第30話

 魔法使いというのは、そもそも魔法なんて物に頼ってまで人助けをしたい人達だと浅葱も言っていた。

 という事は、魔法使いである浅葱自身もそういった性質を少なからず持っているという事か。

 居ても立っても居られない、とでも言いたげに、そのまま"何か"をしようとしていた浅葱を、橋の上では邪魔になると言って、たもとにある空いたスペースへ連れ込んだ。

「結局、藤吉はどうやってペンダントを探すの?」

 もっとも、そういった考えは忠泰も嫌いじゃない。

 そんな、忠泰の側で浅葱は地面に片膝をついて熱心に何かをチョークで描いていた。

 直径三十センチ程度の正円の周りに何か文字のようなものが書いてある。アルファベットのようだが個人の癖が強く出ていて判別不明。

 秋則は何が起こるのか興味津々のようだが、忠泰は本当にキチンと分かるのか不安を拭いきれない。

「藤吉って、一言で何でも出来るんじゃ無かったっけ?」

「それって天津から聞いたの?」

「あ」

 しまったと思っても後の祭り。確かに秘密の話という事もないが、自分の事を知らない間に話されているというのは面白くないだろう。

 ただ、浅葱はあまり気にしていない風に「まぁ、いいけど」と言ってから説明を続ける。

「私の場合は一言で大抵何でもできる」

 忠泰にはよく理解できていないが、魔法使いの中ではかなり凄い事らしい。

「だけど、探索は出来ても分析は苦手。だから魔法に手伝ってもらうの」

 魔法に手伝ってもらう、という意味が分からないが、何もできない忠泰は取り敢えず彼女に任せる事にする。

「よし出来た」

 結局正円の周りに三行程の文字(?)が書かれる。それを忠泰はどこかで見たような……、

「そう言えば藤吉が見せてくれた『結界』ってヤツも地面に何か書いてたよね」

 そう、魔法的にも物理的にも外界と遮断する結界。確かにあれも一言だけの不思議では無かった。

「あれも維持させようと思えば出来たけど、残念ながらちょっと気が散ったら魔法が解けちゃうからね。魔力流れを上手く循環させて、代わりに維持するように頼んだんだ」

「えっと、コンピューターのソフトウェアみたいにプログラミングしてるって事かな?」

「ふろぐらみんぐ……?」

 自分なりに答えを出してみたが、どうも浅葱はコンピューター関係に明るくないようで、上手く伝わらなかったようだ。

「と、とにかく、簡単な魔導具を作るようなもの、って言うのが一番近いかも」

「魔導具って……天津さんの銃とかみたいな?」

「……あんな、趣味に走った物と一緒にしないで欲しいけど。まぁ、間違いではないかな」

(相変わらず嫌ってるなぁ)

 とはいえ、忠泰としても天津を話題にする度に浅葱の機嫌が悪くなるなら、あえて口にしないようにすべきか。

「で、姉ちゃん。これってどうやるの?」

「何って……、こうするんだよ」

 そう言って、チョークを指揮棒のように構えて、秋則としては初めての、忠泰にとっては何度目かの言葉を聞いた。

「我が意のままに世界よ歪め」

 左手を伸ばし、腕の調子を確かめるように指を動かす。

「ここからはちょっとアキノリ君にも手伝ってもらうね」

 そう言って空いた左手で秋則のの頭を撫でるように触る。

「さて、どんなものだったかイメージして。形は? 色は? 材質は? 感触は? チェーンの部分はどうなっていた?」

「えーっと……」

「言葉にしなくていいよ。ただイメージして」

 そう言われて秋則は目を閉じる。

「使っていたおばあちゃんは? おじいちゃんはどんな人? どんな風に使ってた? どうやって手に入れた? 分かる範囲でイメージして」

 立て続けであったが、ゆっくりと確実に理解してもらえる速さで問いかける。

 これも魔法なのか?

 忠泰には分からないものの、その言葉に引き込まれそうになる。

「オッケー、もう良いよ」と言って左手を離す。

 秋則の目を開くのを見てから、もう一度台詞を口にする。

「我が意のままに世界よ歪め」

 チョークが怪しく白く光る。

 そして、円の中心を軽く叩くとが起こった。

「スゲー」

 秋則の言葉は単純。しかし、それは最も的確な言葉だった。

 何故ならば、浅葱が叩くのと同時にアスファルトが大きく波打ったからだ。それはミルククラウンのように、水面に水滴が落ちたような波紋がアスファルトに浮かぶ。

「コレはホントにアスファルトを歪めてるわけじゃない」

「え?」

「コレはが歪んでるんだ」

「ごめん、余計に分かんない」

 浅葱は混乱しないように訂正したつもりかもしれないが、その言葉はより混乱を深めてしまう。

 物理学者が聞いたら発狂しそうな事をサラリと言ってのけたのだはないか?

 魔法使いの弟子としてどうかと思うが、あまり深く考えると身がもたないかもしれない。

「で、姉ちゃん。分かったの?」

 キラキラとした目で秋則が言う。

 チョークで円を指し、「まぁ、見ててよ」と言うので、つられて見ていると、円の内部に徐々に何かが浮き出てきた。

「何これ?」

 ウネウネとした線が何本か浮かび上がり、何かの絵が浮かび上がる。

「これって、地図?」

 確かに、そう言われてみればこのあたりの地図のようにもみえる。

 真ん中の線が川。それに直交しているのが万丈橋。だとすれば、その線を中心にして複数に枝分かれしているのが周囲の道か。

「で、ここからどうやって調べるの?」

 そう言われて、首元からペンダントを外して、「これを使うよ」と二人の前に差し出す。

 それはビー玉より一回り小さい円錐形のクリスタルにシルバーのチェーンをつけただけの何の変哲もないペンダントのように見える。

 どう使うのか見ていると、右手で摘んで浮き出た地図の上で静かに垂らす。

「これ知ってる! ダウジングってヤツでしょ」

 秋則の声に対して浅葱は何も返事せず、ただ黙って静かに揺らし始めた。

 最初は円の淵をなぞるように円を描くが、ルーレットのボールのように徐々に一点に収束される。

「見つけた」

 だが、見つけたにも関わらず、浅葱の声は決して明るくない。

「どうしたの? 見つかったんじゃないの?」

 気になって地図を覗き込めば、その円錐が指し示しているのは……。

「姉ちゃん……、ここって川の中じゃないよね」

 紛れもなく、それは目の前を流れる楢井川の下流だった。

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