「十中八九、平城邸だろう」

『なら何故すぐに向かわないのですか?』

 レイブンは電話の相手にそう返す。そこまでわかっていながら、すぐに向かうわ無いことを不可解に感じた。

「おそらくは、希望があるからだろう」

『希望?』

「そうだ。平城邸という拠点でならば、万が一でも私を打倒出来るかもしれない……とな」

 彼からすれば侮辱だが、許さねばなるまい。現実を知らない子供が夢を持つ事をどうして責められようか。

「ならば、絶対的な差を見せつけ、心を折る」

 万全の策、万全の準備、万全の体制で敢えて迎え撃つ。

 絶対的な勝利で挫く。

『あなたのプランは理解しました。ならば、相手の心が折れなかった場合は?』

「決まっている」

 彼が戦闘に対して、拘束も交渉も無い。

 そこにあるのは、虐殺か、殺戮か。どちらにせよ平城邸が血に染まる。

『気をつけた方がいいのでは無いですか?』

 その露骨な慢心を咎めるかのような言葉を投げかける。徹底的にプライベートと仕事を分けているのか、彼にしては珍しい。

「藤吉浅葱かね? 確かにあの才能は驚異だが、こと戦闘に関してはまるで素人だ。あまり、心配することもあるまい」

 だが、レイブンの心当たりは的外れだったらしい。

『それよりも……もう一人の方も』

「もう一人? まさか平城忠泰かね?」

『はい』

 その言葉を聞いて、クックッと小さな笑い声から徐々に声量が増し、ある瞬間から爆発的な笑い声に変わる。

 レイブンは笑わずには言われなかった。電話の声もここまでの笑い声を聞いた事は無かったがはずだ。

『レイブン……』

「あぁ、済まない。あまりに的外れな忠告だからね。つい……」

 笑い声がある程度落ち着くと、レイブンは口を開いた。

「しかし、何故あの少年を? 彼は魔法も戦闘も素人だろう」

『しかし彼は平城セツの後継者でしょう』

 その答えを聞いて、「あぁ、成程」と納得する。

「『蔵』の魔法使いの遺産か」

 平城家。『蔵』の魔法使いは様々な魔導具や魔法霊媒を管理する一族。もし、それを利用して攻撃してくれば結構な驚異となる。

「心に刻んでおこう」

 だが、負けることも無いだろう。彼の魔法はかなり特殊。防御不能の必殺技。

『あなたの本領発揮ですか』

 そんな言葉に「冗談でもそう言うのはやめて欲しいな」と不機嫌に答える。

「勘違いしているようだが、私は人殺しはあまり好きでは無いのだよ」

『そうですか』

 さして興味の無いように言って電話が切れた。

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